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16 グラニアの影

 ◆


『血煙旅団』は血煙のヴァレリーを失うと、瞬く間に瓦解した。

 もともと複数の傭兵団を、彼の豪腕で纏めていただけだ。当然だろう。


 ましてや団の中核を為す、一番隊から三番隊までが壊滅した。

 しかも二番隊、三番隊の隊長達も討ち取られている。 

 まさに、空中分解というに等しい状況であった。

 

 だから生き残った『血煙旅団』の傭兵達は独立するか、別の団に吸収されるかの選択を迫られている。


『血煙旅団』の生き残りである赤毛の男――レントン・ニルバスは、戦災孤児であったという。

 彼は九歳の時に戦争で両親を亡くし、たまたま通りかかった血煙のヴァレリー拾われ、そのまま十年の歳月を過ごした。


 レントンの技量は剣も弓も槍も、全てが一流の一歩手前。

 それでも持ち前の明るさで、一番隊の分隊長となっていた。


 だからレントンはヴァレリーの仇を討とうとしない『煮え切らない奴等』を身限り、同志達を集めて『鉄血騎兵』の門を叩いたのである。

 彼はヴァレリーの仇討ちを依頼すると同時に、自らも『鉄血騎兵』となったのだ。


 むろん、彼に同意する者達も『鉄血騎兵』の強さを、先日、まざまざと見せつけられた。

 だからヴァレリーの仇を討とうと志す者は、誰もが『鉄血騎兵』入りを熱望したのである。

 

「よく訓練されている。ならず者の集団と、聞いていたのだがな」


 合流後、陣内で訓練中の兵達を見て、ローザリアが感心したように呟く。

 隣を歩くウィリスも、頷いていた。


「『血煙旅団』は名のある傭兵団だ。無法なだけで、名は上がらん」


 レントンが訪ねてきてから、一週間が過ぎていた。

 その間、敵が一度だけ山を下り、攻めて来ている。

 それこそ多くの傭兵達が、『鉄血騎兵』に入る切っ掛けとなった出来事だ。


 ――――


 払暁の奇襲。

 敵の規模はやはり、百人前後であった。

 統率の取れた騎兵集団で、漆黒の衣服を着た兵が半分ほど。

 彼等は砦に目もくれず、傭兵達の陣を荒らして回ったのである。

 傭兵達は慌てふためき、普段の強気すら忘れて逃げ惑う。


 だが、『鉄血騎兵』だけは整然としていた。悠然、とも言える。


 このとき既にローザリアは、この事あるを予測して、陣営の柵を高く構えていた。騎馬では決して突破出来ない高さに、だ。

 

 しかしローザリアは、これを防戦と捉えてはいなかった。

 勝利しつつ、敵の戦力を分析するのだ。

 分析したのち、山腹の砦を攻略するつもりであった。


「シェリル」


 物見櫓で、ローザリアが隣に立つ魔導師に言った。


「承知しました――大地から芽吹きし命たち。沃野を荒らす盗人の足を絡めとり、もって不届き者の道を塞げ」


 先端に宝玉のついた細い杖を振るい、シェリルが前方を指し示す。

 すると、前方で草がニュルニュルと伸びた。それは、見る間に人の胸元辺りの高さまで達している。

 太い蔦は人馬を絡めとり、足止めするには十分と思えた。

 これで敵兵が、矢を避けることが出来なくなる。柵と緑の茨に挟まれた、道の完成だ。


 ローザリアが命令を下す。


「射よッ」


 走り来る人馬の頭上に、ローザリアは矢の雨を振らせた。

 進行方向を変えようにも、シェリルが魔術で生み出した草花のせいで、真っ直ぐ進むしか無い。

 次々に敵騎兵が倒れて行く。


「ウィル」


 下方に目をやると、ウィリスは黒衣黒甲の四人と共に騎乗していた。

 ローザリアの望んだタイミングだ。彼女は頷き、頬を染める。


「やはり私とウィルは、以心伝心だ」

「はぁ?」


 隣で腕組みをしていたサラが、ローザリアの兜を“ゴン”と叩く。

 戦場において役立たずな彼女だが、長くウィリスと共にいた分、戦場における勘が鋭い。

 だからウィリスに勧められて、サラを側に置くローザリアだった。

 しかし――と思う。

 

