25 夜を待て
◆
ハンス・チャーチルは飛び、剣を一振り。
“ドォォオオオオオン”
飛竜の首が落ち、城壁の床寸前で刃はピタリと止まっている。
その速度は音を超え、衝撃波をまき散らすかと思われた。
剣圧で、周囲の空気が砂埃と共に舞い上がる。
“ヴォン”
ハンスが鞍上に座る騎士を睨んだ。
「……私の酒代の為に、死んでくれ」
空色の鎧を身に纏う彼は、悔しさに奥歯を噛み締めた。
竜騎兵となるには、一頭の飛竜に認められなければならない。
そこに至るまでには、過酷な訓練と経験の蓄積があった。
特に飛竜と友情を育むのは、至難の業である。
共に眠り、共に狩りをし、時に戦う。
そうして生み出された信頼関係から、ようやく飛竜は竜騎兵を、その背に乗せるのだ。
それは親友であり、親子であり、兄弟であり、恋人だった。
竜騎兵は怒りに打ち震えながら、己を睨み据える男に剣を向ける。
刹那――別の角度から刃が現れ、竜騎兵の首が飛んだ。
いつの間にか目の前の男の義手が、剣を握っている。
首だけとなった竜騎兵の最後に見たものが、それだった。
「やれやれ。腕が鈍ってるぞ、これは……それとも、義手のせいか? ……変え時かもしれんな」
ハンスは今や両手に剣を構え、戦場に立っている。
彼が動くところ、右に、左にと飛竜が斬り刻まれていた。
――――
リリー・パペットは飛竜の懐へ飛び込み、拳を一閃。
比較的柔らかな腹部に拳がめり込んで、巨大な飛竜が悶絶した。
「グアアアアアアアァァァァァァァ!」
圧倒的な絶叫――そして悲鳴。
リリーが拳を引き抜くと、ヌメリとした赤色が彼女の手甲を覆っている。
すぐに飛び、今度は飛竜の頭に踵を落とす。
飛竜の頭蓋が砕け、黄色い目玉が飛び出した。
さらにリリーは落ちかける飛竜の首を駆け、搭乗者たる竜騎兵の首を締め上げた。
“ギリギリギリギリ――ボキリ”
軽く左手で首を掴み、持ち上げただけのつもりだった。
しかしリリーが首を傾げる先で、竜騎兵は死んでいる。
白目を剥き、舌をだらんと零しながら。
「これが、名高き竜騎兵ですか?」
かつて帝国最強の名を二分した、不死隊と竜騎兵。
されど、その戦闘力には雲泥の差があった。
――――
空に晴れ間が戻り、ローザリアは頃合いを確認した。
竜騎兵が押され始め、敵が浮き足立っている。
下方で城門を破壊しようとしている敵に、ローザリアは矢を放った。
「シェリルッ! 雷撃魔法ッ!」
「はいっ!」
晴れ始めた空に暗さが戻り、シェリルの呪文で敵の頭上に雷が落ちる。
むろん敵にも魔術師がいて、それが防がれるのは織り込み済みだ。
これを合図にして、二つの山に潜んだローザリアの兵が動き出す。
――――
「行くぞ、お前らぁ」
気楽に言うのは、褐色肌の男――サリフだ。
彼は奴隷としてグラニアに連れてこられ、十五年。
主人を殺して自由になったものの、行く当ても無く彷徨った。
やがてドレストスに行き着き、九死に一生を得る。
そこで何とか補助兵の仕事を得るものの、グラニアが侵攻してきて国は滅ぼされた。
サリフの過去を知らないグラニアは、望むなら兵士として取り立てると言った。
奴隷は悪しき習慣であったから、もはや無いとも言っていた。
しかし彼を救ったのは自分の剣であり、未だ奴隷を是とするドレストスという国である。
今更、グラニアの旗を仰ぐ気にはなれなかった。
彼は今、八十の騎兵を率いてカラード軍へと向かう。
やるべき事は、決まっていた。
ドレストス軍で覚えた、騎射戦術だ。
見れば反対側の山からは、アリシアが同じく姿を現している。
――――
アリシアは雷光を眺め、笑みを浮かべた。
手に持った白亜の弓を掲げ、馬腹を蹴る。
彼女の物心がついた頃、ローザリアが近所にやって来た。
