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17 交錯する想い

 ◆ 


 ローザリアは『鉄血騎兵』を中核とした傭兵連合の盟主として、軍議の主導権を奪った。

 といって、彼女の機嫌が良くなる訳でもなく。


「この無能者めッ! 貴様は己の保身しか考えておらんッ! 今が攻める絶好の機会だというのにッ!」


 こう言って砦の主将を罵倒しまくり、最終的に「なあ、ウィル!」といって締めくくる。

 ウィリスにとっては、いい迷惑であった。


 近頃はウィリスも軍議に加わり、同席している。

 ウルドの正規軍に懇願されたからだ。

 そして彼は軍議というものを、よく知っている。

 だから、「ああいう将は、よくいる」としか思わなかった。


 要するに、これ以上、守将は兵を失いたくないのだ。

 成功よりも失敗を恐れる、それも当然の人間の心理。

 ウィリスはローザリアの若さを、苦笑しつつ見守るだけであった。

 

 ともあれローザリアはもはや圧倒的となった武力を背景に、正規軍の守将に対しても容赦なく、自身の意見を押し通している。

 むろんローザリアとしても、このようなことが出来るのは、ウルドの本隊が到着するまでだと理解していた。だからこそ、多少は強引なこともするのだ。


 それに今のウルド軍が頼りにならぬと思えばこそ、彼女は独自に情報収集も開始していた。

 カラード軍の戦力、目的、果ては周辺地域の動向までもを探っている。

 やはり、ローザリアはグラニア帝国の動向が気になるのだ。


 その資金は、『血煙旅団』から貰った依頼料の黄金で賄っている。

 彼女が惜しげも無く情報に対して金を払う事について、一番驚いたのはサラであった。

 そして彼女は、それを「正しい事」だと言う。

 何よりサラは、ローザリアの大志を知った。

 

 ローザリアは、まずドレストスを取り戻すという。

 それから、グラニアを滅ぼすのだと。

 ならば、金銀を惜しむ謂れは無い。派手に使って、人を集めれば良い。

 どうせ国を獲れば、釣りがくるのだから。


 逆に国を奪えなければ、傭兵団の成れの果てなど惨めなもの。

 戦場に散るか、良くて辺境の農夫である。


 だからサラは各地に散った訳あり森人エルフ連絡網を使い、必死でローザリアに協力した。

 ローザリアの金払いも良いので、森人エルフ達もまた、協力を惜しまなない。

 こうしてサラは、いつの間にか一大諜報機関を作り上げてしまうのだった。

 

