表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒐集者  作者: 四谷 秋
2/8

くだらない世界


 この世はなんてくだらないのだろう。

 なぜ人々はあんなにも愚かなのだろう。


 今日もまたくだらないことの繰り返し。大体同じ時間に起きて、大体同じ時間に大体同じ朝食を食べて、大体同じ服を着て、大体同じ時間に家を出る。

 外の景色も同じ。すれ違う人間も同じ。道も同じ、何もかも、昨日と変わらない。些細な誤差も頭の中では見過ごされ、すべてが同じに見える。きっと明日も変わらない、来月も、来年も、この先ずっと今日のままだ。


 そして、大体同じ時間に肩書きだけは大層ご立派なミステリー界の重鎮・浅倉(あさくら)(しゅん)(そう)作家大先生の屋敷につく。いつもと同じ、取り立てて美人でも話題になるほど醜くもない、どこにでもいるような家政婦が出迎える。家政婦は馬鹿を見るような目で僕を見ている。

 僕のような些末な人間などにへりくだるつもりはないらしい。肩書きだけでしか判断できない見識の狭い粗末な価値観しか持っていないのだろう。この女も愚かだ。

 居間に通されると、昨日と同じような類の服を着た大先生の妻が紅茶を飲んでいた。

 この人はいつも同じような服を着ている。どこぞの国の有名高級ブランドの服だと言うが、そんなものは同じような価値観を持つ人間しか価値を見出すことはできない。僕の目にはどれも同じに見える。

 そしてこの人はいつも紅茶を飲み、近所の上流階級の奥様方とくだらない会話をする。何が面白いのか、良さが全く分からない。上流階級といったところで、根元はただのバカの集まりだ。その集まりには存在しない人間を悪しざまに言ったかと思えば、くだらない自慢話を繰り広げて、下らぬことで張り合う。

 自分自身には大した価値もないくせに、夫の肩書や金で買える付加価値で張り合う様は、醜くて馬鹿らしくて、聞くのも見るのも耐えられない。

 心にもない、社交辞令にも満たないいつもと同じ挨拶をして、大先生の書斎に至る。


 僕は世間一般には、浅倉春窓の書生としてとおっている。だが、その大先生も下らぬ価値観に溺れ、僕の書いたくだらない駄文に群がり、自分で書いてもしない作品をさも自分が書いたように語って満足げに笑っている。

 この家に通うようになってから三年。僕は大先生のゴーストを続けている。別に不満はない。大先生は僕のくだらない駄文を馬鹿みたいな金で買い取ってくる。だから生活に困ったことはない。あんなくだらないものでも、世間の馬鹿たちの目には傑作に映るらしい。馬鹿だ。

 周囲の人間はみんな大先生の名声に群がる。その偉大な大先生はもう何年も書いてないのに。立派な肩書きに騙されてもてはやす。くだらない。

 肩書きに群がる連中はそうじて馬鹿に見える。だから、僕は馬鹿を引き寄せる名声は要らない。ただ金が手に入ればいい。お金はいくらあっても困らない。馬鹿を引き寄せることはあるけど、それはその金をひけらかすからだ。だから金をひけらかして馬鹿を寄せ付ける連中も馬鹿なのだろう。



 ああ、つまらない。この世は馬鹿ばっかりだ。



 今日は原稿を出版社の人間に届ける使いだ。僕の書いたくだらない文章に、また馬鹿が食いついている。でもこれはきっと大先生の肩書きがついているから群がるのだろう。僕個人の名前だと、目の前の馬鹿は見向きもしないだろう。別にいい。このくだらない世界の大多数を占める馬鹿たちは、くだらない肩書きでしか判断できない哀れな存在だから。

 僕までもそのくだらない価値観に染まる必要はない。


 僕の書いたくだらない文章に、大先生のくだらない肩書きがついたものを、編集者は受け取った。僕が相手だから表情一つ変えやしない。大先生が目の前にいたら、馬鹿みたいにへりくだって、ごまをするのだろうな。想像したら、吐き気がする。


 これからまた屋敷に戻って、小説書いて、夕飯をごちそうになって家へと帰る。それからは風呂に入って、ニュースを見たりネットをしたりで適当に時間をつぶし、寝る。そしてまた同じ一日が始まるのだろうな。


 ああ、つまらない。

 この世はなぜこんなにも色あせているのだろうか。

 馬鹿しかいない。みんな愚かで、くだらない。




「もし、そこの青年」


 くだらない僕に、物好きな老紳士が声をかけてきた。上等な服を自分のものとして身に纏い、とても楽しそうに目を細めている。上品な老紳士。



「この世のすべては面白く、そして美しいと思いませんか?」



 老紳士は朗らかにそう言った。


 いつもと同じ今日が、変わった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