第二幕 兄弟姉妹時々喧嘩・後編
吉崎達の姿が見えなくなると、ようやく張り詰めていた空気が霧散した。
「…リンクス。本当に、大丈夫だな?」
「…脱ぐ?」
「…本当みたいだな。」
ツヴァイがもう一度リンクスに問うと、リンクスは着ていた服に手をかけようとした。
それを止めると、ツヴァイは自らの左横へと腰を下ろしたアインスを見た。
「とりあえず。…亮、お前も大丈夫か?」
その言葉を合図にしたかのように、ドスン。と柱にもたれるように亮が座り込んだ。
「…大丈夫…に見えるか?」
「いや、見えないな。」
両掌で顔を覆った亮は唇を噛み締めた。
―自分のせいだ。
「すまない、アインス、ツヴァイ、リンクス。こんな事に巻き込んで。…全部、…全部俺のせいだ。本当にすまない。…姉さん、ごめん。…俺が、もっと素直になっとけば…」
泣いていないのに、声が震えていた。
―悔しい?申し訳ない?違う。そんな感情じゃない。これは、そんな感情じゃない。
「…後悔、してるのか?」
アインスはそう訊いた。
「……」
亮は黙る。
「……確かに、こんな事になったのは、お前のせい、かもしれないな。けど全部じゃあない。………で、後悔しているのか?」
アインスは亮の前に立って、見下ろした。
「サキさんと喧嘩した事。」
亮は顔を上げてアインスを見た。
「亮達が今日ここにいるのは、お前達が喧嘩してたのの仲直りのキッカケになればと、勝手に僕達が焼いたお節介だ。そうじゃなきゃ、お前らは今日ここにはいない。こういう事にもならなかった。」
アインスはしゃがみこんで亮の目を真正面から見た。
「それでも、お前が後悔してるなら、それはお門違いだぞ。」
「!違う!結局それは、俺が姉さんより、仕事を優先したからだ!姉さんなら分かってくれると思ってたのに!なのに…!けど…、…」
支離滅裂。
言葉が続かないのか、亮がまた俯く。
アインスはため息をついた。
「…もっと、…お前らみたいに仲が良ければ、…もっと、…他の言葉を、素直に言えてたら…」
―こんな事には、ならなかったんだ。
そこまでは言葉にならず、心の中だけで呟く。
「…本当に、すまない…!」
小声で、絞り出すように言った亮の傍に、今まで黙って成り行きを見ていたリンクスが近寄って来た。
「亮。」
呼ばれて、顔を上げて驚く。
顔が近い。慌てて顔を背けようとするが、両手で頬をバチンと挟まれる。
「む!」
亮が間抜けな顔になる。
が、リンクスは無表情なまま口を開いた。
「喧嘩すればいいよ。もっと。仲が良いだけが、兄弟じゃないと思う。」
「リンクス?」
アインスは、いつになく真剣な表情で言うリンクスに首を傾げた。
リンクスは続けた。
「亮はもっと、サキねぇのこと知った方がいい。サキねぇがなんで亮に仕事ばっかなんて言うのかとか。なんでほっぽかされても、亮のこと想ってるのかとか。」
亮は目を見開いた。
リンクスの言う通りだ。自分は姉さんが何であんなこと言うのか全然知らないし、知ろうともしてこなかった。
―分かってなかったのは、自分の方だったのか。
リンクスは続ける。
「きっとサキねぇも亮と同じなんだ。亮がなんで仕事に一生懸命なのか。きっとサキねぇは知らないんだ。だから喧嘩した方がいい。喧嘩して、自分が思ってること全部、相手にぶちまけちゃった方がいい。」
アインスとツヴァイはリンクスがそこまで言い終わるのを、リンクスの一歩後ろで見守っていた。
亮は俯いて、リンクスの顔を既に見ていなかった。
「「「「……………」」」」
長い沈黙が降りた。
こういう空気が嫌いであるはずのアインスでさえ、何も言わない。
ただ、亮が何かを言うのをただ待っていた。
「…早く、…また喧嘩したい。」
ようやく、亮が小さな声で、しかしはっきりとそう言った。
「早く吉崎のヤツをどうにかして、姉さんともっかい、喧嘩したい!!」
顔を上げた亮は、少し涙目になりながらもそう宣言した。
待ってました、と言う代わりにアインスは口の端を思い切り吊り上げた。
「ははっ!そうと決まりゃあとっとと片付けよう!んでもってさっさとヅラかる!」
「は!?なんでたよ!」
そこは、最後まで居てくれるんだろ!?と声を荒らげた亮に、アインスはバーカと言った。
