23 夜の魔族と汚い花火
◆
ウィリス達が携行しているのは、一週間分の食料だ。
つまりカラードの公都ラエンカへ行き、作戦を決行して戻る。ただ、それを為すだけの分量である。
といって、大軍ではない。その気になれば三日で到達出来る距離だ。
全てが順調に進めば、多少の有余はあった。
先日、作戦内容と目的はサラにも説明している。
馬上で簀巻き状態の時であったが、その時の彼女は、あからさまにガッカリとしていた。
「サラ。ラエンカの中にいる森人達を使って、東門を開けて欲しい」
「東って、右でしたっけ?」
「……地図を見ろ。東は通常、グラニアとの行き来に使われる。であれば、おそらくは最も油断している門だ」
簀巻きのままでサラが瞼を数度、瞬いた。紫色の瞳が、明滅するように輝いている。
そして彼女はションボリした。
「……なんだ。使いたいのは私の身体じゃなくて、仲間達の方でしたか」
「その、語弊を招きそうな言い方はやめろ」
「私であればいつだって、手でも口でも下の口でも、お相手して差し上げるのに……」
「おい、サラ、やめろ。更なる誤解を招く」
「閣下だって、溜まるものは溜まるでしょう。普段はローズが居るからいいでしょうけど」
「俺とローザリアは、そんな関係じゃない」
「くふふ……知ってます、知ってますとも。この朴念仁野郎。テメェのナニは、飾りかい?」
「サラ、やめろ。ほら、レントンが俺を白い目で見ている」
「うう〜私はいったい、何を言って……あたま痛いですぅ……」
「お前、まだ酔ってるだろう? 話は、理解出来たのか?」
「酔ってなんて……うぷっ……たった今……よ、酔いました……馬に……」
その後、サラはとりあえず簀巻きから解放されて、ウィリスの腕に抱えられつつ先を行く。
馬の予備はあったが、サラは酒と馬のダブルパンチで酔っていた為、乗る事が出来なかった。
一方レントンは、その光景を羨ましそうに眺めていた。
もちろんウィリスほどの男が美女に囲まれるのは、当然だと思う。
今までは自分も、それなりに強いと思っていた。
だが、今は違う。レントンは、自分が弱いと思っているのだ。
レントンは、はやく自分も一人前の強者になりたいと思う。
そしてウィリスのように、複数の女性から「キャッキャウフフ」されたいと願っていた。
彼の野望は、「自分以外の全てが女性」の部隊を作り上げること。
しかも最強の部隊を――である。
だからレントンは、ウィリスがドゥ・イーターを討ち取った後、突撃隊に志願した。
最強の部隊を創るには、自らも強くあらねばならない。
なぜかそう考えてしまうレントン・ニルバスは、案外と律儀なのであった。
ウィリスの方も、ヴァレリーを慕っていた彼を気にかけている。
漠然とだが、男として一人前に育ててやろう――という気になっていた。
――――
カラード公都ラエンカに、大分近づいた。
山の麓に辿り着くと、ちらほらと民家が見え始める。
そこは戦時下であるにも関わらず、人や家畜が呑気に歩いていた。
普通の領主であれば、この様な場合は城壁で囲った都市の中へ、人々を避難させるものだ。
サラが呆れたように、口を開く。
「領主のディエゴは狡猾ですからね。領民を中に入れれば、それだけ都市内の食料が減る、と考えているのでしょう。もっともそれは、短絡的で愚かな選択ですけれど」
「そうだな」
不満顔で馬を進めるサラ・クインシーに、ウィリスは微笑んで見せた。
彼は久しぶりに、サラの長い耳を見つめている。
思えば、長い付き合いだと思ったのだ。
サラの年齢は確か、ウィリスよりも十五歳ほど上。
森人と云うのは人間よりも寿命が長い。
けれど、長過ぎる、という程ではなかった。
大体が百歳と少しの寿命である。最長でも、二百歳に到達した者はいないという。