貴族とは名ばかりの騎士の子と紹介されて、近所だからと面倒を見る様に言われたのだ。
最初は何でも疑問を口にして、何かがあると大声で喚くローザリアが苦手だった。
それが変わったのは、いつのことか。
ある日ローザリアは学校で、いじめを見た。
その事をアリシアは、学校から戻った彼女から聞く。
翌日ローザリアは、傷だらけで戻って来た。
聞けば、「やっつけてきた」と笑うではないか。
見ず知らずの人の為に自分が傷ついて、それでも笑っている人間がいるなんて……。
アリシアは、自分が酷く矮小な人間に思えた。
以降――彼女も、曲がったことが許せない性質となったのだ。
全部、ローザリアのせいだ。
だから、ローザリアに全てを捧げた。
彼女が傭兵団を立ち上げた、あの日から。
アリシアは八十の騎兵を率い、敵の後方を衝く。
反対側からは、サリフも迫っていた。
合計で百六十の騎兵が交差し、馬上から一斉に射撃する。
敵の最後尾は、予備の騎兵であろう。
しかし密集している為、即座には動けない。
面白い様に、敵は混乱した。
矢が当たった騎士は落馬し、尻を刺された馬は駆け出す。
駆け出した馬が前方の歩兵を蹴倒して、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がった。
アリシアとサリフはすれ違い様、改心の笑みを浮かべて拳を交わす。
「ずらかろうぜッ!」
サリフが言えば、アリシアも返す。
「ああ! バカにゃ関わっちゃいられない――ってね!」
二人は大混乱に陥ったカラード軍本陣を尻目に、早々と引き返す。
まさに赫赫たる大戦果であった。
むろん、それ以上に余計な事はしない。
傭兵時代に培った「命あっての物種」という「誓い」を、忠実に守ったからである。
◆◆
その夜、レギナ・レナ城壁では、ささやかな宴が開かれた。
飛竜と竜騎兵が現れたときは、皆が死と陥落を覚悟したはずだ。
しかし蓋を開けてみれば、その半数を打ち倒し、敵本陣を大混乱に陥れた。
ハンスとリリーの協力があったとはいえ、これは誇って良い戦果である。
「お主らが来てくれて、本当に助かった」
ローザリアがハンスとリリーの手を取り、心からの感謝を示す。
「大した事では、ありません」
大人の余裕を見せて、軽く微笑むハンス。
一方で全てを正直に語ってしまうリリー・パペットは、彼と対照的だ。
「気にする必要など全く、ありませんわ。わたくし達、酒場のご主人に頼まれただけですので。飲食代を無料にする代わり、ローザリアさまをお助けして欲しいと。ちょうどお金を持っていなかったものですから、むしろ、こちらが助かったくらいです。ごちそう様でした」
キラリと光る眼鏡をクイッ。
けれど言っていることは、とても情けないことであった。
ハンスの頬が、怒りでヒクついている。
「リリー、こっちへ来い。貴様はミラー家の威光を何だと心得る。だいたい我らがだな――……」
「――ガタガタと五月蝿ぇな、このクソハンス。文句があんなら、そのナマクラで語れやッ!」
「……上等だ、このアバズレメイド! 寸刻みにして魚の餌にしてやらぁ!」
二人はもはや、キスをせんばかりの距離である。
オデコとオデコをくっつけて、眼光だけで相手を殺せる程の勢いで睨み合っていた。
流石にこれはまずいとローザリアが間に入り、何とか魔人同士の争いを止める。
「ま、待ってくれ、二人とも! それは、路銀が尽きたということであろうか? 行く場所は決まっておるのか? もしも行くあてが無いのであれば、どうだ、我が鉄血騎兵に入らぬか? お主らの強さはよく分かっておるし、給金は弾むぞッ!」
ハンスとリリーは顔を見合わせ、同時に首を横に振る。
仲が良いのか悪いのか、まるで分からない二人だ。
