永遠のその先を共に
この作品は、独自の設定・用語が多数出てきますが異文化感を出しつつも説明なしで雰囲気等からどこまで話を把握できるのかの実験、およびファルシのルシがコクーンでパージ状態な作品への揶揄として殆どの用語にルビを用いず書かれています。
単語の意味はフィーリングと勘と前後の文脈から適当に推測してください。
一部の単語は後書きでおおまかな意味を解説しています。 意味は割と適当に決めています。
イル・セラという存在は総じてラーン種のような気まぐれさと気難しさを習性に持つ。
いや、我々タルガ・エランの女性はイル・セラ時代を過ぎたとしても、あるいはバドリュー階級ではないヘンゼラやバウル・ガーといった地位であっても、彼女達はラーン種と似ている部分がある。
私の母や姉はその典型例ではあったし、知己にその手の話を振っても概ね似たような認識を彼らも抱いているから、これはルアリガ・ダンマーンに反する決め付けや偏見などではないはずだ。
とはいえ、当の彼女達は自分たちをラーン種に喩えられる事には賛否両論であるらしく、喜ぶものもあれば、あのような忌々しい獣と一緒くたにするのは失礼だ、と非難してくるものも居る。
誓って言うが、私にとってラーン種とは「あの忌々しい獣」などと呼ぶような存在ではないし、彼女達を侮蔑するつもりもない。
では私がシュレイドを勤めているイル・セラ……つまり、ラルティエラ・エルダ・ランガーン・エラン嬢はどうかというと、喜ぶわけでもなく怒るわけでもなく、ただ一言。
「私のシュレイドであるあなたがそう思うのだったら、そうなのかもしれないでしょう」
と答えるだけで、あとは興味なさげにフォッサに深く腰掛けてエンテレイルの祈祷文集を黙って読むだけだ。
……なるほど、我がイル・セラ・ラルティエラはそういう所もラーン種、特にアダルマルンラーンに似ていると感じる。
肯定するのも否定するのも興味がない、というよりも億劫であるのだ。
彼女の思考や欲求の大部分は全2084巻もある祈祷文の読破と、茶の香りを楽しむこと、フォッサの柔らかさを吟味すること、髪を梳くための櫛がしっかりとエルテリアラド製であるか否か、といったそれらだけに向いている。
逆に言うと世の大部分のイル・セラが関心を持つような、自分のシュレイドがいかに忠実で誠実な存在であるか、来週のリッセ・リッシに着ていくのはファンタルアが良いかドレイッシが良いか、次のベルジェルンの新作は何色になるのか、あるいは自分ならばコルテリアンをどう工夫し、どのように他のイル・セラに称賛されたいか、と言った流行事には一切目を向けることは無い。
イル・セラ同士ならマンダーを昇格させるためもに必要な、そういったコンタステラな行為とは無縁の時間を生きている。
その原因の大部分は彼女の祖母に影響を受けているのは明白で、数ある祈祷文の中からエンテレイルを選択するのも、エルテリアラドに執着するのも、祖母がそれを好んでいるからというのを私は以前聞かされた。
いずれにせよ、俄然年齢相応のイル・セラらしからぬ趣味嗜好である。
つまり、彼女は……私のイル・セラはどちらかというと、ミンシィの花が咲くようなイル・セラであるのにセンシヴだけがイル・ラインのような、「年寄りくさい」習性を持っているとも言える。
総論すれば、「老いたアダルマルンラーン」ということになるか。
そういうのも悪くない。 私も実家に居たころはそういうアダルマルンラーンをよく膝の上に乗せて可愛がっていた。
みんな私よりも先にレンテエルモに旅立ってしまったが。
……話を戻そう。 とにかくだ、私が彼女のシュレイドとしての務めを果たしながらこんなことを考えているとは、彼女は思っても居ないだろう。
まして、老いたアダルマンラーンに似ていると思っているなどと。
流石にそれになぞらえるのは、いくらラルティエラでも機嫌を悪くするかもしれない。
よって、この事は私の胸の内に厳重に鍵をかけて秘めておく。
「私はあなたがルアリガ・ダンマーンを遵守するシュレイドであるなら、それ以上を求めることは無いのだけれど」
