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66 スカイハイ攻略戦 1

 ◆


 昨夜遅く、コウモリに化けたミスティがローザリアの天幕を訪れて、現状を知らせに来た。

 報告の内容は、西門の兵を二千ほど王宮へ回したとのこと。それから宮廷魔術師を一人倒した、とも言っていた。


「旋風のエマ?」

「たいして強く無かったので、雑魚ですな。うん、雑魚です」

「そうなのか? しかし……この二つ名は、どこかで聞いた事があるような……」

「はて? でも我、二つ名とか無いですし。そんな我にあっさり負けるヤツとか、雑魚に違いありませぬ。お気になさらずとも良いではありませぬか」


 何だかミスティが引き攣った笑みを見せていたが、無茶な任務を命じている自覚のあるローザリアだ。それ以上、彼女を追求することは無かった。


「うむ――まあ、それもそうだな。あまり大物を殺しては、戦後の交渉が厄介になる。気をつけろよ」

「も、もちろん承知致しておりますとも、ご安心召されよ。アハ、アハハハ〜〜。では、我――もう一度戻りますね〜〜」

「うむ……あ、でもミスティ……」

「戻りますぅ〜〜!」


 ローザリアが手を伸ばした先で、“ボフン”と煙を出してコウモリになったミスティ。

「アハ、アハ、アハハハハー」と妙な笑声を響かせて、彼女は闇の中へ消えて行った。


 このときローザリアは少し首を傾げていたが、後でシェリルに確認したところ、“旋風のエマ”は大物であったことが判明した。お陰で彼女は地団駄を踏む。


「大臣で、しかもかなり強い魔術師とは! だからミスティのヤツ、よそよそしかったのだなッ!」


 あれほど不用意に人を殺すなと言ったのに、ミリタニア最強の魔術師を殺してしまったミスティである。

 だからミスティは報告が済むと、逃げる様にスカイハイへ戻ったのだ。


「……けれど“旋風のエマ”を歯牙にも掛けぬ魔術師が、この大陸にいったい何人いるでしょうか? もしかしたらローザリアさまは、得難い魔術師を味方になさっているのかも知れませんよ?」

「え……そうなのか、シェリル?」

「さあ――ミスティがどうやって倒したのかが分からぬ以上、確かなことは言えませんが」

「ふむ……まあなぁ……――でも、あのミスティがなぁ……強いのか?」

「強いでしょうね、とっても」

「とっても?」

「ええ、とっても」

「ふぅん」


 言いながら、シェリルの細い眼をじっと見る。

 そんなミスティを下風に立たせる彼女の実力も、もしかしたら相当なんじゃあないかと思うローザリアであった。

 

 ――という話をウィリスが知らされたのは、朝日が昇った後である。

 

 そうなったのも、ローザリアが自分の天幕からウィリスを追い出したからだ。

 ローザリアとしては、ウィリスの傍らでナディアが眠ることが許せない。けれど二人は正式に夫婦であるから、咎める訳にもいかなかった。

 お陰でイライラとして睡眠不足になったローザリア。こんなことならいっそ――「お前達は別の天幕へ移れ!」ということで、移動を命じられたウィリスである。


 もちろんウィリスとしては、晴天の霹靂。

 まさか自分とナディアの関係にローザリアが嫉妬しているとは思わず、ますます“マシュ”という男の影がちらつくばかり。


(俺を追い出して、やはりマシュを側近そばちかくに置くのか!?)