 そしてついに今夜、ローザリアは非常に重要かつ不可逆的と思われる情報を掴んだのである。

 むろん情報の出所は、サラが組織しつつある諜報機関からだ。


 情報を掴んだが最後、ローザリアは深夜であってもウィリスに伝えたくて仕方が無い。

 天幕に潜り込み、ゆっさゆっさとウィリスの巨体を揺さぶり始めた。

 いや――むしろ深夜だからこそ、今だからこそ、彼の天幕に入りたかったのかも知れない。

 それほどローザリアに齎された情報は、自身にとってもウィリスにとっても、重要な案件だった。


「ウィリス、ウィリス――起きろ」

「ん、ローザリアか。どうした?」

「今、金を持たせた森人エルフが訪ねてきてな、それで聞いたのだ。今度の戦い――やはりグラニアが動くぞ。いや――既に動いている」

「なにッ!?」


 寝台から“ガバリ”と身を起こしたウィリスは、上半身裸であった。

 蝋燭を手に、彼の側で腰を下ろしていたローザリアは、思わず赤面した。

 魔石の調整時、椅子に座った状態で見る裸と違い、寝台の上だと妙に生々しい。


「お、おい……貴様ッ、何という恰好で寝ているのだッ」

「ん……いつも見ているだろう?」

「そ、それはそうだが……」


 頭を掻いて欠伸をするウィリスは、それでも、すぐに上衣を手に取った。

 一応は女性の前だと、遠慮している。 

 そこへ、不死兵アタナトイの一人が現れた。見張りの交代を告げる為だ。

 今やウィリスも、皆と共に交代制の見張りに立っている。

 将軍であったのは、昔の話だと本人は思っていた。


「あっ……お楽しみ中でしたか。では、もう少々……ごゆっくり」


 不死兵アタナトイが、あらぬ誤解をした。虚空に手を伸ばすウィリス。


「う、うむ……すまぬ。今は二人きりにしてくれ……」


 ローザリアが、彼の誤解をさらに加速させた。

 俯き加減で照れくさそうに言う彼女は、妙に扇情的だ。

 不死兵アタナトイは兜の面頬を降ろしている為、表情が分からない。

 が――その中は、とても羨ましそうな顔であった。


 ウィリスは頭を抱え、「ミシェルゥゥ」と叫んでいる。

 かつて「浮気をしたら、あなたを殺して私も死ぬわ」と言われた記憶が蘇った。

 淡く切ないセピア色の思い出だが、何故か殺伐とした現実味がある。


「……ウィル」


 ローザリアの手が、頭を抱える彼の肩に触れた。まだ服を着ていないから、素肌だ。

 ウィリスは何も答えない。

 ボンヤリとした蝋燭の明かりの中、沈黙が訪れる。


「ウィル。私の気持ちを知らぬ訳ではあるまい……」


 ウィリスが顔を上げた。眉間に皺を寄せ、無言で「それ以上、言うな」と伝えている。

 それでもローザリアの瞳が、真っ直ぐにウィリスを見つめていた。手が、彼の胸元に触れる。

 ウィリスはローザリアの手をそっと外し、首を左右に振った。


「私はもう、十七だ。今年、十八にもなる」

「俺は今年、二十八になる」

「十しか違わない」

「十も違う」


 懇願する様な、ローザリアの瞳。


「ミシェルなど忘れろ。あの女が貴様に何をした?」

「ケーキを焼いてくれた。奴隷の俺に手を差し伸べてくれた。何より、愛してくれた」

「ならば、どうして貴様は牢に入れられ、追放されたのだ?」

「きっと事情が……あったんだ」

「ある訳が無い。もしも私がミシェルの立場なら、何としても貴様を救い、共に逃げるッ!」

「それはローザリア、君が強い女性だからだ。ミシェルは違う」

「……弱ければ、敵と唇を交わして良いとでもいうのか? 私なら、舌を噛み切って死んでみせようっ! 貴様以外など、断じて受け入れぬッ!」

「なぜ……そんな事まで知っている?」


 ローザリアがウィリスの胸に額を付けて、「すまん」と詫びた。


「いや、いい。俺も……その、なんと答えればいいのか……」

 

 ウィリスも申し訳なさそうに、頭を下げている。


「ミシェルがいなければ、ローザリア……俺は君に、百回は惚れているだろう」

「ふふっ……慰めとしてなら、及第点に達しているな。私の心も、多少は救われたよ」


 ローザリアの目に、光るものがあった。

 しかし彼女はすぐに微笑を浮かべ、ウィリスの上衣を腕の中に抱く。「すんっ」と鼻水を啜った。

 ウィリスは服を奪われ、それで涙を拭かれた恰好だ。

 ついでに鼻水も付けられているが――だいたいいつも、この様な目に遭っているので気にしない。


「……話を、戻さなければな」


 俯き加減で、ローザリアが言う。


「ああ、グラニアが動くという話だろう」

「そうだ、トラキスタンとの盟約は破られる」

「今のグラニアなら、平気でやるだろうな」

「それでだ――問題はここからなのだが、我らが守るべきウルドを攻めるグラニアの主将は、いったい誰だと思う?」

「さあ」


 ウィリスは首を傾げ、帝国に残る八人の将軍を思い浮かべた。


「リュッセドルフあたりか?」

「――その男は、副将だ」

「まさか、ユーシスどのが出てくるのか?」


 ローザリアは首を左右に振って、眉を吊り上げる。


「……ミシェル・ララフィ・サーリスヴォルト」

「馬鹿な……」


 ウィリスは絶句し、額に手を添えた。


「ミシェルは武人ではない……なのに何故……」

「武人でなくとも、皇族だ。大将として不足はない。実務は、あの女が受け持つと言うしな」

「あの女?」

「イゾルデ・ブルームだ」

「イゾルデが? 何か意図があるのか?」


 ローザリアが長い睫毛を伏せて、溜め息を吐いた。


「――さっき私は嘘をついた。ミシェルの行動には、やはり事情があったのだ。ウィル……お前の推察は正しかったのだよ。

 グラニアの帝都から、この情報を齎したのは森人エルフ。つまりサラの友人で、私達とイゾルデの間に立つものだ」


 ウィリスは頭を掻き、「うーん」と唸る。

 ローザリアが何を言いたいのか、いまいち判然としない。


「つまり、なんと?」

「ミシェルが、こちらに寝返りたいそうだ。イゾルデが、その手引きをする――」


 ローザリアの声は、震えていた。零れ落ちそうになる涙を必死で堪え、手をギュッと握っている。


「――なに? よく聞こえなかったぞ」


 ウィリスは呆然として、口をパクパクと動かしていた。

 ローザリアは、大粒の涙をポロポロと零している。

 我慢出来なかった。だが今度は、はっきりと言う。


「ミシェルが、ここに来ると言っている。お前に謝りたいと――愛していると――なぜこんなことを、私の口から伝えねばならんのだッ! だから私はさっき、彼女を否定するようなことを……だから、その――すまない、本当にすまなかった……ウィル……許してくれ」


