18 過去との決別
◆
ローザリアが山腹の砦を攻める第一の理由は、レントンからの依頼があればこそ。
しかし実のところ、「砦にいるカラード兵の数が少ないうちに、撃滅しておきたい」という戦局全体を見据えた、正当な理由もある。
もしも砦が増強されて、千人規模の兵が駐屯できるようになったなら、脅威は計り知れない。
だが敵が今の数であれば、三百の兵でも十分包囲出来るし、落とすことも可能だ。要するに戦場の主導権をとることが、容易なのである。
にも拘らず守将が反対するのだから、ローザリアが毎回の軍議で癇癪を起こすのも当然だ。
「砦を攻めぬなら、せめてこちらも砦を作れッ! その間に私が敵の砦を落としてくるッ!」
「「えっ!」」
「カラードのヤツ等は、雪の中でやった! この時期、我らが出来ぬはずが無い! ここだ! 北東のここッ! ここに作れッ! 真西に今は敵の砦があろう! 私がコレを奪えば、対となる場所だッ!」
守将は渋々頷き、ローザリアの指定する地点に砦を築き始めた。
「なんという横暴……だが……なるほど……」
と、ウィリスだけは、ローザリアが指定した地点を見て、得心している。
グラニア侵攻の可能性を、守将には伝えていない。
どうせ伝えたところで、狼狽えるだけだと思っているからだ。
しかし真実を知るウィリスにとっては、名案だと思えた。
山中に砦を構えれば、ウルドの公都が落とされても、一先ずは拠点が確保できる。
しかもカラードの砦を奪取すれば、ここ、クレイモア砦と合わせて三つの拠点だ。
グラニアの侵攻時、こちらに万の兵力があれば、そう容易く敗れないだろう。
篭城しつつトラキスタンの援軍を待てば、凌ぎきれるかも知れない。
ましてやミシェルとイゾルデが軍ごと寝返れば、勝利さえ見えてくる。
とはいえ、現時点では単なる我が侭。
そんな訳で山腹の砦攻略は、『鉄血騎兵』のみで行うこととなったのだ。
しかしローザリアは、それでも平然としていた。自分で言い出したことだし、当然であろう。
「砦の攻略など、我らだけで十分。新たな砦の建設に二千、クレイモアの防御に二千。よし、兵の割り振りは、こんなものだろうな」
もはやこういったローザリアの思考は、総司令官のそれと同じ発想である。
ウィリスは頷き、「そうだな」とだけ言った。
これを天然でやってのける彼女に、いよいよ敬意じみたものをウィリスは抱き始めている。
ただし、敵も安易に砦を築いた訳では無い。
背後は切り立った崖だし、正面には空堀が掘られ、中に無数の逆茂木が並べられていた。
砦を無力化出来るからといって、無血で占領できるかと問われれば、それは否。
ゆえに『鉄血騎兵』には、考えるべきことが山ほどあるのだ。
クレイモア砦から出ると、鉄血騎兵の陣営に戻ったローザリアは、すぐさま幹部全員を招集した。
――――
ローザリア達は出陣前、陣営の中で『鉄血騎兵』だけの軍議を行っている。
その際、敵の砦を攻めるに当たって、皆が様々な案を出した。
天幕の中で、議論はかなり紛糾したのだ。
それもそのはず――砦を攻めるなどウィリス以外は、一兵士としてしか参加した事が無い。
だから彼等は一般的な攻め方しか思い付かず、ローザリアの望む「なるべく味方を殺さないで、砦を攻め落とす方法」には、なかなか辿り着きそうも無かった。
例えば、サリフの考えはこうだ。
「川を遡れば砦の背後に出られる。あとは、この崖を登ればいいんじゃないか?」
しかしグラハムが、すぐに否定した。
「馬鹿を言うな! 船なんぞで遡れば、すぐにバレちまう! 上から岩なり火矢なり落とされたら、あっさり負けるぞ!」
「それもそうか……」
サリフがシュンとする。
「だから、正面突破がいいんだって。俺が防壁隊を率いてだな……」
グラハムが分厚い胸板をドンと叩き、机上にある地図に指を添えた。
「――こう、な、バンッと門を打ち破るわけよ」
『血煙旅団』と合流後、『鉄血騎兵』は部隊の再編成を行った。
その際、なるべく大柄な兵士を集め、重装備の部隊をローザリアは作ったのだ。
それが、グラハムの率いる『防壁隊』である。
数は五十名と他の隊より少ないが、巨大な盾を装備する分、城攻め、砦攻めには有効な部隊であろう。
「馬鹿か、グラハム。あんたねぇ、自分の部隊のヤツ等を何人殺す気なんだい?」
「こ、殺す気なんてねぇよ! つーかアリシアの姉御こそ、何か考えねぇのかよッ!」
