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38 帝都スペリオル

 ◆


 木々が赤く色づき始め、肌寒さを感じ始めた頃……。


 ウィリスとローザリアは戦勝の祝賀が開催される、トラキスタンの帝都へと向かった。

 ローザリア・ドレストス男爵の主な随員は、ウィリス、ミシェル、グラハム、ミスティの四人だ。

 後は様々な事情から人員が増えて、総勢五十名の行列となっている。

 

 本当は主要な者達全員を連れてスペリオルへ行きたかったローザリアだが、どうもグラニアの周辺がきな臭くなっていた。

 ネイからも、軍の主力を本国へ残すよう通達されている。

 サラの組織した機関からの情報も、危険な香りを漂わせるものばかりだった。


 場合によっては、トラキスタン軍が動くかもしれない。

 そうなれば、再びグラニアとの大規模な戦争だ。

 ローザリアの領地であるレギナ・レナは、グラニア側のカラードと国境を接している。

 となれば即応は必須であるから、彼女はイゾルデを守将として残していた。

 武将としてもハンスやリリー、ショゼフを残したので、たとえ大軍で攻められても、一月程度は持ち堪えるだろう。


 とはいえ道中のローザリアが、ずっと気を落としていたのは別の理由だ。

 スペリオルに到着すれば、ウィリスとミシェルの結婚が本当に決まっていまう。

 もう覚悟は出来ているとはいえ、まだまだ祝う気にはなれないローザリアだ。

 そんな訳で彼女は、ミスティが何を話しかけても上の空。

 ずっと「ああ」「うむ」しか言わなかった。


 けれどローザリアは、だからといってもう、ウィリスを口説かない。

 それはミシェルとの関係も、色々と改善されたからだ。

 今では彼女を友人だと思っている。

 友人から恋人を奪うなど、ローザリアには出来そうもなかった。

 

 ――――


 ローザリアの煩悶とした内心とは裏腹に、旅は順調に進む。

 途中、中々に大きな盗賊団に出くわしたが、ウィリスの大喝で降伏した。

 聞けば、彼等は旧グラニア軍の敗残兵だったとのこと。

 ウィリスは仕方なく、彼等をドレストス軍に編入させた。


 とはいえ、これ以上軍が膨らんでも、レギナ・レナでは養いきれない。

 そのような問題も、ローザリアの頭を悩ませる種となっていた。


 ただ、これに関してはサラが役に立ってくれている。

 夏の終わり頃、彼女は領内の柄杓の形を統一させた。小麦の収穫高を、正確に量る為だという。

 領内で生産される作物の量を知れば、養える兵の数も大凡おおよそが分かる。

 また、「カラードには金山がある」という話を聞いた。

 だからこそグラニアはカラードを欲し、トラキスタンから奪い取ったのだと。

 こういった話も、サラが密偵から集めた情報であった。

 

 ともあれ、現在のドレストス領で養える兵の数は少ない。

 サラはローザリアに、こう告げている。


「常備軍は、五百。無理をして、千ってところです」

「おい……我が軍は今、一万四千人おるぞ……」


 プルプルと震える声で、ローザリアは言った。


「まず、モートンにはネイさまの下へ戻って貰いましょう」


 こんなローザリアに対し、サラはサクッとリストラを提案。

 こうしてクレイモア守将モートンは、千人の兵と共にノイタールへと戻ったのだ。

 

 しかしここで、ウィリスがまたも二百の兵を得てしまった。

 だから当然、ローザリアの頭も痛むのである。

 ゆえに目下、彼女が何としても欲しいのがカラードの金だ。

 そんな訳で近頃のローザリアは、「金が欲しい……」「ああ」「うむ」が口癖となっている。

 だから今も彼女は溜め息と共に、金をことを口にしていた。


「はぁ……ウチにもっと、金があればなぁ。金が欲しいなぁ……」

「金、金と言うな、ローザリア。みっともない」

「ウィル……誰のせいでこうなったと思っておる……!」

「分かっている。だからカラードを獲る算段を立てているだろう」

「そんなことを言って、本当に獲れるのか? 失敗すれば、ウチは破産だぞ」

「サラの齎した情報が本当なら、大きな戦さとなる。グラニアも動けまい。その隙をつけば、カラードは獲れる」

「本当か……?」

「とはいえ最悪の場合は、ネイどのに金を借りる他あるまいが……」

「バカッ! ウィルッ! この期に及んで借金などとッ! そうなるならば、私が何とかするッ!」


 何だか仕事をしない亭主と働き者の奥さんのような会話だな――と思うグラハムは、目を伏せるミシェルを見て、少し切なくなった。

 

「ま、世の中、ままならねぇもんだよ……な」


 ◆◆

 