不意にかけられた彼女の言葉に、私は驚いてそちらの方を向く。
私のイル・セラは祈祷文集から少しだけ顔を上げて、視線をこちらにじっと注いで居た。 口元は文集の陰になって見えない。
思考を口に出していた覚えは無いし、会話は交わしていない。
一体何を意図しての唐突な発言なのか真意を掴みかねて、思わず私はまるで彼女が私の頭の中を読んだのか、とさえ考えてしまう。
私が彼女を、ラルティエラを老いたアダルマンラーンと思っていようとも、私が忠実なシュレイドである限り、それを特に無礼とは咎めない、というつもりの発言なのか、と。
私がどう返事をしようか考えあぐねていると、彼女は視線を落として祈祷文集に視線を戻しながら、こう言った。
「お茶が飲みたい。 いつもので」
ラルティエラは茶の中でも特にボマンボボルドを好む。
ボマンボボルドはゼンダーの花の部分を乾燥させたものを煎じたもので、バドリュー階級の人間が好む一般的な嗜好品だ。
しかし彼女は同じ茶でもボマンダバルドは好まない。
どちらもゼンダーの花の部分か、葉の部分かの違いでしかないし、香りのクリアッシンスもダイラ・イリに指定されているのだが、どうも彼女には私には理解できない拘りがあるようだ。
そして、湯を注ぐときもアボルドタイドの専用の器を好む。 アボルドデイラではダメなのだ。
以前間違えてアボルドデイラに淹れて出したせいで、彼女は自分専用のフォアラッシンス・タイナーの内殻に閉じこもり、イラ・アクラの周期中はどんなに呼びかけても出てこなかったことがあった。
先ほどは彼女をアダルマンラーンに喩えたが、むしろ気難しさと頑固さ、機嫌を損ねた時の手のつけられなさではカイボルドラーンにも匹敵するだろう。
断っておくが、カイボルドラーンはただ凶暴なだけの獣ではない。 優美さと華麗さを備えた、素晴らしき地上の王者である。
彼女を喩えるのにはふさわしいし、実際カイボルドラーンは容易に人が飼いならせる存在ではないと聞く。
つまりそれだけ、彼女の身の回りの世話をするには細心の注意が要求されるもので、その難易度と言えばカルハ・アランの試練を合格するのに匹敵する。
大抵のシュレイドはあれをもう一度、それも毎日やれなんて言われたら卒倒するに違いない。
そしてアラ・シュレイド時代から彼女の側に居る私だからこそ、イル・セラ・ラルティエラのシュレイドが勤まる。
それが私の自負であり、誇りだ。 自惚れはルアリガ・ダンマーンに反する堕落ではあるが、しかし誇りもまたルアリガ・ダンマーンでは守らなければならないものの一つである。
だから、これぐらいは許されるだろう。
……ただ、その先はわからない。 ラルティエラがイル・セラ時代を過ぎて、本当にイル・ラインになった時。
それは私も彼女のシュレイドである時代を終えるという事でもある。
エルヴァータールを迎えることができるイル・セラとシュレイドの組み合わせは少ない。
大部分のイル・セラはラーン種のごとく、気まぐれな習性だ。 自分のシュレイドがいかに忠実で誠実で、ルアリガ・ダンマーンの理想を体現する存在であるかを自慢しあうとしても、それは一時期の熱狂でしかない。
彼女たちにとって、シュレイドはリッセ・リッシに参集するときに自分を着飾るための道具と変わりが無いと見ているものも少なくない。
シュレイドはシュレイドであり、エルヴァータールとは別の話なのだ。
……そんなことを考えながらも私は粛々と適温のボマンボボルドをアボルドタイドの器に油断なく注ぎ、彼女の元へと運ぶ。
私のイル・セラは卓に置かれたそれを、祈祷文集から一切目を離さずに受け取ってそっと口元に運ぶ。
「ご苦労さま」
他には特に何も言わない。 彼女が淹れられた茶に関して口を開く時は何か不満がある時だけだ。
あるいは、満足とまでは行かないが文句を言うには億劫である程度の出来なので何も言わないだけなのかもしれないが。
ともあれ、言いつけられた用件を終えた私は自分用のフォッサに戻って腰掛ける。
