第三幕 水面の波紋とカラクリ技師①
「は?工房?」
仕事帰り。何故か珍しく待っていたアインス達の言葉を亮は聞き返していた。
「そ。ほら、此間、コレに興味ありげだったろ?」
だから、来てみないか?そう言ったアインスが指さしていたのは、自分の右腕だ。
「あぁ!」
亮は合点がいった顔で頷いた。
あのショッピングモールでの事件の時に、そういえば…。と思い出す。
「マジで?いいのか!?」
「よくなきゃ誘わねぇだろ…。」
目を輝かせた亮に、アインスは苦笑いした。
「で、いつ行くんだ?」
「あぁ。明日がちょうど定期検査日なんだ。空いてるか?」
「えっと…。」
亮が紙の手帳を取り出す。
今のご時世、携帯端末のスケジュールに全て入力してしまうため、紙の手帳などは珍しい。
が、情報が漏れにくいことから、わざと愛用する者もいる。
例えば、アインスや亮達の様な裏社会の人間だ。
「おっ!空いてる!大丈夫だ。行けるぜ!」
「分かった。じゃあ、駅で待ち合わせるか…。それでいいか?」
「おう、分かった!…うぉおっ!やっば!テンション上がってきた!!」
遠足前の子供のようにはしゃぐ亮。
普段の仕事は黙々と一言も喋ることなくこなすが、一度口を開けばこの通りだ。
―…なんで、いちいちこんなにテンション高いんだろう?
アインスとツヴァイは内心で呟いた。
亮が隠れメカマニアだとは、姉であるサキと亮本人のみが知る事だった。
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―翌日。
「こんちわー。」
「お、お邪魔しマース…。」
アインスは慣れたように、亮は少し恐縮しながら、店先に『工房・月鏡』と書かれた暖簾を垂らした、和装の店内へと足を踏み入れた。
入るとすぐ、アインスは亮に少し待つように言い、自身は奥へと行ってしまった。
「おや、いらっしゃい、一。今日は早いお越しだね?」
「やぁ、K。あのさ、実は今日は紹介したい奴がいるんだ。……」
奥の暖簾の向こうから話し声が聴こえてくる。
どんな人物なのか、期待が高まる。
―や、やっぱ凄い大人な人なのか?
背筋が自然と伸びて、心臓がバクバクと言っていてうるさい。
「亮。お待たせ。」
「ほぅ?その子かい?」
アインスに付いて、奥から出てきたのは、自分達より少しばかり年上に見える青年だった。
「なんだい。どっこも『欠けて』ないじゃあないかい。」
手拭いを頭に被り、作務衣姿の青年は残念そうに眉を下げた。
「違う違う。言葉通り、ただの紹介だってば。」
アインスは笑った。
「亮、この人がK。僕の義体を造ってくれてる『カラクリ技術』だ。で、K。こいつが亮。時折話してる奴だよ。」
「あー。あの子かい。」
亮は、黙ったままKを凝視した。
―この人がKさん…。
予想していたより、ずっと若かった。
「…えと…。お若いん…ですね…?」
亮は思ったままのことを口にした。
―しまった…!