 巨大な城門を潜ると、中は煌めく様な大都会が広がっていた。

 と――思うのはローザリアとミスティだ。

 二人はグラニア帝都、グラスコールを見た事がない。

 ウィリスは二つを比べて、単純に「似ているな」と思う。

 当然だ。二つの都市は帝国が一つであった頃、同じ時期に作られた姉妹都市なのだから。


 東西の帝国が一つであったころ、その帝都はミリタニアに置かれた。

 ミリタニアは帝国の臍とも言うべき位置にあったし、アマンド湖という豊富な水資源もある。

 土壌は豊かで平野部も多く、まさに巨大な帝国の首都とするには、うってつけの場所だった。


 その意味ではグラスコールやスペリオルは、東西の蛮族に対する備えといった趣きが強い。

 だからどちらも地形が複雑な場所にあり、政庁は丘の上に作った。当然、かつては無骨な要塞であったのだ。


 しかし現在は随分と形も変わり、どちらの政庁も巨大な宮殿へと姿を変えていた。

 とくにスペリオルにおいては、丘の上で街を睥睨するように聳える宮殿は民の誇り。

 黄金色に輝き朝日や夕日を照り返す屋根の姿から、スペリオルに住まう人々は皆が、この宮殿をこのように呼び讃えている。


 我らが黄金宮殿――と。


 またスペリオルはグラスコールに比べて人口は八十万と一歩譲るが、その分、南方諸国との活発な交易によって様々な人種がいる。

 真っ黒い肌をした者も入れば森人エルフもいるし、短身だが頑強な岩山人ドワーフもいた。

 とくに岩山人ドワーフの細工物は、スペリオルが一番流通している。

 それはトラキスタンの最西部に、彼等の国があるからだった。


 ローザリアもミシェルも、店先に並ぶ岩山人ドワーフの銀細工を、微笑みながら見つめている。

 もしもこれが行列でなければ、彼女達はきっとウィリスにねだっただろう。

 そして、喧嘩を始めたに違いない。


 ドレストス男爵領の一行は、つつがなく街路を進み、二つ目の城壁に辿り着く。

 これもまた巨大な城壁だ。見上げながら、門衛にローザリアが名乗る。


「ウルド公国レギナ・レナ領主、ドレストス男爵である」


 すると奥の小屋から身なりのよい役人が現れて、恭しくローザリアに挨拶をした。


「これはこれは、閣下。お待ち申し上げておりました」


 なんと役人は、皇帝が与え給うドレストス家の屋敷に案内をする――と言う。

 ローザリアは小首を傾げつつミシェルと目を見交わし、「なんであろう?」と話した。


「凄いわね、早速作って頂けたの?」

「いや、まさか。私のような男爵ごとき、宿を借り上げて頂けたなら上出来と……むしろ広場なりをお借りして、野営するつもりであったのだが」

「ローズ……あなたねぇ……貴族を何だと思ってるの」

「え、ミシェル……駄目なのか?」


 役人はニコニコとして馬上のローザリアを見上げ、轡をとった。


「ドレストス家は我がトラキスタンにとっても、特別にございます。さ、こちらへ」

「う、うむ」

 

 役人に導かれ、いよいよ中心街へと入って行く。

 大きな街路を、何台もの馬車が行き交っていた。

 その中を、ローザリア達一行は進む。


 今ではローザリアも、トラキスタン帝国諸侯の一員である。

 その堂々とした行進は、何人に妨げられるものではない。

 逆に平民や奴隷が彼女の行列にぶつかれば、脇に避けて頭を垂れた。

 これを見て、ローザリアは隣を進むウィリスに言う。


「特別扱いというのも、何だかあまり……面白いものではないな」

「ああ。だから、イラペトラさまは戦ったのだ。たとえ全世界を敵に回そうとも、そういった貴族的な価値観と……」

「頭を垂れる奴隷と我らに、いか程の差があると言うのか」

「無いさ。ただ、己を強者と思う傲慢が奴隷を生み、虐げる。けれどそれは、いつだって取って代わることが出来るものだ。だから――」


 トラキスタンの役人が側に居る為、ウィリスも大きな声では答えない。


「分かっているさ、ウィル。私が変えてやる」

 

 ローザリアはウィリスに頷き、微笑んだ。

 もはやウィリスと強固な繋がりを保つのは、あの日の誓いだけ。

 だからローザリアは、何としても世界に「平等」を齎したい。

 それが出来ないようなら、自分にはもう、剣たるウィリスを持つ資格が無くなるのだ。

 恋人にはなれなくとも、側にいてくれるだけでいい。

 そう願うローザリアの、秘めたる願いであった。

 

 だから実際にロザーリアは、既にレギナ・レナの奴隷制を廃止している。

 ウルド公ネイも、それに反対をしなかった。

 どころか、「あら、いいわね!」の二つ返事で受け入れている。

 実のところネイも、近々奴隷を解放しようと考えていたらしい。

 

