24 不死兵二人
◆
レギナ・レナの酒場に、一組の男女が辿り着いた。
二人とも夏場が近いというのに、全身を真っ黒なローブで覆っている。
酒場の主人は、そんな二人にきな臭さを感じて、気付かれぬよう、視線を常に向けていた。
男の方が、ローブを脱いだ。暑かったのだろう。
男は細身でありながら、引き締まった右腕をしていた。
が、しかし――左腕が無い。
失ったのは、肘から下のようだ。簡易的な義手を付けていた。
女の方もローブを脱いだ。
白と黒のコントラストが美しい、侍女服に身を包んでいる。
が――それが所々で焼けこげ、破れていた。
特徴的であったのは、眼鏡と呼ばれる器具であろうか。
グラニア帝国では、視力の落ちた者の為、それを補助する器具があると聞く。
それが眼鏡だった。
主人は頼まれた品を二人が座る席へ運び、「ごゆっくり」と告げる。
彼等がグラニア人なら、何らかの意図があるのかも知れない。
新たに領主となったローザリア・ドレストスは、若いが主人にとっては上客だった。
彼等が彼女に害なす存在ならば、主人としては考えなくてはいけない。
そのとき、男の方が主人に問い掛けた。
「ここに鉄血騎兵なる傭兵団がいると聞いたのだが――ご主人は何か、存じませぬか?」
見れば男は四十代後半。ロマンスグレーに染まった髪はしっかりと整えられて、気品すら感じられる。
着ているものも、グラニアで言う所の執事服だ。
しかし異様なのは、両腕ともに袖が無いこと。そして、腰に差した二本の剣だ。
酒場の主は、鉄血騎兵を良く知っている。
雲を突く様な巨躯の男と、小柄ですぐに酔う、元気な少女の傭兵団だ。
いや、傭兵団というのは、今ではもう語弊がある。
先日、少女の方が領主となって帰って来た。だから彼等は騎士団だ。
とはいえ彼等は忙しなく、帰って早々、城壁に拠っている。
カラード軍が、攻めて来たからだ。
酒場の主人は、彼等がここ守ると言っている以上、逃げるつもりなど無かった。
だからこそ、今の彼は警戒している。
敵であるカラードとグラニアは繋がっており、今、そのカラードと鉄血騎兵が戦っているのだ。
目の前の二人がグラニア人だとして、何も企んでいないと、どうして言えるだろうか。
酒場の主人は笑っていたが、その内心は冷や汗をかいている。
「あんたら、旅の人かい? 鉄血騎兵に、どんな用があるんだ?」
「人を捜しています。ウィリス・ミラーという方で、大きく、逞しく、素敵で、愛しくて、ああもう……わたくし、言葉では言い表せませんわ……ご主人さまぁぁああ……」
「おい、リリー」
主人の問いに答えたのは、眼鏡の女であった。
彼女は頬に両手を当てて、どうでもいい事を次々と答え、ニヘラっと笑って机に突っ伏す。
眼鏡の女は黒髪を頭上で纏め、団子を作っていた。突っ伏した拍子に、横の毛がはらりと落ちる。
主人が見た所、彼女は美人だ。しかし、そこはかとない残念さも漂っていた。
そんな彼女を見て執事服の男が、「はぁ、このバカ女。死ねばいいのに」と溜め息を吐く。剣呑だ。
しかしすぐに口調を改めて、男が酒場の主人に説明をする。
「すみません――先日、事故がありました。その影響で今、彼女の頭は少し混乱していまして。ただ、ウィリス・ミラーさまを探しているのは、事実です」
「わたくしが混乱? 何を言っていますの? 失礼ですわね、ハンス・チャーチル。ブチ殺しますわッ!」
ガバリと起きて、侍女服の女が凄む。
いつの間にか手に銀色の手甲を嵌めて、立ち上がっていた。
この殺気は、異常だ。
はるかな昔、傭兵だった酒場の主人には、その事が分かる。
「あんたらは、ウィリスの旦那とどういう関係だい?」
だが、この反応なら敵とは言いがたい。
執事服の男が酒を飲み干し、「もう一杯」と注文をした。
「あなたも一杯、如何ですかな?」
酒場の主人がニヤリと笑い、壷に入った蒸留酒と杯を持ち、彼等の席に腰を下ろす。
