21 叙爵
◆
白いクロスの敷かれた長いテーブルに、贅を尽くした料理が並んでいた。
チキンの丸焼き、豚肉の香草焼き、オリーブ油をふんだんに使ったサラダ、川魚を揚げた料理など。日頃のローザリアが、見たこともないような食べ物ばかりである。
というか食にあまり興味が無いローザリアは、固めのパンと干し肉、あとはミルクがあれば十分なのだ。
「篭城するなら蓄えも必要であろうに、こんなに食ってる場合か……」
むしろ苛立ちすら覚えるローザリア。
しかし彼女は燭台の炎に照らされるウルド公ネイの姿を見て、この言葉をぐっと飲み込んだ。
燃える炎の様な赤毛に、鮮やかなマリンブルーの瞳。髪色と同色である深紅のドレスを身に纏い、薄い唇に微笑を浮かべている。
控えめに言って、美しい。控えなければ、ローザリアは女として完全敗北を喫していた。
どうもウィリスの目が、先ほどから彼女をチラチラと見ている。ローザリアには、そんな気がしていた。
実際はそんなことも無いのだが、とにかくローザリアは自信を喪失しているだけに、今は悲観的な想像をしてしまう。
いや、そもそもウルド公が女性とは、思ってもみなかった。
その点でもびっくりして、ローザリアは未だに声も出ないのだ。
「どうした? お気に召さないかな、お客人」
よく通る澄んだ声で、ウルド公がローザリアに問う。
彼女は目を細めて、右斜めに座るローザリアに肉を取り分けていた。
「閣下が自らそのようなことを……」
苦笑しているのは、エンツォだ。侍女を呼び、ウルド公ネイの代わりに給仕をさせる。
ローザリアもハッとして、ネイに礼を述べた。
「あ、ありがとうございます」
一応は、騎士の娘として育ったローザリアである。
完全にマナーがなっていないかと言われれば、そんなことはない。
そんなことはないが……このような上級貴族と食事の席を共にすることは無かった。
ましてや親戚のお姉さんではあるまいし、女公爵みずから肉を取り分けてくれるなどと……。
「ええい、ままよ!」
ローザリアは取り分けてもらった豚肉にフォークをぶっさし、口の中へと放り込む。
もはや作法も何も無かった。
だいたい、傭兵団の身内で食事をする時は、すべてが手掴かみなのだ。
教えて貰ったマナーが、いまさら役に立つ訳が無い。
結果、口に食べ物を詰め込み過ぎて、彼女は何も喋れなくなった。
しかし隣を見れば野獣の如きウィリスが、完璧な作法で食事を堪能している。
「もっきゅもっきゅ……もっきゅもっきゅ……」
噛み終わったらウィリスに文句を言おうと、ローザリアは必死で咀嚼していた。
皆がローザリアに注目している。
膨らんだ頬が、リスみたいで可愛い。ネイもエンツォも、ホッコリとしていた。
ただウィリスだけが、恥ずかしそうに顔を背けている。
「まあ、可愛い」
どうやらローザリアはウルド公ネイに、ことのほか気に入れてしまったらしい。
――――
その後、穏やかな談笑と共に晩餐は進み、お互いに様々な事柄を聞き、話し合った。
ローザリアは側にいる女公爵が、かつての戦場で“烈火の魔女”の異名をとった猛者と聞き、あっさりと好きになったようだ。
ローザリアは自らがそうであろうとするように、強い女性が好きだった。
ましてや“烈火の魔女”とくれば、かつてグラニア軍を蹴散らした英雄である。
何よりネイが自らをネイ・カノープス・ウルドと名乗ったから、エンツォとの関係を指摘すると、あっさり「夫だ」と言うではないか。つまり、「主従で夫婦」である。
ローザリアの理想、ここに極まれり――だ。それはもう、彼女の目は輝いていた。
「どちらからです? どちらから、結婚を申し込まれたのですかッ!?」
単なる乙女な質問に、エンツォは笑いながら答えている。
「私だよ。当然だろう――ネイは私の女神なのだから……」
ローザリアは大きく頷き、ウィリスの袖を引っ張っていた。
「聞いたか、ウィル! やはり、そうでなくてはなッ!」
ウィリスはそっぽを向いて、何とか誤摩化す。
