12
◇◇◇
二人はそれからたびたびキスをした。とはいっても性に拙い中学生のこと、誓ってそれ以上の関係はなかった。
特に康子はそういった方面の感情に疎かったこともあり、彼女は美空とキスするたびに下腹にズクンと感じる甘い疼きが恋のすべてなのだと、本気で思い込んでいた。
康子はすっかり美空と付き合っているつもりになって、自分の弱い部分を彼女に語って聞かせるようになった。つまり、今まで親にすら話さなかった悩みのすべてをつまびらかに語ったのである。
おりしも期末テストは終わって、康子はいよいよスポーツ推薦で高校に進むのか、それとも一般入試に挑むのかという選択を迫られてもいた。
「結局ね、スポーツ推薦の方が楽だって、自分でも思っちゃってるのよ」
その日も、康子は放課後の美術室で、美空に自分の悩みを聞かせていた。
「それでも、今までは水泳を優先してたから平均点だっただけで、今から水泳をやめて勉強を頑張れば、受験までにはそこそこ成績も上がると思うのよね」
美空は相変わらずスケッチブックに何かを描きこんでいたけれど、だからといって康子を無視するようなことはしない。手は止めずに、視線だけを康子に向ける。
「へえ、で、勉強してまで行きたい学校があるの?」
「別にそんなのはないけど……あ、美空と同じ高校へ行こうかな」
「ヤスコの成績じゃ無理ね」
「わかんないじゃん? 今から頑張れば?」
冗談めかして答えたが、康子は美空が学年でも五番以内をキープしている成績上位者であると知っている。同じ高校に行くならば、美空が志望校を下げてくれなくては無理なのだ。
だから、少し甘えた声を出す。
「ねえ、うちから近いし、ヨシ高にしない?」
彼女は嫌だとも、良いとも言わなかった。ただピシリとした言葉で、康子の甘えを退ける。
「ヤスコは、ヨシ高に行きたいの?」
「ヨシ高に行きたいんじゃなくて、美空と一緒の学校に行きたいの」
「高校は、そんな目的で行くものじゃないでしょ」
「そういう目的でも良いじゃん、私たち、付き合っているんだし」
美空は、この言葉に対しても明確な肯定も、否定すらしなかった。むしろその話題を避けるように、康子の悩みへと斬り込む質問をしたのだ。
「水泳は? やめちゃうの?」
「うーん……」
即答できなかったのは、惜しいと思う気持ちがあったから……ヨシ高には水泳部がない。
「やめちゃっても……良いよ」
歯切れ悪く答えた康子の真意を、美空は聡く汲み取った。
「嘘ばっかり、本当はやめられないくせに」
「そんなことないよ、水泳をやめたら、美空ともっと一緒に居られるし、学校帰りに寄り道したり、一緒に服を買いに行ったり、あと、それから……」
「はいはい、じゃあ、今日の水泳部の練習は? サボるの?」
美空は時々、とても意地悪だ。康子がなんと答えるかわかり切っている質問を、わざとみたいに投げかけてくる。
「サボらない……行くけど……」
ムスッと膨れて、康子はもうひとことふたことを言おうとした。だが、美空はずっと立ち上がり、その唇に自分の唇を重ねる。言葉を奪われた康子は「う」と軽くうめいたきり、大人しく両目を閉じた。
窓からは夏の蒸し暑い風、これが窓際のカーテンを揺らして、ぬるりと二人の頬を撫でる。どこか遠くで、陸上部だろうか、甲高いホイッスルの音がする。康子は軽く口を開いて美空に貪られるがまま、うっとりと立ち尽くしていた。
やがて一通り康子を味わった美空は、ふわりと口づけを解いてささやいた。
「ほら、練習に遅れるわよ」
康子は浮かされた顔でぼんやりと答える。
「うん、行ってくる」
「はいはい、終わるまで、私はここにいるから」
「本当によ、一緒に帰るんだから、先に帰っちゃダメよ!約束だからね!」
このように強気で、康子はすっかり美空の恋人気分であったのだが、美空は――果たして美空はどうだったのであろう。