合縁奇縁(1)
さて、そもそもこんな状況になっているのか。
気を失っていたので正確な時間は分からないけど、おそらく30分くらい前に遡る。
今年、高校への進学が決まった私、柊 真凪は新しく始まる学生生活の為に福井にやって来た。
電車で1時間弱、住んでいた場所が名残惜しくて、駅を出たのがお昼を過ぎてからだった。
4月に入って間もないのに、電車を降りた際の外の気温は高く、しかも前日の雨の影響を受けてひどく蒸し暑かった。
額に流れる汗を拭いながら改札口を出て、駅の出口を抜けるとその不快指数が一際高くなる。
「うわ、これパーカーは余計だったわね。」
自分の服を一暼してつぶやく。
午前中は曇り空で、少し肌寒かったので藍色のブラウスに灰色のパーカーを着ていたのだけど、それが私の暑苦しさに拍車をかけていた。
「でも、まぁ仕舞うものも無いし我慢するしかないわね。」
なにせ、荷物はほとんど郵送してしまい、手荷物は財布が入る程の容量しか無いバックが1つだけ、なのでここは我慢して着ていくしかないのである。
それでも不快なのは変わらない。パーカーのジッパーを少し下げて通気性を確保しながら私は駅の出口から歩き出す。
向かう先は駅前商店街にあるバス停だ。
そこで3年間お世話になる学生寮に向かうため、寮までの道を案内してくれる人と待ち合わせをしている。
なんでも通う高校の学院長の1人娘なのだとか。しかも学院長の奥様は学生寮の寮母との事、家族経営というやつである。
いわゆるお嬢様って奴なんだろうなと、そんな事を考えながら商店街を歩いていく、周りに同年代の人が多いのは春休みだからだろう。
この人混みから特定の、しかも初対面の人を探すのは中々困難だ。だけど分かりやすい目印を娘に持たせていると、入居前の事前確認で聞いていた。
……というか、目印とはきっとアレの事だろう。
歩いていた先に大きく目立つ横断幕を持っている少女がいる。
真っ赤な横断幕には大きな字で”一乗谷学院学生寮御一行様”と書かれていた。アレが目印……なのだろう、やっている当人は恥ずかしいのか顔を下にして俯いている。肩まで切り揃えられた茶色の髪が顔を隠していて、表情までは伺えない。
「いやぁ、私でもアレはさすがに無理ね……。」
当人はもっと恥ずかしいだろう、と少し歩く速度を上げながら彼女に声をかけようとした。
そこからは、電光石火のようだった。
突如、ワゴン車が歩道に乗り上げて侵入してきたのだ。
そしてそのまま近くにいたその案内人の女の子を、顔にマスクをした男達が出てきて、彼女の持っていた横断幕を使って巻き寿司みたく器用に彼女を巻くとそのまま車に押入れ、連れ去ろうとしている。
「……冗談でしょ!?」
近くに自転車を停めてその光景を隣で一緒に見ていた人のハンドルをとっさに奪い取って、すぐさま追いかけ始める。ええ、いけない事だけどそこはケースバイケースだ仕方ない、と手で軽く十字を切り加速を始めた。
車は歩道からバックで道路側に出て福井駅とは反対側ーーーー市内に向けて急発進を始めていた。
私は、車がスピードに乗る前に全速疾走で車の側面に近づけると、自分でもビックリの判断でとっさに側面に飛び移った。
落ちる恐怖で頭が一杯になりながら車の屋根部分に付いている棒状の突起物にしがみつき、足を側面にある窪みに乗せながら、「ちょっと! 止まりなさいよ!」と叫ぶ。
その一方で今日スカートにしなきゃよかったと頭の片隅で思っているあたり、まだ余裕があるみたいだ。
短く切り揃えられた髪が勢いを増した風に揉まれている。車のスピードが上がっているのだろう、窓から運転手の顔を覗くと、中に乗っていた拉致者達と目が合った。
全員口元にマスクをしているが目元や顔立ちを見ると若い、私より2、3歳ほど上のように見えた。彼らは私の姿を見て驚いた顔をしている、私がいる事に今気がついたらしい。
慌てた運転手がハンドルを左右に振り始めると、それに連動して左へ右へと車体が振り子のように揺れ始めた。
私は落ちまいと必死に両手両足に力を込めながら、止まるように言葉を発し続けた。
こうやって後を追いかけて車にしがみついたものの、実は車を止める手段を持っていない。
後先を考えないのが私の悪い癖、なんだけどこうなってしまったものはしょうがない。最後までしがみ続けよう、落ちた時はそこまでだった。と、意思を固めた。
その時だった。
ーーーー蒼い、彗星が落ちてきたーーーー
いや、詩的聴こえるけど、表現どうりだった。
彗星のような澄んだ群青色の塊が車の正面、フロントガラスに衝突した。
いきなりガラスが割れた事でパニックになった運転手が、ハンドルを切り損ね、車は交差点の電柱の1つに向かっていく。
運転手はそれに気づいて急ブレーキを踏んだ。私はその衝撃で手を離してしまい、側道付近に飛ばされてしまった。
車はそのまま電柱にぶつかり、その動きを停止する。
私は受け身を覚えていたんだけど、転がった時に受け身が間に合わず頭をぶつけてしまったんだろう。そのまま気を失ってしまった。そして目覚めて今に至る、というわけである。
蒼い光から眼を逸らし電柱にぶつかっている車を見た。
車はボンネットこそY字にヘコんでいるが車内は無事のようで、中で気を失っている拉致者達も別段大きな怪我をしていないようだった。
もう1度蒼い光に目線を向けた。
さっきは視界が不明瞭で蒼い光にしか見えなっかったけど、視界がようやく回復したのでその姿を見る事ができた。
まず、服装が目に付く。平安時代の人が着ていたような服装、確か束帯と言ったっけ。それに近いというか、うん、牛若丸とかが着ていそうな服装だった。
どうやらその服が発光の大元みたいで、そこから発光して体全体を淡い群青が全体を包んでいた。
顔には鏡面のようなマスクが覆っていて、どんな顔しているかは分からない。というか、アレで見えているのだろうか?
どうやら、仮面はフルフェイス型ではなかったため後ろが露出していた。そのため髪の長いヒト、ということが分かる。腰くらいまである髪が淡く、群青に輝いていてとても綺麗だ。
ソイツ改め仮面のヒトは、抱きかかえていた女の子を側道の地面にそっと下ろすと、そのまま路地裏へと駆けていった。
おそらくサイレンの音が近づいて来たから、この場から立ち去ったのだろう。私はゆっくりと立ち上がり倒れている女の子をへと近寄った。
少女は先ほどの事故で気を失っているようだけど、怪我は無いようだった。
サイレンの到着を女の子の横で待とうと、地面に腰を落とした。女の子もちょうど良く気が付いたようで、切れ目な私と違う大きくてタレ目気味の眼をゆっくりと開いている。
しばらく、私と同じように間の抜けた表情をしていたけど、拉致された事を思い出しすぐにパニックに陥ってしまった。
「た、たすけて!」
暴れ出しそうだったのでとっさに、その子を抱きしめて、
「大丈夫、もう大丈夫だから。」と、優しい声音で赤ちゃんをあやすように背中を撫でてさすった。
最初パニックで、抱きしめていた腕から脱しようともがいていたその子は徐々に落ち着きを取り戻して大人しくなっていく。反対にその時の恐怖が戻ってきたのか、腕の中で嗚咽も洩らして泣き出してしまった。
私は、サイレンの主が到着するまでずっと、その子を抱いたまま背中をさすり続けた。