22‐ リッカの喜び
リッカはアイコンの視覚化を一切行わずに無数のプログラムを並行起動させている。
手持ちの全ての資格を使い切りながら入手できる情報を収集し続けている。
アイリーのメンタルパラメーターを注視し彼の精神状態を詳細に分析把握している。
自分達が絶望的な不運に遭遇した事は十分に理解している。
嬉しい。リッカはその感情を抑えきれない。
虐殺のエレメンタリストという次元の違う暴力を振るう存在に目を付けられた。有効な防衛手段がないという意味では世界から見捨てられたに等しい状況だ。
これからアイリーはナビゲーターの存在にすがりながら生き抜く事に全力を注ぐだろう。
アイリーの信頼を独占しながら二人で生き抜く。
ナビゲーターのリッカが自分の存在意義を最大限に感じる瞬間だ。
実際に直面するであろう危険の度合いはリッカの思考を妨げる要素にならない。
二人は二人で生き抜くに決まっているのだ。
この喜びをアイリーに伝えたくてリッカは自分の頬を赤く染めてみせた。
アイリーの目が泳ぐ。
『…… それでも俺にはハリストスと呼ばれる理由が思いつかない。ボゴダの虐殺の詳細とエレメンタリストについての情報を知識化して俺と共有できる形にしておいてくれ』
リッカがアイリーにウィンクをした。任せて、という意味だろう。
同時にアイリーの頭の中に膨大な量の記憶が蘇ってきた様な感覚が生まれる。
実際に忘れていたことを思い出したのではない。リッカが送り込んできた情報は知るという経験を省略して記憶に蓄積されていくのだ。
アイリーが自分の考えをまとめる上で何かしらの疑問を抱く。その疑問について誰に問う事もなく記憶の底から最新の情報が蘇ってくる。
そしてアイリーはすぐにテレサが最初に言った言葉に思考の展開を阻まれた。
-知っただけでは何も理解する事はできない。
『リッカ、不明な点が多い。情報の収集状況を教えてくれ』
『世界の情報共有網の0~3階層までの間でボゴダの事件を客観的に分析・体系化して公開している情報はなかったよ。ほぼ創作されているだろう内容の伝聞ばかり。特別調査官権限で走査して分かったのはコロンビアで事件は実在したという事だけ。わたしのスペックでさらに深い階層まで潜る?』
『いや、そこまでしなくていい。深層情報は真偽の判断が難しい。隠された情報の内容は分からないけれど誰が隠したのかは想像がついた』
リッカが不満そうな顔をする。
『アイリー? そうじゃないでしょ?』
『あ、はい。どうもありがとうリッカ。リッカの支援があるから心の準備が出来ました』
ふふふん、という含み笑いが聞こえてきた。
アイリーがテレサに向き直る。テレサはじっとアイリーを見つめたままでいる。




