第八話 渓谷の王熊
第八話 渓谷の王熊
輝は急いで狸寝入りを決めた。すると、大鷲はその草のようなものを輝の傷口にこすりつけた。
「(痛い! 後くすぐったい! 調味料なのか?)」
輝は必死に動かまいと耐えた。しかし少しすると痛みが引いていくことに気づいた。輝は目をゆっくりと開き、傷口を確認した。すると傷口は先ほどよリモふさがりかかっている。
「(もしかして看病を?)」
大鷲は輝の方を見つめている。
「(いいや、前言撤回、きっと傷がない方が美味しんだろう)」
すると輝は周りを見渡すと、狼が一匹横たわっていることと、卵の全てが穴のようなものが開けられていることに気づいた。
「(どういうことだ?)」
実は帰ってきた大鷲は一匹の狼を捕まえ死に至りしめた。しかし、生き残った狼の方が大鷲がいない間に、全ての卵を食べてしまったのだ。
「(もしかして、俺が子供って!?)」
輝は身の危険を感じ急いで巣の外の方へ走って行ったが、大鷲のへ翼によって妨げられた。
「大鷲! 俺はお前の子供ではない!」
「ピィーッピーーッ」
「何て言ってんだよ!俺の言っている意味わかるのか!?」
「ピィーーーッ」
「(埒があかないな)」
輝はまだ治りきっていない体を心配されているかもしれないということも知りながらも、とにかく逃げることを考えた。翼にぶつかってみたり、走り回って撹乱してみたり、骨槍で突いてみたりと。しかしどれもうまくいかなかった。輝は座り込み、どうにか説得させることにした。
「なぁ、大鷲。お前の子供は死んだんだ。傷を治してくれたことには感謝する。いつか恩返しもする。だから俺を逃がしてくれないか?」
大鷲は自身の頬を輝になすりつけた。愛情表現かもしれないが、巨大な嘴を近づけられ輝は恐怖を感じていた。
ちなみに、この鳥はオオワシではない。姿形は鷲に似ているところも多い。しかしサイズが桁違いなのだ。巣自体がビル階程度の高さがあり、広さは国際競技場程度だろう。鳥の大きさは七メートル以上、嘴は八十センチ程度もある。
すると大鷲は納得した様子で、輝を解放した。
「ありがと」
輝は骨槍を持ち迷わず巣から飛び降り、渓谷二周目に入った。日光も月光も渓谷に入ってくる光はそれほど変わらない、ため輝は時間感覚がない。しかし現実世界ではすでに三日経過している。
十日目
輝は巣をでたあとどうすれば良いかわからなかった。また、大鷲に外に出してもらえば良かったと後悔し、道を戻ったものの巣の壁は反対側よりも急斜面でとても登れそうになかった。そして、輝は手始めにあの生き残った卵を食べた狼を殺すことにした。
「(これで多少は恩返しができるかな?)」
少し歩くとすぐに飢餓に苦しんだ。育ち盛りの食欲は耐えるのは大変困難であった。しかし確かに食欲も旺盛なのだが、根本的に水分が足りなかった。渓谷内は気温も低くあまり汗をかかないことが不幸中の幸いであった。
この渓谷を歩いた結果輝は水源がないことをすでに知っている。だが、動物が生きていることから考えると必ず水源はあるはずだと確信していた。そして輝がとった手段は尾行であった。
そんなところに偶然熊がやってきた。大きな体に、焦げ茶色の毛が生え狂っており、見るからに強そうだ。輝は熊の後をこっそりと岩陰に隠れながらついていくこと半日、特に収穫はなかった。
すると突然、熊が四足歩行から体を起こして二足歩行になった。輝はバレたのではないかと骨槍を持って身構えた。熊は輝が隠れるために使っている大岩の上に飛び乗り、さらに大きな岩を蹴り飛ばしながら大きな音を立てて、壁の中に消えて行った。
「ドン、ドン、ドスン」
そこは大体四メートル程度の高さであり、輝は目を凝らすと壁に穴が空いていることに気づいた。今までは視界の上までに対して気を払っていなかった。
そして輝は熊が出てくるのを待つことにした。そして待つこと七時間以上、熊はついに出てきた。
十一日目
熊が穴からおり、輝の視界から消えた。それを合図に輝は穴の下に向かった。だが、穴までの高さは見上げるほどある、輝には熊のようにはできそうにもない。他にも、壁に張って登る方法も考えられるが、ほぼ垂直の壁にどこまで登ることができるかは疑問だ。
輝の手元にあるのは、ルーマスの地図、着ている服とローブ、そして骨槍だけだ。輝はどうにか登る方法を考えてみたものの特に思い浮かばなかった。
そこで輝がとった行動はただ登ることであった。この案の実行にたどり着くまでに一時間、それから四時間経っているものの、未だ穴までは半分以上あるところで、毎回滑る落ちる。
登っては落ち、登っては落ち、何度もなんども登り落ちしているうちに、輝は心身ともに限界を超えていた。それでも何かがある、水があると希望を持ちながらひたすら繰り返した。
そしてさらに八時間が経過すると、壁にも大きなくぼみもできて着て、あと三分の一と行った高さまで登りつめた。そこで、骨槍を中間地点に置くという発想でついに穴に到達した。
「よシャーーー!」
輝は穴の入り口で大きく叫んだ。しかし、熊が戻って着てしまうのではと、急いで穴の中に入って行った。
輝は穴の奥まで達したものの他にも見つけることができなかった。水の一滴さえも。そして輝は疲れの累積から眠りに入ってしまった。
そして寝ること八時間、輝は大きな物音で目を覚ました。
「ドン、ドン、ドスン」
「(おいおい、この音って)」
輝は恐る恐る入り口に近づいていくと、熊が立っていた。
「グァールー」
「なんだよ、この洞窟何もないのによ!」
輝は熊に対して八つ当たりをしている。
「こんなに苦労して登ったのに何もないし、ったく」
[体温が上昇しています、百度に到達しています]
「うるせーんだよ」
「グァールー」
輝は熊の方向に全速力で走って行った。だが、熊は大きな腕を振り落とし輝を一撃で仕留めた。背骨を打たれた輝はしばらく動けなかった。
「(いってー、こいつ強すぎる…)」
[体温が減少していま]
熊に穴から落とされた輝はかすかに意識が残っていた。
「(トク、俺は死んだのか?)」
トクからの返事はなかった。
「(ト)」
輝の意識もついに完全に失われた。脱水症状、空腹、疲労、脊髄損傷など様々な問題が重なってここに至ってしまったのであった。