このフォッサはラルティエラの腰掛けるフォッサとは随分と型の違うものだが、彼女が柔らかさについてああでもない、こうでもないと小一時間以上たっぷりと吟味した上で調達したものの一つだ。
それを、彼女は私が座る用のフォッサに指定した。 私がこれ以外のフォッサに座ったり、あるいは自分で敷物を用意すると拗ねるのだ。
さすがにフォアラッシンス・タイナーに閉じこもったりするほどでは無いが、彼に向かってぐちぐちと私への恨み言をぶつけるので、いかに頑強で寒さにも熱波にも渇きにも耐えうるフォアラッシンス・タイナーと言えど、終わるころにはへとへとに疲れきっている。
彼女の扱いに対して神経をすり減らすのは、シュレイドやヘンゼラたちだけではなく騎獣までもということだ。
……ふと、そんな彼女が一体誰とエルヴァータールを迎えることが可能なのだろうか、と思う。
彼女は……ラルティエラはイル・セラとしてはあまり一般的とは言えない習性を持つ。
当然ながら、他のイル・セラや、バドリュー階級の男女から見て、あまり良い目で見られる傾向には無いことはわかる。
同じイル・セラの知己が少ないのは、彼女自身がそういう交流を好まないという以上に、相手の方が彼女を避けている面もかなり大きい。
ただ、彼女の趣味嗜好そのものはイル・ラインになれば普通のことで、そこだけを見るならばラルティエラは単に早熟気味なタルガ・エランの一人という事に過ぎない。
問題となるのは、その気難しさと扱いに注意を要するという点だ。
私だって彼女の拘りの全てを理解しているわけではない。 それなのに何が彼女にとってのダイラ・イリ・センシヴなのか、反対に逆鱗となるのかを、私以外が理解できるのだろうか。
そう考えると、やはり彼女のエルヴァータールに相応しいのは私以外は居ない、という考えにもなってくる。
繰り返すが、自惚れはルアリガ・ダンマーンにおいて厳しく禁じられている堕落行為である。
まして、私がラルティエラをエルヴァータールに選んだとして彼女の方が私を選んでくれるという保障は無い。
今のところ私は彼女のシュレイドとしての勤めを果たしているが、私のイル・セラとしての彼女がそれに不満を述べないのは、茶と同じように「満足とまでは行かないが文句を言うには億劫」だから言わないだけのことでしかないのかも知れないのだから。
そう思うと、私は酷く不安な気持ちに包まれる。
私にとってはラルティエラは間違いなく考えうる限りのダイラ・イリ・センシヴであり、ルアリガ・ダンマーンにかけて彼女のために忠誠を尽くす、「私のイル・セラ」「我がイル・セラ・ラルティエラ」だ。
だが、もしかしたら、彼女にとっては私はそうではないかもしれないというのは、とても私を心細くさせる。
この思いは単なる一方通行でしかないのだろうか。 イル・セラの多くがシュレイドとはイル・セラ時代に共に周期を過ごすだけの関係でしかないように、彼女も私に別れを告げる日が来るのだろうか。
そう一人で思い悩んでいると、衣擦れの音がして彼女がフォッサから降りたのに気付いた。
そのまま小さな脚で私の側に歩み寄り、私のフォッサの空いている隙間に腰を下ろす。 そして、私の……信じがたい! 彼女は横になって私の膝の上に頭を乗せ、そのままエンテレイルの祈祷文集を読み始めたではないか!
「……なに?」
唖然とする私に少しだけ視線を向け、彼女は怪訝そうな短い言葉を発する。
まるでそれが何か問題があるのかというような様子で……大問題でしかないだろう!
そんな行為はエルヴァータールを迎えた同士でなければ許される行為ではないし、ルアリガ・ダンマーンに置いても、「特に緊急必須の事情でもない限り、シュレイドは自らのイル・セラの手を取る以上の過度なヴェンドラー的な接触を避けること」と明記されている。
いくら彼女が早熟でも、あるいはそういう事に興味が向かず疎いとしても、あまりにも度を越している。
まして、彼女はイル・セラ・ラルティエラであり、ラルティエラ・エルダ・ランガーン・エランなのだ。
こんなことをして、私は彼女の父君になんと顔向けしたらいい?
