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12 医者と魔導師

 ◆


 随分と長く話し込んでしまったようだ。

 ローザリアは「くーくー」と気持ち良さそうな寝息を立てているし、介護していたシェリルも寝台に突っ伏している。

 サラは苦笑して、立ち上がった。


「せっかくですし、今、診ておきましょうか?」

「そうだな、まあ、二人とも寝ているし……」

 

 サラは頷き、壁に掛けたローブから小さなナイフを取り出した。

 ウィリスはさっさと上半身裸になって、再び椅子に座る。

 

「人を癒せし清浄なる光よ、しかれども今、その輝きをもちて微細なる悪を滅さん」


 サラが呪文を唱えると、ボウッとナイフの刃が輝いた。

 大層な呪文のわりに、単なる消毒魔法である。

 サラが扱える魔法は、こういった補助魔法が少々だ。


「麻酔は?」

「別にいい」


 ウィリスは頭を左右に振って、静かに目を瞑る。


「じゃあ」


 次の瞬間――サク――とサラがウィリスの胸にナイフを突き立てた。


 さらにナイフを動かし、ウィリスの肌を方形に斬り裂いてゆく。

 メリメリと音がして、彼の胸の肉が捲れていった。


 ウィリスから零れる血を、サラが布で止めている。

 処置はさらに進む。サラはウィリスの体内にあるヌメリとした魔石に触れ、魔術紋を起動して解析を進めた。


 布の擦れる音がして、すぐに木の床がダンと鳴る。


「き、貴様ッ……ウィルに……ウィルに何をしておるのだッ!」


 物音がしたからか、ローザリアが目覚めてしまったようだ。寝台から飛び起き、憤怒の形相を浮かべていた。

 寝台のある角度からだと、まるでサラがウィリスの心臓を魔法で貫いているように見える。

 真っ青な顔色でローザリアが、ヨロヨロとサラに向かう。

 彼女が剣を握るまで、それほど時間は掛からなかった。


 ウィリスは顔だけを横に向け、「ん?」などと呑気だ。


「単なる調整です」


 サラはウィリスの胸から視線を外す事なく、魔石を分析している。

 魔術紋に映し出される文字が、内包された魔力量を示し、明滅していた。

 これは即ちウィリス・ミラーの生命力にも直結するのだが、呆れるほど高い数値を示している。

 また、魔石と肉体の適合率も表示されるのだが、こちらにも問題は無い。

 そもそも胸に魔石が埋め込まれて二十年以上。今まで無かった問題が、今さら起こるとも考えにくかった。


「き、貴様ッ! ウィルから離れろッ!」


 鞘を投げ捨て、ローザリアが剣を抜く。

 いよいよウィリスも眉を顰め、胸を開かれたまま立ち上がる。

 この分では、本当にローザリアが斬り掛かると思ったのだ。お陰でローザリアの動きが止まった。彼女はそのまま、キョトンとしてウィリスの胸元を覗き込む。


「大丈夫なのか、それは?」

「大丈夫だ。言ったろう、俺は不死兵アタナトイ。その力の源が、これだ」

「痛く……ないのか?」

「痛いが、馴れた」

「可哀想だ、そんなの……」


 キュッと下唇を噛み、ローザリアは剣を鞘に納めた。

 と、そこで彼女の顔色がまた変わる。


「うっぷ……」


 手近な桶に向かって走り、ローザリアが胃の内容物をぶちまけた。


「忙しいヤツだな」


 ローザリアの後ろ姿を一瞥し、ウィリスは再び座って調整を再開する。


「ウィル、見るなぁ〜! 頼むから、見ないでくれぇ〜……おえぇ〜〜」

「別に見ていない。見ればこっちも気持ち悪くなるからな」

「それは、おえぇ〜〜酷いぞ。私がこんなに苦しんでいるというのに〜〜」

「……見られたいのか?」

「それは、嫌だぁぁあ〜〜」

「意味が分からん」


 ウィリスは「ふぅ」と小さな溜め息を吐き、視線だけをローザリアに這わせた。


「しかしまあ、せっかくの美人が台無しだな」

「び、美人? 私がか?」

「ああ」

「そう、思うか?」


 桶に顔を突っ込みながらも、ローザリアの瞳が輝く。


「ああ、思うぞ。黙っていれば、引く手数多だろうよ」

「そりゃあ、たくさん声を掛けられたりはするが……お、おまえの好みはどうなのだ?」

「俺? ははは……俺はもう、おっさんだ。俺の好み何て聞いても、仕方がないだろう」

「……し、仕方なくは無い。どんな女が好きなのだ?」


 ウィリスにとっては、考えるまでもない質問だ。

 だが――あまり答えたく無い質問でもある。


「金髪で少し吊り目で――そうだなぁ……」

 