「だっれが好き好んで兄弟喧嘩にわざわざ巻き込まれに行くってんだよ。嫌だよ、ほんと、マジで。だから事が済んだら僕達は先に帰らせてもらうから!」
そこまで言い切ると、亮の横を通り過ぎながら、
「それに、せっかく本音ぶちまけられんだ。二人っきりの方がいいだろ?」
「!!」
ボソッと亮にだけ聞こえるかほどの声でアインスが言ったのを、亮は聞き漏らさなかった。
「…ま、それもそうだな。」
つい先程まで気を荒らげたり、落ち込んだりを繰り返していた亮は、いつもの調子を取り戻していた。
―後悔した。なんて、もう言わない。
亮はアインスと同じような、悪巧みを思いついたような表情をしていた。
「ねぇねぇ、ツヴァイ。」
リンクスがアインスの後ろを付いていこうとしたツヴァイの袖を引っ張った。
「?どうした?リンクス。」
リンクスに向き直ってツヴァイが問う。
リンクスは目線はアインスと亮に向けて訊たずねた。
「…いつもの亮って、なんであんなにアインスに似てるの?」
怒ったりしている時は全然違うのに。と問うリンクスに、ああ。と零してからツヴァイが答えた。
「それはおそらく、昔から一緒にいたせいじゃないのか。まぁそうなると、亮がアインスに似ているというよりは、アインスが亮に似ているのだろうけどな。」
「?……そう。」
まだ少し疑問符を飛ばしつつも、自分の問いの答えには十分だったのか、満足したようリンクスはアインス達の後ろを追いかけていった。
「……似ている、か…。」
ツヴァイのその声はもちろん、リンクスに届くことはなかった。
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「じゃあ、まず。下へどうにか行く方法だな。」
場所を移動したアインス達は、非常階段近くに身を隠した。
アインスはもう一度、吹き抜けから下を見下ろした。
敵はこちらを警戒している。全方向に黒スーツを置いている。
「こっから飛び降りるってのもできねぇし…。」
「おい待て、飛び降りるってなんだ。飛び降りるって。なんでそんな選択肢が出てくんだよ。」
うーん…。と頭を捻らせて唸るアインスに、亮がギョッとして訊ねた。
「いや、ツヴァイならこの高さでも行けるかなぁ…って思ったけど…、流石に五階から一階まではきついだろうし、生身のツヴァイじゃ、防壁無しじゃ、多分蜂の巣にされるだろうし…。」
「?防壁、無いのか?」
アインスの言葉に今度はツヴァイが訊ねた。
「ああ。携帯型小型防壁は、レヒツが持ってるから、今ここには一つもない。」
何故か胸を張って答えたアインスに亮が呆れた顔をした。
「いざって時用に持ってたんだろうけど、一人に全部持たせてたら意味なくないか?」
「仕方ないだろう?まさか、ほんとに、万が一があるとは思ってなかったんだからさぁ?しかも、ピンポイントにその一人が誘拐されるなんて、思わなかったんだからさぁ…」
ブーブー文句を言うアインスを無視して亮は近くにあった全階の店舗マップを見上げた。
「!」
「?どうした?亮?」
何かに気付いたような表情をした亮の目線を、アインスが後ろから追った。
「アインス。…もしも、もしもだが、広い道と、狭い道があったとしたら、どっちの方が今回は有利だ?」
「!……広い道…だ。」
アインスも同じ事に気が付いたのか、ニヤリと笑って答えた。
「…そうか、…なら。」
振り返った亮の顔は、イイ顔だった。
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「……オーケー。人は居ないみたいだ。」
「…後ろからも来ていないぞ。」
「よし、走るぞ。」
アインスと亮は、バックヤードの商品の間をうまく通りながら、スタッフ用の非常階段を目指していた。
『俺が考えた計画はこうだ。』
亮は、近くの非常階段を指さした。
『まず、二手に分かれてバックヤードの非常階段と、そこの非常階段から一階へと降りる。』
ツヴァイはリンクスを小脇に抱えて、非常階段を音を立てることなく下り、一階に続く階段の踊り場の影に隠れる。
自分達を警戒しているのか、黒スーツ達は全員階段や、エレベーター側を向いていて、誰一人として人質を見ていない。