 頭を抱え、すごすごと別の天幕へ移ったウィリスである。


 そんな彼をちらりと見つめ、ナディアはそっと寄り添った。

 ナディアとしても、これはチャンスである。

 ミシェルが側におらずローザリアとの仲が拗れている今ならば、ウィリスを独占することも可能。

 兵は神速を尊ぶ――という訳で昨夜も一生懸命ウィリスに、ふくよかな胸を押し付けて眠るナディアであった。


 だから、昨夜の件をウィリスへ知らせる為にローザリアが彼の天幕を訪ねると、さあ大変。

 ウィリスは左腕にナディアを抱え、むっくりと起きた。

 ナディアの衣服は胸元がはだけて、豊かな胸が零れんばかり。彼女はそれをウィリスの腕に密着させて「ふぁああ……」と欠伸をしていたのだ。


 こんな状態だからローザリアは当然プリプリとして、言葉少なに言い放つ。


「ミスティが成功した。ウィル、作戦の決行は今夜だ!」

「わ、分かった。分かったが――何を怒っているのだ、ローズ」

「お、お、怒ってなどいない! ただ、ここは戦場だぞ! い、い、いくら夫婦と云えども、少しは慎みをもってだな……!」


 何かを察したナディアがほくそ笑み、「昨日……凄かった」とウィリスの耳元で呟くと……。


「うわあああああああッ! 下劣! 不潔! 裏切り者ッ!」


 目に涙を溜めたローザリアが、ウィリスの背中を蹴り始めた。


「形だけだと言ったのに! 貴様はナディアとの婚姻など、形だけのことだと言ったのにッ! それなのに! なのに! なのに!」

「お、おい、やめろ。一緒に寝ただけだ、何もやましい事などない! 何を怒っているのだッ!?」


 訳が分からず、ローザリアに背中を蹴られ続けるウィリス。その反対に彼の胸元には、ナディアがしなだれ掛かっていた。


「フヒヒ……ウィル。ミシェルさまがお相手出来ない時は、私で……ね? 胸だって、ローザリアさまなんて論外。あんな板状の胸なんて、揉んでも楽しくないでしょう?」

「え、いや……なんだ? ナディア? 胸は今、関係なかろう?」

「いいえ。ウィルは大きな胸が好きでしょう? 陣は平地に構える? それとも丘の上?」

「そりゃあ、兵法の定石は丘の上だが……」

「胸も一緒なの。特に私の胸は……丁度良いの……ほら」


 さらに胸をはだけ、ウィリスを誘惑するナディア。

 ローザリアは、もはや辛抱ならんと剣を抜き――。


「ナディア――きさまぁあああああ! 誰の胸が大平原かぁあああ!」

「そこまでは、言っていないのに……」

「やめろ、ローズ! いくら何でも、やり過ぎだッ!」


 ウィリスが立ち上がってローザリアの右手を掴む。軽く捻ると彼女は「ぐすん」と泣いた。


「私の気持ちも知らないクセにぃい!」


 そのままローザリアはワンワンと泣き、ウィリスの天幕を後にする。


「困るとすぐに暴力なんて、獣と一緒ね……ふふん」


 と、今回の勝利を確信したナディアが鼻で笑っていた。

 

 ――――


 こんな状態でありながらも、作戦行動は順調だ。

 ローザリアはテキパキと伝令を出し、今夜の総攻撃を各方面軍に触れて回った。

 それから自軍の陣形を整え、弓兵を前面に押し出す。

 準備が終ると、兵を三時間交代で休息させることも忘れない。

 もちろん自分も、夜の攻撃に備えて睡眠を取っておく。


 ローザリアは優れた指揮官の常として、切り替えが早いのだ。

 良い事も悪い事も、それはそれ――として割り切ることが出来る子であった。


 一方ウィリスは別々の天幕で寝る様になってからのローザリアが、更にヨソヨソしくなったと感じている。

 といって――マシュと思しき男の姿は見当たらない。

 ここに至って、もしかしたら自分の誤解かもしれない――とは思っていた。

 だとしたら謝らなければならないが、近頃はナディアがだいたいくっついている。従ってローザリアと二人きりになり、真実を確認するタイミングが無いのであった。


 そもそもローザリアとナディアは、不思議な関係だ。仲が悪いとは言い切れない。

 互いに認める所があるのは間違いないが、しかしだからといって蜜月ということは無かった。

 特に最近の二人は、常に臨戦態勢とも云える状態である。


 もちろん原因はあった。

 先日の夜、たまたま二人が西門を見下ろす丘の上でばったりと会ったのだ。

 先に口を開いたのは、ナディアであった。

 

