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61 雨の中で……

 ◆


 ミリタニアの王都スカイハイは、交通の要衝であった。

 西はトラキスタンに繋がり、東はグラニア、北は四公領へと至り、南はスッラ王国へと繋がっている。

 つまりスカイハイは大陸公路の中継地点として、世界の富が集まる一大商業都市であった。


 街を歩けば髪の色も肌の色も耳の形も違う人々が行き交い、異国情緒溢れる町並みからは活発な商いの声が響き渡る。

 巨大な市場バザールには遥か東方から運ばれた艶やかな黒絹もあれば、西方世界で産出した藍玉アクアマリンが店の軒先に並ぶ――それこそがミリタニアの真髄だった。


 しかし現在の事情は、かなり異なっている。


 何しろ北方の四公国――すなわちウルドとは国交も無く、南方のスッラはトラキスタン帝国の属州として、王室は形骸化している。

 西に目を向ければ、そのトラキスタンが南北を二分した争いに明け暮れ、東ではグラニア帝国がゴード、ムスラー両国の連合軍を相手に、防衛戦争の真っ最中だ。


 ――ちなみにローザリアが求めるドレストス王国とは、ミリタニア南東部からスッラの東に国境を接し、さらにソドム王国の東端とも接した南北に長い国であった――

 

 ともあれ、このような状況下にあっては交通の要衝と云えども価値の低下は免れない。何しろ、どの国も交易の余裕など無く戦争で手一杯なのだ。

 となると国土の大半が茫漠とした草原、砂漠、荒野であるミリタニアには、いったい何の価値があるのであろうか?

 

 現状のミリタニアといえばトラキスタンの小麦は滞り、グラニアの葡萄酒も入らない。ソドムからの塩も高騰し、挙げ句――北方からは攻め込まれてしまった。極め付けはゲディミナスの反乱である。


 まったく、ミリタニア王は理解に苦しんでいた。


「我が国に、いったい何の価値があるのか」と。

 ましてや彼は、望んで王になった訳では無い。あくまでもグラニアに担がれ、否応無く王にされたのだ。

 それなのに北と西から迫られて命の危機などと、笑えない冗談にも程がある。


 とはいえ、ミリタニアが無価値である筈が無い。

 何故ならば、全ての道と繋がっているからだ。

 