『ツヴァイとリンクスは、一階で俺達の合図もしくは、敵の隙を突いて人質全員を救出しろ。』
ツヴァイ達は互いに頷き合う。
『だが、隙を突こうにも、俺一人では…、』
『ツヴァイ、なんで私は最初から戦力外なの?』
リンクスは、バッグから小さな球体を取り出した。
『確かに、私はツヴァイや、アインスみたいに強くないけど、私だって、少しは役に立てる。』
そう言って、リンクスはバッグから手榴弾を取り出した。
『おっ、おまっ!?な、なんてもんバッグに入れてんだよ!!』
亮が青ざめた顔で、怒鳴った。
しかし、リンクスは無表情のまま、
『心配しないで、見た目はこんな派手だけど、中はただの催涙ガスだよ。ツヴァイには、催涙ガスは効かないから、使っても平気だよね?』
『あぁ。問題ない。』
『お前ら…、ほんと常識外も大概にしろよ…っ。』
『いい加減慣れて。』
『無理に決まってんだろっ!』
当然だと言うように答えたツヴァイに亮は、呆れを通り越して、腹が立ってきた。
『あははっ!』
アインスは、それ傍目から見て、笑っていた。
アインス達は、バックヤードの非常階段を駆け下りると、音が立つのも気にせず、ドアを思い切り開けた。
もう分かりきっている。この先に行けば、
「やぁ。亮くん。考え直してくれたのかな?」
案の定吉崎と、日本刀使いの黒スーツが居た。
『それで?こっちはどうするか決まったけど、アインス達はどうするの?』
『俺達か?俺達は…、』
アインスと亮は互いに顔を見てニヤリとすると、言った。
『『さっさとラスボス倒してから、そっちへ行くよ。』』
「考え直す?バカ言うなよ。誰が、テメェなんかのために動くもんかよ!」
ベーッと舌を突き出した顔は、先刻見たサキの顔にそっくりだった。
アインスは、なんとなくそれにおー。と感心する。
「…そうですか、それは残念です。なら、」
吉崎は、ポケットに入れていた右手を出した。
「「!!」」
手には、無線機が握られていた。
「人質の皆さんには死んでいただきましょう。…おい、人質を、」
殺せ。そういう前に吉崎の耳には、ザーッという音が聞こえた。
「ざっんねーん。」
亮がバカにするように言う。
「こっちはアンタらが無線機を使うだろうことなんてこと、お見通しなの。だから、」
亮は、パーカーのポケットから、小さな箱を取り出した。
『でも、どうやって?どうせ向こうに従う気なんて無いんでしょ?』
下手をすれば人質が殺されてしまう。
リンクスが亮を見つめるが、亮は余裕そうな顔のままで言った。
『ま、そうだろうな。けど、』
「電波妨害装置!」
「そ、せぇかーい。」
『向こうだって、無益な大量殺人なんて、したくないはずだ。殺し屋の僕達だってそうなんだ。『ただの一般人』のアイツらは、余計だろうな。だから、そこに漬け込む。』
亮の言葉をアインスが代弁し、更に亮は続けた。
『そ。吉崎あいつは必ずもう一度俺に、答えを聴きに来る。その時がビッグチャンスだ。』
「ノーって言えば、人質を殺そうとするなんてことくらいバカでも分かるってんだ。だったら、その対策をしないわけないだろう?」
『どーせ、オマエも何かしら持ってんだろ?おら、さっさと出せよ。』
亮がアインスの服を漁る。
『きゃーっ!触らないで、変態!』
『誰が変態だ!いいからさっさと出せ!』
若干キレ気味の亮に、分かったよー。と唇を尖らせたアインスは、バッグから、箱を取り出した。
『…お前、こーなることを予測してたってこたぁないよな?』
『え?まさか。』
吉崎が悔しそうに顔を歪めた。
『偶然だよ。…そ、偶然…。』
「さて、これで向こうの僕らの仲間が動きやすくなった。…さて、『僕』は殺し屋な訳なのですが、まさか………、その人一人だけですか?」
「何を言っているのですか?そんなわけ…!」
吉崎のポケットからバイブ音が鳴る。
アインスは亮から借りた携帯を手に持って、吉崎へと振った。
「見ろよ。」
亮がニヤニヤしながら促す。
吉崎はそれに応じ、携帯を開くと一通のメールが届いていた。
「!…お前ら…っ!」
吉崎の口調が崩れた。
大仰にアインスがため息をついた。
「部下の配置の仕方下手だよねー?あんなんじゃ、どこに隠れてるかなんて丸分かり。アンタらに会いに来る前に片付けさせてもらっちゃったよ。」
