16 グラニアの影
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『血煙旅団』は血煙のヴァレリーを失うと、瞬く間に瓦解した。
もともと複数の傭兵団を、彼の豪腕で纏めていただけだ。当然だろう。
ましてや団の中核を為す、一番隊から三番隊までが壊滅した。
しかも二番隊、三番隊の隊長達も討ち取られている。
まさに、空中分解というに等しい状況であった。
だから生き残った『血煙旅団』の傭兵達は独立するか、別の団に吸収されるかの選択を迫られている。
『血煙旅団』の生き残りである赤毛の男――レントン・ニルバスは、戦災孤児であったという。
彼は九歳の時に戦争で両親を亡くし、たまたま通りかかった血煙のヴァレリー拾われ、そのまま十年の歳月を過ごした。
レントンの技量は剣も弓も槍も、全てが一流の一歩手前。
それでも持ち前の明るさで、一番隊の分隊長となっていた。
だからレントンはヴァレリーの仇を討とうとしない『煮え切らない奴等』を身限り、同志達を集めて『鉄血騎兵』の門を叩いたのである。
彼はヴァレリーの仇討ちを依頼すると同時に、自らも『鉄血騎兵』となったのだ。
むろん、彼に同意する者達も『鉄血騎兵』の強さを、先日、まざまざと見せつけられた。
だからヴァレリーの仇を討とうと志す者は、誰もが『鉄血騎兵』入りを熱望したのである。
「よく訓練されている。ならず者の集団と、聞いていたのだがな」
合流後、陣内で訓練中の兵達を見て、ローザリアが感心したように呟く。
隣を歩くウィリスも、頷いていた。
「『血煙旅団』は名のある傭兵団だ。無法なだけで、名は上がらん」
レントンが訪ねてきてから、一週間が過ぎていた。
その間、敵が一度だけ山を下り、攻めて来ている。
それこそ多くの傭兵達が、『鉄血騎兵』に入る切っ掛けとなった出来事だ。
――――
払暁の奇襲。
敵の規模はやはり、百人前後であった。
統率の取れた騎兵集団で、漆黒の衣服を着た兵が半分ほど。
彼等は砦に目もくれず、傭兵達の陣を荒らして回ったのである。
傭兵達は慌てふためき、普段の強気すら忘れて逃げ惑う。
だが、『鉄血騎兵』だけは整然としていた。悠然、とも言える。
このとき既にローザリアは、この事あるを予測して、陣営の柵を高く構えていた。騎馬では決して突破出来ない高さに、だ。
しかしローザリアは、これを防戦と捉えてはいなかった。
勝利しつつ、敵の戦力を分析するのだ。
分析したのち、山腹の砦を攻略するつもりであった。
「シェリル」
物見櫓で、ローザリアが隣に立つ魔導師に言った。
「承知しました――大地から芽吹きし命たち。沃野を荒らす盗人の足を絡めとり、もって不届き者の道を塞げ」
先端に宝玉のついた細い杖を振るい、シェリルが前方を指し示す。
すると、前方で草がニュルニュルと伸びた。それは、見る間に人の胸元辺りの高さまで達している。
太い蔦は人馬を絡めとり、足止めするには十分と思えた。
これで敵兵が、矢を避けることが出来なくなる。柵と緑の茨に挟まれた、道の完成だ。
ローザリアが命令を下す。
「射よッ」
走り来る人馬の頭上に、ローザリアは矢の雨を振らせた。
進行方向を変えようにも、シェリルが魔術で生み出した草花のせいで、真っ直ぐ進むしか無い。
次々に敵騎兵が倒れて行く。
「ウィル」
下方に目をやると、ウィリスは黒衣黒甲の四人と共に騎乗していた。
ローザリアの望んだタイミングだ。彼女は頷き、頬を染める。
「やはり私とウィルは、以心伝心だ」
「はぁ?」
隣で腕組みをしていたサラが、ローザリアの兜を“ゴン”と叩く。
戦場において役立たずな彼女だが、長くウィリスと共にいた分、戦場における勘が鋭い。