リリーと呼ばれた侍女服の女は、「こほん」と一つ咳払いをして、大人しく座った。
どうやらハンスから、飴玉を貰ったらしい。
やはり少し、頭が残念な女であった。
――――
「そりゃ、災難だったなぁ。ウィリスの旦那にも、そんなことが……んで、ハンスさんが家令かぁ」
「――ええ。あの方は、れっきとした伯爵だったのですよ。で、リリーは単なる下僕ですがね」
「おい、ハンス。テメェの血は何色だ? 今ここで、確認してやろうか、え? あたしゃ侍女さまだよ、侍女さま! ウィリスさまの為なら、お風呂の世話から肉体奉仕まで、何でもやらぁ! ドンと来いッ!」
「リリー、お黙りなさい。今は会話中です。ほら、飴玉をあげますから……」
「わーい! りんご味、りんご味っと!」
三人の、何だかカオスな会話は続いて行く。
「でも、残念だったなぁ。旦那は今、こっちにゃいねぇぜ」
「それは、また、なぜ?」
「さあな、任務か何かだろう。知りたかったら、ローザリアさまを訪ねてみな」
「ふむ、分かりました。ありがとうございます、ご主人」
「なに、礼には及ばねぇよ」
「……では、行きましょうか、リリー」
ハンス・チャーチルは立ち上がったが、リリーは机につっぷしたままだ。
「もう一杯くらい頂いても、良いのではないかしら」
どうやら彼女は、すっかり楽しくなったらしい。貰った飴を、机の上でコロコロと転がしている。
今度は、ハンスが剣に手を掛けた。彼女の耳元に口を近づけ、凄んで言う。
「てめぇ、俺が下手に出てるうちに、さっさと言う事をききやがれ」
凄まじい殺気であった。
酒場の主人は首をヒュっと竦め、彼等にローザリアの居場所を伝える。
「ローザリア・ドレストスさまは今、城壁にいるぜ。カラードのヤツ等と戦ってるからな。ああ、そうだ。アンタ等、相当に腕が立つだろう? なに、俺にゃあ分かるぜ!
だからよ、ローザリアさまを手伝ってやっちゃくんねぇかな? 報酬は、ここの酒代ってことで……どうだ?」
リリー・パペットは眼鏡に指を当て、クイッと一度、持ち上げた。
ハンス・チャーチルはオールバックに纏めた髪を、右手で撫でる。
二人は顔を見合わせた。金なら――ない。
答えは、自ずと分かるだろう。
「承知、致しましたわ」
「承りましょう」
「頼むぞ!」と手を振る酒場の主。
彼に背を向け歩く二人は、軽く手を挙げた。
「危うく、無銭飲食をするところであったぞ……」
「……すっかり忘れて、注文してしまいましたわ」
◆◆
ローザリアはレギナ・レナを治める領主になったのも束の間、さっそくカラードの大軍と対峙していた。
といっても、かつてはレギナ・レナこそが国境防備の最前線。
クレイモアとは、カラードがグラニアの手に渡ったのちに作られた砦である。
比べれば、レギナ・レナの防備は年季が違った。
レギナ・レナは二つの山に挟まれた、盆地だ。
防御設備で主なモノは南北の城壁と政庁の砦だけだが、その実、街そのものが入り組んだ作りとなっている。
だから内部に侵入したらしたで、簡単に落とすことは出来ないのだ。
また、山中にもいくつかの小屋があり、敵が侵入した際には狼煙を上げる手筈となっていた。
といってローザリアは敵を街に入れるつもりは無いし、山中へ進ませる気も無かった。
今回はあくまでも北側の防壁に敵を集め、時間を稼ぐつもりだ。
それは何より、住民の犠牲者を出したく無いからである。
ローザリアは今、分厚い胸壁の上に立ち、北に陣を敷いたカラード軍を眺めていた。
彼女の側に控えるのは『鉄血騎兵』時代からの幹部、アリシア、グラハム,サリフの三名と、クレイモア守将のモートンである。
「山中へ迂回する部隊は、無いようですね」
モートンが前方にある、方形陣を縦に三つ連ねた敵陣を指差し、ローザリアに言った。
ローザリアも頷き、目を細めている。
「本陣は一番奥か」
侮蔑の意味を込めて、ローザリアの唇の端が吊り上がる。
サリフが面白そうに笑い、腕を汲んでいた。