メールには一枚の写真が添付されていた。
「だな。…あ、大丈夫。殺してはいないよ?まぁ、間抜けな姿にはしたけどな。ふはっ!」
亮は思い出したのか、声を上げて笑い出した。
黒スーツの吉崎の部下達が、全員、顔にマジックで落書きされた写真だった。
メキリ。と吉崎の携帯にヒビが入った。
「大城っ!」
吉崎が怒鳴ると、呼ばれた日本刀使いの黒スーツ、大城が動いた。
「ははっ。あれは俺の獲物だかんな?取んじゃねーぞ。」
「馬鹿言うなって、僕らの獲物、だろ?」
「おい、今バカっつったか!?バカって!!」
「言ったけど、いっつも、お前の方がよっぽど言ってるからな!?って、うおっ!?」
目の前を銀閃が通過した。コンクリートに綺麗な切れ目が入っていたのを見て、一歩避けるのが遅かったらと思い、ほんの少しだけ背筋に冷や汗が伝った。
「亮が妙なところで突っかかって来たせいで、避けるのが精一杯になっちまったじゃんか!」
「俺のせいかよ!!」
「ふん。無駄口を叩くその余裕、すぐに無くなるぞ。」
吉崎の言葉と同時に、大城が刀を構え直した。
無駄口を叩いていたアインス達も、ようやく構えをとる。
「さぁ、私を敵に回したことを、後悔するといい。」
「「!!」」
少し距離を置いていたはずのアインスに、一歩で近づいた大城が、刀を振りかぶった。
・━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━・
『敵』に捕まった。
そう認識したのは、黒スーツの男が自分達の背後に居た時点で思っていた。
捕まり、両手を前で縛られ、一階の吹き抜けへと連れてこられたレヒツは考えた。
計画的のようで無計画。
すぐに対応出来なかったのはそのせいだ。とレヒツは内心で悔いる。
リンクスが連れていかれ、情報操作、収集を得意とする自分には、今、出来ることは何も無かった。
―ごめんなさい。アインス、ツヴァイ、亮、リンクス。ごめんなさい、サキねぇ。
内心で何度も謝るが、現実の状況が変わる訳では無い。
―アインス達は、きっともう私達のために動いてる。…どうにか。…どうにかしなきゃ。
現状を何とかする方法。自分に出来る最大限。
それを考えていると、
「…もう、だめなのかな?ここで、死んじゃうのかな?」
周りの空気に呑まれたのか、らしくなく、俯いて泣き言を言い出したサキの声が耳に入ってきた。
「私、まだ亮に昨日のことも、今日のことも、謝ってないのに…。ごめんねって、言ってないのに。なのに、こんなところで、死んじゃうのかな?」
考えていた頭が、サキへと向く。
そして、レヒツは少し俯いて呟いた。
「…助けに来てくれる。」
「…へ?」
泣けかけていたサキは、小さく呟かれたレヒツの言葉に顔を上げた。
「絶対。…絶対、アインス達が助けに来てくれる。…絶対だよ。…だから、助かるまで、生きる。」
「…みっちゃん…。」
本当は、怖いはずなのだ。
殺し屋といっても、アインスやツヴァイのように前線に立っている訳ではない。
ましてや、彼女はまだ子供なのだ。
自分より、孤児院で一番年下だったツヴァイよりも、いくつも下の少女。
いつも横にいる双子の片割れも、頼りにしている兄達も居ない。のに、それでも必ず助けに来てくれると信じて、今、自分に出来る最大限をしようとしている。
―なのに、私は…。
サキは唇をグッ。と噛み締めた。
「…ごめん。みっちゃん。…そうだね。その通りだね。」
「サキねぇ…?」
先程までと打って変わって、いつもの、明るさを取り戻したサキの顔を、覗き込んだ。
「そうだね。みっちゃんの言う通りだ。…信じなきゃ…。…ううん。信じてる。私も。必ず亮は来てくれる。そう信じてる。」
サキはギュッと拳を握りしめた。
少し爪が食い込んだ手が痛い。けど、さっきまであった震えはもう無くなっていた。
「やろう。レヒツちゃん。みんなが来るまで、あたし達に出来ることを!」
「!うん!」
真っ直ぐレヒツの目を見て言い切ったサキの言葉に、レヒツはほんの少しだけ笑顔を見せた。
「…あ。」
返事をすると同時に、レヒツは何かを思いついたのか、バッグを音を立て内容に気をつけながら、漁りだした。