「そうさねぇ……まあ、守備兵が百人くらいってんなら、『鉄血騎兵』全員で囲んで攻撃すりゃ、一日か二日で落ちるんじゃないかねぇ?」
アリシアの言葉に、サラがバンッと机を叩いた。
「人的被害を考えれば、賛同致しかねます。私達は傭兵でしょう? 砦を落とすのに五十人の兵を失ったら、それは負けと同じです」
「じゃあ、どうするんだい?」
「少なくとも、人的被害が十人以内で収まる案を考えて下さいッ!」
「サラ、そう言うなら、アンタが考えなよ」
サラは首を捻って、考えた。ポニーテールに纏めた金髪が揺れている。
「あると言えば、ありますが――」
そう言ってウィリスを見ながら、サラはニンマリと笑った。
「ミラー将軍が、一人で突っ込むのはどうでしょう?」
周囲はサラの物言いにげんなりとしたが、しかし何とかなりそうな気もする。
ウィリスも顎に指を当て、「まあ、いいが……」などと言っていた。
さらに続けて、ウィリスは言う。
「百人くらい、どうにかなるだろう」
皆は目玉が飛び出さんばかりにウィリスを見つめたが、ローザリアの言葉で、この案は廃止となる。
「馬鹿なことを言うな。それではウィルだけに、全てを背負わせる事となろう。それで失敗すれば、どうなる。一か八かの掛けなど、私はやらんぞ」
僅かの沈黙の後、手をパンと叩いたサリフが、シェリルを指差し閃いた様に言う。
「あっ! だったらシェリル、あんたがさ、何て言ったかな――空からでっかい石を降らせる様な魔法で――」
「隕石召還……ですか?」
「そうそう、それッ!」
「そんな高位の魔術、私が扱えるわけ無いじゃありませんか。大国の宮廷魔術師じゃあるまいし……」
また、議論が白熱し始める。
暫くこめかみに指を当てていたグラハムが、「じゃあ」――と一呼吸置き、語り出した。
「正攻法で、崖以外の三方から囲めばどうだ。食料が尽きるまで待てば、こっちに被害はでねぇだろ?」
「そりゃ一体、何日囲むつもりだよ? 冬まで耐えられちまったら、意味がねぇ」
サリフが肩を竦めている。
アリシアもサリフに同意し、「駄目だねぇ」と言っていた。
面目なさそうに、グラハムが後頭部を掻いている。
ウィリスは「ふむ」と顎に指を当て、考え込んだ。
「やはり、俺がやろう。一人で崖を登れば、砦に入ることも容易い。船は使わん、馬で行く」
「デカブツ、やめなよ。ローザも駄目だって言ってんだ。だいたいアンタ、自分の部下達を置いて行こうってのかい? 今じゃ突撃隊五十人の親分なんだ。一人で突っ走るんじゃないよ」
アリシアが、ウィリスの意見を否定する。
それは、ローザリアの為を思ってのことだった。
アリシアはローザリアの姉貴分。妹の恋人を、むざと死なせる訳にはいかない。
――という勘違いからだ。
また、彼女達『鉄血騎兵』の幹部はウィリスを元将軍と知っても、デカブツと呼び続けている。
それは彼等なりの友愛を示したもので、ウィリスとしても嬉しい呼ばれ方だった。
元奴隷の身で将軍と言われる方が、こそばゆい。
「前は十万を軍勢を率いる、将軍だったんですけどねぇ……」
とは、サラの言。
「関係無いよ、過去なんて」
アリシアは、あえて言う。
ローザリアは「クスリ」と笑って、軽く右手を上げた。
「どうやら意見は出尽くしようだ。それでは皆、私の策を聞いてくれ。きっと、これが一番いいぞ」
皆が頷き、ローザリアに注目する。
彼女は余裕の笑みを浮かべて、説明を開始した。
◆◆
「奴等を、いぶり出す」
ローザリアの策は、単刀直入であった。
つまり、火攻め。
それもどちらかと言えば、煙攻めと言った方が正解だろう。
概要は簡単である。
まず砦の正面に一番、二番隊を配置。
油を入れた瓶を矢に縛り付け、両部隊の弓兵が空堀の中へ、それを落とす。
落ちれば当然、瓶が割れて逆茂木を濡らすだろう。
もちろん油には、毒素も含ませておく。
そこへ一斉に火矢を放ち、逆茂木を燃やすのだ。
最後にシェリルが風の魔術で砦に煙を流してやれば、火攻めならぬ煙攻めの完成である。
が――策はこれで終らない。
ここで敵に与えられる選択肢は、二つ。
砦の中で耐え続けるか、打って出るか。
むろん、砦に籠った場合は火矢を射続け、全てを燃やし尽くせば良い。
打って出てくるならば、一番、二番隊の兵で迎撃する。
しかしただ、迎撃するだけではない。負けたように見せかけ、ある地点まで後退するのだ。
