00‐ エレメンタリストの殺人
初投稿です。どうぞよろしくお願いします。
恐怖を封じるために絞り出した呪詛の言葉は単純なものだった。
「悪魔…… この悪魔がっ」
言葉を放ったのは厳しい顔つきをした男。
自分が優位に立っている時には鷹にも蛇にも似た威圧感を放つのだろう。
嗜虐的な雰囲気を隠そうともしない男だった。
だが今は恐怖に震えている。
呪いの言葉を投げつけられたのは女。
ローブの様な装飾のない生成りのワンピースを着た痩せた女。
本当は美しい顔だちをしているのだろう。
今は退屈しきった表情で男を見ている。
男が女に向けて銃を発砲した。
距離は1メートル少し。的を外す事など有り得ない距離だ。
「失礼ね。私は善良な両親から生まれた身よ」
撃たれた事など全く気に掛けずに倦んだ口調で女が答えた。
「悪魔は言い過ぎだわ…… でも何も感じずに人を殺せるのは貴方と同じ」
発砲音が続く。
男が撃っているのは大口径の銃。
嗜虐を好む射手が愛用する銃だ。
だが女が着ている服にさえ変化はない。
弾丸は女の体に届く寸前に消失している。
「……そうね。 悪魔ではなく…… 同類くらいに言って欲しいところだわ」
女が床に唾するような仕草で吐息をもらした。
「化物っ!!」
「エレメンタリストよ。私は樹界のエレメンタリスト。化物じゃないわ」
男の顔に変化が現れた。
皮膚の内側から微細な何かが湧き出しはじめる。
金色とも薄緑色とも見える厚みをもった膜の様なもの。
知識があるものならヒカリゴケによく似ていると気づくだろう。
ヒカリゴケは勢力範囲を拡げながら強く発光を続ける。
男の頭部は大きな電球の様に輪郭をなくした。
その中心から血しぶきが壁や天井へと飛ぶ。
不思議な事に周囲に撒き散らされた血しぶきも発光を始めた。
「化物…… ねえ? 弱者が差別を口にしてどうするつもりだったの?」
女が乾いた笑い声をたてた。
ここは笑う場面だと思ったから笑ってみた。
そんな感情が枯れ果てた笑い声だ。
「この世界の肉は美味しかった? 食べたら戻るのよ? 」
女の声を理解したのだろうか。
男の全身を包んでいた発光体が光を失ってゆく。
男が床に膝をつき、ゆっくりと倒れた。
乾いた音がする。
光が消えた後に残っていたのは服をまとったままの白骨体だった。