「ローザリアさまはいったい、ウィルの命を何だと思っているの?」


 要するにウィリスの武勇に任せた作戦を立てるローザリアは、彼の命を蔑ろにしているのだ、とナディアは思っていた。

 しかしローザリアは、それがどうした――とでも言わんばかりの雰囲気で、余裕の笑みさえ浮かべて答えたのだ。


「適材適所というだけだ。そもそも戦場では誰もが命懸だし、今回は私も共に行く」


 だから余計にナディアは、カチンときた。


「もっと上手いやり方がある」


 静かな声で、ナディアは言った。


「ほう、流石は軍師皇女。では聞かせて頂こうか」

「まず一度、全面攻撃をしかける。それから退くフリをして……」

「その一度の全面攻撃で、いったい何人の命が失われるのであろうな?」

「……必要な損害」

「話にならん。私とウィルなら、その必要な損害とやらを無くせるのだ」

「将の命と兵の命は、重みが違う。将が死ねば、より多くの兵が死ぬ。だから後方に居るべき」

「命の重みは同じだよ、皇女殿下。兵と将の差は役割に過ぎぬ、考え違いをするな」


 このとき、ナディアの心に波が立った。

 不安と敗北感が柱のように立ち上り、自分という小舟を飲み込んでいく。

 それは即ち、ローザリアに対する覆し得ない劣等感である。


 兵を駒として扱う軍師と、兵と同じ釜の飯を食べる将の差かも知れない。

 ローザリアは兵の中にも笑顔で混ざれるが、ナディアには無理だった。

 あるいは皇女という殻を破れない自分の限界が、ここにあるのかも知れない。


 とにかく自分は誰かの影にいて、矢面に立った事が無いのだ。

 だけどローザリアは悠然と最前を歩き、ともするとウィリスよりも前に出る。

 ならば彼と共に肩を並べても、当然なのではないかと思えてしまう。

 

 ナディアはミシェルのことを、ふと思い出した。

 あの皇妹はギクシャクしながらも兵や民衆の中へと足を進め、交わり、怒りながらも笑ってみせて……。

 ああ、つまり私は二人に劣っているんだ……そう思ったら切なくなって頭にきた。


「私はもう――皇女じゃない……ナディア・リュドミール・ミラーだから」


 一方ローザリアは、姓がミラーになったナディアに激しい劣等感を抱いている。

 それを直接言われてしまい、頭を抱え込んでしまったのだ。

 しかもこの時は、何とかナディアをやり込めようと必至であった。

 もともと、ウィリスと二人きりになろうとして立てた策である。ナディアが名案を出せば、水泡に帰す可能性があるので、ローザリアにも余裕など皆無なのだ。


「あああああ! 軽々しくミラーを名乗るなッ! ウィルとキ、キ、キキキキキ、キスもしたこと無いくせにッ!」

「……はぁ!?」


 こうしてローザリアとナディアが掴み合いの喧嘩をしたのが、僅かに二日前のことである。


 ◆◆


 各自が配置につき、スカイハイへの攻撃が始まった。

 号令を下すのはローザリアではなくウィリスでもない――イゾルデだ。


「射よッ!」


 馬上から凛とした声を響かせ、横一線に並ばせた弓兵が火矢を放つ。

 星々の瞬きにも似た無数の火矢が空を埋めて、夜を赤く染め上げた。


 一方、少し遅れて城壁側からも、大きな石や弓矢が飛来する。


 それらを止めるのは、魔術師達の仕事であった。

 轟音と共に風が舞い上がり壁となる。

 無数の矢が風に巻き上げられて無力化すると、あらぬ方向へと落ちていく。

 大きな石は中空で弾け、小石となって降り注いだ。


「見事なものだな……」


 魔術師のシェリルが魔法を詠唱する度、敵の遠距離攻撃が無効化される。

 本陣でシェリルの姿を見つめ、ウィリスが感嘆の声を上げた。


「さて。あまり破壊の魔術は、好きではないのだけれど……」


 柔らかそうな金髪を尖った耳の上に掻き上げ、一息ついたシェリルが言う。ウィリスの視線には気付いていない。

 彼女はそのまま「火球招来……」と唱え、自身の頭上に五つの大きな火炎を生み出して。


「行けッ!」


 声と共に身長と同じ程もある杖を、シェリルが振りかざす。

 するとスカイハイの城壁へ、全ての火球が吸い込まれていった。


 “ドドドドドドォォン”


 耳を劈くような轟音が響き渡り、地面すら揺れる。

 これが魔術師シェリル・スターの真なる実力であった。


 ウィリスは線の細いシェリルを見て、「なるほど」と呟いている。

 元来エルフというのは、森を燃やす炎を嫌う。それを、これほど見事に扱うシェリルだからこそ、サラと同じくあぶれてしまったのだろう。エルフにとって炎を扱う者は、腫れ物なのだから。

 