ローザリアが、自信に満ちた声で説明をする。
「二番、三番隊は敵が出てくるまで火矢を放て。出て来たら、敵を防壁隊のいる、この地点まで誘い込め」
二番隊の隊長、アリシアが頷いた。
三番隊のサリフも、同様だ。
「分かった」
「まかせなッ!」
二番、三番隊は、それぞれ八十名ずつの兵力である。
皆の表情が変わっていた。
ローザリアの軍事的才能に、皆が徐々に気付き始めている。
誰もが、この策ならば上手くいく――と考えてるようだ。
再びローザリアが、机に置かれた地図に指を這わせる。
「それから……この地点で防壁隊は、敵を必ず押し返せ。その為に、落とし穴と柵を用意しろ」
ローザリアの言葉に、グラハムが笑った。
「そりゃ、敵も驚くだろうなぁ!」
「驚いて、砦に引き返してくれなくては困る。この策の本質は、そこからだ」
肩を竦めるローザリアの姿を見て、皆も笑い出す。
「「はははっ」」
だが皆、すぐに真剣な表情へと戻る。命懸けなのだ。
ローザリアはウィリスを見つめて言った。
「敵が戻って来たら、門が開く。ウィルは突撃隊を率い、門が開いたら敵と共に中へ入れ。私の本隊が、後詰めとなろう。策は、以上だ」
皆、納得している。
ローザリアは皆を見回し、確認した。
「質問は?」
皆、無言で首を左右に振る。
「賛成だ! 団長に従う!」
サリフが叫ぶと、皆も「おうッ!」と頷いた。
「では、出陣は明朝、日の出と共に!」
ローザリアの凛とした声が、天幕の中で響く。
――――
翌朝、再びローザリアの天幕に集まった幹部達全員に、杯が配られた。
ローザリアが皆の正面に立ち、杯を掲げる。
「我らに勝利を」
皆も一斉に杯を掲げ、ローザリアの言葉を唱和した。
「「我らに勝利を!」」
中の酒を飲み干すと、空になった杯を皆が地面へ叩き付ける。
“パリン”
杯の砕ける音が響く。
ローザリアは白いマントを翻し、天幕を後にする。
「では、行こうか!」
ウィリスはローザリアに続き、天幕の外へと出た。
初夏の陽光が、ローザリアの頭上に燦々と降り注ぐ。
雪の様な彼女の銀髪が、ウィリスの前で輝いていた。
たとえ錆の浮き出た古い鎧を身に纏おうとも、ローザリアの気品は隠せない。
自ずとウィリスは彼女に手を貸し、その騎乗を手伝っていた。
「ウィル――もう一度言おう。我が剣となれ」
馬上で朝日を受け輝くローザリアの姿は、ウィリスにとって天上界の神々のように見える。
そんな彼女に、再び剣となれ――などと言われては。
ウィリスは思わず、口にした。
「ローザリア。君がイラペトラさまを越える君主となるのなら……」
「イラペトラ帝よりも?」
馬上で首を傾げる銀髪の少女は、不満顔だった。
なんとなく、今ならイケるんじゃないかと思ったのに……。
死んだ人間と比べられるなんて、勝てる見込みがありゃしない。
恋人にもなってくれず、剣にもなってくれないなど、あんまりだ……とローザリアは思った。
ちょっと、涙が零れた。幸先が悪い。
「誓ってくれれば、それでいいんだ。人とは、平等であると。そんな世界を創るのだと」
「平等? なんだ、それだけでいいのか? そんな当たり前のことを?」
ローザリアの言葉が、ウィリスには嬉しい。
「ああ、それだけでいい」
「それで、私が……あのイラペトラを越えられるのか?」
ウィリスはもう一度、頷いた。
「ああ、君なら越えられる」
「ふむ……良かろう。越えてみせようぞッ!」
馬上で不貞腐れていた少女は、胸を反らして剣を翳す。
よく分からないが、誰より好きな男に認められて嬉しかった。
やっぱり、幸先が良い。なんで恋人にはなってくれないのか、むしろ不思議だ。
ここは、ついでに我が侭を言ってみよう、という気にローザリアはなった。
「そ〜の〜か〜わ〜り〜! 私が爵位を手に入れたら、貴様は私の騎士第一号にするからなッ! 生涯の忠誠だからなッ! ミシェルよりも、私の命令が優先だからなッ! 絶ッ対、絶対だぞッ! 忘れるなよッ!」
「ああ、分かっている」
ウィリス・ミラーは頷き、ようやくイラペトラ帝との決別を果たす。
一方、彼の新たな主君は未だ無位無官の身だが、人生の絶頂期が来たと、何故だか確信しているのだった。
彼女のそれは――もうちょっと先のことなのに。
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