「後ろから敵は来ねぇって、タカを括ってやがんだろ」
サリフに答えるアリシアが愛弓を手に取り、前方を睨む。
「やれってんなら、いつでも行くよ、ローズ」
『鉄血騎兵』は敵を混乱させる為、街の城壁に拠りながらも、随時反撃を行う考えであった。
たとえ兵力差があろうとも、ただ守るだけでは敵をつけあがらせるだけ――というのがローザリアの考えだからだ。
とはいえ、ローザリアは笑みを浮かべながらも内心では焦っていた。
何しろ一万の大軍を相手にするのは、初めての経験だ。
一つの方形陣が約三千として、一番後ろはやや厚い。だとすれば、四千と考えられる。
今回ローザリアが命じるのは、十分の一に満たない騎馬兵で、その陣を攻撃すること。
仕事としては、少し引っ掻き回して、さっさと引き上げる。これだけだ。
しかしアリシアとサリフに、それが出来るのかは未知数だった。
これがウィリスであれば、ローザリアも躊躇わない。
きっと彼女は「任せた」と言うだけだ。
ウィリスの方も、無言で出て行き、無言で戻るだけだろう。
しかし――サリフとアリシアに、これが可能であろうか。
もしかしたら彼等を失ってしまうかも知れない、そう思うとローザリアの心は、不安に満ちる。
けれど、決めたからには命じる他に道は無い。
「アリシア、サリフッ! それぞれ別れて山中へ潜み、合図とともに敵後方を攻めよッ!」
二人は八十騎ずつを率いて、それぞれ山中へと入る。
ローザリアは「くれぐれも、まともに敵とぶつかるな」と念じ、彼等の無事を祈るのだった。
――――
翌日は早朝から、カラード軍の攻勢が始まった。
「降伏しろ、成り上がりの小娘! 貴様の容姿は大層美しいと聞く! 今、泣いて許しを請えば、ディエゴさまの後宮で、飼ってもらえるやも知れぬぞッ! ウワハハハハッ!」
土色の鎧を身に纏う、大柄な男が進みでて口上を述べた。品の無い口上だ。
しかし、効果はあった。
城壁から、それを眺めていたローザリアは血管が切れそうな程、顔を真っ赤にしている。
「おのれッ! その素っ首、この私が斬り落としてくれるッ!」
今にも飛び出さんばかりのローザリアを押さえ、グラハムが怒鳴った。
「御託はいい! 豚の餌にしてるから、テメェら、さっさと掛かってこいやぁっ!」
――――
まず、敵は正攻法で攻めて来た。
破城鎚を二十人程度で押し、周囲を盾兵で固めて城門へと迫ってくる。
同時に長梯子を持った兵が続々と現れて、壁に取り付こうとしていた。
対してローザリアは矢を放ち、彼等が近づけば煮えたぎる油を落とす。
一進一退の攻防である。
しかし、まだ誰も城壁上へは辿り着かない。
一般的に城攻めとは、防御側に対し三倍以上の戦力を揃えなければ、成功しないと言われていた。
そう考えれば、ローザリアには敵の意図が見えない。
なぜなら敵は用兵の常道において、勝てないと目される戦力で攻めているのだから。
「射よッ!」
迫る敵に矢を射かけつつ、ローザリアは釈然としない気持ちで篭城の第一日目を過ごす。
翌二日目は敵側の魔導師が、空から炎を降らせることで始まった。
「風よ、渦巻けッ!」
しかしシェリルが“竜巻”の魔術をもって、無数の炎を蹴散らした。
蹴散らされた炎は、全て敵陣へと落ちて行く。
これで勝利かと思われたが、敵もさるもの……。
「聖陣展開ッ!」
青白く薄い膜が陣営全体を覆い、全ての炎を弾き返してしまった。
「敵には、中々の魔術師がいますね」
「ふぅ」と溜め息を吐きながら、シェリルがローザリアへ言う。
これで互いの魔術合戦は、当面のところ手詰まりとなった。
ただ、ローザリアはこれで少し気が楽になる。
シェリルの力が、十分に侯爵級の貴族に仕える魔術師と張り合えるからだ。
彼女は大国の宮廷魔術師に及ばない――と言っていたが、あれは謙遜だったと確信する。
戦局が変わったのは、午後だった。
空に暗雲が垂れ込める。初夏の午後だというのに、皆が妙に肌寒さを覚えた。