「?」
「サキねぇ。私、いい物持ってた。」
そう言って出てきたのは、小さな箱だった。
「携帯型小型防壁。普通のが二個と、連結モードが付いてるのが、全部で七個ある。」
「…なんで、そんなの持ってるの…?」
「万が一用に、アインスがくれた。」
「そ、そう…。」
弟で、共に前線へと出ているツヴァイと違い、家に篭ることの多い妹達に対しては、何かと過保護なアインスのことだ。これくらい普通なのかもしれない。
そう思うことにして、なんとなく感じた違和感は気の所為にした。
「これを、なんとかアイツらに悟られないように、前に居る人達に渡せれば……。」
アインス達を警戒しているのか、エレベーターや階段ばかりで、自分達の方を少しも見ようとしない黒スーツ達を睨む。
人質は全員で二十人前後。
―その全員を守るには…。
サキが内心で別のことを考えている間に、レヒツは、次のステップのことで悩んでいた。
―わ、私も考えなきゃ…!
「「………」」
二人で頭を捻る。
普段あまり使わない頭を使うせいで、サキは目の奥からの、キリキリとした痛みを感じた。
「……あ、いいこと思いついた!」
「!」
が、その甲斐あってか、なんとか捻り出し、思いついた策に、サキは一人で顔を輝かせた。
「なぁ…。会長からの連絡遅くないか?」
人質の見張りに回されていた一人の黒スーツが隣に居た仲間に話しかけた。
「私語は慎め、仕事中だぞ。」
「つったって、だーっれもこねーじゃん?もしかして、会長、殺されちゃってたりとか…?」
「バカか。そんな訳ないだろう?大城さんが付いてるんだ。いくら殺し屋とはいえ、大城さんに適う人なんて早々いねぇだろ。」
「確かに!」
そう言って、小さく笑いあっていると、後ろでカラン…。と音がした。
「あ?なんだ?」
振り向くと、人質のうちの一人の少女が立ち上がっていた。手には得体の知れない箱。
―まさか、…爆弾?
「「っ!?」」
二人以外の仲間も振り返って見たのだろう。
驚きと恐怖に、全員が銃を構えた。
そして、
「う、打てぇっ!!」
バララララッ!!
サブマシンガンの連射音が吹き抜けに反響し、耳が聞こえにくくなる。
コンクリートの細かい破片が、埃とともに舞い上がったせいで、人質達がどうなったのかは見えなかった。
「…あっ…。」
誰が発した声かは分からなかった。
が、やってしまった。
―撃ってしまった…。
連絡があるまで人質は殺さない。自分達も殺したくないから、その通りに動くつもりだったのに。
『………』
人を殺した。
罪悪感ではない。嫌悪でもない。
何なのか解わからない感情。
足元が寒い。手先が冷たい。
人を殺してしまった。
煙が晴れたらそれを認めなくてはならないと、黒スーツ達全員が身構えていた。
が、
「!?」
「…あっ、」
煙が晴れたそこには、
「危なかったぁ……っ!」
無傷なままの人質達が居た。
安堵からか下を向いてしまったサキに対し、レヒツは先程と変わらず何でもないように立ったままだ。しかし、頬には汗が伝っていた。
「なっ、どういう事だよ!」
「し、知るか!俺に聞くなよ!!」
「銃が効かない!?なんで!?」
沈黙から一転し、あちこちから理解できないと、喚く声が響く。
すると、
「はーっはっは!バカだねぇー、アンタら。防壁で防いだに決まってんじゃん!」
箱を持っていた少女とは別の女性が、自信満々にそう言った。
やーい、ばーかばーーか。と言う女性と、人質の周りには、少女が持っているものと同じ箱が置かれ、光を発し、薄い水色のような色の壁を作っていた。
「サキねぇ、ばらしちゃダメだよ。」
先程の少女が女性を嗜める。
「あれっ!?ダメだったの!?ご、ごめん!調子乗っちゃって、つい…。」
女性はすぐに謝る。少女の方も、別にいいと言う。
「あ!」
少女がなにかに気づいて、声を上げたのと同時だった。
「ぐがっ!!」
黒スーツの一人が地面に沈んだのは。
「すまないレヒツ。もう大丈夫だ。」
その声に、少女と女性、レヒツとサキは何故か、懐かしさを感じてしまった。
・━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━・
ズアッ!