けれど森人の特徴として、十五歳から六十歳くらいまでの間、容姿が殆ど変わらない。
それから四十年くらいを掛けて、ゆっくりと老化してゆくのだ。
だから森人の女性は、だいたい四十歳から五十歳を、結婚適齢期と認識していた。
ウィリスがもっともサラに言い寄られていたのは、五年ほど前だろうか。
サラを無職という窮地から救い、自らの副官にした、あの頃だ。
そのことに感謝して彼女は最初、自らの身を差し出そうとした。
ちょうど、結婚適齢期直前である。彼女は結婚したかった。
そしてサラは今こそ、結婚適齢期である。
「サラ、街の中に君の友人は、何人いる?」
馬を降り、村外れの雑木林に身を隠したウィリスが、遠くに見えるラエンカの城壁を指差しながら言う。
「えと……」
身体をピタリと寄せて、ウィリスの下から城門を眺めるサラ。
サラは今、金色の髪を後頭部で纏めている。
彼女の白いうなじが、僅かに汗ばんでいた。
正直、魅力的なうなじだ。
その様を眼下にして、ウィリスは「ぐぬぅ」と唸った。
サラ、渾身の一撃である。
そして振り返り、紫眼を潤ませ見上げて一言。
「わかりませぇん、教えて下さい、しょ う ぐ ん!」
かつて、これで落ちない男は居なかった。
最後の言葉を「先輩」や「人名」に変えれば、応用も利く。
まぁ、だいたい三日でフラれるが――。
「おい、真面目にやれ」
が、サラの頭に拳骨が落ちる。彼女の奥歯がガチンと鳴って、目の前に星が飛ぶ。
四十二歳――人間ならば、立派なババァ年齢だ。何をやっているのか。
その彼女が頭を抑え、情けない声を出す。
「ふにゃぁあああ」
ともあれサラは、ウィリスの問いに漸く答えた。
「……十二人、います」
「そうか。夜陰に紛れて入れば、事は容易い。今夜、門を開けてもらうよう頼めるか?」
ウィリスは言って、腕を組む。
サラは「夜陰に紛れる? 確かに名案!」と思った。
しかし、どうやって中の人と連絡を取るのだ?
まったく考えていない。だから、サラは聞いた。
「はい。で、どうやって連絡を取ればいいのですか?」
ウィリスの口が、あんぐりと開く。
ついで眉が吊り上がり、「貴様」と一言。
左右のこめかみに拳をつけられ、グリグリとやられるサラ。
「それを考えるのも、お前の仕事だろう。このポンコツがッ!」
「いたい、いたい、いたい、いたいッ! 耳と鼻から脳みそこぼれる! 誰か助けてッ!」
「はやく何か考えろ! お前の脳が頭蓋の中に留まっているうちになぁ……!」
ウィリスの怒りは天を衝き、サラのこめかみをも抉った。
「はっ!」
そこでサラは、思い出す。
そうだ、自分は召喚魔法を使えるぞ、と。
もちろんポンコツな彼女のこと、強力な使い魔など呼べるはずも無い。
けれど空を飛べる魔物がたしか、一匹だけ居たはずだ。
「ふっふっふ」
サラの不敵な笑みに、ウィリスの攻撃が止まる。
彼女は腰に手を当て、宣言をした。
「使い魔を呼びましょう」と。
――――
サラはうんせ、うんせと大地に魔法陣を描く。
ときに間違い、ときに自分の足で消してしまったりと、どうしようもない有様だ。
これでは、今日はもう攻撃に行けないな……とウィリスは諦め、気長に待つ事とした。
攻撃は、明日の夜に変更だ。
日もどっぷりと暮れてから、ようやく魔法陣が完成する。
サラが意気揚々と、呪文を唱え始めた。
「偉大なる闇の眷属に願い奉る。我が願うところに我は無く、我が無きところに其はあらん。出よ――夜の女王」
淡く赤く輝く魔法陣からモワモワと煙が立ち上って、やがてそれは人型となる。
山羊の角を頭に付けて、黒いマントで身体を覆う黒髪の美女だ。
彼女は黒い尻尾をユラユラと動かし、ウィリスの側へとやって来た。
「あ……いいオトコいるヨ。ワタシたべル、いい?」
サラは魔力の空になった身体に鞭打って、女の首根っこを捕まえる。