 ウィリスの心には、喜びと共に申し訳なさが広がった。

 ミシェルが来てくれるなら、こんなに嬉しい事は無い。

 けれどそれでローザリアが傷つくのなら、何とかしたかった。


 もしも、この一途な少女を愛することが出来たなら、それで彼女が救われるのなら、どれほど良かったか……と、心から思う。

 けれど今のウィリスには、どちらか一方しか選べないのだ。


 そして選ぶのは、間違い無くミシェル。


 新緑のようなローザリアの瞳が、曇っていた。

 曇らせた原因を自分が作ったと思えば、ウィリスは心底から苦しくなる。

 そんなウィリスの心情を察してか、ローザリアは微笑んだ。

 

「ウィル。貴様は正しい選択をしたのだ、誇って良いぞ。もしも貴様が私を抱いていたなら、私とミシェルは、きっと殺し合っていただろう――私はそれでも、貴様が欲しかったのだよ」

「ローザリア……」

「だからな、せめて今夜だけは、側にいさせて欲しい。頼む……」


 そう言ってローザリアは、ウィリスの寝台に滑り込んだ。

 ウィリスも拒めなかった。


 ローザリアに背を向け、ウィリスは目を閉じる。眠れる訳がなかった。

 彼の大きな背中には一晩中、ローザリアの涙が伝い続けたのだから。


 ――――


 翌朝――寝ずの番をする羽目になった不死兵アタナトイは言う。

 

「将軍、ずるい……自分ばっかり楽しんで。こっちは徹夜しましたよ」

「ああ、その……楽しんだ訳ではない……」


 ジトっとした目で、ウィリスを見つめる不死兵アタナトイ

 彼の誤解は、まったく解けなかったという。

 それも、そのはずだ。一方のローザリアには、誤解を解く気などサラサラ無かったのだから。


昨夜ゆうべはどこにいたの、ローザ?」


 アリシアに問われて、彼女はこう答えている。


「ああ、ウィルとな……一夜を明かした」

「それは、何て言うか……おめでとう、あなたも大人の女の仲間入りね」


 頬を朱に染め、無言でアリシアに背を向けるローザリア。

 ローザリア渾身の、『多くを語らない作戦』である。

 その口元には、笑みを浮かべていた。


「ふっふっふ――これも一つの既成事実。さあ、ミシェル。いつでも来るがいい」


 彼女はまったく、全然、諦めていなかったのだ。

 たとえ大人の女になっていなくとも、決して負けぬと不退転の決意である。


「こうなれば、我らは『戦争』あるのみ! 絶対に、私の方がウィルに相応しいのだッ!」


 ローザリアは、ギュっと拳を握りしめていた。


 その後ウィリスは、「やられたっ!」と呻く。

 あのローザリアが、物事を簡単に諦める訳が無かったのだ。

 あの涙はきっと、「ミシェルを躊躇無く殺すことを諦めた」だけに過ぎない。


 一方、こんなローザリアを、ミシェルが許すとは思えなかった。

 ウィリスはミシェルとローザリアが出会ってしまう日が、恐ろしくて仕方がない。

 もはや、ガクブルである。


 だが――ウィリスの心に、隙が無かったとは言いがたい。

 何故ならウィリスは、そんなローザリアを愛しいと思ってしまったのだから。

 だとするとミシェルの怒りの矛先は、一体どちらに向かうのであろうか。

 

「あっ……俺か?」


 ウィリスが手に入れたのは、新たなる絶望である。

 だがそれでも去年追放された頃よりは、遥かにマシな絶望であった。

 

 二日後――いよいよ『鉄血騎兵』はローザリアの指揮の下、山腹にある砦の攻略に着手する。

ありがとうございます! 今日も総合日刊ランキング入りしています!

でも順位が上がりません(しょんぼり


面白いと感じたら、評価、ブクマ、感想、宜しくお願い致します。

作者のやる気が上がります! 

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