「うぉあっ!?」
「おい、バカ!あんま近寄んじゃねぇっての!!」
大城の一閃を回避したアインスが亮にぶつかる。
あーだこーだと言い合う二人は、大城の攻撃を一向に反撃をしてこない。
「どうした?先程までの威勢の良さはどこへ行ったんだ?」
吉崎が鼻で笑う。
人を馬鹿にした態度をとっていた割に口先だけか。と内心で嘲笑う。
「うっせ!第一、刀とか卑怯だろ!こっちは武器になりそうなもん何も持ってねぇんだから、少しは手加減しろっての!!」
「亮!敵にその要求は無茶だって!うおっ!?」
またも大城の一閃がアインスを襲う。
「ちょっ、おまっ!…さっきっから、僕ばっか狙うなよ!あっちにもいるからね?的が!僕より大きい的が!」
「ふざけんなっ!お前だけ狙われてればいいんだよ!俺まで巻き込むな!」
アインスが亮を指さして言うが、
「…貴方の方が、よほど脅威と思うからこそ、貴方を早く潰したいのですよ。」
刀を構え直した大城がそう告げた。
「「………」」
先程まで騒いでいた二人が黙り、辺りが静まり返る。
「何をしているんだ?大城?」
動きが止まったアインス達に、何もしない大城。
それに焦れたのか、吉崎が苛付きを隠しもせずに、大城に呼びかける。
「…貴方は、何かを待っている。しかし、」
吉崎の言葉に応えるよう大城が動く。
「!」
一歩で距離を詰められた。
「それが分かるまで待つことは、残念ながら出来ないようです。」
振り上げられた刀がアインスの頭上真上から、下ろされた。
「ほんと、残念だね。」
ブーブーブー。
アインスのポケットからバイブ音が響いた。
瞬間。
「「!!?」」
刀が、アインスを切りつけた。
「ほんと、残念。待つ必要、無かったみたいだよ?」
アインスの銀色の右腕を切りつけた。
「あーあ。もう少し遊べると思ったのになぁ…。ほんと、ガッカリ。吉崎さん、あんたって、ほんとーに、」
「!」
大城が気付いてアインスを突き飛ばして振り返りつつ刀を横に薙いだが、遅かった。
振り返った大城の目線より斜め下を、横に薙いだ刀の下を、影に入り込むようにして亮が、
「「人を使うの下手だね。」」
大城の顎をブン殴った。
「っ!」
声を発することなく、飛ばされた大城が呆気なくコンクリートに倒れ込む。
「おー。すっげ。生身のくせに、人を殴り飛ばしたよ。」
アインスが、先程より少し離れた位置から、亮に拍手を送っていた。
「………」
イラッときたのをなんとかやり過ごし、亮は吉崎と向き合った。
吉崎は一歩後ろへと後退った。
「…ったく。…アンタのせいで、せぇっかくの休日が台無しだよ…。ほんと、どーしてくれんのかなー?」
アインスは大城から、剥き身の刀と鞘を取って、亮へ向かって投げる。
うまく受け取った亮は、刀を仕舞うこともせず、吉崎が下がった歩数分、吉崎に近寄った。
吉崎もまた、一歩一歩と後ろへ下がる。
その様子を、少し離れて見ていたアインスが、呟く。
「ご愁傷様。」
亮と吉崎は、残り数歩の距離にまで近づいた。
「てめぇさぁ、俺に依頼してきた内容、覚えてる?」
「え、えぇ。…当たり前じゃあないですか。自分が頼んだことですよ。『弟』を殺してぇっ!?」
吉崎が言い終わらないうちに、亮が一気に吉崎との距離を詰め、刀を振るった。
吉崎が慌てて数歩、後ろに下がる。
「そう…。アンタが俺に依頼したのは、『兄弟殺し』。しかも、親の遺産相続を、独り占めしたいがために、だ。たかが気に入らないから、でだ。アンタバカ…いや、大バカじゃないの?」