 そこまで答えて、ローザリアの目がサラに向く。恨みの籠った目だ。

 サラも頬に手を当て、満更でもない。


「サラ、ではない」


 サラはがっくりと肩を落とし、ウィリスの心臓をグリグリと押す。


「魔改造をしましょう」

「頼む、やめてくれ」


 ローザリアは、「ほっ」と胸を撫で下ろした。だがすぐにウィリスが言う。


「俺にとっては、ミシェル殿下が世界で一番だ。それはもう――生涯変わらない」


 サラはウィリスから顔を背けた。

 ローザリアは桶に顔を突っ込んだまま、ボソボソと喋る。声が桶に反射して、くぐもって聞こえた。


「それは……お前を裏切って、ゲートリンゲンとか言うヤツと結婚する女のことか?」


 ウィリスの目に涙が溜まる。

 自分から振った話なのに、心を抉られた。

 実際、現実的にも胸を抉られているウィリスには、二重のダメージだ。


 ローザリアの方は森人エルフのシェリルに背中を摩ってもらいながら、「オロロロロ……」と繰り返している。

 言ってはいけないことを言ったと、分かっていた。自分の心の醜さを思ってか、ローザリアは何度も吐いた。


「回復の魔術、要りますか?」


 シェリルが問うと「ぜひ」との答え。それをウィリスが遮った。


「ウィリス、酷いぞぉ。本当の事を言われて、怒ったかぁ〜〜」


 涙目のローザリアが、苦言を呈する。そりゃあ飲み過ぎたのは自分のせいだが、回復の魔法を止められる謂れは無いはずだ。

 そもそもウィリスは女々しい。フラれた女に執着し過ぎだと思う。だから私は悪く無い――とローザリアは己の思考を転換した。


「――いや、彼女には良い薬だ。酒を飲み過ぎればどうなるか、今日こそしっかり学べば良い。シェリルさん、甘やかさないでくれ」

「ひ、酷いぞ、ウィル。私がこんなに苦しんでいるというのに……」

「だったら、今後は酒を控えなさい」

「うぅ〜〜また子供扱いしおってぇ……シェリルどの、頼む、こっそりと魔法を……」


 余りにもぐったりとしたローザリアを気の毒に思ったのか、ウィリスが顔を背けた隙に、シェリルがそっと回復魔法を彼女に掛けた。


「内緒ですよ?」

「あ、ありがとう」


 ローザリアはコソッとシェリルに耳打ちし、まだ酔っているフリをしながら立ち上がる。ウィリスの「調整」が気になったのだ。


 ゆっくり歩いてウィリスの正面に回ると、胸に赤く輝く石がある。それに手を翳したサラが、何事か呪文を唱え、頷いていた。

 それから小さな金属の棒を取り出し、コンコンとウィリスの胸に埋まった石を叩いている。


「……骨と、繋がっているのか」


 じっと見て眉を顰め、ローザリアは顔を背けた。

 しかし再び顔をウィリスの胸へ向けると、物悲しそうな声で問う。


「人が人に……このような仕打ちを……」

「……奴隷だったからな」

「奴隷とて、人だ」


 ウィリスの眉が、ピクリと揺れた。

 ローザリアの口から出た言葉が、イラペトラと同じものだったからだ。

 まさか王侯の出で、このような考えを持つ者が他にいるとは思わなかった。


「そう……だな」

「それが、グラニアの考え方か? 奴隷ならば、何をしても良いというのがッ……!」

「昔の……そして今のグラニアのな。だが、イラペトラさまは違った。俺を平民に、それから貴族にしてくれたのだ。だから、決して全てという訳では無いぞ」


 ウィリスは頷き、自分の開けられた胸を見ている。

 ぼんやりと顔が赤く照らされていた。胸の魔石が光っているからだ。


「もっと、近くで見て良いか?」


 ローザリアの言葉に、サラの眉が動く。一瞬だけ吊り上がった。


「見て、どうするというのです?」

「私は……見なければいけない気がするんだ」


 ローザリアはウィリスの胸元を、食い入るように見つめている。

