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合縁奇縁(2)

拉致されていた彼女が落ち着きを取り戻したころ、パトカーのサイレンの音と共に警察官が数名現れた。

警官たちは、まるで地面に落ちたアイスクリームのように潰れている車の中から、気絶している拉致未遂犯たちを車から引きずり出すと、乗ってきたパトカーに乗せて現場検証を始める。

その間、私達は現場検証している人達とは別の警官に連れられ、一緒にやってきた救急車の中で診断を受けていた。

幸い私は軽い打身と擦り傷程度だったので簡単な処置で済んだ。だけど彼女の場合、見た目は無事のようだけど事故車に乗っていた、ということもあり一応精密検査を受ける為そのまま病院へ搬送されると救急隊の人の声が耳に届く。

無論、彼女のことは心配だ。病院へ搬送されることも賛成だ。何かあってからでは大変だろう。だけど私はそれとは別に、

「それだと私、寮まで辿り着けないじゃない! 」

 今日の宿の心配もしてしまうのだった。でもそれは仕方ないことなのだ。このままでは場所が分からず路頭に迷ってしまう。それは避けたい、だって春だというのに真夏のように暑い。だから反動できっと夜は寒いに違いない。寒空での野宿とか年頃の女の子にはキツイものがある。

私の肩を落として呟いた一言に彼女はあっ、と気づいてストレッチャーから上半身を起こした。

「もしかして、貴女が柊 真那さん? 」

「別に真那で良いわ。ええ、そうよ。あなた学院寮への案内人でしょ? 確か理事長の一人娘で名前は確か───。」

「はい、今日案内する予定だった伊藤 渚です。わたしも渚でいいよ。助けてくれてありがとう。……真那ちゃん、申し訳ないんだけど助けてくれたついでにもう一回助けてくれないかな?」

深刻な顔で渚は懇願してきた。

「今日、寮へ案内する予定だった人達の案内、頼めないかな? 見ての通りわたし、病院に搬送されてしまうからバス停に戻れなくて……道先はスマホのナビで行けると思うから。」

と横に置かれていたバックから、スマホを取り出して渚は何やら打ち込み始めた。というかよくあの状況で落とさなかったと思う。あ、一緒に巻かれてたのか、納得した。

「ここなんだけど…… 」

打ち込み終わったスマホを私に見せる。

画面にはこれから向かう寮への道筋が映し出されている。そこへ至るまでのバス停の場所から降車までのルート、はてはそこまでの費用と詳細に記載されている。さすがは現代人の生命線とまで言われるスマートフォンである。

「……便利ね。」

「これをそのまま真那ちゃんのスマホのナビ機能で検索してもらえば行けると思うから……。」

 と再度懇願してくる。

 懇願している瞳は涙が薄らと滲み視線も上目遣いだ。だけどその瞳に邪気はない、無意識に出ているのだろう。手の動きや仕草からはお嬢様の雰囲気出ているし、天然でコレとは……侮れない。

 そんな、男なら一撃で落とされそうな瞳を見ながら私は、

「いや、私スマホ持ってないし。」

 一言切り捨てた。

「ええぇ─────。」

 予想の斜め上の回答だったのか、形容しがたい表情で思わず渚は叫んでいた。ええ、そうです。今年から高校一年になるこの柊 真那はスマートフォンなど例に及ばず、一般的なケータイすら持ち合わせていない。

「言っとくけど生まれてこの方、電子機器なんて触ったこともないわよ。」

 そう、私はある家庭事情からそう言ったモノから縁遠い生活を送ってきた。だからこういったモノの扱いは正直苦手意識がある。

 渚はそんな私の回答にどうしようかと困惑した表情を見せる。親御さんに連絡は言っているだろうけど、例のバス停に代わりの人が来るにはどうしても時間が掛かってしまうのだろう。

 今日バス停に集まる寮生の連絡先も学校側であれば把握していると思う。事情が事情だけに大人たちがその後の対応はしてくれるはずだ。

 だから渚が困る理由はない。なのに彼女がここまで困っているのは単に素直で優しい性格だからなのだと思う。

 私は最初の印象と今の印象から内気だけど素直できっと誰にでも優しい女の子と感じていた。

 だからスマホが無いからといって断る理由も私にはなかった。

「いいよ。見せてもらったルートはもう覚えたし、スマホなしでもたどり着けると思う。」

「いいの? ありがとう!」

 渚の表情がぱっと明るくなった。向日葵のような笑顔を向けてくる。

「でも真那ちゃん、暗記得意なんだ。すごいね。」

「うーん、暗記というか昔から目に入るモノをそのまま覚えるのは早いの、数少ない特技の一つね。」

 私は救急車から外に出ながらそう答えた。この特技のおかげで正直学業の成績は良い。そのことに多少の狡さを感じなくもないけど、そのおかげで就職率の高い割に進学校である一乗谷学院に入学できたわけなので良しと思うことにしている。

「じゃあ、私はさっきのバス停に戻るわ。もう他の人達もいるだろうしね。」

「うん、わたしも寮生になることになるから寮に戻ったらまた話そうね。」

 扉が閉まり救急車が病院に向かって走り出す。

 私はそれを見送り、踵を返してバス停に戻ろうと───、

「こちらの事情聴取がまだだ。帰るのはそれからにしてもらおう。」

 世界のすべてに悪態を突くような声音が私を呼び止めた。


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