そう必死に諭そうとする私に対し、彼女はとても不思議なものを見るような表情で、こともなげにこう言った。
「どうせエルヴァータールを迎えたあとは、毎周期こういうことをするのでしょう、私達。
なら、別に構わないのではないの?」
あっけにとられ、私はしばらく声が出なかった。
彼女は、それを当然の事として認識し、そしてそれ以上は語ることなど無いのだと言わんばかりに再びエンテレイルの祈祷文集に視線を戻す。 私の膝に頭を乗せたまま。
……なんだ、そうだったのか。 思い悩んでいたのが馬鹿みたいだ、私は。
私がアラ・シュレイドだった時代から、私は彼女の側にいて、そして今のように同じ周期を過ごしてきたのだ、繰り返し、ずっと。
今更彼女が私以外の誰かを選ぶ余地はないし、イル・セラでありながら既にイル・ラインじみている彼女の側にいるシュレイドなら、それはもうエルヴァータールであるも同然だ。
ラルティエラは私がアダルマルンラーンに似ているなんて思っていても、それを許容する。
彼女のシュレイドである限り、それ以上を求めない。 それが既にダイラ・イリに到達しているからだ。
私が彼女の機嫌を損ねれば拗ねるし、閉じこもって私に抗議するのを億劫だとは思わない。
大事なことだから怒るのだ。 そして最後には必ず私を許してくれる。
私にわざわざ座らせるためのフォッサを吟味するのも、それ以外に座ると怒るのも、彼女なりに私のことを思っているからに他ならない。
私が淹れたボマンボボルドを必ず口にするのは、彼女の指定どおりにしたものだけを好むのは、そうでなければいけないからだ。
それが彼女の拘りなのだ。 私がそこに入っていることも含めて。
もし彼女が私のことを気に入らないのならば、私の存在自身を許容していないし、シュレイドとイル・セラになっても居ないだろう。
考えてみれば最初から、わかりきっている事だった。
……全ての肩の荷が下りて、あらゆる問題や困難が解決し、晴れやかな気分となった私は、ラルティエラの頭をそっと撫でてこう言った。
「はい、私のイル・セラ。 永遠のその先もお側に」
(終わり)
タルガ・エラン「人種の一つ 黒髪で茶色い目を持ち生物工学技術と遺伝子操作技術に長け、寿命や身体能力を自己改造することで旧人類たるエルフ種族をも駆逐する勢いで版図を拡大しつつある かなり独特な文化や価値観を持つ」
イル・セラ…「貴族令嬢」
シュレイド…「騎士兼執事」
バドリュー…「貴族」
ラーン種…「猫科動物に似た生物 ただし八本脚」
アダルマルンラーン…「イエネコが近い存在」
カイボルドラーン…「ライオンとトラとチーターとジャガーとサーベルタイガーを合体させたような存在」
ルアリガ・ダンマーン…「宗教的性格の色濃い騎士戒律」
イル・ライン…「淑女 成人した貴族の女性」
ボマンボボルド…「月から漂う香りのするお茶、という名前の銘柄」
ボマンダバルド…「月から滴る雫の味のするお茶、という名前の銘柄」
クリアッシンス…「等級」
ダイラ・イリ…「至高」
アボルドタイド&アボルドデイラ…「陶器のブランド」
フォアラッシンス・タイナー…「個室兼移動装置兼ペット生物 別名を戦術甲殻馬車」
フォッサ…「椅子兼ベッド」
エルヴァータール…「永遠より永く続くもの、永遠を誓った伴侶、またその儀式」
ルティエラ・エルダ・ランガーン・エラン嬢…「面倒くさい系女子 文学少女 不思議ちゃん お茶には器も含めてかなり拘りがあるが、実は拘りよりも「私」が間違った時はそれを把握してない、自分を理解して貰えてない事に対して拗ねている」
私…「猫をご主人様とか呼んじゃうタイプ 温かい棒 自動給餌装置 下僕」