 下唇をキュッと噛んで、真剣な眼差しだ。

 逸らしたい目を無理に留めているようで、長い睫毛が震えている。

 サラは言った。


「口を布で覆いなさい。それなら、近くで見る事を許可します」


 それから暫くの間、じっとローザリアはサラの作業を見守った。

 

「調整――と言ったな。それは、どうすれば出来るのだ?」

「少しの魔術の素養と――膨大な魔道具の知識が必要です」

「何年かで、出来ることか?」

「あなた、一体何を考えているのです?」


 手を一旦止めて、サラがローザリアを睨む。


「私も調整が出来るようになれば、と」

「――私が来ました、必要ありません」

「ウィルには調整が必要なのであろう? 貴様に何かあれば、何とする?」


 既に作業は、ウィリスの傷口を塞ぐ段階に入っていた。


不死兵アタナトイの技術は、不必要に広めるべきでは無い」

「悪用などせぬ。あくまでもウィルの為だ」


 ここまで言って、ローザリアは頬を真っ赤に染める。


「あら、あなた……さっきの話で何となく思っていたけれど……」


 傷を塞ぎ、もう一度、消毒魔法を唱えてサラがウィリスの胸をポンと叩く。


「ご、誤解するな、ウィルには命を助けられた。私とて、何かの役に立ちたいだけだ」


 そう言って、ローザリアはウィリスの足下に目を向ける。

 サラはポンコツだが、まったく勘が働かない――という事も無かった。

「ふぅ」と溜め息を吐き、サラは「大丈夫です、問題ありません」とウィリスに伝える。

 それからローザリアに、こう言った。


「そうね――私を『鉄血騎兵』の医者として雇ってくれるなら、少しは不死兵アタナトイについて、教えて上げても良いでしょう」

「そ、そうか、医者か。ちょうどいなかったしな――うん、入ってくれるなら、とても助かる」


 ローザリアは頬を指で掻きながら、照れくさそうに言う。


「じゃ、決まりね。だけどローザリア。あなた――きっと報われませんよ?」


 サラの言葉に一瞬だけ目を見開き、ローザリアは再び俯いた。


「見返りが、欲しい訳ではない」

「そうですか、あなたも苦労しそうですね」


 サラは片目を瞑り、ローザリアのオデコを指で軽く弾いた。


「貴様も、か?」

「私は――とっくに諦めています。でも、こうして、ね?」

「ふむ……」


「ああ、ローザリア。サラにはな、事務処理も任せるといいぞ。とても優秀だ」


 ウィリスは微笑して、言った。とりあえず二人の仲が険悪でないなら、それでいい。そう思って、満足気に頷いている。

 二人の女性はそんなウィリスを見て、肩を竦めていた。


 このときウィリスは自分自身の今後を、多少だが考え始めている。


 このまま自分はローザリアの夢を手伝うべきだろうか。

 彼女の道は、グラニアを滅ぼすことへと繋がっている。

 ウィリスとて、グラニアは滅ぼしたいほど憎らしい。

 だが――ミシェルはそんな国の皇妹だ。


 ローザリアがミシェルを滅ぼそうとする時、自分はどうすればいいのか。

 まだ遠い先の話だとして、ウィリスは頭を振る。

 そのことを考えるとウィリスは、自分という存在を消してしまいたくなるのだ。

 結局のところウィリスにとってミシェルは唯一無二の、最愛の人。

 彼女の心を失った今、何をどうしてみたところで、彼は抜け殻に過ぎないのである。

 

 ウィリスの思考が闇へと落ちかけたところで、もう一人の森人エルフが口を開く。


「あ、それなら私も、お世話になってよろしいですか?」


 彼女はもともとローザリアが熱心に誘っていた人材なので、入団は大歓迎であった。

 こうして『鉄血騎兵』は、医者と魔導師を迎えたのである。

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