第三幕 水面の波紋とカラクリ技師②
アインスが亮とともに月鏡へと出掛けたその日、ツヴァイは部屋で組合に提出する書類を作っていた。
「死んだ?どういう事だ?」
レヒツ達に呼ばれたツヴァイは、レヒツが告げた言葉に顔を顰めた。
「言ったまんまの意味。依頼主も、獲物も、両方とも『同じ場所』で、『同じように』死んだの。」
レヒツがそう説明している間も、リンクスはパソコンと向き合っていた。
恐らく、自分達の仕事を横取りした犯人を探しているのだろう。
「厄介だよ。監視カメラの映像、すり替えられてて。こういうの、私は苦手。」
ムスッとするレヒツはリンクスを何処か羨ましげに眺めていた。
「………あっ。あった!」
リンクスが立ち上がって画面へと身を乗り出した。
画面には依頼主と獲物の殺害シーンが映っていた。
黙ってリンクスを見ていたレヒツも身を乗り出す。
ツヴァイは上から覗き込むようにして見た。
「!」
「…あれ?…この人……、どっかで見たよね?」
レヒツはリンクスの顔を見た。
「うん。見た事ある。確か…、」
リンクスはツヴァイを見上げた。吊られるように、レヒツもツヴァイを見上げた。
「…写真の女…。」
ツヴァイは、早足でレヒツ達の部屋を出ると、自室へと向かった。
お目当ては、先日サヨコから貰ったモノだ。
―机の一番上の引き出しの茶封筒…。
「…やっぱり…」
レヒツとリンクスが後を追ってきたのか、両側からツヴァイが見ているものを覗き込んできた。
「同じ人だね…。」
驚いたようにレヒツ。
「………」
無言で写真を覗き込むリンクス。
「間違いない。ショッピングモール襲撃事件の『黒幕』と同じだ。。」
レヒツ達のパソコンに映っている殺人犯と、ツヴァイが手に入れた写真には、長い黒髪の、同じ、女性が写っていた。
プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。
ツヴァイの胸ポケットから、着信音が鳴った。
「!…すまない。電話だ。」
画面を見ると、『野田さん』の名前が表示されていた。
「…はい。もしもし。」
『もしもし。ツヴァイ。今、大丈夫か?』
「どうかしたのですか?」
なんとなく検討はついているが、訊ねてみる。
「すまないが直ぐにいつもの路地まで来て欲しい。もう知ってると思うが、さっきあった殺人事件、お前らの『依頼主と獲物殺し』の事だ。」
至急だ。頼む。そう言って切られた通話を、ツヴァイは時折返事をしながら聴いていた。
「…ツヴァイ。」
レヒツがツヴァイの袖を掴む。
「…行ってくる。何か分かったら、すぐに連絡をくれ。」
「分かった。」
リンクスがレヒツの空いている手を握った。
レヒツの手が離されるのを見るとツヴァイは、上着を羽織り、外へ出た。
……プルルルルルルッ。プルルルルッ。
かけた電話は、数コールで相手と繋がった。
「すまない、アインス。緊急事態だ。」
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「来たか…。」
路地へ一足先に着いていた野田は、暗がりから現れたのはアインス達に、すぐに気が付いた。
「こんにちは。野田さん。なんか、僕達のが横取りされたって?」
「あぁ。」
野田は吸っていた煙草を携帯灰皿で揉み消した。
「すぐにウチに来い。許可はとってある。」
「署に行くの?」
アインスはキョトンとして、聴き返した。
てっきり、犯人についての情報提供や、依頼があるものだと思っていたのだが。
「実はもう捕まったんだ。…だからこそ、お前らを呼んだんだ。」
野田の言葉に、アインスとツヴァイは顔を見合わせて、首を傾げた。
野田の勤め先の署に着くと、アインスはツヴァイを一階のフロアで待たせ、自分は野田の後ろについて、へと向かった。
「…コイツ?」
「あぁ。コイツがお前らの獲物共を殺した奴だ。」
アインスはマジックミラー越しに部屋の中のソイツの顔を見た。
「女…なんだね。」
アインスの問いに野田はまた、あぁ。と返した。
「だが、油断は出来んな。女の殺し屋など、珍しくない。どころか、情報操作も出来るとなると、厄介だぞ。」
「?仲間はいないの?」
―一人であれだけの事をしたというのか?
