興味
美也子が声をかける。
うるさい。鬱陶しい。自分勝手な善意を振りかざす美也子が、醜く思える。
なぜだろう。人の善意というものは美しい物だと習う。それなのに、美也子の善意は美しくない。煩わしい。僕は、僕の作品がどうなろうと知ったことではないのに、なぜそんなことにこだわるのだろう。くだらないことにこだわり、僕にまとわりつく。
不快だ。だから、醜いと感じるのだ。
美也子は、あのお人好しも、いつか罪を犯すのだろうか。そして、あの蒐集物の一つになるのだろうか。罪を犯す瞬間に、人は人を超すというのなら、美也子も人ではなくなる瞬間があるのだろうか。僕にとっては煩わしくて醜い善意を振りかざす美也子が、美しくなるのだろうか。
記録は永遠に生き続ける。だから蒐集者は自らの肉体の死を恐れない。恐れるのは蒐集が止まること。罪を勘定できないこと。蒐集者の主体は肉体ではなく記録にある。
だから、記録が生きる限り、永遠に存在し続ける。それは、永遠の命を得ることと同じなのか。
僕が書き、先生の名前で売った本を読む。
くだらない。リアリティのない虚構の世界。なんだ、僕の知る世界は、僕の見ている世界は、こんなにもくだらないのか。現実は、蒐集者の見る世界はあんなにも面白そうなのに。面白いはずなのに。
次に、僕の昔を振り返る。
面白くない。何もない平坦な人生。僕の人生はこんなにも味気ないのか。僕は二十五年間を、無駄に生きてきたのだろうか。罪も犯さず、闇も抱えず、生きてきたのだろうか。
罪は、美しいというのなら。
人は罪を犯すとき、人を超えるというのなら。
僕もそうなれるのだろうか。
こんなくだらない僕でさえも人を超えることができ、美しい罪を生み出せるのだろうか。
そうだとしたら、僕はどんな罪を犯すのだろう。そのとき、僕はどんな闇を抱えているのだろうか。
蒐集者の横顔を思い出す。憑りつかれたように、おもちゃを与えられた子供のように、楽しそうに罪の記録を読んでいた。あの男も、罪を犯すのだろうか。闇を抱えているのだろうか。
そうだとしたら、僕は知りたい。あの男が人を超えた瞬間を知りたい。
くだらない世界を楽しむ方法も、人の美しさも、あの男はすべて知っている。僕はそれがたまらなく知りたい。あの男の罪を知りたい。あの男の闇を知りたい。
僕は何だか、蒐集者が羨ましくなった。