「ガァアアアアアアアアアアア!」
北の空から巨大な翼をはためかせて、何かがやってくる。
近づくとそれは、背が青く、腹部が白い飛竜であることが分かった。
その上には人が乗っている。竜騎兵だ。
さらに各飛竜は足に籠をぶら下げ、人を運んでいるらしい。
「あんなものがいるとは、聞いておらんぞッ!」
ローザリアが怒声を発した。
だが、今更遅い。全員に弓を構えるよう命じて、城壁上に防御陣を敷く。
しかし、こんなものは、気休めに過ぎない。
飛竜を迎撃するには、巨大な投石機や大型弩砲が必要だ。
むろん、ここには無かった。
飛竜の数は、見たところ二十。一騎で百人の兵に相当するという。
それが籠を持ち、中に十人の兵を乗せている。実に厄介だ。
当然、下方では総攻撃も始まっていた。
「防壁隊、前えッ!」
飛竜が口から放つ炎に備え、ローザリアが叫ぶ。
飛竜は次々と城壁上へ到達し、火を吐いた。
周辺の防御兵を排除してから、兵士を籠から降ろして行く。
そしてすぐに自らも鉤爪を振るい、防御兵達をなぎ倒し始めた。
飛竜を駆る竜騎兵達は、更に強い。
ローザリアが一騎に斬り掛かったが、軽く槍で弾かれ、転がされてしまう。
横たわったローザリアに、飛竜が炎を吹きかける。
グラハムが大盾を持ってローザリアの前に立ち、それを防いだ。
「団長は奥へッ! 全体の指揮を執ってくれッ! それから客人が二人、来てますぜッ!」
「う、うむ! 客人!? って今、そんな場合かッ!?」
「場合も何も……!」
グラハムも必死だった。
大盾を前に、防戦に徹することしか出来ない。
ローザリアは一端下がり、戦局全体を見渡す。
見渡しつつ自らの弓を取り、飛竜の目を狙う。
それしか、もはや手が無かった。
敵の歩兵は、大した事が無い。
問題は、二十騎に及ぶ竜騎兵の対処であった。
囲んでも蹴散らされ、矢も、目以外に効く場所が無い。
あんなものを隠し持っていたから、ディエゴは一度も負けなかったのだろう。
ローザリアは、悔しくて泣きそうだった。
もう、ここから退く事は出来ない。
退きたく無いのだ。
敵の戦力を推し量れなかった、自分に落ち度がある。
だとしても――。
「あれは、グラニア帝国の竜騎兵ですわ」
いつの間にかローザリアの隣に、侍女服の女が立っていた。
輝く眼鏡を指でクイッ。物知り顔である。
「あれが名高い……?」
「ええ。不死隊と並び称される、グラニアの最高戦力にございます。ま、並び称されるなど、不愉快ですけれど……」
ローザリアは悔しさに、うちひしがれていた。
その為、この誰とも知れない侍女と、普通に会話をしている。
「さても、さても……中々の危地ですな」
反対側に、袖の無い執事服を着た男が現れた。
音も立てず、急に現れた恰好だ。腰に二本の剣を挿していた。
防御側の兵士達が、慌てている。
ローザリアが狙われたのかと、一瞬だけ心配をした。
「仕方が無かろう……あんなモノがいるなど、聞いておらぬ」
が――当のローザリアが余裕綽々で会話に応じている為、皆、彼等を敵とは認識しない。
実際、敵ではないのだし……。
「義によって、助太刀致そう」
「ハンス。ここは、お金の為ですわよ? 無銭飲食のどこに、義が落ちていまして?」
顎に指を当て、ローザリアは左右を見た。
二人とも、背が高い。
――え? 誰? 助太刀、何?
ローザリアは首を傾げ、二人を見ている。
どうやら敵ではないらしい、ということは理解できた。
「五月蝿い、少し黙れ、リリー・パペット。さっさと戦闘を始めるぞ。全滅したら、旦那様に会わせる顔とて無いわ」
「ですわね、ハンス・チャーチル。でも、少しでも足を引っ張ったら、テメェからブチ殺してやりますわ」
二人は瞬時にローザリアの側から消え、刹那、二頭の飛竜を叩き潰していた。
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