第百八話 知る者の知る物
第百八話 知る者の知る物
「起きろよ!」
そう言ったのはベルトだった。ダルクが足音ともに去っていく音を聞きながら、ベルトはそれを見計らったように話し始めた。
「テル、聞こえてんだろ! 見えてんだろ! わかるんだろ!」
ベルトはまるで輝の気持ちを分かりきったのかのように言った。
[ベルトは何かこれのことを知っているのか!]
輝は叫ぶように言うがベルトの耳には届かず、白い部屋で反響する。
「ちょっと話をしてやろうかな」
ベルトは輝の寝ているベッドの横の椅子に腰を掛け、落ち着いて話し始めた。
「お前の頭にいたのは、読み取り用プログラム、トクの意識だってことはわかってるか? それとも、意識ってことも説明がいるか? まぁ、お前は無知だから教えてやるか」
「(ベルトがなんでベルトがトクのことを! あと、いたって今はいないみたいな…… そういえばトクは)」
[トク!]
返事はないまま、ベルトの話は続いた。
「意識っていうのはこの世界でいう、魂のことだ。意識と身体が対になってそこに人というものが存在すると考えているんだ。それで、トクっていうのは人工的に作られた意識なんだ。それを身体に入れることで並行意識、つまり同時にいくつものことを考えれるのではないのかという研究があったんだ。皆が注目し、限定販売された初号機読み取り用プログラム・トクは百機のみの限定販売がされ、予約は殺到した。だが、あれが起こったんだ」
ベルトはゆっくりと子供に物語を聞かせるように輝に話していた。
「ハイルランド王ドルモナの死だ。そして、その死因がトクの使用だった。彼は王として、多くの仕事をこなすために逸早くトクの意識を脳内に埋め込んだ。無事成功したのはよかったのだが、ある日病気によって弱り切っていた時、突然人が変わったように王は元気になった。今まで数百年変わることがなかった法令などの改正を命じたこともあり、違和感を感じた王子、ドラエルは父を殺害した。それであのローブを纏う日々が始まったってわけだ」
「(だからなんなんだ? 早く主旨を話せよ)」
輝はベルトの方へと耳を傾けながら、話を真剣に聞いていた。
「とにかく、そこで発覚したのが、トクというプログラムが独自の進化を遂げるということ。そして、身体の主の意識が弱体化したときに、主の意識を心の内へと追い込んで、逆にトクの意識が身体に移るということが起きるんだ」
「(つまり、トクが俺を乗りとった!)」
[どうすれば戻れんだよ!]
「どうせどうすればいいかとか叫んでんだろ」
輝は図星で静まり返った。
「とにかくが、その後、次から次へとトクを買った人たちの元へ言って、国が破壊し始めた。しかし、欲深いあの情報屋だけは、隠していたんだ。それも、俺はお前にあう少し前に知ったんだがな。それで、お前がどこかから来たのはわかっていたから、実験してみたってことだ」
ベルトは愉快そうに、笑った。
「まぁ、とにかくだ。お前の意識が弱ることは何回もあっただろ、でもトクは移らなかった。そして、今回に限って、お前をかばうように移ったと思えば、死んだってところだな」
[どういうことだよ]
「まぁ、実際のところ何が起こってるかは俺にもわからないけど、一つ言えるのは、お前の意識が身体に移る必要があるということだ。そうしなければ、身体の腐敗とともに、お前の意識も死ぬ」
ベルトの声はいたって真剣だった。そして、輝の視界へと身を取り出した。
「テル、見えるか? お前が戻りたいなら、それはお前が身体に知り尽くさないといけない。自分の身体をな。それで、身体全体を意識するように、自分の意識を身体へと移す。これは感覚的だと思うかもしれないが、今まで成功も失敗もしたことはない。俺も適当なことを言っているからな」
ベルトは微笑んで、部屋を出て行った。
「じゃあ、次会うときには動けるといいな。それか死体になってるのかもな」
ベルトの足音はだんだんと遠ざかっていった。
「(一体どういうことだ? つまり、トクは俺がいるこんな場所にいたってことか? それで、トクが死んだってことか? どうなってるんだ)」
前までなら、ここでトクが返答したかもしれない。しかし、もちろん今はそんなことはなかった。ただ、静かな病室で輝の身体は横たわっており、意識は内にいた。
[自分のことを知り尽くせって、どういうことだよ!]
輝は叫んだ。そして、その声は周りへと響き渡った。
「(いや、トクはここにいたんだろ。それで、トクはどこかから俺の記憶とかを読み込んでいた。ってことは、それがどこかにあるってことだろ!)」
輝は辺りを見渡した。しかし、あるのは目の前の大きな視界のスクリーン。そして、輝は白い柔らかい壁と床、天井に囲まれている。
「(こんなところに何があるってんだよ!)」
輝はすぎに諦め、座り込んだ。見る限りではないもなく、ただ白いだけ、輝にはどうする意志もなかった。
「(なんか、こんな風に死ぬことになるなんてな)」
輝は、無駄だとわかっていたとして、死ぬまいかとただ白い壁や床を探り始めた。きっと何かがあるはずだと。
意外にも、輝の予想は当たっていた。テルが見つけたのは、ドアノブだった。その位置は、スクリーンの対照的な、後ろの壁だ。輝は早速、ノブを引っ張ってみた。すると……
[どこだ、ここは……]
そこは、同じく白い壁や床、そして天井なのだが別のものがあった。そこにあったのは、何百、何千、何万と整理された本だった。白色の本棚にきちんと並べられており、輝は一冊とってみた。
「(輝・三歳・夏)」
そう表紙に書いてあった。そして、内容はというと、映像と言葉によってまとめられていた、日記のようになっていた。
輝はそうしてすぐに気づいた。自身がいる場所を。そう、それは輝の記憶が詰められた図書館だということを。輝は、その広い図書館の中を歩き回った。
「(四歳、五歳、六歳……)」
輝はついにたどり着いた。本が詰められていない、空っぽの本棚を。そう、彼の記憶の本は十八歳で止まっている。輝はどうしたら良いのかわからなかった。何をするべきか、どうしたら自分の身体についてより知ることができるのか。
そうして、輝が始めたのは、自分の記憶を読み漁ることだった。今まで、覚えてもいなかったような恥ずかしい過去や、子供の頃は理解できなかったことなど、全てが輝は懐かしいように感じていたのだった。