「さっさとコウモリになりなさい。そして私の仲間に伝えるの。明日の夜、東の城門を開けとねッ!」
「ひッ!」
頭から山羊の角を生やした女は、怯えたように頬をヒクつかせた。
「タ、対価ハ? アレ? ナニコレ、ワタシ、ウマク話せナイ」
上手く話せないのも、サラごときに怯えてしまうのも、すべては彼女の魔力不足ゆえ。
サラは急いで連絡をすべき人の名と場所を告げ、悪魔が真実に気付かないうち、追い払うつもりだった。
「――いい、分かった? 対価は仕事が終ってからよ、さっさと行けッ!」
「ン! スベテはトウカでコウカンされル!」
黒いマントの女は辺りを見て、ニンマリと口で弧を描く。
彼女はサキュバスだ。欲しいモノは、男の精である。
丁度良く、ここには五十名の男達が揃っていた。それも屈強な男達だ。
サキュバスにとっては、選び放題である。
「ワタシ、がんばるデス」
サキュバスはウィリスを見た。
ジュルリと涎を腕で拭い、彼女は小さなコウモリへと変化する。
バサバザと羽音を残し、城壁の中へと向かっていった。
◆◆
翌日深夜――サラの使い魔が言った通り、東側の通用門が開いた。
一日ほど予定が遅れたが、想定の範囲内だ。
音を立てぬよう、ウィリスは馬を降りてゆっくりと進む。
――――
サラとサキュバスと約一名――レントンは雑木林でお休みだ。
何故ならサラは戦力にならないし、レントンはサキュバスの餌になったので戦力外。
本当はウィリスを食事にしたかったサキュバスだが、レントンが身を呈して庇ったのだ。
レントン、大手柄である。
が、そのお陰でサキュバスは、現世に留まることになってしまう。
仕方なくサキュバスは飛べることから、何かあった時の伝令係となった。
彼等は今、城壁に穴が開くほど睨み、皆の無事を祈っている――かと思えば……。
「お、俺のモノになってくれ、な……俺とお前の仲だろう?」
レントンはサキュバスの肩を抱き、口説いている。
「は? あんなモンでナニ言ってやがる。腹の足しにもならねぇよ。一昨日きやがれ」
しかしサキュバスは、にべもない。
レントンは、泣いた。
「アンタねぇ……私の使い魔なんだから、ちょっとは大人しくしなさいよ。ていうか、なんで帰らないの?」
サラがサキュバスを嗜める。が――
「うるっせぇ! 帰れねぇんだよッ! そもそもテメェが魔力も足りねぇクセにオレを呼び出すから、こんな事になったんだろ! あのデカイのを食うまで、オレは帰らねぇからなッ! ていうか、魔力が足りなくて帰れねぇッ!」
――――
深夜のラエンカは、野犬、ネズミ、野良猫が闊歩している。
路地では酔っ払いと物取りが喧嘩をし、街路は豚や牛、馬の糞尿に溢れていた。
ノイタールと比べて、衛生面にせよ治安にせよ、行き届いているとは言いがたい状況だ。
やがてウィリスは目抜き通りに入ると、馬腹を蹴った。
速度を上げて、目指すは政庁である。
結局のところ、物資がある場所は役人に聞くほか無い。
あるいはサキュバスに探らせようかとも考えたが、あの様子では言うことを聞かないだろう。
だから突撃隊四十九騎は、深夜の街路を疾駆した。
政庁に辿り着くつくと、ウィリスは巨大な戦鎚を振るい、門を破壊する。
“バゴォォオオオオオオン”
“バゴォォオオオオオオン”
“バゴォォオオオオオオン”
三度叩くと、分厚い金属の門は拉げ、弾け、ついには吹き飛んだ。
「行くぞ」
ウィリスは戦鎚を肩に担ぎ、政庁の中へと押し入って行く。
そこへ現れたのは、少数の衛兵と犬達だった。
「殺れ」
ウィリスの命令は簡潔で、突撃隊は忠実だ。
十人に満たない敵は次々と討ち取られ、犬も可哀想だが剣の錆にされてゆく。
建物内に入ると、すぐに一人の役人を見つける事が出来た。
彼は豪奢な部屋で酒を飲み、三人の裸の女を侍らせている。