自身では有り得ない関係性だと思っていただけに、旧知の間柄でこのような者がいるとは……。
だが妙に心が浮き足立つのは、彼としても否めなかった。
「まさかエンツォとウルド公が、夫婦になられていたとは……」
「ウィリス、君が知らないのも無理はない。お互い敵同士だったからね。ああ、そうそう。去年、娘が生まれたのだよ。ネイには、本当に感謝している……」
エンツォが言うと、少し離れて子供を抱いている侍女を呼び寄せた。
柔らかな布に包まれているのは、赤い瞳に赤い髪の小さな子供だ。
それだけで、二人の血を受け継いでいることは明白である。
「美しくなるだろうな……おめでとう」
「可愛いなぁ、おお、笑ったぞ!」
心からウィリスは祝辞を述べて、ニッコリと微笑んだ。
ローザリアもニコニコと笑っている。
ウィリスは、いつかローザリアも子供を生む日が来るのだろうか――と漠然と考えた。
ローザリアは、そんなウィリスのボンヤリとした視線とぶつかり、本題を思い出したらしい。
「と、そうそう――今日こちらへ参ったのは他でもない、クレイモア砦の件だ。カラードとの戦さ、現状を公爵は、どの程度ご存知だろうか?」
ローザリアの真剣な眼差しを好ましいものと受け止めながら、ネイが「うむ」と頷く。
既に彼女達がクレイモアにおいて傭兵団を取りまとめる存在であることは、語ってあった。
「援軍が無いのは構いませぬが、なればこそ、守将があの男のままでは戦さになりませぬ」
「あら、そう? 彼も粘り強いとは思うのだけれど……でも、そう言うからには、ローザリア。あなたには何か、良い案があるのかしら?」
「あります。私に爵位と指揮権を授ければ良い。さすれば、みごと勝利して見せましょう」
少しだけ大きくなった胸をドンと叩き、ローザリアが宣言した。
ネイは少しばかり首を傾げ、ウィリスの顔を指差している。
「あなたより――彼に爵位と指揮権を与えた方が、私としては安心なのだけれど?」
「ぐぬっ!」
「だって、あなたは無位無官の上に無名なのよ? それに比べてミラー将軍ならば、名前だけで敵を震え上がらせることも出来るでしょう?」
「ぐぬぬっ!」
ローザリアは膝の上で拳を握り締め、歯噛みした。
「確かに!」と、自分でも思う。明らかに実績は、ウィリスの方が上だ。
悔しそうに顔を伏せるローザリアを見て、白いナプキンで口元を拭いながらネイが言う。
「あははっ! 本当にアナタ、面白いわねぇ。顔が正直というか、何と言うか……」
「あまり彼女を、からかわないでやって下さい」
ウィリスが眉根を寄せて、ネイに頼む。
「ははは。ネイは可愛いがっているのだよ、彼女のことを」
エンツォが笑い、場が和んだ。
「そう、可愛いわ。食べてしまいたいくらい。うふふっ」
食後の紅茶を運ぶよう侍従に伝え、ネイがまた笑う。
「――とはいえ、カラードとの戦さは、早期に決着を付けなければ。頭の痛い問題ね」
「それも、負ける訳にはいかないね……」
ネイの言葉に、エンツォが答えた。そしてウィリスを見る。
運ばれた紅茶に口を付けようとして、エンツォの視線に気付いたウィリスが言う。
「私の主君は、ローザリア・ドレストスです。それに私の目から見ても、ローザリアの用兵は優れている。それは――イラペトラさまに勝るとも劣らないでしょう」
「……ほう、それは」
エンツォの目が、僅かに細められた。そして言葉を続ける。
「一応、呼んではいるのだよ、援軍をね。北方のルイードが、二千の兵を出してくれると言っている。君達を見捨てるつもりは、もとより無かった」
「と言っても、エンツォ。グラニアが私達を追いつめるつもりなら、東から本軍が来てもおかしくないわよね?」
ネイの読みは正しい。しかしそれを率いるのが、ミシェルである事までは知らない。
ウルドの戦力は、目一杯の動員をしても一万人以下である。
現在、公都ノイタールに八千、クレイモアに一千が駐屯している状況だ。
傭兵も国庫が空になる勢いで雇い入れているが、三千人が限界であろう。
とたなると、ウルド全体で一万二千だ。