「お気持ちは有り難いが、私の主は、ただ一人。別の方に仕える気は毛頭……」
「同じく、わたくしのご主人さまも一人だけです」
ローザリアは残念だったが、その、たった一人の主という人物に興味を持つ。
それで話を聞くと、彼等はもともと「ウィリス・ミラー」を訪ねてここに来たと言うではないか。
ローザリアの目に、光るものがあった。
ああ、ウィリス。貴様は私の側におらずとも、私を助けてくれるのか……と思ったからだ。
ローザリアは僅かばかり悩んだ末、感涙に咽びつつ彼等に語った。
「うむ……女とは港であり、男は即ち船。つまり私はウィルの港だからして、あやつは必ず私の下へと帰ってくるのだ。暫し待て」
ローザリアの言葉に、二人はそれぞれ首を傾げていた。
「ちょっと……言ってることが分かりませんな」
「何です、このサラちゃん並のポンコツは?」
目も当てられない、会話も噛み合ない三人に、適切な助け舟を出したのはグラハムとシェリルであった。
グラハムの目から見ても、ハンスとリリーが嘘を言っているとは思えない。
それをシェリルに相談すると、彼女も同意してくれた。
何よりシェリルは敵に飛竜を駆る竜騎兵がいる以上、彼等の協力は不可欠だと考えている。
だから口下手なグラハムに変わり、ローザリアの同意を得てシェリルがハンスに現状を説明した。
「ウィリスさまはドレストス男爵の騎士となり、今回の戦さに勝つため、ラエンカへ赴きました。その任は敵の物資を滅却することです。帰還は、もう間もなくでしょう」
「――なるほど。旦那様が敵の拠点の物資を……」
ハンスがニヤリと笑って、顎に指を当てる。
彼は愉悦を含んだ黒い瞳で、隣に立つリリーを見た。
リリーもまた、楽しそうに笑っている。
「それでは、こちらで待っていれば、ご主人様が戻られる――ということですね」
ローザリアは頷き、「だから、そう言ったではないか!」と剥れている。
自分を港に見立てた話を、彼女はことのほか気に入っていた。
こうして『鉄血騎兵』はハンスとリリーを加え、更になる戦力を得たのだ。
「明日も戦さは続く。あまり大っぴらに飲めとは言えぬが、多少は寛いでくれ」
二人と握手をして、ローザリアはニッコリと微笑んだ。
暫くして、アリシアとサリフが帰還した。
ローザリアは真っ先に二人へ駆け寄って、抱き合い、手を取って喜んでいる。
「二人とも、よくやった! よくやったぞ! お陰で敵も、援軍が来たと思い込んだのだろうッ! さっさと退いたからなッ!」
そんなローザリアの姿を見て、ハンスがポツリと言う。
「どことなく、イラペトラさまと似ておられる。旦那様が騎士となられたのも、頷けるな」
「……ミシェルさまとも似ておられるのが、ちょっと……わたくしは、あまり好きになれませんね」
リリーは少し寂しそうに、ローザリアの後ろ姿を見つめていた。
――――
その後、二日間ほどカラード軍の攻勢は無く、三日後に突如として総攻撃を仕掛けてきた。
「皆、耐えよ! これを凌げば、敵は退くッ!」
防戦の指揮を執りながら、必死で叫ぶローザリアには確信がある。
敵の動きが、目に見えて変わった。間違い無く、ウィリスが成功したのだ。
だからこそ、カラード軍は焦っているのだと思う。
レギナ・レナを落とせなければ、彼等の物資は早晩に尽きる。
もしかしたら、ラエンカへ帰還する程度の日数分しか無いのかも知れない。
――――
カラードの総攻撃を、遠く高台の上から眺める男がいた。ウィリス・ミラーである。
ウィリスは馬上で額に手を翳し、レギナ・レナの上空を見つめている。
黒い影が、五、六と見えた。
「飛竜が見えるぞ……どういうことだ?」
どちらにせよ、どうもこうもない。
レギナ・レナには飛竜と戦う装備が無いのだ。
