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6 強さ

 ◆


 困ったように眉根を寄せるウィリスを見て、ローザリアも困ってしまった。

 もともと傭兵団など、無法者の集まりだ。現に三人いる隊長達も全員、脛に傷持つ身。今更ウィリスが犯罪の一つや二つに手を染めていたところで、構う事は無い。

 

 だいたい、それを言い出せばローザリアとてグラニア帝国の役人を手に掛けたことがある、立派な犯罪者だ。

 けれど役人を殺したローザリアには、当然ながら言い分があった。法を守るべき立場の者が、法を盾にして民を苦しめていたのだ。言うなればローザリアは、正義の鉄槌を下しただけである。


 だが彼女の行為が白日の下に晒されれば、きっと斬首になるだろう。その首も、タダでは済まない。街の広場にでも吊るされて、猛禽類の餌にされるのがオチだ。

 そういう事情も踏まえればグラニア帝国を出ることは、ローザリアにとっても頃合いである。


 翻って、この男はどうか?

 村人が襲われていると考えて、救援に来る様なお人好しだ。

 これで、どのような犯罪に関わるというのか。

 考えられるのは無駄な正義感を発揮し、卑劣な上官でも鉄拳で断罪したとすれば、納得できる。

 そうではないとしてもグラニアの裁く法に、今は正義があると思えない。


 どうあれ今のグラニアという国は、腐っている。

 確かに先帝イラペトラは名君だった。それは敗戦国の王族であるローザリアの目から見てさえ、文句の言い様が無い程に。


 だからイラペトラは帝国中どころか、周辺諸国の害虫すら駆除して回った。けれど彼が死んで一年足らず――虐げられた害虫共は肥え太り、更なる悪知恵を身に付けて帰って来たのだ。

 だから罰を与えられた者の罪が、必ずしも正当とは言えないのが現状である。


 ローザリアは長い睫毛を伏せて、首を左右に振った。


「いや……言わずともよい」


 どうして追放されたかは、いずれ語って貰うとしよう。今、無理に口を開かせたところで、ろくな事は無い。

 ローザリアは巨躯の男を見上げ、微笑を浮かべている。

 それにグラニアはいずれ自分が倒すべき敵なのだから、この国で仕事が出来なくても一切構わない。いっそウィルがグラニアと敵対しているなら、好都合じゃないかと思う。

 

 ローザリアは真っ直ぐな性格だ。一度物事を決めると、是が非でも己の意思を通そうとする。

 いよいよ彼を、傭兵団に誘おうと口を開いた。そしてそれは、彼に拒否権を与えるものではないのだ。

 

「ウィル、一つ提案がある。我が鉄血――」


 だが、そこまで言った所で、ローザリアの周りに傭兵達が次々と集まってきた。

 お陰で彼女は続々と現れる部下達に手を挙げ、頷き続ける羽目に陥っている。先の言葉が話せない。

 これは完全に盗賊の殲滅が終ったことを意味するので嬉しいことなのだが、ローザリアの頬は僅かにヒクヒクと動いていた。

 ウィリスはポカンと口を開け、「はぁ?」とボンヤリ辺りを見回している。


「団長。西の敵は全部片付けたぜッ!」

「よ、よし、サリフ、よくやった」


 褐色肌の剣士だ。相変わらずニヤけながらも曲刀をビュッと払い、敵の血を払い落としている。彼は何人かの部下を連れていた。

 