しかし傭兵部隊三千とクレイモア駐屯の一千は、動かせない。
カラード軍一万に対処するには、最低限の必要な数である。
対して南方からグラニアとミリタニアの連合軍が攻め入ってくるとすれば、その数は三万にも達するだろう。ウルド軍はこれに対し、八千の軍勢で迎え撃たなければならない。
どちらの戦線も、兵力が不足している。
「トラキスタンからの援軍は、いかほどに?」
ローザリアは問うた。
「急ぎ派兵できる数を揃えたとのこと――まあ、良くて一万ってところだね。グラニア本国からの軍勢が無ければ、凌げるのだけれど……」
エンツォが言った。
三万対一万八千。
確かにこれだけならば、ノイタールが落ちることは無い。
だがグラニア本国からの二万は、確実に加わるはずだ。
すると実数は、五万対一万八千。
しかしこれを率いるのは、ミシェル・ララフィ・サーリスヴォルト。
帝国軍の全てを寝返らせることは不可能だろうが、場合によっては戦局が覆る。
だが、その事実をローザリアは、まだ伝えない。
自身の目的が、叙爵と指揮権だからである。
だから彼女は、ネイの不安を煽るのだ。
「グラニア本国からは、二万が出ると聞き及んでいます――もしクレイモアが抜かれ、グラニア軍と合流すれば、六万対一万八千。ここは、落ちますな」
「ふぅ……そうならない為にも、ルイードには援軍を頼んだのだけれど……ね」
エンツォはため息交じりに言って、力強いローザリアの瞳を見つめた。
「それでも六千対一万。今の守将で、果たしてクレイモアを守りきれますでしょうか?」
◆◆
四人の思惑が交差する。
誰一人、今回の戦さで負けたい、などと思っている者はいない。
ただ、どうすれば確実に勝てるか――これが問題なのだ。
ネイとエンツォは、ウィリス・ミラーの存在に賭けたい。
だが、そのウィリスは若干十七歳、素性の知れない銀髪娘を主君と仰いでいた。
そして銀髪娘は「自分に爵位と兵権を寄越せ」と、言葉こそ丁寧だが、悪びれもせずに言っている。
しかも少女は――ドレストスの王女を名乗っていた。
大貴族であるウルド公爵ネイは、ローザリアの厚顔無恥を微笑ましく思っている。
かつては自分も兄二人の下、随分と奔放に育った。
だから、戦場にも出たのだ。そして“烈火の魔女”と呼ばれるまでになった。
ネイはローザリアの瞳の中に、若き日の自分を見ている。
エンツォと自分――二人でなら何でも出来ると思っていた、あの頃の自分を。
「ぷっ……」
ネイは口元に手を当て、笑った。
「いいわ、ローザリア」
「……ん?」
ローザリアが首を傾げた。
意味が分からない。
何がいいんだ? と。
「あなた、自身の出自を証明するものが無い――と言っていたわね。それは、友人や知人でも構わないのだけれど?」
「残念ながら、そのことを伝えてくれた者は、もう居ません。死んでしまいました」
「そう……それは残念ね。あなたの出自がはっきりすれば、男爵程度の爵位なら、すぐにも授けてあげられるのだけれど」
「……!?」
頭を抱え項垂れたローザリアを、ネイが笑いながら見つめる。
彼女は首に付けたネックレスを外し、ローザリアに手渡した。
それは大きな紫水晶が幾つも嵌め込まれた、高価なものである。
「まあ、いいわ。いないのなら、私が証人になってあげる」
「ふぁっ!? これはっ!? 証人!?」
「王族を名乗るのに、宝石の一つもありません――じゃあ、恰好が付かないでしょう?」
「お、おお……」
手元にずっしりとくるネックレスを見つめ、ローザリアはウィリスの横顔を見た。
「いいんじゃないか」
「じゃあ……」
ローザリアは首の後ろに手を回し、ネックレスを着用しようと頑張ってみた。
が……付かない。
そもそもウィリスが言ったのは、「今付けても、いいんじゃないか」という意味の言葉ではなかったのだが……。
ウィリスは立ち上り、仕方なく彼女を手伝う。
ようやくローザリアは、生まれて初めて高価なネックレスを身に着けることが出来た。
「ふぁおああああ!」
嬉しそうなローザリアの声だ。