 理由は「税が取れるから」だそうだ。


 奴隷のままでは職が無い。

 職の無いものからは税が取れないが、職があれば税も生まれる。

 それに奴隷には、軍役が無い。

 人口に数えられていないからだ。

 けれど奴隷が人口に加われば、ウルドの人口が倍加する。

 彼等が国を守る為に戦えば、戦力も増強されるという寸法であった。


「考えてみれば、奴隷も人なのよ。人を奴隷にしておくのは、勿体ないわ」


 この様な理屈は、イラペトラでは有り得ない。

 だが別の意味で、ウルド公ネイも開明的な君主であったらしい。

 彼女の考えを最初に聞いた時、ウィリスは開いた口が塞がらなかった。

 けれどローザリアは「なるほど」と理解を示し、その正当性を認めたのである。


「だって考えてもみよ、ウィル。奴隷に職がなければ、解放された彼等は何処へ行くのだ? 職があれば税を払うのは当然だし、自らの国を守るには戦わねばならん。私は至極真っ当な考えだと思うぞ」


 ウィリスは「うーむ」と唸り、イラペトラの思想を思い返した。

 彼はただひたすらに平等を念じていたが、このような構想を持っていたのであろうか。

 あるいは、持つ前に倒れたのだろうか……。

 どちらにせよ彼亡き後、奴隷制度は復活の一途を辿った。

 ローザリア・ドレストスという少女が、歴史の舞台に躍り出る前までは――。


 ――――


 ドレストス領の一行が案内された場所は、大きな館であった。

 人によっては、宮殿と見紛うかもしれない。

 大きな前庭は整然として樹木が並び、中央には人工的な池がある。

 その先に赤い屋根の、大きな屋敷が鎮座していた。


 正面の屋敷からは廊下が延びて、左右の少し小さな屋敷と繋がっている。

 当然、奥にも別の棟があるのだろう。そう予感させる奥行きの深さであった。


「如何でしょう、男爵閣下。こちらはドレストス王家のお屋敷にございます」

「如何も何も、これでは千人とて泊まれよう!? このような屋敷、提供される謂れはないぞ!?」

「提供、というよりも、お返しするのでございますよ、閣下」

「返す!?」


 ローザリアが、素っ頓狂な声を上げている。

 彼女は確かにドレストス王家の血筋を名乗っているが、実際に過ごしたのは小さな騎士家の家屋だった。

 それが目の前の屋敷には、きっと百以上入るであろう。


 確かに、そんな彼女も今ではレギナ・レナの政庁に暮らしている。

 が――しかし政庁と比べてすら、この屋敷の方が大きかった。


 役人が、恭しく頭を垂れる。


「我が主リュドミール三世陛下は、亡きドレストス王シグムント陛下に、深い友誼を感じておられたそうにございます。その忘れ形見たるローザリアさまには、爵位はともかく、お屋敷だけでも返して差し上げたいとのこと――お受け取り下さりませ」


 ローザリアの目が、僅かに潤んだ。

 といって、父と深く話した記憶など無い。

 けれど自分のやってきたことが、少しでも報われたと思ったのだ。

 傭兵として始まり三年――ようやく自分がドレストスであると認められた気がする。

 

「そうですか――リュドミール陛下には、何とお礼を申し上げて良いか……」


 馬を降り、ローザリアが役人に礼を言う。

 彼女は鼻水を啜り、目を赤くしていた。

 役人としても、これほど喜んでくれれば甲斐もあったと思えるだろう。

 彼も礼を失することなく、ローザリアに別れを告げた。


 こうしてスペリオル滞在の第一日目は暮れていく。

 ただ、この屋敷に五十人は、ちょっと大き過ぎた。


 ともあれ戦勝の大祭は、三日後に迫っている。

 それまでの間は各自、自由だとローザリアは宣言をした。

 自由といっても結局、剣や魔法の訓練に励むローザリアに、全員が付き合ったのだが……。


 ――――


「悔しくないのですか……ミシェル」


 翌日、剣の稽古をローザリアにつけるウィリスを遠目に、ミスティがミシェルに話しかけた。

 ミシェルは中庭の四阿で、本を手に紅茶を飲んでいる。


「どうして?」

「ウィリスさまの心が、あの人のものだから」


 そう言うミスティに首を傾げ、ミシェルは言った。


「そうね」

「そうねって……」

「いいのよ。私、気付いたのだわ。ウィルが私を想うことが重要なのではなく、私があの人を想うことが大切なの。それに――あの人は応えてくれるもの。十分でしょう?」

「人間とは、そういうものなのですか……?」

「さあ? 私が変わっているのかも知れないわ。でもね、ミスティ。私がローズにウィルを貸すのは、昼間だけなのよ、うふふっ」


 ニヤリと笑って、ミシェルは本を置く。

 その妖艶な笑みはサキュバスであるミスティをすら、たじろがせるものだった。

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