だからウィリスに勧められて、サラを側に置くローザリアだった。
しかし――と思う。
「邪魔しかせぬな……貴様」
「それが師匠に向かって、言う言葉ですか? もう不死兵について、教えてあげませんよ」
「ぐぬぬっ……ごめんなさい」
ローザリアとサラが奇天烈なことをしている最中、ウィリス達は柵から飛び出した。
槍を一度だけ回転させて、ウィリスが兜の面頬を降ろす。
「始まるわ」
サラがウィリスを指差した。
ローザリアも頷き、『鉄血騎兵』の突撃隊となった不死隊の働きを見守る。
地上では、ウィリスが冷然とした声で言った。
「突撃する」
馬速を早め、ウィリスが槍を構えた。
不死兵達も心得たもので、ウィリスの命令を忠実に実行する。
ウィリスを中心として、矢の様な陣形ができた。それは無造作に、敵騎兵へと突っ込んでゆく。
ローザリアは、その表情ほど冷静ではいられない。
胸元に手を組み、祈るようにウィリスを見た。
敵はまだ、八十はいるだろう。
そこに五騎だけで突っ込んで行く。
しかも相手の先頭は、同じく黒衣黒甲だ。
ローザリアに不安が無いと言えば、嘘になる。
「必要なら、俺達も出るが……」
心配そうに見守るローザリアに、グラハムが下方から声を掛けた。
しかし彼女は首を左右に振って、面頬を降ろす。
兵に、不安気な顔を見られたくなかった。
――直後。
“ドン”
凄まじい音が響き、ウィリスが敵の先頭とぶつかった。
彼は豪速の槍を水平に振るい、最前の三人を一挙に弾き飛ばす。
敵の人馬が、岩にぶつかって弾ける波飛沫のようだ。
誰もウィリスを止められない。
だだひたすらの、前進だ。
それだけで、敵が破壊される。
ウィリス・ミラー。
この戦場で、誰もが彼の強さを目の当たりにした。
無造作に突入したウィリスは、瞬く間に敵とすれ違う。
同じく彼に続く四騎も、左右に敵を斬り伏せ進んでいた。
彼等がすれ違った後には、敵兵の死体だけが転がっている。
その数――実に三十と有余。
彼等と斬り結んだ者は、悉く死んでいた。
「「オオオァァァアアアアアッツ!」」
味方から歓声が上がる。
先ほどまで散々に蹴散らされていた傭兵達の顔が、見る間に輝いた。
敵は半数程に数を減らし、『鉄血騎兵』の陣を通り過ぎて行く。
尻尾を巻いて、逃げて行くのだ。
むろんウィリス達は全員、生きていた。
だがウィリスは戻ると、兜を取るなりローザリアに言う。
「あれはやはり、不死兵だった」
「すると、やはりグラニアが?」
「うむ……だが、これでは露骨に過ぎる」
「だとすれば、もはや隠し立てする必要すら、無いと考えているのではないか?」
「もしも盟約を破ってグラニアが参戦するなら、ウルドの戦場が増えることになる」
「ふむ。東から攻められれば、公都が陥落するやもしれぬな」
「ああ……となれば、大敗だ」
国が大敗すれば、当然ながら報奨金の支払いは消える。
だから大敗することが分かっていながら、その国に付く傭兵はいない。
だが、ローザリアにとってグラニアは敵だ。
そちらに、寝返る訳にはいかない。
「この情報、トラキスタンにも流すべきであろうな」
ローザリアの言葉に、ウィリスは無言で頷いている。
「ともあれ、勝ちは勝ちだ。よくやったな、ウィル」
ニッコリと笑い、ローザリアがウィリスを労った。
この戦い以降、『鉄血騎兵』は『血煙旅団』の生き残りを半数近く、吸収することとなる。
その数は膨れ上がり、今や『鉄血騎兵』は、実に四百名に迫るほどの大所帯だ。
こうして『鉄血騎兵』は、ウルドにおける傭兵団の盟主的立場となった。
お陰でローザリアの軍議における発言力が、格段に上がったったのである。
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