「東側も大丈夫だ」

「うむ、ご苦労だったな、グラハム」


 こちらは大斧を担いだ戦士だ。彼も数人を後ろに従え、荒い息を吐いている。鎧は返り血で真っ赤に染まっていた。


「ほら――賊の頭目だよ。金になんだろ?」

「アラニス、手間を掛けたな」


 背中に白い弓を背負った茶髪の女戦士が、縄で縛り付けた中年男を馬で引き摺ってきた。男の肩には、矢が刺さっている。

 アラニスはウィリスを一瞥すると馬を降りて、兵の一人に中年男を渡していた。


「殺すんじゃないよ。そんなのでも、一応は賞金首だ」

「あちゃあ……またアラニスの姉御に、持ってかれちまった!」


 褐色肌の剣士――サリフが額に手を当て、仰け反っている。わざとらしい仕草だとウィリスは思った。


 集まった傭兵達は全員が全員ともウィリスを見上げ、「なんだ、このデカブツ?」と言っている。

 集まった人数を数えれば、十五人といったところ。

 全員ではないようだと理解して、ウィリスは居心地が悪そうに肩を竦めていた。


 ローザリアはそれらを苦笑で受け止め、皆に説明を始めようと咳払いをする。


「彼の名はウィル。実はこれから――」


 言葉を続けようとしたところで、またもローザリアは遮られてしまう。

 もともと短気な彼女は、ダンと一度だけ大地を蹴った。

 しかしそれが重要な報告であったため、すぐに威儀を正して唇を引き結ぶ。


「団長! 村の北側から新手ですっ! 黒い装備の騎兵で、やたら強いっ! 問答無用で襲ってきやがった! 盗賊の奴等にあんな仲間がいるなんてッ!」


 見れば、報告を齎した男は背中に切り傷を負っていた。革の鎧が裂け、血がべっとりと衣服を濡らしている。


「大丈夫か?」


 奥歯をギリッと噛みながら、ローザリアが兜を手に取った。

 

「大丈夫です――団長がいつも言ってる……強い敵とは戦うなってアレ……実践しましたからッ!」


 大きく頷き、ローザリアは馬に跨がる。

 サリフも自分の馬があるようだ。すぐに乗り、鞘に収めた剣を再び抜く。


「数は?」


 アリシアが騎乗しながら、報告を齎した者に問う。


「五騎です! まだ村の中に入っちゃいない! ムラトとイルが食い止めてますッ!」


 傭兵達が頷き、全員の視線がローザリアに集まった。


「シーカー、ラック、お前達は、ここで賊の頭目を見張っておけ」


 シーカーとラックはコクコクと頷き、木の側でぐったりと項垂れる中年男の側に立つ。

 二人は傭兵団の中でも特に若い。ローザリアと同い年くらいの少年兵だ。

 二人が持ち場に就いたのを見届け、ローザリアが剣を掲げる。

 

