30 ノイタール会戦 2
◆
上空で、横一線に並んだ十頭の飛竜。
その大きな口がガバリと開き、紅蓮の炎を吐き出した。
最前で大盾を頭上に翳し、防壁隊が炎に耐える。
魔法の防御効果と相まって、盾が炎を相殺した。
ローザリアは尚も上空を見上げ、命令を下さない。
「まだだ……」
下ろした面頬の内で、冷たい汗が頬を伝う。
弩砲兵は用意した。けれど大型ではない。
その殺傷力を最大限活かすには、しっかりと引き付ける必要がある。
竜騎兵も飛竜のブレスが効かないと知るや、高度を落とす。
その十騎の後ろにも、控えた十騎の姿が見える。
どちらにしろ彼等の目に、大盾に隠れた弩砲の姿は見えなかった。
ローザリアは十分に飛竜を引きつけ、再びブレスを放つ直前を狙う。
飛竜の口が、再び大きく開いた。
「撃てッ!」
瞬時に射ち出された矢が空を切り、飛竜共の口に吸い込まれてゆく。
いくら硬い鱗を持とうとも、口の中ならばどうか。
そう考えて編み出した、ローザリアだけの対飛竜戦術だった。
しかし、惜しむらくは二度と通用しないこと。
この一撃で十の飛竜を撃墜したが、残りの十が上空で旋回していた。
だが、ウィリスの強弓が弓弦の音を高らかに響かせ、上空の飛竜を穿つ。
並の者では、五人でも引けないだろう。ウィリス専用の弓だ。
その射程距離は、実に弩砲の二倍。
安全圏だと思っていた場所への攻撃だ。
肩を穿たれ、飛竜は錐揉みで落ちる。
流石の竜騎兵隊も、撤退するほか無かった。
その様を見て、ウィリスは呟く。
「頭を狙ったんだが……どうも、弓は駄目だな」
そうしているうちに、“ドドド”と大地を揺るがす馬蹄の音が響き渡り、戦局が変わる。
上空の竜騎兵が下がり、前方には帝国の軍団が姿を現した。
大きく広げた陣形からは、ドレストス・ルイード連合軍を半包囲しようという意図が見てとれる。
ローザリアは敵の旗を見て、リュッセドルフが率いる八千であることを確認した。
「よしッ!」
まさに狙い通りの展開だ。思わずローザリアが声を漏らす。
そして矢継ぎ早に、命令を下した。
「グラハムッ! 防壁隊を全体に薄く展開ッ! 敵の突破を許すなッ!」
「おうッ!」
重装備のグラハムが、巨大な戦斧を片手に頷いた。
「ハンス、リリー、二人は防壁隊に穴が出来たら、その場所へ向かってくれ。それぞれ二人ずつ、不死兵を付ける! 十分か?」
「愚問ですな。やりましょう」
鎧すら身につけず、パリッとした執事服のハンスが言う。
双剣を手に、彼は足だけで騎馬を操っていた。
「あら、私はご主人さまとご一緒したかったのですが……仕方がありませんね」
キラリと光るメガネをクイッ。
リリーは相変わらずの侍女服だ。馬にすら、跨がっていない。
今にも紅茶を入れそうな雰囲気だが、笑みを浮かべた口元は殺伐としていた。
「アリシアは弓箭兵を率い、防壁隊を援護ッ!」
「任せなッ!」
自慢の白い弓を掲げ、アリシアが頷く。
「ウィル! 貴様はサリフとカミラを率い、全騎兵をもって敵の左翼を潰せッ!」
「御意ッ!」
ウィリスは馬を駆り、騎兵を纏めつつ自軍右翼へとへ向かう。
陣形が、急速に再編されつつあった。
「シェリルとミスティは随時、魔法で援護しろッ!」
「分かりました」
「お任せを」
ローザリアに頷き、シェリルが杖を強く握る。
普段あまり表情を変えない彼女も、少しばかり緊張していた。
ミスティは生真面目に頷き、微笑している。
上位悪魔って、こんなに素直だったかな?