「爆炎のシェリル――それが彼女の二つ名ですよ」


 炎に照らされた頬を手の平で仰ぎ、「やれやれ」といった調子でサラが言う。

 

「なるほど――だから傭兵をやっていた、という訳か」

「ですね。里を追い出されちゃったんですよ、可哀想に……まして爆炎なんて呼ばれたら、そりゃあ……」


 サラにしては珍しく、友人を労るような物言いであった。

 ウィリスはそれ以上聞く事も無く、竜の側で佇むローザリアの下へ向かう。


 敵の魔法防御が少ないのは、ミスティが“旋風のエマ”を倒したからに違いない。

 当然、攻撃魔法も少なかった。

 それでも敵の防御は厚く、正面からの攻撃では崩れそうもない。

 だからウィリスは作戦が当初の予定通りであろうと考え、ローザリアの下へとやってきたのだ。

 

「各方面も攻撃を始めたと、伝令が来たぞ」


 頭を地面に降ろしたフレイヤを撫でながら、ローザリアが言った。  

 彼女は気配だけで、ウィリスが背後に立った事を察している。


「では、そろそろ行くか?」


 ウィリスはフレイヤの身体に括り付けられた自身の武器を見て、不足がない事を確認した。それからローザリアに倣い、フレイヤの背を撫でる。革のグローブ越しでも、ゴツゴツとした鱗の感触が分かった。


「この鱗一枚一枚に、魔力を秘めているとは……」


 キラリと輝く紅玉ルビーのような鱗に目を細め、ウィリスが苦笑する。


「風を操り、炎を弾き、邪悪なる者を寄せ付けぬ……まあ言ってしまえば優れものだ」


 久しぶりにウィリスを見上げ、ローザリアがニッコリと笑う。

 彼女は白銀の鎧を身に纏い、左腕で兜を抱えていた。


 ウィリスはフレイヤを撫でる手を止めると、正面に立って礼をする。


「フレイヤ――今日は宜しく頼む」

「……?」


 僅かに首を傾げ、深紅の竜が瞼をパチリ。


「お前の主でもない俺が、その背に乗せて貰うのだ。礼くらいせねばな」


 ブホォォ――とフレイヤが荒い鼻息を吐く。少し喜んでいた。


 本来であれば主人以外乗せないのが竜種というものだが、フレイヤにとってウィリスは特別だ。

 何しろウィリスはソテルに勝った男。

 本来ならばソテルの主になってもおかしく無い男であれば、背に乗せるのも吝かでは無い――と考えている。


「貴様が我に乗るのは構わんが……ところでローザリアの身体には、もう乗ったのかな?」


 が、それはそうとフレイヤは下品であった。グラハムとジョセフが面白がって、変な言葉ばかりを教えた成果である。

 もちろん、もともと下品である素養があったのだろう。そうでなければ高等な種族である竜が、僅かの間で変貌を遂げる筈が無い。


 そのフレイヤ、今度は「グェッグェッグェッ!」と下卑た笑い声を上げていた。口からチロチロと炎を覗かせ、本当に楽しそうだ。「おしべとめしべがくっついた〜〜」などと歌っている。竜にあるまじき低俗さであった。


「お、おい、フレイヤ! 遊んでいる場合ではない、行くぞ!」

「ローズ……グラハムとジョセフは、もうフレイヤに近づけない方がいいぞ」

「う、うむ」


 改めてローザリアがフレイヤに跨がり、その後ろにウィリスが乗った。

 流石にフレイヤも、この状況で冗談を言ったりはしない。

 ただ、「振り落とされるな、我は助けぬぞ」と注意しただけであった。

 

 月の無い夜空に、深紅の竜が舞い上がる。 

 その姿は瞬く間に小さくなって、やがては雲を突き抜けて行く。

 ウィリスは漆黒の兜をすっぽりと被ったが――まるで自身が風になったように感じた。

 鎧や兜の隙間から、夏にあるまじき冷気が吹き込んでくる。


「寒いか、ウィル?」


 手綱を握るローザリアが、顔を僅かに後ろへ向けた。

 といっても兜越しで、緑色の瞳しか見えないが。


「大丈夫だ」

「そうか。速度を更に上げるぞ。高さもだ――振り落とされないよう、もっと……その……私にしっかり掴まっておけ」

「う、うむ……」


 確かに火竜はグングンと空を駆け上がり、それに伴って気温も下がっているようだ。加えて角度の付いた竜からは、身体が滑り落ちそうになっている。鞍など無いのだから、それも当然だ。

 しかしだからと言って、男が女の身体を抱え込み、しがみつくのは如何なものか――。


 などとウィリスは考えていた。


 考えていたら――急にフワリと身体が軽くなる。途端、竜が急降下を始めた。

 身体が宙に浮く感覚と、胃がせり上がってくる様な感覚――。

 夜に食べた物が、全て出てしまいそうだ。

 

 こ、これが、竜を駆る――ということか!


