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5 傭兵団

 ◆

 

 村の中心に来ると女は馬を降り、井戸の縁に背を付いて兜を取った。白いマントが風で揺れている。女の凛とした空気感は、貴族のそれを思わせた。


 やはり彼女も、この時代、無数にいる没落貴族の一人なのだろうか。

 だとすれば奴隷解放を謳ったイラペトラ帝が、反対した貴族や国をいくつも滅ぼしたからだ。その片棒を担いだウィリスにも、責任の一端がある。

 お陰で帝国は史上最大の版図を誇るようになったが、半面、領土や財産を失った貴族、王族達も多い。

 どちらが正義だったかと問われれば、ウィリスは迷わずイラペトラ帝と言うだろうが、相反する正義があることも、むろん彼は理解していた。


 もしも彼女が没落貴族の一人なら、イラペトラ帝のことも自分のことも、きっと恨んでいるだろう。

 運が良ければ、殺されるかも知れない――そう思うウィリスの心は、既に壊滅寸前である。


「私の名は、ローザリアだ」

「ローザリアさん、ですか。俺はウィ……ルです」

「ふむ……ウィルか」


 ローザリアは自らの出自を語っていないが、ウィリスは後ろめたさからか、本名を言えなかった。「だが、嘘ではない」と自分に言い聞かせて、彼女に再び頷く。


「はい、ウィルです」


 死にたいけれど、いざ死が迫ると恐い。ウィリスは自分の無様な本質を垣間みて、思わず目を伏せる。

 黒衣黒甲の無い俺なんて、所詮はこんなモノだと自嘲していた。

 

 と、不審に思ったのか、ローザリアがウィリスの真下から顔を覗かせている。ドギマギした。改めて見ても、やはり彼女は美しい女性だった。

 銀色の髪は、目元や肩口で切りそろえられている。スパッとした彼女の性格と、よく合っていた。

 しかし緑色の目は、クリっとして大きく愛らしい。ウィリスが最初に見た印象よりも、どうやら彼女は若いようだ。二十歳にも達していないだろう。もしかしたら、十五、六歳かもしれない。若さにおいて、彼女はミシェルに勝利した。


 だがミシェルの方が、総合的にはギリギリで勝っているはずだ――とウィリスは思う。

 何故ならローザリアには、女性特有の曲線が無い。鎧のせいかもしれないが、少なくともぺったんこだ。それに比べればミシェルの、なんと豊満なことか――。

 そのミシェルをゲートリンゲンのヤツが……と考えれば怒りと絶望でウィリスの血管は、ブチンと切れそうになる。


「すーっ……はーっ……」


 深呼吸をした後、改めてウィリス・ミラー内、美女コンテストで世界第二位となったローザリアを見つめる。やはりウィリスは再び死にたくなった。

「俺がウィリス・ミラーだ。さあ、殺せ」と訳の分からないことを、ぶちまけたい。しかしローザリアは「貴様、でかいなぁ……うむ、うむ」と妙に感心していた。

 

「――ではウィル。まず、状況を説明しよう」

「はい」


 ローザリアの声で我に返ると、ウィリスは小さく頷いた。ピクピクと脈打つこめかみを押さえている。


「――我々は村に雇われ、盗賊団を殲滅していたのだ」

「殲滅? するとここは、盗賊団の拠点ですか?」

「ぷっ……そんな訳あるか」


 口元を押さえて、ローザリアが笑みを見せた。

 思わず吹いてしまったという体だが、零れる白い歯で点数がアップする。

 ウィリスの中で、若干ローザリアがミシェルに近づいた。しかしミシェルの笑顔を思い出し、再び点差が開いてゆく。


 思い出の中のミシェルは自らケーキを焼き、笑顔でウィリスに振る舞ってくれた。

 あの傲慢なミシェルがケーキを手作りしたのだ。こんなに嬉しいことがあるか?