とサラは考え込んだ。
「サラ、何か助言はあるか?」
「いいえ、不愉快な程に完璧です」
「ならばあとは、かねての計画通りに……」
「はい」
サラは森人の斥候を呼び寄せ、策を耳打ちして再び放つ。
「最初の伝令以外は、全て殺しなさい」
「御意」
ローザリアは剣を掲げ、兵士達に叫んだ。
「勝つぞォォォォッ!」
兵士達も、歓呼で応える。
「オオオオォォォオオッ!」
ここに至るまで、彼女はまだ一敗とてしていない。
そういった指揮官は、この時代、じつに希有な存在であった。
――――
ローザリアが言う「かねての計画」とは、このようなものである。
まずウィリスが率いる五百の騎馬隊で、敵左翼を破砕。
これを足がかりに、全軍を右へと旋回させていく。
一方、敵右翼に対して味方左翼は防戦に徹する。
つまり敵の左翼を後退させ、右翼が前進する形とするのだ。
すると、両軍で陣が回転していくこととなる。
これこそが、ローザリアの狙いだった。
なぜこのような事をする必要があるかと言えば、ミシェル軍の到着を待つ為だ。
イゾルデは確かに一万の兵を掌握したが、その代わりミシェル共々、後方へと下げられた。
建前としては皇妹を護るという名目だ。無理も無い。
お陰でミシェル軍が戦場に到着するまで、二、三時間は掛かるのだ。
こうなると簡単に挟撃してリュッセドルフを倒す――という策はお蔵入りとなった。
先にミシェル達と合流というのも、互いの位置から不可能だ。
だからこうしてローザリアは、新たな戦い方を考えたのである。
とはいえ、これとて薄氷を踏む様な戦術。
リュッセドルフが直接指揮を執る兵は、八千である。
五千で八千の兵を手玉に取るのだから、細心の注意が必要なのは当然だろう。
絶対に突破されてはいけない。
万が一どこか一部でも突破されれば、ドレストス・ルイード連合軍はズタズタに引き裂かれる。
だが逆に、陣の回転が終ればこちらのものだ。
その頃には、ミシェル軍も到着するだろう。
しかし――ローザリアには不安もある。
万が一ミシェルの寝返りが嘘であったら、確実に挟撃されるのだ。
ここからはもはや、ミシェルとイゾルデを信じるしか無い。
だが上手く両軍が合流できれば、確実にリュッセドルフを追い込める。
なぜなら今度は彼が、河を背に戦うことになるのだから。
◆◆
いよいよ、双方の主力同士がぶつかる。
決戦の火蓋は、ウィリスの咆哮で切られた。
「ウォォォォォォォオオオオオオオオオッ!」
漆黒の巨馬に黒衣黒甲。
紫のマントこそ無いが、あれがウィリス・ミラーであることは、誰の目にも明からだった。
味方であった頃は、あれほど頼もしい姿は無かったはずだ。
そう思う帝国兵は彼とすれ違い様、あっけなく上半身と下半身を分断されて絶命する。
ウィリスは、槍を右に、左にと振るう。
彼を止められる者は、いない。
敵が真っ二つに分たれ、道が開かれた。
一騎駆けなら、これでいい。
が――全体を押し返すには、足りなかった。
これでは点であり、線を繋げる必要がある。
全軍が回転するには、さらに面で敵を動かす必要があった。
ウィリスは左側で、突出する騎馬を見る。
サリフだ。
最初に彼を見た時は、盗賊まがいの軽薄な傭兵だと思っていた。
しかし付き合ってみれば、彼も一本芯のある、いい男。
グラハムと同様、気も合った。
「行けるかッ!?」
ウィリスは槍を掲げ、前へ行けと指示を出す。
「人使いが荒いねぇ、デカブツゥ!」
サリフの曲刀が翻る。
陽光を煌めかせながら、彼は曲芸のように敵を斬り裂いた。
ときおり手から迸る炎は、“烈火の魔女”を思わせる程だ。
強い――ウィリスですら、そう思う。
これ程の戦士がローザリアの下にいた事を、ウィリスは心から喜んだ。
「へっ、逃げてんじゃねぇよ! ん? ああ、逃げてくれていいのか?」
言いながら、サリフが敵を蹴散らしている。
彼が新たな戦場の伝説になる日も、近いのだろう。
後に彼は、“黒炎”の二つ名を手にするのだから。
一方ウィリスの右側にも、点を線とする存在がいた。
「おらおらおらぁあああ! どけ、クゾザコォォォオオオ!」
神官のカミラだ。
彼女はルイード騎兵を率い、身体と同じくらいに大きい戦棍を振り回している。
右に薙いで敵のあばらを折り、左に振り上げては敵の頭蓋を粉砕した。
そんな彼女の姿を見て、グラニア軍はこう渾名する。
“鮮血の破壊神”
だが彼女は、まだ若い。
だから自身の力に歯止めが利かず、カミラは全体から突出した。
いつの間にか彼女は単騎、敵に囲まれている。
お付きの大柄な戦士とも、離れてしまっていた。
「クソザコの分際でぇぇえええ!」
“ブン”と戦棍を一閃。周囲の敵を蹴散らすも、余りに多勢に無勢。
ウィリスは一時、戦線を部下に任せ、彼女の援護に駆けつけた。
「カミラ・エイブラムスッ! 深追いするなッ! 部隊と離れてはならんッ!」
大声で叫ぶウィリスの声が聞こえたのか、返り血に染まった真っ赤な顔で、彼女が振り向いた。
彼女の瞳には漆黒の鎧を着て、全身を返り血で染め、極太の槍を振るう戦士の姿が映っている。
カミラはウットリとして、言った。
「ああ、わたしぃ――戦神さまの化身を見つけましたぁ……運命ですぅ」
ウィリスの背筋に、悪寒が走る。
しかし、全ては手遅れであった。
――――
激闘は、一時間ほど繰り広げられた。
徐々にだが、ローザリアが思い描く通りに戦況が推移していく。
一時、グラハムの防壁隊が破られそうになった。
しかしそれもハンスとリリーの活躍により、抑え込む事に成功している。
頭上から迫る竜騎兵の炎は、シェリルとミスティ、それから新たに加えた魔術師団が防いでいた。
攻めあぐんで焦れた竜騎兵が不用意に近づけば、アリシアの弓箭兵が狙い射つ。
魔術師団と弓箭兵の見事な連携だ。
陣形は既に、半分ほど回転を終えていた。
ミシェルの軍も、姿が見える場所まで迫っている。
ローザリアは戦況を眺めながら、自身の采配に、まずは及第点だと頷くのだった。
ちょっと短めでした。今日中にもう1話投稿します!
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