 ウィリスは少し涙目になって、ローザリアにがっしりとしがみつく。

 ここで振り落とされたら、作戦も何もない。ウィリスは必至であった。


「ロ、ローズ!?」

「うむ――もう門の内側だ。敵の目に見えぬ高空から、急降下している」

「そ、そうか」

「振り落とされるなよ、ウィル! もっとしっかり、私にしがみつけ!」

「う、うむ――」


 自分のお腹をギュッと握るウィリスの腕に、ローザリアはゾクゾクしていた。

 二人だけの夜、ウィリスに抱きしめられている今、ローザリアは無敵である。

 舞い上がってしまいそうな程の高揚感が、彼女の心を支配していた。

 だからつい、彼女は言ってしまう。

 

「ウィル――私はお前が好きだ」

「は?」


 ローザリア、いきなりの告白である。というか計画通り。

 吊り橋効果を狙うとは、こういう事であった。

 竜に乗り、ウィリスの恐怖心を最大限に煽っての告白。

 まさに完璧な計画だと、ローザリアだけが思っている。

 

 しかしウィリスは勿論、「いま言うか?」としか思わない。

 だがローザリアの身体から離れる訳にもいかず、更に力を込めてギュッと抱きしめる。


「はぁぁあああんッ!」


 ――それが答えか! とローザリアはご満悦だ。

 好きだと言ったら抱きしめ返された。

 それが答えでなくて、何だというのか。ローザリアは今、降下しながら天にも昇る気持ちである。まあ、逆だ。

 

「ウィル――マシュなどいない!」

「そ、そうか!」

「ウィルは、私のことをどう思っているのだ!?」

「ど、どうって――その――」


 ウィリスは混乱した。マシュなど居ない、というのは良い。嬉しい。

 しかし地上が間近に迫っている。

 そんな時にローザリアの事をどう思っているかなど、一言で言えるか!? と思った。

 しかしローザリアなら、「答えなければ、地上にぶつけるぞ!」なんてことも言いかねない。


 やむなくウィリスは言った。


「好きだ!」

「どのくらい!?」


 ローザリアはしつこい。

 既に地上が見えていた。敵兵の姿まで視認できる。


 壁の上に比べれば、門の内側の敵兵は少ない。

 けれど、百や二百の敵ならばいた。

 あれを倒して門の閂を壊し、跳ね橋の鎖を千切るのがウィリスの仕事だ。

 ここで恋を語らっている場合では、断じて無い。


「ローズ! 下ッ! 敵だッ! というか、ぶつかるッ!」

「くそッ! 私のことを、どのくらい好きなんだぁあああ!?」


 ああ、もうぶつかる! とウィリスが思った瞬間――フレイヤがばさり。

 身体に比べて広く大きな翼が開き、羽ばたいた。

 地上に小さな竜巻が発生し、ウィリスの身体には強烈な重力が掛かる。

 けれどフレイヤは中空に留まり――下方からは悲鳴。


 “ゴォォォォォォオオオオオオオオ!”


 首を右から左に振って、炎のブレスをフレイヤがまき散らした。

 地上五メートルの高さと言ったところか。防壁の頂上よりも低い位置からの攻撃だ。

 ウィリスはフレイヤに括り付けてある戦鎚ウォーハンマーを外し、地上へと降下。

 

 “ズゥゥウン”


 固い石畳がめり込んで、ウィリスの体重を受け止める。

 それからすぐに戦鎚ウォーハンマーを横へ一閃。十人程が同時に吹き飛んだ。


「さて……死にたいヤツは前に出ろ。そうでなければ、退くがいい」


 兜の中の眼光が、鬼火のように怪しく光る。

 漆黒の鎧が返り血と脳漿を浴びて、篝火に照らされ揺らめいたいた。


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