アインスは、署への道すがら見せられた依頼主と獲物の死体を思い出す。
出来ない話ではないが、なかなかに難しい話だ。
驚きを含めて問うと、野田は答えなかった。
「…………」
「野田さん?」
アインスが訝しげに野田を見上げた。
「…あ。いや。…本人の証言も、証拠も、全てアイツが一人でやったという物しかない。…が、お前の言う通り、あれほどの事を、本当にコイツが一人でやれるのかと訊かれると、どうしても、やっぱり、仲間が居るんじゃあないかと思えてな…。…とりあえず、お前にも、事情聴取に付き合ってもらおうと思ってな。」
何か分かるかもしれないしな。野田はそう言って、取調室へと入っていってしまった。
「………」
アインスも野田の後を追った。
「あれ?えっと、…ツヴァイさん、ですよね?」
背後から確かめるような声がかけられた。
「はい。そうですが?」
返事をしながら、振り返る。
「あ、よかったぁー。違ってたらどうしようかと…。」
そう言って胸をなで下ろしたのは、
「確か…野田さんの新しい部下の方、…ですね?」
ツヴァイは頭の中に入っていた情報を引き出す。
あ、はい。と相手は一瞬だけ驚くも、すぐに元の表情に戻った。
「流石は裏の方、と言うべきなのでしょうね。流石です。」
細身で、自分よりは小柄だが、それなりに長身であろう青年は、世に言う『美人』の部類に入るだろう顔立ちだった。
「もう知っていらっしゃるとは思いますが、先日裏社会課に配属が決まりました、閑崎と言います。どうぞよろしくお願いします。」
「いえ、こちらこそ、よろしくお願いします。」
差し出された閑崎の手を握り、握手をした。
―この人が、閑崎さん…。
閑崎の話は前々から時折聴いていた。
『俺より、若いヤツの方がお前らにはいいかもしれないしな。』
ついこの間も、仕事関係で会った際、そんな話をしていた。
近々、連れてくる。と言っていたが、
―まぁ、仕事場だから。会っても不思議はないか。
「あの。ツヴァイさん。」
「はい。何でしょうか?」
閑崎が少し眉を下げて訊ねてくる。
「…その、『一』さんは、今日はいらっしゃらないのですか?」
その質問に、ツヴァイは一瞬キョトンとした。
―…あぁ、一。アインスのことか。
「いえ、上の階に居ますよ。野田さんの所です。」
「あ、そうですか。」
閑崎の顔が輝いた。
「でしたら、後で一さんにもご挨拶に行かないと、ですね。」
閑崎が拳を作り意気込む。
「…そんなに意気込まなくてもいいですよ?」
どことなく、亮に似た雰囲気を持つ青年は、そうですか?と返してきた。
「一さんと言えば、そちらでは有名な方なのですから!時折野田さんから聴く話だと、『噂』に違わぬすごい方なんでしょうし!失礼がないようにしないと…。」
興奮気味に語っていた閑崎は、最後は少し青ざめた。
『失礼』をして制裁を加えられる自分でも想像したのだろうか。
―…これは、…亮より凄い人なのかもしれない…。
アップダウンが激しい亮を思い出して、ツヴァイは内心では若干引く。しかし、表情には出さない。
「本当に、そんなに意気込まないでください。…それにしても、『噂』…とはなんですか?」
「あれ?ご存知ないのですか?」
「はい。よろしければ、教えていただけませんか?」
―『噂』。
物によっては、裏社会を生きる者にとっては死活問題になりかねない。
聴いて損…どころか、利益が生まれる可能性もある。
「そうですねぇ…。」
閑崎は腕を組んで悩むように眉間にシワを寄せた。
「…そう、ですね…。…あ!最近のだと、なんでも一さんは、人形のように美しい方だという話を聴きましたね。」
「……え?」
思っていものとは、違う方向の答えに、ツヴァイは思わず聞き返した。
―にん…ぎょう…?…今、人形と言った?
仕事関係の情報漏れではないのは良かったのだが、
「あの…、人形…とは…?」
そう戸惑いを隠せないまま訊ねると、あれ?ご存知ないのですか?と返された。
「『噂』だと、なんでも一さんはとても可愛らしくて美しいと聞きますし。しかも、仕事が出来るなんて…!なんて素晴らしいんでしょう!…あぁ、駄目だ!こんなちっぽけな言葉じゃ形容しきれない!!」
「は…はぁ…。」
ツヴァイへと迫った閑崎。
―まさかとは思うが…。この人…。
頭に浮かんだイカガワシイ図を頭を振って払う。
―…それよりも、…
『人形』というフレーズ。
確かに抽象的で整った顔立ちに、レヒツ達と大して変わらない背は、『人形』を連想させても頷ける。
しかし、
―なんで、そんな噂があるんだ…?