初対面でこれはまずかったかもしれない。と思って口を手で抑えた時には、Kはキョトンとした顔をしてしまっていた。
「あ、すみませ」
「あっはははははははは!!」
亮が謝ろうとすると、突然、Kが腹を抱えて笑い出した。
「あっはは!…あー…、いやぁ、一の話には聞いてたけど、結構面白い子だねぇ…。あははははっ!」
Kは亮が驚いている間も笑い続ける。
「ねぇ、流石に笑い過ぎじゃない?そのうちか」
「あっはック!?かひゅっ!…ひゅーぅっ!」
アインスが止めに入ろうとすると、Kが次は苦しみ出した。
「だだだ、大丈夫ですか!?」
「あぁあっ!言わんこっちゃない!スズっ!スズ!居ないのか!?」
「ひゅーっ…!ひゅー…っ!」
笑った顔のまま過呼吸を起こすKに、アインスと亮は慌てる。
衝撃的な初対面は、亮に『Kは若干、おかしい人?』という印象を植え付けた。
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「いやー…。すまないねぇ。初対面でいきなり倒れたいなんかして。」
「全くだよ。笑いすぎて過呼吸になる癖、いい加減直せよ。いつ見ても心臓に悪いっての…。」
「あてっ。」
頭を掻きながら亮に謝るKの頭を、アインスが叩いた。
過呼吸を起こしてから十分の後。
ようやく落ち着いたKに案内され、三人は奥の作業部屋の片隅にある机を囲んでいた。
「いえ、そんな。確かにビックリはしましたけど、大丈夫…です。」
亮がシドロモドロに答える。
そこえ、Kと同じ様な和装をした少女がお盆を持って現れた。
「お茶をお持ちしました。」
「あぁ、スズ。ありがとう。」
三人の前に湯気を立てた湯のみが置かれた。
「ありがとう。スズ。」
「ありがとう。スズちゃん。」
アインスと亮もKにならい礼を言う。
スズは、ニコリと笑って会釈すると、直ぐに店の方へと行ってしまった。
「…さて、と。」
お茶を一口飲むと、Kが手を一回叩いた。
「ほんじゃ、先に検査の方やってしまいましょっか。」
アインス、右腕。とKは作業台を動かしながら言う。
アインスは慣れたように、暑そうな黒の手袋と、長袖のワイシャツの袖を捲めくる。
「………」
もう、見慣れた筈はずの銀の腕が露出される。
「亮は、見てて。」
アインスはそれだけ言って、腕を作業台へと乗せた。
「分解するよ?」
「…ん。」
Kは、アインスの返事を待ってから、ネジがひとつひとつ丁寧に外す。
外骨格部分を取っていき、中の神経部の細部まで確かめる。
破損。
損傷。
老化。
故障。
『カラクリ』にあってはならない。『身体』にあってはならない不具合を丁寧に確認する。
―ここは、損傷が激しい。
そう思えば、直し、強化し。
―そろそろ、まずいかもしれない。
そう思えば、変え、新しい物にする。
Kの作業を眺めていた亮は、チラとアインスの方を見た。
「………」
アインスも、真剣な表情で、Kが自分の『腕』を分解していくのを見ていた。
「………あのさ、アインス。」
目線はKの作業へと戻し、言葉をアインスへと投げかけた。
「何?どうかした?」
直ぐに返事が返ってきた。
「それ、…痛くない?」
なんとなく、気になっていたことを訊いてみる。
「ああ。大丈夫。普通の義肢と違って、Kの義体は『カラクリ』だから。」
これにも直ぐに返事が来た。
「Kの義体は他の義肢みたいに、神経に繋ぐけど、その、…痛みとかが最小限になるように、個人に合わせて『全部』一から作ってあるから。」
だから、全然大丈夫。
声が少し笑っているようだった。
「いやぁ、そこまで褒められるとは。恥ずかしいねぇ。…次、左脚。出して。」
あはは。とKも笑う。
それから、時計の針が一周して、
「……。うん。…はい、終わり。」
Kがそう言う迄まで、会話は一言もなかった。
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「凄いですねぇ。本当に。…本当に凄いです。」
「いや、そんなに褒めないでよぉ…。照れちゃうからぁ。」
Kは恥ずかしそうに頭を掻いた。
頭に被っていた手拭いは今は首にかけられていた。
「あの、気になったんですけど…。」
「はい。なんですか?」
亮の問い掛けに、Kが優しく笑って聞き返す。
「『カラクリ』の意味って、他の義肢とは違うから、そう言う意味で付けられたのですか?」
亮が質問する。
「いえいえ、そういう訳じゃぁないですよ?」
Kはそう言って、少し大袈裟にいえいえ。と手を横に振った。
「『カラクリ』は、所謂商品名です。機械でありながら、元から自分の『モノ』だったかのように自然。…そんな義体を作るのが、自分の目標ですから。」
そんな思いも込めて。とKは笑いながら答えた。
「あ、自分からも一ついいですか?」
「はい。」
次にKが問い、亮が返事をした。
「いらした時に自分のこと、『若い』って言ってらっしゃいましたよね?」
「はい。…言いましたね…。」
亮は首を傾げた。
―確かに言ったけど…。実際、姉さんと同い年くらいじゃないのか?