もっとも――今の彼女はカーキ色の短衣姿。男装である。
いくら女性らしく喜んでみても、決して宝石が似合う衣服ではない。
が――ウィリスは目を細め、この姿を微笑ましく見つめていた。
いつか彼女がドレスを着て、この宝石を身につける日が来れば良いと思う。
「あなたに爵位と兵権を与えるわ。トラキスタンの皇帝陛下には、私から手紙を書いておく。これでも公爵ですからね、男爵程度の爵位なら、余程のことが無い限り事後承諾で十分よ。ただし――」
そこで言葉を区切って、ネイは人差し指を立てた。
「――勝利したあと、きっと帝都で舞踏会に呼ばれるわ。あなた、ダンスは大丈夫かしら?」
むろん、無骨なローザリアにダンスなど、踊れる訳がない。
だが、これはネイの冗談であろう。
まだ勝利すると決まった訳では無い。ただ、負ける訳にはいかないという気概を示しただけだ。
「練習させるさ」
ウィリスは言って、ニヤリと笑う。
「貴様、踊れるのかっ!?」
驚いたローザリアに、ウィリスは笑いかけた。
「ああ」
当然だった。ウィリスはミシェルに鍛えられている。
巨体に似合わぬステップで、ウィリスは様々なダンスを踊ることが出来るのだ。
こうして男爵となり指揮権を手に入れたローザリアは、早速ウィリスを自分の騎士に任命した。
これにもネイとエンツォが立ち会ってくれて、ローザリアは大満足である。
ただし、ネイのこの一言が、彼女を凍り付かせることとなった。
「では、ドレストス男爵。卿にレギナ・レナを与えると共に、北伐の将とする。領土は切り取り次第であるが――私への忠勤に励めよッ!」
なんとローザリアは、ウルド公に従属してしまったのだ。
「ファッ!?」
「ファッ!? ではなく、御意、と言って答えるの」
公爵にオデコを指で弾かれ、慌てて片膝を付くローザリア。
「ぎ、御意」
――――
その後、「今夜は泊まって行け」と言われ与えられた部屋で、ローザリアは涙目になって訴える。
「ウィル〜〜! 私は誰の下にも付きたくないのだぁぁあああ……!」
「いや、叙爵したのだから、そうもなるだろう……」
「いやぁぁぁぁ……!」
「だが、一応は君主の仲間入りだろう。領地も与えられたことだし」
「それはそれぇぇぇ……」
「はぁ……あれもこれも、とはいかんよ」
ウィリスはにべもなく、言った。
そんなことより、せっかく二部屋を与えられたのだ。
今日くらい、ウィリスはローザリアの誘惑地獄から抜け出したかった。
それなのに、彼女は涙ながらにしがみついてくる。
ウィリスの部屋の外ではネイとエンツォが、お菓子を持って立っていた。
元は敵であっても、懐かしい間柄。今夜は旧交を暖めようと思ったのだ。
しかし中からは、「ひぃん、ひぃん」というローザリアの艶を含んだ声が聞こえてくる。
「そういうことか……」
「そういうことね……」
「微笑ましいね」
「うふっ。まるで昔の私達みたい」
「昔だなんて、ネイ……私達も……」
「そうね、今だって。エンツォ、愛しているわ」
二人は勘違いを残し、部屋の前から姿を消す。
ともあれ、こうして『鉄血騎兵』はドレストス男爵麾下の騎士団となった。
少し不本意なローザリアの気持ちは置くとして、彼等はついに拠点を得たのである。
――――
翌早朝、ウルド公ネイの下に、クレイモア砦から急を告げる早馬が着く。
同時刻、ローザリアの下にも鉄血騎兵からの早馬が到着した。
双方は別々の口調で、同じ意味の言葉を告げる。
「カラード軍が大挙して侵攻中、その数、およそ一万ッ! 敵はほぼ全軍ッ!」
男爵となったローザリアが最初にやるべき仕事は、まさしく二倍の敵と戦う事となった。
ありがとうございます! ついに日刊総合ランキング81位になりました!
皆様から評価、ブクマなど、頂いたお陰です!
ありがとうございます! 頑張って更新します! でも頂上は、まだまだ遥か彼方です(ふぅ……
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作者のやる気が上がります!