彼自身も裸であったが、ウィリスは彼に見覚えがあった。
またも、ウィリスは巨大な戦鎚を振るう。
“バゴォォオオオオオオン”
扉が壁ごと弾け飛び、粉々になる。
ウィリスでも悠々と中へ入れるだけの、高さとなった。
「フラン男爵だな?」
ウィリスが確認する。
相手は怯えたように、寝台の上を後ずさった。
「だ、だ、誰だっ!?」
「なに、名乗るほどの者ではないさ」
肩に担ごうとした戦鎚が、天井でつかえている。
ウィリスは仕方なく床に置き、女達に声を掛けた。
「……ここにいると、うっかり部下達が殺してしまう。お前達は逃げるといい」
「「き、きゃぁぁああああ!」」
三人の女はウィリスの両脇を通り過ぎ、逃げ去った。
「もう一度、問う。貴様はフランだな?」
「そ、そそ、そうだ! わわ、私は、キッセル・フラン! こ、ここ、このラエンカを預かっておるッ! 貴様、その巨躯! ウィリス・ミラーだな!」
「ほう、ようやくお気付きか。では聞きたいのだが、フランどの」
「な、なんだっ!」
「ご主君は今、どちらかな」
「い、戦さだ! 今はレギナ・レナを攻めておられるわっ! 賊めっ! ウィリスめッ! ディエゴさまが戻られたら、貴様など縛り首だぞッ!」
「うむ――では、なるべく早めにお帰り頂く為にも、貴殿には糧食が蓄えられた場所を、お教え頂くとしようか」
「な、なにぃぃ!?」
ウィリスは後ろに控えていた二人の不死兵に命じ、裸のキッセル・フランを捕えさせた。
キッセル・フランが「断じて言わぬ!」と言っていたのは、最初の十秒ほど。
すぐに率先して、物資の在処を語り出す。
ウィリスは苦笑しつつ、部隊と共にそちらへと向かう。
さらにキッセルは、主君の家族が逃れた離宮の場所を語り始めた。
「た、頼むぅ! 私は死にたくないのだぁぁ! ヤツの家族の居場所を言うっ! だから助けてくれっ!」
「ふむ。主君の家族を売ると言うのか?」
「しゅ、主君なものか、あんな男! 父を売り、兄弟達を殺した男だぞっ!」
「だから、売ってもよいと?」
「あ、当たり前だ! そうだ、私と組もう! 私と貴殿が組めば――」
“バゴォォオオオオオオン”
「あ……」
ウィリスはうっかりキッセルを空中へ放り投げ、戦鎚を振るった。
その結果キッセルは汚い花火となって、夜空に散る。
「あ……じゃ、ありませんよ、将軍! 家族を人質に取れば、それでヤツが降伏するかも知れないじゃありませんかッ!」
「う、うむ……」
部下に叱られ面目なさそうに俯きながら、ウィリスは面頬を上げた。
前方では、カラード軍の食料庫が燃えている。
恐らくは、一万の兵が半年は戦える量の物資だ。
これが無くなれば、カラード軍は篭城する事とて困難であろう。
ウィリスは別に、正義感だけでキッセルを殺した訳では無い。
彼を生かし、情報を掴む必要すら無かったから殺したのだ。
そんなものが無くとも、もはや勝利は揺るがない。
「まあしかし、人質を取って勝つなど――あの方には、似つかわしく無いだろう?」
そう呟いて、ウィリスは全員に帰還を命じる。
皆も「確かに」と、同意していた。
「それよりも、急ごう。この件が知れるまで、まだ時間が掛かる。その間にレギナ・レナを落とされては、意味がないからな」
恐らく今頃、レギナ・レナは激戦の最中であろう。
ウィリスは一刻も早く主君ローザリアの下へ、駆け付けたかったのである。
日刊総合ランキング61位になりました! ジャンル別ハイファンタジー20位です!
皆様から評価、ブクマなど、頂いたお陰です!
ありがとうございます! もう、感謝しかありません!
目標の50位まで、もうちょっとです!(ひぃひぃ言いながらドキドキしてます……
面白いと感じたら、評価、ブクマ、感想、宜しくお願い致します。
作者のやる気が上がります!