 要するに先の平和を信じる者にとって、ここは先行投資に値する好物件に映るということ。

 ましてや自らの力量で世界に覇を唱えんとする者ならば、尚更のことであった。

 故にこそウルド公ネイは攻め込んだのだし、ローザリア・ドレストスが気付くのも当然なのである。


「ウィル。この街から伸びる街道は、どの国にも繋がっているのだな」


 陣を敷き、天幕の中で夕食を摂りながら、ローザリアがウィリスに言う。

 食事は羊肉を入れたレンズ豆のスープと、固いパンだ。パンはナイフで切り分けながら、スープに浸して齧っている。

 彼女は指揮官として多少は豪奢な椅子に座り、小さな折りたたみ式の卓を前に置いていた。スープとパンは、その上に置いている。


 ウィリスは彼女の斜め横に座り、同じく食事を摂っていた。他に居る者はハンスとリリー、それから護衛の兵士が二名ほど、入り口の前に立っている。


「うむ――そうだな。かつて東西の帝国が一つだった頃、この地が首都だった事もあるそうだ」


 ウィリスは頷くと、スープを一口だけ啜る。


 二人の会話を聞いていたハンスが、生真面目な顔で言った。


「……スカイハイという名は、ここから全ての地を睥睨する――という意味合いで付けられたそうです。確かハンニャポンチョス二世の御代でしたか……」

「む……それは、いつ頃の時代なのだ?」


 ローザリアが食事を止めて、首を傾げている。


「そうですなぁ……今から五千年ほど前でしょうか。実に実に偉大な王で、四海を制した王であるとか――」

「ほう、それは――ハンニャポンチョス二世……どのようなお方だったのだ?」

「は……威風堂々とした、見目麗しきお方だったようです」

「威風堂々? 見目麗しき? 女――なのか?」

「それはもう、ローザリアさまの様に凛々しいお方であったと」

「ほ、本当か? 照れるな……」


 両目が弧を描き、だらし無く笑みを浮かべたローザリアが言う。そこで間髪入れず、ハンスが人差し指を立てた。


「まあ、全て嘘ですが……」

「むぐッ! 貴様、どこから嘘をいていた!」

「ですから、全てと申し上げました。スカイハイの由来など、私、露程も存じません」

「なん、だと……」

「だいたいハンニャポンチョスなどと言う名と並べられて、ローザリアさまは恥ずかしく無かったのですか?」

「いや、その……昔の人なら、そんな感じなのかなぁと……」

「ローザリアさま、ここ、大丈夫ですか?」


 ジットリと目を細めて、ハンスが自分のこめかみを指で突つく。「はぁ――」溜め息を吐いて、そのまま言葉を続けた。


「そんな名前の人、いる訳が無いでしょう。しかも二世って何ですか、二世って」

「ハンスが自分で言ったんだ」

「まあ、そうでしたな。それなら、あ――そうだ、ローザリアさま。いっそ、ハンニャポンチョス三世を名乗ってみては如何です? きっとお似合いですよ――アハハ」

「ぐぎぎぎぎッ! ハンス、貴様ァァアアアア! もう我慢ならんぞォォォ!」


 匙を投げ捨て、ローザリアが立ち上がる。許すまじ! と思っていた。

 するとリリーが仲裁に入ろうというのか、ハンスを睨む。眼鏡がギラリと輝いていた。


「ハンス――いくらローザリアさまの脳や胸がネズミ並に小さくて、この程度の嘘さえ見抜けないとしても、相手は主君なのです。きちんと礼節をもって接しなさい」

「いぎッ! 胸は関係なかろう、リリー!」

「リリー……その言い様はネズミに失礼でしょう。あれは多産な生き物ですし、胸はしっかりとありますよ」

「そうですね、ハンス。確かにネズミには申し訳ないことを言いました。何しろローザリアさまは多産どころか、子供を産む前段階の経験すらされていませんから……」

「なるほど、リリー。だからローザリアさまの胸は抉れているのですね」

「そうですね、まことにお可哀想なことながら……」

「だ れ が 抉れてるかッ!」

「わたくしと比べれば、ローザリアさまの胸などは山脈の前の大渓谷ですので、ついその様な表現になりました」

「ふむ……まあ……」


 ウィリスの視線がローザリアとリリーの胸を交互に行き交う。大平原の小さな家と、頂の見えない山脈程の差が確かにあった。


「ふぐぅぅぅっ!」


 ウィリスに比べられたことを悟ったローザリアが、下唇を噛んで目に涙を溜めた。

 けれど、泣き寝入りする彼女ではない。腕まくりをして前に出る。

 この有様を見て、流石にフォローすべきだと判断したウィリスが口を挟む。


「おい、二人とも。ローズは魔法だって使うんだぞ? いくら何でもネズミと比較するのは酷い。それに俺は、戦略家としての彼女を評価しているのだ」

「違う、ウィル、胸ぇ……」


 残念ながらローザリアがフォローして欲しいのは、胸であった。

 巨乳のリリー、丁度良いサイズで形の良いミシェル、それに隠れ巨乳のナディアとくれば、いい加減に自信を喪失するローザリアだ。

 もちろんサラのように貧乳仲間もいるが――しかし僅差で負けている。実際に測った後、サラのドヤ顔には殺意を覚えたものだ。

 そのあと思い悩む余り、サキュバスのミスティに相談もした。


「なあ、胸を大きくする方法、ないかな?」

「ありますよ。男に揉まれるのです」


 言われてローザリアは、さっそくウィリスにこう言った。


「さあ、私の胸を揉むのだ!」

「ローズ……無いモノは揉めない……」

「私だって少しは成長している!」

「ああ……毎日ミルクを飲んでいるものな……」


 しかし残念な子を見る目で頭を撫でられ、惨敗を喫した。

 以来、ローザリアに胸の話題は禁句だ。なのに、それと知って振ってきたリリーが許せない。

 そのリリーは首を傾げたあと、いかにも名案を思い付いたようにハッと顔を上げて言う。

 