ウィリスは無茶を承知で、敵中を突破しようと考えた。
そのとき上空に舞い、偵察に出ていたサキュバスが、彼の下へと降りてくる。
「ご主人! やったら強ぇのが二人、城壁の上で戦ってます! 飛竜なんか、全然寄せつけねぇっす! ありゃ、新種の魔神っすかね?」
サキュバスがウィリスの鎧にペタペタ触れて、嬉しそうに飛んでいた。
彼女は事あるごとにウィリスの股間を掴もうとするで、きっと今もチャンスを伺っているのだろう。
しかし、ウィリスには一辺の隙もない。
振り払い、投げ飛ばし、軽く捻る。だがサキュバスも馴れたモノで、その度に嬌声を上げていた。
彼女は痛みすら快感に変える、性のプロフェッショナルなのだから。
今も股間に手を伸ばすサキュバスの腕をねじ上げ、ウィリスが問う。
「ふむ……どんな二人だ?」
「いた、た……痛くなぁーい! 気持ちいーい! だってオレ、サキュバースッ!」
「……おい、答えろ」
「あ、はい……えと、えと、一人は銀の手甲をした女で、眼鏡を掛けてるっす。服が――ありゃ侍女っすね! で、男の方は背が高くて、白髪っすかね? で、あ! 義手なのに剣を持って、二刀流っす!」
「なるほど、な」
ウィリスは説明を聞いて、懐かしい二人である事を確信する。
「ハンスとリリーだ」
サラも同じく、頷いていた。
「良かった、生きていましたか……これで二人に貸したお金、やっと返して貰えます……」
どうやらサラは彼等に金を貸していたらしいが、それはウィリスの預かり知らぬことであった。
「そうか。ヤツ等がいるのなら、今、無理して戻る必要はない。夜にしよう」
ウィリスの言葉に「ウンウン」と頷いていたサラが、最後の言葉で目を剥いた。
長年培った副官としての勘が、これは危ないと告げている。
「閣下――戻ると仰いましたが、どうやって?」
「決まっているだろう。背後からの敵中突破だ」
「ああ、やっぱり……」
サラは額を抑え、馬上でグラリと揺れる。
サキュバスが背中の翼をバサリと広げ、彼女の身体を何とか支えた。
一応、主と使い魔の関係だ。
サキュバスとしては、落馬してサラに死なれても困る。
ウィリスがサキュバスからサラを受け取り、彼女に伝令を頼む。
彼は懐から出した紙に用件を書いて、サキュバスに持たせた。
用件は単純で、「夜、俺達が敵陣を突破し、カラード軍を混乱させる。その隙に門を開けて、敵に夜襲を仕掛けろ」というものだ。
「これを、ローザリアに届けてくれ」
「あいよっ!」
片目を瞑ったサキュバスが、空中でくるりと一回転。
そこでふと、ウィリスは彼女に名前を聞いた。
「ところでお前、名は何と言う?」
「ああ、オレかい? オレみたいな下級悪魔にゃ、名前なんてねぇよっ!」
「……そうか」
少しだけ彼女を不憫に思ったウィリスは、ちょっとした名案を思い付く。
あとで、名前を付けてやろうと思ったのだ。
もっとも、ウィリスは悪魔について深くを知らない。
名付けが何を意味し、悪魔に何を齎すのか――など。
ともあれ今は名も無きサキュバスは、一直線に空を飛ぶ。
ウィリスの手紙を携えて、レギナ・レナの中へ入り、ローザリアに手紙を手渡した。
「了解した――とウィルに伝えろ、魔物」
ローザリアは会心の笑みを浮かべ、手ぐすね引いて夜を待つのであった。
日刊総合ランキング41位になりました! ジャンル別ハイファンタジー11位です!
皆様から評価、ブクマなど、頂いたお陰です! ありがとうございます! もう、感謝しかありません!
目標の40位まであと一歩です! がんばります!(白目……はきそう……
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作者のやる気が上がります!




