第九十六話 執事の力
第九十六話 執事の力
「パーナさんはなぜこのゲームを?」
サルエットラが効いた質問に対して、パーナは蹴りで返した。
「えぃ」
サルエットラは受けずに躱して見せた。
「いけませんね人が聞いているのに」
「知ったことか!」
パーナは次から次へと蹴り・殴りを繰り出した。しかし、サルエットラは一つ一つ避けてゆく。
「もう一度聞きます。パーナさんはなぜこのゲームをプレイしているのですか?」
「ウォー」
パーナはうめき声をあげながら、かかげた右の拳をサルエットラに打ち込んだ。避けていたサルエットラも避けきれず、皆はまたかと目を逸らした。
「それで答えは?」
そう微笑んだのはサルエットラであった。パーナの拳はがっしりとサルエットラの左手で押さえられていたのだ。
「くそ」
パーナはすぐに距離をとり、まだ冷静さは保っていた。
「魔法なしじゃこんなもんか」
そう捨て台詞を言ったパーナは消えた。そう、皆の目には映ったのだ。
「ほほぉ」
サルエットラは数十メートルも突き飛ばされた。その後も目に終えぬ速さで攻撃が次から次へとサルエットラを苦しめた。
「強い魔法ですね。身体強化ですか」
「……」
パーナは無言でサルエットラを滅多撃ちにした。右拳、左足、右膝、右踵、左膝……次から次へとパーナの物理攻撃が続いていった。
「スカラ! サルエットラが……」
「大丈夫だって」
スカーレットは陽気に答え、笑っていた。まるでサルエットラが勝っているのかのように。
「次、次、次、次、次……」
パーナの唱えるとような言葉が蝕んでいくようにサルエットラの様子を変化させた。
「強いですね」
サルエットラの表情には余裕どころか、体力さえも残ってはいなかった。体も傷だらけ、疲れ切っていた。
「中々もつじゃないの」
そう言いながらもパーナの攻撃は止まらなかった。
「(やばいって!)」
[致命傷はないですよ]
「(そんなこと言ったって……)」
[恐らくパーナさんの攻撃を見切ってそれぞれの最善の防御を行っていると思いますよ]
「(だからと言って……パーナさんだって最善の攻撃だし……)」
[後、お忘れになっていませんか?]
「(何をだよ)」
[サルエットラ氏はヒール使いですよ]
「(あぁ! 何に使っていないってことは!)」
[かもしれませんね]
「次、次、次、次!」
パーナは攻撃を仕掛けていた。しかし、サルエットラに受け止められていることに気が付いた。
「どういうことだ! これがあんたの魔法か?」
「今回は私が無視させていただきます」
「受け身の魔法なんてあったんだな」
「……」
サルエットラは黙って受け身に徹した。
「この野郎!」
パーナの冷静さは失われた。必死になっていたのだ。身体強化されているのにも関わらず攻撃が効いていないのだ。
そして初めてサルエットラの拳がパーナに当たった。
「あれ、遅い!」
「遅いぞ、あいつ!」
「スタミナ切れだ。いけ、サルエットラ!」
そうだった。パーナは普通に目視できるほどに遅くなっていたのだ。しかし、それは幾ら何でも急だった。突然だったのだ。だんだんと疲れてくる・遅くなるとすれば成り立つのだがそれが急だったのだ。
「貴様、ヒーラーか?」
「……」
「このゲームの隙をついたってわけだな」
「……」
パーナが言っていることは正しかった。このゲーム・四国大戦にはスターテスがあるものの、スタミナ表示がなく、個人的感覚によるものだった。そして、それを感じられる方法が疲労感だった。スタミナが減るとゲームであるのにも関わらず疲労感を感じるのだ。しかし、パーナが魔法を使いながらあれほど長くフル稼働していたのには理由があった。それは疲れを感じていなかったのだ。
「まさか敵を常にヒールし続けていたなんてな」
「……」
「まったく疲れを感じないからおかしいと思って見れば、こういうことか!」
パーナの蹴りにはもう力が入っていなかった。体を酷使しすぎたのだ。
「御名答。しかし、無視をする無礼さが伝わったかな」
「やるならやれよ」
「女性なのにお言葉がよろしくないこと」
サルエットラの受けた様々な傷は彼のヒールによって全快した。
「行きます」
「おう」
サルエットラは今までの恨みを晴らすまでかのように、疲れ果て切り地面に倒れこんだパーナを無言で殴り、蹴り、やりたい放題攻撃した。そしてたちまちパーナは死に消えた。
「サルエットラの勝ちだ!」
「よし、後次も勝つぞ!」
「これならいける」
マルチリストには希望が見えていた。
「まぁ、こう言ったものね」
そう言ったのはスカーレットではなかった。サクラだった。まるで、敗北を知っていたのかのように。
「(なんか見てられないな)」
[いや、戦略的戦術。褒め称えたいですね]
「(何言ってんだよ、今のこと言ってんだよ)」
[いえ、それ以上の攻撃を受けたではありませんか]
「(それにしても、どうして攻撃を全て受け止めることができたんだよ)」
[あくまで推測なのですが、もともとの身体能力とも関係あるのでは]
「(現世でもスカラの執事みたいなこと言ってたよな)」
[それか、ヒールには何か秘密があったのでは?]
「(まぁ、とにかくこれで二勝か)」
[次、ムリュウが勝てば終わりですね]
「(勝つに決まってんだろ)」
[どうでしょう]
そうして勝利を手にしたサルエットラはスカーレットとハイタッチをした。
「スカーレット様、どうでしたか?」
「上等上等!」
「お褒めに預かり光栄です」
「その無駄に丁寧なのやめない? こういうことした後に限っていつもこうなんだから」
「汚いものをお見せしたもので」
「いつものことだろ」
二人は普通に接していた。また、ともに微笑んでいた。
そして、休みもなく次の戦いの幕が開かれた。ムリュウに対するのはリッシュだ。自身のないような内向的一面を見せる少女だった。
「(何か、勝てそうだな)」
[見た目では判断できませんよ]
「(いやでも見ろよ)」
[早く召喚してください]
「わかってるよ、悪魔ムリュウ!」
黒い煙幕とともにムリュウが現れた。
「テル」
「スカラ、何?」
「今誰にわかっているよって言ったんだ?」
「あぁ、えっと、自分にかな? 独り言独り言」
「そうか、まぁ、ムリュウを頼んだぞ」
「いや、あいつはあいつだからな。俺は魔力源ってだけだからな」
「途中で逝くなよ」
スカーレットは笑って言った。
「こんな時に冗談言ってんじゃねーよ」
テルもまた笑った。しかし、この瞬間、このゲームの中の瞬間はもうすぐ終わるという事実もまた迫っていたのだ。
「ムリュウいけよ!」
「誰に向かって言ってんだ! お前さえしっかりしてりゃ、俺は無敗の」
「史上最強の悪魔だろ」
「おぅ」
そうして、ムリュウとリッシュが向き合いあった。託された思いに対して、ムリュウの背中は妙に小さかった。