 これに勝つなど、如何なる美女でも不可能だ。たとえ味が壊滅的でも、ミシェルのケーキは最高だった。


 ウィリスは涙目になる。やはりローザリアは第二位のままだ。

 この思い出を崩すが如く、ゲートリンゲンがミシェルのケーキを貪り食うならウィリスの目は、瞬く間に血涙で赤く染まることだろう。


 しかしローザリアは、そんなウィリスの葛藤など知らない。ただ彼を見上げ、笑っていた。


「あはは……貴様、面白いことを言うなぁ」

「……はぁ、すみません」

「いや、いい――実はな、我らは十九名しかおらん。対して奴等は五十だ。これでは盗賊の拠点を制圧するにも、数が足らんだろう?」

「……ですね」

「うむ。加えて村としても、我ら以上の傭兵団を雇う金が無いと言う。我らを雇うにしても、二週間が限度だ、とな」

「それは、中々厳しい条件ですね」

「ああ、そうだ。しかし、受けた仕事は必ずやり遂げるのが、我が『鉄血騎兵』の信条でもある」

「――つまり、敵をここにおびき寄せた、と言うことですか?」


 ウィリスの言葉に、ローザが戸惑った。

 この男は、せいぜいが歩兵崩れの犯罪者だろう、と、タカを括っていたのだ。それが話の先読みをして、状況から作戦を判断したのだから、戸惑うのも当然である。

 一つ咳払いをして、ローザは話を続けた。


「うむ、その通りだ。敵の数を減らす罠を仕掛けた上で、な」

「罠とは?」

「貴様も見ただろう? 燃える家だよ。もちろん、村長には家屋を燃やす許可も取ってある――これで十人程度の賊を殲滅した。戦いが楽になったぞ」

「ですが、村人にも被害が出たのでは? 悲鳴が聞こえました」

「ああ……あれか? ははっ、あれは私だ」

「……え?」

「何だ、信じないのか? やって見せても良いが?」

「いや、結構です――しかし、どうやって賊を今夜、おびき寄せたのですか?」


 ウィリスは悪戯っぽく笑うローザリアから目を逸らし、疑問を口にした。

 誘き寄せて罠に掛けることは、用兵の常道だ。しかし熊や狼ではない――相手は人間である。そうそう、容易く罠に掛かるモノでもない。

 だからこそ将ならば、罠そのものよりも、いかにして敵を罠に誘き寄せるか――という点に力を割くものだ。


「そんなものは、簡単だ。村の裏山で金が出たと、噂を流してやった。明日には帝国に報告すると、尾ひれも付けてな」

「なるほど」

「ついでに、幾ばくかの金を見せてやった。小屋に金が隠してあると伝えたら、喜んで飛びついたぞ――あとは、ほら、見ただろう? 『ボンッ』だ」


 ローザリアは掌を窄めてから、大きく開いた。同時に目も大きく見開いている。

 あまり表情を変えない人かと思っていただけに、ウィリスは少し驚いていた。同時に彼は、彼女と比較する対象も変えている。


 目の前のローザリアと同じく、自らの用兵を楽しそうに話す男がいた。

 それはかつて自分を友と呼び、幾多の戦場を駆け抜け、不敗のまま逝った男。先帝イラペトラ・ジーク・サーリスヴォルトだ。


 ウィリスは少しだけ、微笑んだ。イラペトラを思い出す時、彼の心はいつも温かさに包まれる。

 彼の大志は、圧倒的な力による中央集権だ。全ての民は皇帝の下、平等であると言っていた。 

 

「実のところ、それさえ建前さ」


 イラペトラはそう語り、ウィリスの背をポンポンと叩いた。


「俺は神じゃない。民もまた、神ではない――皆、人なのだ。むろん、奴隷とてそうさ。国とは人が創り、育むものだ。誰もが幸せになれる仕組みを目指してな……だから俺は別に、帝政に拘る必要とて無いと思っている」


 この時のウィリスには政治など分からなかったが、イラペトラの言わんとすることは理解したつもりだ。自分を友と呼ぶのも、きっと根底にある平等の思想からなのだろう。

 もちろんローザリアが、イラペトラと同じ思想を持っているとは思わない。

 だが、この口ぶりから彼女が傭兵団の指揮官だろうことは想像できた。

 その彼女が策を練り、巧みに兵を操って自らの目的を達しようとする姿は、どこか彼を彷彿とさせるのだ。

 

 もしかしたら彼女は何時の日にか、世界で二番目の用兵家になれるかもしれない――ウィリスの心にローザリアの言葉は、そんな予感を齎した。

 

「おい、今度は貴様のことを教えてくれ」


 ウィリスが微笑んでいると、ローザリアが片方の頬を膨らませていた。


「俺、ですか?」

「ああ、そうだ。さっきから私ばかりが喋っている、ずるいではないか」

「それは……その……」

「大体な、その恰好からして、おかしかろう。火を見つけたので暖まりにきた、と言っても、きっと私は信じるぞ。一体、何があったのだ?」


 人差し指を一本だけ立て、ローザリアがしかめっ面で言う。表情のコロコロ変わる人だ、とウィリスは思った。むろん、好意的な意味で。


「帝都を追放になりまして……それでここに」

「帝都から、ここに?」

「はい、国外追放になりました。この国に居られるのは、あと三十日ほどです」

「ふうむ……」


 ローザリアは悩み、顎に指を当てている。予想通りの答えではあった。

 実のところローザリアは、ウィリスを傭兵団に誘おうかと考えていたのだ。

 元兵士であれば戦い方を知っているだろうし、この巨躯だ、期待値は高い。

 何より彼女は傭兵団『鉄血騎兵』を絶対に強く、大きくしなければならない理由がある。その為にも、数が必要なのだ。


 しかし国外追放となると彼を入れた場合、グラニア帝国の仕事を受けられなくなる。

 それはつまり、世界最強の軍事大国を敵に回すことと同義なのだ。

 いや、敵と言わぬまでも、友好的とはいかなくなる。


 だが――ローザリアにとって、グラニアはやがて倒すべき敵。

 これ以上グラニアに、尻尾を振る必要があるのか? そう考えた時、答えは否だった。


 何より、グラニアに戦争を吹っかける国など、この南西諸国には既に無い。

 イラペトラ帝が西の大国トラキスタンとの戦争に勝利して以降、周辺諸国はこぞってグラニアに恭順の意を示しているからだ。

 辛うじて戦さを続けているのは、トラキスタンの影響下にある西北諸国くらいか。それも、ここからは遠い。

 ゆえに最早この地では戦争の仕事など無く、このように小さな盗賊退治の依頼を引き受けている有様。


 戦争の無い所で、一攫千金はありえない。そして千金がなければ、傭兵団は大きくならない。ならばいっそ、弱小国に自らを高く売った方がマシである。

 そう考えればウィリスを団へ入れても、何ら問題はない。


 などと考え理屈を作っているが――実のところローザリアは目の前の男を妙に気に入っていた。あえてそこに理由をつけるなら、ウィリスと記憶の中にある父の姿が似ていたからかも知れない。

 ローザリアの父もまた、大きな男だった。

 それ故にローザリアは、ウィリスを団に入れる前提で物事を考えているのだ。


「貴様、何をやって国外追放となったのだ?」

「――言わなければ、なりませんか?」


 腕を組み、仕方の無いヤツだ――と言わんばかりの口調でローザリアが問う。

 だがウィリスの心には、重い扉があるようだ。

 ローザリアがいくら押した所で、決して開く事の無い重厚な黒い扉が――。

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