「……そうだ、ローザリアさまはマンドレイクとそっくりです。キィキィと五月蝿いですし、魔法も使いますよ」

「いや、マンドレイクは植物だろう。だいたい、あれは魔法というより呪いであってだな……それなら動物であるネズミの方が近いぞ」


 ウィリスが顎に指を当て、諭す様に言う。

 もちろん、ローザリアは大噴火である。


「いい加減にしろ――貴様ら! それにウィル! 最後に納得しおってッ! 私は断じてネズミなどではないッ!」


 言うなりローザリアは天幕を飛び出し、夜の闇へと駆け出して行く。半べそだった。

 ウィリスは呆然と見送っていた。

 天幕の入り口にある垂れ布が、捲られたままになっている。その先では、ザァザァと雨が降っていた。


 どうやら庇うつもりが、逆に傷つけてしまったらしい。

 ウィリスは呆然としながら、固いパンを齧っていた。


「――ご主人さま。差し出がましいようですが、走り去る女を追うのは男の役目かと」

 

 眼鏡をクイッと持ち上げ、リリーがしたり顔で言う。

 いや、大半はお前のせいだろう……と思いながら、ウィリスが席を立つ。


「そう……だな」


 リリーの複雑な気持ちには、もちろん気付いていなかった。


 ◆◆


 ウィリスは天幕から出ると、幾人かの兵士にローザリアの行方を聞く。

 降り続く雨の中だ、兵達は鎧兜を濡らし、ぬかるんだ地面を踏みしめている。

 早くローザリアを連れ戻して天幕に入れなければ、風邪を引いたら大変だ。


「ドレストス伯のお姿を見かけなかったか?」

「ああ、あちらへ行かれましたよ」


 皆、同じ方向を指差している。となれば、ローザリアを見つけるのは容易であった。

 ローザリアは陣営から僅かに離れた、小さな丘に登っているらしい。


「ローズ」


 ウィリスが呼びかけると、ローザリアはプイッと顔を背けた。「チュウ、チュウ」と言っている。

 どうせネズミ並みの脳なら、ネズミと同じように返してやる――と思ったらしい。雨に濡れた銀髪を額に張り付け、不貞腐れていた。


「すまん……」

 

 ウィリスが、申し訳無さそうに頭を下げている。

 ローザリアはすぐに振り向き、ウィリスの顔を正面に見て――「チュウ」と言う。

「チュウ」の意味合いが変わっていた。「チュウをしてくれたら、機嫌を直してやるぞ」との意味らしい。

 