「では皆、私に続けッ! どこの誰かは知らぬが、たったの五騎で我ら鉄血騎兵を敵に回した事、後悔させてやるぞッ!」

「「おうっ!」」


 他の傭兵達も、剣を頭上に掲げていた。


「ウィルはシーカー達と、ここで待っていてくれ。あとで話がある」


 ローザリアはそれだけ言うと、すぐに駆けて行く。まるで放たれた矢のようだ。

 ウィルはローザリアの背中と、軽く手を挙げて笑顔を見せるシーカーを交互に見る。それから顎に指を当て、考えた。


 黒い装備の騎兵――というのが気にかかる。

 現皇帝ブラスハルトは奴隷制と共に、不死隊アタナトイも復活させたという噂があった。

 当然、先帝の意思に叛く行為だ。噂の域は出ていない。

 だが、いとも容易く奴隷制を復活させたブラスハルト帝のこと――その噂が真実ではない、と言えるだろうか。

 ましてや元不死隊(アタナトイ)であるウィリス・ミラーが失脚した今、その復活に異論を唱える者は、きっといない。


 もし、この敵が不死隊(アタナトイ)だとすれば、目的は自分の殺害だろう。

 馬車を降りて、当日の深夜だ。推理は余りにも簡単だった。


「せめて国境を出るまで待てなかったのか? いや――俺が傭兵団と接触したから、焦ったのか?」


 ウィリスは奥歯を噛み、唸る。結局殺すなら、さっさと処刑しやがれ――と思うのだ。

 だが多分、様々な政治的思惑が働いているのだろう。 

 事実、帝国の中にはウィリス・ミラーを殺したい者と、殺したくは無い者が混在している。

 その結果が『国外追放』という曖昧な帰結となっているのだ。

 だが殺したい側からすれば、それは妥協以外の何物でも無かった。放置など、出来るはずがないのだ。


 どちらにしても相手が不死隊アタナトイならば、傭兵団が危ないとウィリスは思った。

 しかも自分のせいで、彼等を危険な目に遭わせることとなる。村人を助けに来たのに、これでは本末転倒だ。ウィリスの頬に、焦燥の汗が光った。


 慌ててウィリスもローザリアの後を追う。村の北に辿り着くと、まだ戦いは始まっていなかった。

 どうやら、ローザリアは冷静だったらしい。

 村を囲む柵の後ろに弓兵を配置し、自らは二騎を率いて敵の眼前に立っている。敵が迂闊に飛び込めば、弓矢の餌食になるという配置だった。


 敵が普通の騎兵なら、これで退く。ローザリアは、まったく間違っていない。

 しかしウィリスは、敵の装備を見て慄然とした。

 黒衣黒甲――かつて自らも、あの装備で戦っていたのだから。


 ウィリスはローザリアの側に身を寄せ、言った。


「ローザリアさん、あれは俺の客です。迷惑を掛けて申し訳ないけれど、ここは下がって下さい」


 申し訳なさそうに肩を落とすウィリスを、兜の中から緑色の目が睨む。

 彼女の眼光は烈火の如き怒りを孕み、ウィリスの臆病な心を貫いた。


「愚か者めッ! 奴等は既に、我が鉄血騎兵にも喧嘩を売ったのだぞッ! あれが貴様の客だろうと、今更下がる訳にはいかぬッ!」


 ローザリアは背後を振り返った。視線の先には血溜まりの中に倒れ伏した馬と、横たわる二人の身体が見える。傭兵団の仲間だろう。まだ息はあるようだが、重傷だ。


 ウィリスは再度、ローザリアに懇願した。

 次の瞬間、彼女があんな目に遭わないとは言えない。

 ローザリアは若いのだ。彼女には無限の未来がある。それをこんな所で、血溜まりの中に閉ざしてはならない――そんな想いからだ。

 

「あれは帝国軍の特殊部隊です……戦わない方がいい。お願いです、退いて下さい。あとは俺に任せて……」

「特殊部隊? だとして、たかが五騎だ。我らの敵ではない」

「――あれが不死隊アタナトイだとしても、ですか?」

不死隊アタナトイ、だと?」


 ウィリスの表情と正面の騎兵が発する威圧感から、ローザリアはこの言葉が真実であることを理解した。一瞬だが、表情が固まる。

 不死隊アタナトイと云えば、父を殺した男の率いた部隊だ。既に廃止されたと聞いて久しい。

 最強だった父を殺し、最強となった男の率いた部隊。そう思うと、様々な感情が湧いてくる。

 しかし――とローザリアは思う。今更、退けるものでもなかった。


「そんなものが、一体何をしに来たのだ? まさか貴様と茶を所望している訳でもあるまい?」

「欲しいのは多分――俺の命でしょう」

「だったら、尚のこと退けんぞッ! 貴様は武器さえ、持っていないではないかッ!」

「……いいんです。俺が殺されれば、それで去るでしょうから」

「何を馬鹿なことを言っているッ!」

「馬鹿なことでは、ありません。ただ、俺が死ねば済む話なんです」


 こうまで言われると、流石にローザリアもカチンとくる。

 それほど自分の作り上げた傭兵団が、頼りにならないと言うのか。

 たった五騎の敵を前に、後れをとると思われているのか。

 何よりウィルは何故、そうまで自らの命を蔑ろにするのか。


 確かに、目の前の五騎が放つ威圧感は凄まじい。今まで出会った敵とは比べ物にならないだろう。

 しかし、ローザリアには勝つ自信があった。

 敵の戦力を五割増しで計算しても、なお勝利は揺るがない。だからローザリアは言った。


「ウィル。貴様、死を望んでいるな? それならどうだ、私がこの局面を切り抜けられたなら――私に貴様の命を寄越せ」

「命を?」

「そうだ」

「あなたが俺を、殺してくれると?」


 ウィリスの言葉に、あきれ果ててローザリアは首を左右に振った。


「違う。我が剣となって私の為に戦い、私の為に死ね――どうせ要らぬ命なら、せいぜい私の為に使えと言っているのだ」

「この局面を切り抜けられれば……それも良いでしょう。でも、無理です。相手が悪い――」

「ふっふっふ……言ったな? では、約束は守って貰うぞッ!」 


 ローザリアは改めて、剣を掲げた。

 これで一つ手駒を手に入れたと、ロザーリアは確信する。

 戦さで大盾を持たせれば、城攻めの際にも役立つだろう。たとえ死んだとて、もともと要らぬ命と言うのなら、構うものかと考える。


「やめて下さいッ! 無駄に兵を死なせますッ! ローザリア! あなただって危ないッ!」


 だがウィリスは、まだ叫んでいた。

 しかし彼女は、もはや聞く耳を持たない。

 ここで負けるようなら帝国の打倒など、所詮は単なる夢物語だ。ローザリアは決意を込めて、目の前の五騎を睨んだ。


「行くぞ、帝国のクズどもッ! たった五騎で我らに挑むなど、身の程を知れッ!」

お読み頂き、ありがとうございます。

評価、ブクマ、感想待ってます。

よろしくお願い致します。

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