今年で十九になったサキを思い浮かべる。
裏社会では十九ともなれば、腕が立てば立派に技師としてやっていける。
『若さ』は別にこの世界では不利になることでも、悪いことではないはずなのだが…。などと、亮が考え込んでいると、Kが少しだけ困ったように笑った。
「実は自分。アラサーなんですよ。」
―なら、十分………え?
亮は固まった。
Kはそれを見て、更に困ったような顔をした。
「…え?……えぇっ!?」
「Kは見た目が若いもんなぁ…。ティーンと間違えるのは仕方ないよ。」
アインスだけが、仕方ないな。と頷いていた。
「……嘘だろ…?」
―見た目詐欺にも、程があるって…。
「いやぁー…。ほんと、すみません…。よく、十代とか、行っても二十代とかに間違えられるんですけど、今年で自分。なんと三十路を迎えまして…。ほんと、紛らわしくてすみません…。」
固まってしまった亮にKが頭を少し下げて謝る。
「い、いえそんなっ!む、むしろお、自分の方こそ、失礼なことを言ってしまって…!」
「いえいえ!若く見られるのは、嬉しいですからいいのですよ!」
亮はKの言葉を、時間をかけ、理解すると同時に、勢いよく頭を下げた。
「…でも、凄いですね!年齢とかは関係なく、こんな素晴らしい技師さんがいらっしゃるなんて…!」
「あはは。ありがとうございます。あ、あと、無理して敬語でなくていいですよ?いつも通りで構いませんよ。」
「流石にそれは…!…あの、じゃあ、アインスみたいに、Kって呼んでもいいですか?」
「もちろん!どうぞどうぞ!」
「…楽しそうだなぁ…。」
アインスは一人、仲間外れ感を拭えないまま、盛り上がる二人を眺めていた。
プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。プルルルルルルッ。……
亮とKが会話に花を咲かせているそんな中、アインスの上着のポケットから着信が鳴った。
視線がアインスに集まる。
「悪い。ツヴァイからだ。」
画面に表示された名前を告げる。
「おう、行ってら。」
そう言ってアインスは亮の返事を聞きながら席を立った。
…プルル、ピッ。
店の外へ出ると、アインスはすぐに通話を繋げた。
「どうした?ツヴァイ。」
『すまない、アインス。緊急事態だ。依頼主と獲物が死んだ。』
「!?」
酷く落ち着いた声でツヴァイが告げた。
「………」
『今、野田さんから連絡があった。すぐにいつもの所に来るように。だそうだ。』
「……分かった。僕はそのまま向かう。ツヴァイも直行して。」
『了解した。』
ピッ。
アインスはツヴァイの了解を聴くと、通話を切った。
「……最近。厄介事多くないか…?」
はぁー…。と長くため息をつくと、店内に戻った。
「亮、K。悪いんだけど、ちょっと用事出来ちゃった。」
「おん?野田さんか?」
アインスに背を向けていた亮が振り返って訊く。
アインスは頷くと、至急なんだって。と答えた。
「大変だねぇ。あ、今回のお金は後でいいよ。仕事終わりに寄ってって?それまで亮君にここに居てもらうから。」
いつの間にか君付けになっていた。
「本当ですか!?アインス!遅くていいぞ。いっそ明日戻ってきてもいいぞ!」
亮がKの言葉に目を輝かせた。
「流石に今日中に戻ってくるよ。…てか、どんだけお前Kのこと好きになったんだよ…。仲良くなるの、早くないか?」
アインスが笑う。
「だって、なぁ?こんなに話してて飽きない人、なかなかいねぇって!」
―なぁ?と言われても、なぁ…。
内心ではそう思っても、あー、はいはい。そうですか。と笑って返す。
Kは、照れているのか、眉を少し下げて微笑っていた。
「じゃあ、行ってきます。」
よくよく考えたら、前後編に分けても一つの話が長いから、読み手の方はきっと読みにくいですよね。
というわけでして、また小分けにして上げることにしました。
楽しんで読んでいただけたら、幸いです。