「邪魔しかせぬな……貴様」

「それが師匠に向かって、言う言葉ですか? もう不死兵アタナトイについて、教えてあげませんよ」

「ぐぬぬっ……ごめんなさい」


 ローザリアとサラが奇天烈なことをしている最中、ウィリス達は柵から飛び出した。

 槍を一度だけ回転させて、ウィリスが兜の面頬を降ろす。


「始まるわ」


 サラがウィリスを指差した。

 ローザリアも頷き、『鉄血騎兵』の突撃隊となった不死隊アタナトイの働きを見守る。


 地上では、ウィリスが冷然とした声で言った。


「突撃する」


 馬速を早め、ウィリスが槍を構えた。

 不死兵アタナトイ達も心得たもので、ウィリスの命令を忠実に実行する。

 ウィリスを中心として、矢の様な陣形ができた。それは無造作に、敵騎兵へと突っ込んでゆく。


 ローザリアは、その表情ほど冷静ではいられない。

 胸元に手を組み、祈るようにウィリスを見た。

 

 敵はまだ、八十はいるだろう。

 そこに五騎だけで突っ込んで行く。

 しかも相手の先頭は、同じく黒衣黒甲だ。

 ローザリアに不安が無いと言えば、嘘になる。

 

「必要なら、俺達も出るが……」

 

 心配そうに見守るローザリアに、グラハムが下方から声を掛けた。

 しかし彼女は首を左右に振って、面頬を降ろす。

 兵に、不安気な顔を見られたくなかった。

 ――直後。


 “ドン”


 凄まじい音が響き、ウィリスが敵の先頭とぶつかった。

 彼は豪速の槍を水平に振るい、最前の三人を一挙に弾き飛ばす。

 敵の人馬が、岩にぶつかって弾ける波飛沫のようだ。

 誰もウィリスを止められない。


 だだひたすらの、前進だ。

 それだけで、敵が破壊される。


 ウィリス・ミラー。

 この戦場で、誰もが彼の強さを目の当たりにした。


 無造作に突入したウィリスは、瞬く間に敵とすれ違う。

 同じく彼に続く四騎も、左右に敵を斬り伏せ進んでいた。

 彼等がすれ違った後には、敵兵の死体だけが転がっている。

 その数――実に三十と有余。

 彼等と斬り結んだ者は、悉く死んでいた。


「「オオオァァァアアアアアッツ!」」


 味方から歓声が上がる。

 先ほどまで散々に蹴散らされていた傭兵達の顔が、見る間に輝いた。

 敵は半数程に数を減らし、『鉄血騎兵』の陣を通り過ぎて行く。

 尻尾を巻いて、逃げて行くのだ。

 むろんウィリス達は全員、生きていた。


 だがウィリスは戻ると、兜を取るなりローザリアに言う。


「あれはやはり、不死兵アタナトイだった」

「すると、やはりグラニアが?」

「うむ……だが、これでは露骨に過ぎる」

「だとすれば、もはや隠し立てする必要すら、無いと考えているのではないか?」

「もしも盟約を破ってグラニアが参戦するなら、ウルドの戦場が増えることになる」

「ふむ。東から攻められれば、公都が陥落するやもしれぬな」

「ああ……となれば、大敗だ」


 国が大敗すれば、当然ながら報奨金の支払いは消える。

 だから大敗することが分かっていながら、その国に付く傭兵はいない。

 だが、ローザリアにとってグラニアは敵だ。

 そちらに、寝返る訳にはいかない。


「この情報、トラキスタンにも流すべきであろうな」


 ローザリアの言葉に、ウィリスは無言で頷いている。


「ともあれ、勝ちは勝ちだ。よくやったな、ウィル」


 ニッコリと笑い、ローザリアがウィリスを労った。

 

 この戦い以降、『鉄血騎兵』は『血煙旅団』の生き残りを半数近く、吸収することとなる。

 その数は膨れ上がり、今や『鉄血騎兵』は、実に四百名に迫るほどの大所帯だ。


 こうして『鉄血騎兵』は、ウルドにおける傭兵団の盟主的立場となった。

 お陰でローザリアの軍議における発言力が、格段に上がったったのである。

ありがとうございます! 今日も総合日刊ランキング入りしています!

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作者のやる気が上がります! 

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