第四幕 災いのプロローグ②
楽しんで読んでいただけたら幸いです。
洗濯物畳機って、実際に開発されているらしいです。
(どうでもいいですね…。すみません。)
「…で?どうなの、進捗のほどは。」
「うーん…。全然だよ。」
アインスはサキに渡された熱めのお絞りを目に当てながら答えた。
野田の職場である署での事件の日以来。
何時とも知れぬ『氾濫』の為に、アインス達は仕事の合間を縫って情報を集めていた。
しかし、思った以上に情報が少なかった。
レヒツとリンクスがネットや、街中の監視カメラ、その他諸々から水面らしき人物の情報を集めるも、以前警察に『わざと』捕まった時付近の情報しかなかったのだ。
しかも、情報は、以前あったショッピングモール襲撃事件の時の関与と、アインス達の獲物共を殺した時のもの。
それから、彼女が日本に来た時の日付けだった。
完全に煮詰まってしまった四人は、他に『氾濫』の事を知っているサヨコ、サキ、亮、他数名に休むように言われ、フルスターリにやってきていた。
「…外の情報屋に、たまには頼ったらどうなの?」
おかわり。と言ってレヒツとリンクスに差し出されたグラスにオレンジジュースを注ぎながら、アインスに訊ねた。
「いんや。組合所属の情報屋以外は、絶対、頼んないよ。情報漏れは、命に関わるから。」
サキの言葉にアインスは間髪入れずに返した。
サキは、レヒツ達にグラスを渡すと、未だお絞りを目に当てているアインスを見つめた。
「まぁ、例外はあるけど、今の段階じゃあまだ無いなぁ…。」
目に被せていたお絞りを取ると、真正面からサキを見た。
「ま、情報が、例えいくらあったとしても、それを使いこなせなきゃあ何も知らないのと、何も持っていないのと同じだ。」
カウンターに頬杖を付く。
「情報戦は、量が多い方が有利だって言うけど、少なくたって勝ち目はある。負けるのはいつだって、上手く使えなかった奴だよ。」
だから、あんまりあちこちには頼んない。
そう言って、アインスは冷めてしまったお絞りをもう一度目に被せた。
「…アンタも大概、仕事バカね…。」
黙ってアインスの言葉に耳を傾けていたサキがクスリと笑った。
「サキさんち姉弟には負けるよ。」
ははっ。とアインスも笑った。
「それに。」
アインスは、椅子を回して、店内をグルリと見回した。
「行儀悪いわよ、アインス。…で、何?『それに』?」
「…んあ?…あー、うん…。いや、それにさ、また『あの時』みたいな事があるって、みんなに言って、変に不安にはさせたくないなぁって…。」
カウンターに肘を付いて、もたれ掛かるようにする。
「アインスー。何話してるのー?」
少し離れた所の席から、バーの制服を着た女の子が話しかけてきた。
「んー?ちょっとねー仕事の話ー。」
サキは、カウンター越しにアインスの横顔と、声を掛けてきたバーの同僚の女の子を交互に見た。
あの子は、亮の掃除屋の同僚でもある。
その子と一緒に居るガタイの良い男の人は、アインスの同僚だ。
フルスターリは、組合の集会所の一つだ。
ここには、もちろん『普通』の客もいるが、それ以上に組合の同業者が多い。
そんな同業者を心配させない為に、不安にさせない為に、アインスはずっと、黙っているのだ。
そちらの方が、苦しい思いをすると知っていても。
―ホント、優しいんだから。
頬杖を付いたサキは、アインスにバレないように静かに溜め息を吐いた。
「…まぁ、それはいいとして。」
アインスは、サキの唐突な言葉に振り返った。
「さっき気になったんだけど。」
「うん、何?」
また、椅子をグルリと回して、サキと向かい合う。
「その、水面?…さんて人、外国から来た人なの?」
「あぁ。情報だと、そうみたいだな。」
五月三十日。
彼女が日本に来たのはその日だ。
その日は、何年かに一度ある『大掃除』があった日だ。
「わざと…なのかな?」
「その可能性が、今のところ一番大きいかな…。」
はぁー…。と長く、アインスは溜め息を吐いた。
「なんというか、ザルだもんねぇ…。日本の防壁って。」
サキも苦笑いだ。
「技術はあるのに、使うべきところで使わないで、目先の楽の為に使う当たり、ホント、バカとしか言いようがないよ…。」
「そうね…。この間、洗濯物畳機なんて出たって、CMやってたけど、それくらい、自分でやるべき…というかやらないと、だよねぇ…。」
「そのうち、AIが国を治めるようになるんじゃないかと思うよ…。」
「ちょっと、怖い事言わないでよ。」
アインスとサキは顔を見合わせた。
「ふっ…。アハハ」
「ぷっ。…ふふっ」
自然と笑いがこみ上げてきた。
「アハハハっ!…あー、おっかし。」
「ねー。…ふふっ。あははは。」
ひとしきり笑うと、アインスは立ち上がった。
「あれ、もう行くの?」
「あぁ。もう充分休んだし。ツヴァイと亮に、これ以上任せっきりも悪いしな。」
腕時計を見ると、既に来店から一時間が経過していた。
「もう少しゆっくりしてけばいいのに…。」
サキは背後の柱に掛けてある時計を見上げて、まだ一時間しか経っていないのに。と呟いた。
「あー、じゃあ…。」
アインスは一つ空けて左隣の席に座って、サヨコと話しているレヒツとリンクスを見た。
「…あの二人は、ここに置いてっていいかな?また後でツヴァイ達も連れて、もっかい来るから。」
その言葉に、サキは諦めたように笑った。
「分かったわ。その時に、二時間くらい、ちゃんと休んでもらうから。」
「はいはい。…じゃあ、行ってくるよ。」
「はい、は一回。…うん、気を付けてね。」
「「いってらっしゃい。」」
「うん。いい子にな、二人共。」
手を振るレヒツ達に笑い掛けながら、椅子に掛けてあった上着を片手に、アインスは店を出て行った。
サキはそれを見送ると、自分も仕事へと戻って行った。