「あの、」
いっそ、全て聴いてしまおう。と未だ興奮気味の閑崎に話しかけた時だった。
プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。……
「すみません。電話が…。」
「あ!すみません!どうぞ出てください!」
ツヴァイの言葉に我に返った様子の閑崎に、もう一度すみません。と言い、近くの柱辺りまで移動した。
閑崎は離れたツヴァイに近寄ることはしなかった。
ツヴァイは、鳴り続ける携帯を取り出すと、画面にの名前を見た。
レヒツからだ。
「…もしもし。」
『もしもし、ツヴァイ?』
「何か分かったのか?レヒツ。」
『ううん。ただ気になって…。』
「?なんだ?」
何か分かったのかと訊くと、そうではない。と返ってきて、ツヴァイは口籠もったレヒツに先を促した。
『あのね。実は、今日までの依頼主と獲物のスケジュールを見てみたんだけどね…。』
「あぁ。」
また、言葉を切ったレヒツに、ツヴァイは相槌を打った。
数拍置いて、レヒツが口を開いた。
『…なんでターゲットとクライアントは一緒に居たのかな?…そんな予定、…『無かった』のに…。』
「!!」
レヒツのその言葉に、ツヴァイは気がついた。
「まさか…。…すまない、レヒツ、切るぞ。」
『あっ、待っ!』
ブツッ。
レヒツの静止も聞かず、通話を切ると、すぐさまアインスへと掛ける。が。
プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。プルル…、……
―なんで出ないんだ!
「クソッ。」
「…あの、…どうかしましたか…?」
流石に、ツヴァイの様子におかしいと思ったのか、閑崎が訊ねてくる。
「閑崎さん。すみません。話は後で…」
閑崎に謝罪し、ツヴァイがエレベーターへと向かおうとした時だった。
一瞬だけ、チリッ…。という音が耳に届いたのは。
「っ!?」
咄嗟に、閑崎の腕を引っ張り、近くの柱の影に身を隠し、耳と目を塞いだ。
「閑崎さん!耳と目を塞いで!」
「え、は」
閑崎が返事し切るかどうかだった。
ドンッ。
爆音、振動、それから、目を瞑っていても分かるほどの閃光。
―音響閃光弾かっ!
更に数拍置いて、塞いだにも関わらず聞こえにくくなった耳がある程度回復すると、目を開けて影から出る。
案の定、突然の非日常の介入にフロア一体が騒然としていた。
しかし、怪我人は居れど、死人や、命に関わるほどの重傷者は居ないようだった。
―ただの目くらましの系統だった…。つまり、殺す気は、無かった…。
「ツ、ツヴァイさんっ!?今の何ですか!?てか、何処ですか!!?」
目を閉じ損ねたのか、閑崎が目を抑えながら、柱を頼りに立ち上がっていた。
「すみません、閑崎さん。貴方はここにいてください。自分は、上の階へ行きます。」
「えっ?ちょっ、ツヴァイさん!?」
慌てたような声を後ろに聞きながら、ツヴァイは携帯を取り出した。
プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。プルルルルピッ。
『ちょっと!ツヴァイ!いきなり切ら』
「レヒツ、リンクス。アインスは今どこに居る。」
『えっ?……。…待って、今…』
レヒツの声が遠くなった。
よくよく耳を澄ますと、カタカタとキーボードを打つ音が聞こえた。
『…え、と……居た!ツヴァイ、アインスはその建物の屋上だよ!あとそこ、エレベーターとエスカレーターが両方共使えなくなってる!非常階段から行って!』
「分かった。」
レヒツの言葉に従い、隣の階段を駆け上がる。
『レヒツ!スピーカーにして!』
少し遠くでリンクスがそう言ったのが聞こえた。
『いい?…ツヴァイ!近くの監視カメラもジャックしたよ!……!…これって…!』
スピーカーモードに切り替えられたのだろう。
はっきりとしたリンクスの声が驚きを含み、途切れた。
「どうした?リンクス?」
途切れた言葉に、ツヴァイが訊ねる。
『…ツヴァイ…。』
間を置いて、ようやく言葉を発したリンクスの声は震えていた。
『アインスが…、刀、使ってる…。』
レヒツが信じられないという声で言った。
「……レヒツ、リンクス。俺は今からアインスの所へ向かう。そっちは出来るだけ援護と、情報を回してくれ。」
『『分かった!』』
上着に忍ばせていた二丁の拳銃の片方を構え、階段を駆け上がる。
―アインス、無茶をするなんて…っ!