 降りしきる「サーッ」という雨音が、二人の暗い影を包んでいた。

 今なら誰も見ていない。雨がミシェルとの距離を遮断し、罪悪感も洗い流してくれるような気がした。

 そう思いながらも、ウィリスは頭を振る。ここは戦場で、彼女と自分は指揮官だ。浮かれていて良い時と場合ではない。


 苦笑を浮かべたウィリスはローザリアの頬を軽く触り、身体の向きを変える。


「出来ない」

「意気地なし」


 ウィリスの目には、スカイハイの西門が映っている。それはつい先ほどまで、ローザリアが見ていたのと同じであった。


「さて、どうやって落とすか――」


 ウィリスは、ローザリアがこの場所へ来た理由を察していた。だから、こう言ったのだ。

「ふぅ」と溜め息を吐き、ローザリアもウィリスと同じ方向を向く。どうやら「チュウ」は、して貰えそうも無い。


 けれど来るなりウィリスが自分の意図を察してくれたようで、そこは嬉しかった。

 一軍の司令官が食事時の戯れ言で、本当に取り乱したりはしない。ただあれ以上遊んでいても、意味が無いと考えての事である。


「どうやっても何も、まずはエンツォどのが到着しなければな」


 口を尖らせて、ローザリアが言う。不満と同時に照れ隠しだ。尖らせた唇は万能だな――と思う。


 今のところゲディミナスとローザリアの率いる二万二千だけで、スカイハイを囲んでいた。

 配置は西に民兵の一万五千、南にシラク兵の三千五百、東に同じくシラク兵の三千五百だ。

 北側を空けてあるのは、エンツォが現れる方向だからである。

 彼等とは互いに伝令を送り合っているので、到着が明後日だということは分かっていた。


 とはいえ雨中の行軍は、ぬかるんだ道に馬車の車輪が取られ、難航するのが常。遅れる可能性も考慮した方が良い。


 そういった点も考慮して、彼等の到着前に街を包囲したのだ。

 全軍が揃わない状態での包囲に、ミリタニア側は首を捻るだろう。

 彼等は一様に「罠ではないのか?」と疑い、時間を費やすこととなる。


 或は考えた結果、三千五百を配置した南や東に兵を向けるかもしれない。

 そうなれば堅牢な城塞に籠られるよりも、よほど組みし易くなる。

 来てみろ、手痛い逆撃を加えてやるぞ……などとローザリアは考えてみたが。


 しかし、この様子ならば敵は出て来ないだろう。

 降り続く雨のせいで、騎兵が使い辛いからだ。

 援軍が到着する見込みの無い敵軍が、この状況下で攻勢に出るとは思えない。

 結局はローザリアの直感も、そう告げている。


「敵は、出て来ないかな?」


 顔に滴る雨水を手で払いながら、ローザリアが言った。


「出ないだろうな」

「雨だからか?」

「まあ、それもあるだろうが……ほら、防壁を見ろ。盛大に篝火を焚いているだろう?」

「雨の中で、ご苦労なことだな」

「うむ。それ程に、こちらの動きを警戒しているのだ」

「敵は臆病……なのか?」

「そうだ。ミリタニア王アルギルダスは、臆病なことで有名な男。雨を利用して起死回生に賭けるよりは、この何も無い時間を有り難いと思うだろうな」


 ローザリアがクスリと笑って、ウィリスを見つめた。


「私も敵は出て来ないと思っていた。将軍に及第点を貰ったようで、自信が付くな」

「今は将軍ではない」

「皆、将軍と呼んでいるぞ?」

「正式には、誰にも叙任されていない。強いて言うなら、あの日――位を剥奪されたままだ」

「そうか。今の私では、将軍を任命することなど出来ないのだものな」

「地位など、どうでも良い。ローズも気に病むな」

「いや――ドレストスを取り戻したら、まずウィルを将軍にする。それも、グラニアみたいに沢山いる将軍の一人じゃあ無くて、たった一人の大将軍だ!」


 ウィリスは笑みを浮かべ、髪を掻き上げる。

 雨を吸い取った黒髪はそのまま持ち上がり、彼の額を露にした。


「別に俺は、将軍位を望んだことなど無いぞ」

「私が望んでいる。大将軍なら、常に王と共にあるだろう?」


 ウィリスの胸甲を拳でゴンゴンと叩きながら、ローザリアが笑っていた。

 鎧の表面に付いた雨が陣営を照らす篝火を反射して、てらてらと輝いている。

 それから唐突にローザリアが話題を変えて……。

 

「ネイさまは私の判断を、怒っておいでかな?」

「――エンツォが到着すれば、分かることだ」

「そうだな……」

「どうした、ローズ? 不安なのか?」

「不安ではなくて、何と言うのかな……スカイハイを囲んでみて思うのだが……」


 言葉を切って、ローザリアがウィリスを見上げていた。

 いつの間にか、二人は見つめ合っている。


「国家の興亡は一瞬なのだな、と」

「だが、その一瞬が後世の人々の、長い年月を左右するのだ」

「ああ、そうだな。そうだ! ウィル――貴様、今、とても良い事を言ったぞ!」


 天幕に戻ると、びしょびしょに濡れた二人を見てリリーが溜め息を吐いた。


「風邪を引いたらどうするのです。そんな時に敵が攻めて来たら――」

「敵は攻めて来ない。ついでに言うなら味方も来ない。二、三日は適当に、行軍の疲れを癒せ」


 ローザリアの言葉に、ハンスとリリーが目を丸くした。

 ウィリスは苦笑すると、身体を拭いてさっさと横たわる。

 ローザリアも仕切られた場所へ行くと、どうやら身体を拭いてから眠るようだった。

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