思っていた以上に、相手が悪かったようだ。
アインスが刀を抜くということは、『そういう』事だ。
―けど、アインスに刀を持たせるなんて…。あの人以外にはいないと思ってたのに……。
頭の片隅を横切った人影に、そんなはずはないとも思いつつ、ツヴァイは走り出した。
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「初めまして。刑事の野田だ。裏社会についての事件を主に取り扱っている。」
野田は女と向かいに座り、アインスはそれを一歩後ろから眺めていた。
「初めまして。刑事さん。川上 結実と申します。」
女―川上は、ニコリと微笑んだ。
「それで、…そちらの方は、アインスさん。ですね?」
「!?」
「なんだ。知ってるんだ…。」
野田だけが驚いた顔をし、アインスは好都合というように笑った。
川上は、もちろん。と言ってアインスに微笑んだ。
「貴方は我々、殺し屋の中でも有名ですから。」
「そりゃどーも。けど、あんまり嬉しくはないけどね。」
―殺し屋は、あんまり他人に知られているべきじゃない。
アインスは、川上を見下ろした。
「前置きはもういい?」
「ええ。」
川上が頷いた。
「そう…。じゃあ、単刀直入に訊くね。」
机に手を付いて、アインスが川上に顔を近づけた。
「アンタ。仲間、居るんでしょ?」
「気付いていらっしゃいましたか。」
避けることもせず、川上はイタズラでもバレた子供のようにクスクスと笑った。
「気づくも何も、普通に考えて、あれだけの事を一人でやれる訳がないんだ。それこそ、漫画みたいな話だね。」
アインスもクスクスと笑う。
「いくら世の中が便利になったと言っても、どんなに便利な機械に頼ったとしても、人一人が、一人で出来ることなんて、やっぱり限られてるんだよ。」
アインスの言葉を川上は黙って聴いていた。
口元には笑みを浮かべたまま。
沈黙が流れる。
それを先に破ったのは、川上の方だった。
「…残念ですが…、」
川上の笑顔が変わった。
「どうやら、時間のようです。」
まるで、もう少し遊んでいたい。という気持ちを圧し殺しているような。
ドカンッ!!
「!?なんだ!?」
野田は外で鳴り響いた爆発音に、川上から眼を逸らした。
その一瞬だった。
「!野田さん右!危ない!」
「!?」
腰のガンホルダーから拳銃をとっさに抜きながら、左へと大きく避ける。
「…ちぇっ。」
舌打ちと共に、顔の真横を長い足が勢い良く飛び出てきた。
蹴り損じた足を川上は体ごと反転させた。
「!」
これには野田もすぐに反応して、腕を顔の前でクロスさせ、蹴りを受け止めた。
「っ!…おいおい、まさか関節外して手錠外したとか、漫画みたいな話じゃあないだろうな…。」
「漫画みたいな話の通り、ですよ。」
カシャン。と手錠が地面に落ちた。
川上はゴキン。と親指の関節をはめ直した。
「ははっ。マジか…。」
川上は、どこに隠し持っていたのか、ナイフを出すと野田へ振りかぶった。
が、野田の目線は、川上の後ろへと動いた。
それと共に、莫大な殺気が川上の背中へ伸し掛った。
「!」
ドン!という音ともに、川上が入口側へと吹っ飛ぶ。
勢いは扉すらぶち破る程だった。
「おいっ!何やってくれてるんだ!?一!!」
「しょうがないでしょ。こうでもしなきゃ野田さん、殺されちゃってたよ?」
「つ…っ!」
川上が起き上がる。
「!…へぇ…。あの一瞬でガードしたんだ?」
「………」
川上の白い綺麗な左腕が真っ赤に腫れ上がっていた。
川上はすぐに立ち上がると、黙って外の方へと駆け出した。
「あっ!ちょっ、待てよ!」
「おいっ、逃げたぞ!どうするんだ!」
「僕に訊かないでよ!…あぁ、もう!ちょっと追いかけてきます!!」
「あ、おい!」
アインスが拗ねたような声を出しながら川上の後を追っていった。
「……あーぁ。…ったく、このドアどうするんだ…。」
残された野田は無残に外れ、ベコベコになってしまった取調室の扉を見下ろした。
明日は、地獄の一週間が始まってしまいますよ…。
第三幕②です。
次で第三幕は終わりになる予定です。
楽しんで読んでいただけたら、幸いです。