表情は笑っている。しかし、目が笑っていない。
大きく見開かれた碧眼は、静かな怒りを灯していた。
「そ、」
吉崎が震えながら言葉を発した。
「そ、それの何が悪い!アイツさえ居なければ、遺産は全て私のものになる!鬱陶しいのが付き纏うことも無くなる!そうなれば、どれだけの事が」
「そんな事のために!そんな自分勝手な理由だけのために!兄弟を!家族を殺すって言うのか!?」
亮が吉崎の右隣のコンクリートを刀で抉った。
「っひぃ…っ!」
吉崎は上擦り、引き攣った声を上げた。
「…テメェの言い分はよく分かった。…テメェがどんだけ、金の亡者なのかも、自分勝手なのかも、よく分かった。…じゃあ、次に産まれてくる頃までに、考えてこいよ。」
亮は刀の鞘を振り上げて、
「金と自分勝手な感情で兄弟殺すのが、」
思い切り、
「そんなに大事で、大切なことなのかをなぁっ!!」
吉崎の横面にフルスウィングした。
「ぁがっ!?」
情けない悲鳴のような声を漏らすと、吉崎は横へと倒れた。
ドダンッ!と受身を取ることも出来ずに倒れるが、すぐに打たれた右頬を左手で抑えて、右手を支えに尻餅をついたまま後ろへと後退りする。
高級そうな黒のスーツはすでにあちこちホコリで汚れ、ところどころ灰色へと変色していた。
後ろへ、後ろへと後ずさる吉崎に合わせて、吉崎に近づいていた亮は、次は刀を振りかぶった。
「てめぇみたいなバカ、本当なら俺が今すぐこの刀で切り殺してやりてぇとこだけど、」
ガン!と金属とコンクリートがぶつかり合う不快な音とともに、振り下ろされた刀は吉崎の足と足の間へと突き刺さった。
「ひぃ…っ…!」
吉崎の喉が引き攣れたような音を漏らした。
大の男の大人は、恐怖の涙を両目に浮かべていた。
「た、たすけ…!…たすけ、てくれ…っ!…だ、だいいち!おまえは、殺しはもう、しな、いんじゃなかったのか!?」
亮は刀から手を離し、吉崎に背を向けた。
「そう、俺はもう殺さない。誰も、何も。だから殺すのは俺の仕事じゃない。」
代わりに、入れ替わるように刀の柄にアインスが手をかけた。
吉崎は察したのか、アインス達に背を向けて、慌てて力の入らない足腰を鞭打って、転びながら走り出した。
亮は言葉を続けた。
「だから、殺すのは、」
「僕の仕事だ。」
アインスはコンクリートに深々と刺さっていた刀を簡単に引き抜くと、一歩で逃げている吉崎との距離を詰めると、
「あーぁ、刀は使いたくないんだけどなぁ…。」
実に楽しそうに、
「『黒』とは善を騙る悪。だから殺す。」
無邪気そうな笑顔を貼り付けた顔で、
「『白』とは善を騙らぬ悪。だから猶予を与える。」
刀を吉崎の中線めがけて振り下ろした。
「正義なんてありやしないんだよ。僕達が住む『この』世界には。」
血が飛び散る。
アインスの頬にも。
「あっ…」
吉崎が最後に発したのは、そんな意味の無い音だった。
「…黒、着てきて正解だったな。」
アインスは自分に付いた血を拭いながら顔を顰めた。
血ををあらかた拭うと、アインスが刀を吉崎だったものに突き刺し、床のコンクリートに突き刺さるまでまで突き刺し直す。
「……その義体…、便利だな。」
その様子を眺めていた亮が興味深げな顔でそう言った。
「ん?ああ、これ?Kが作ってくれたんだ。普通の人の1.5倍から5倍くらいの力が段階的に出せるんだ。」
もちろん、普段は普通の人と同じくらいの力にしてあるけどね。と付け加えるアインスに、亮はほー…。と近寄りながら関心した態度を見せた。
「じゃ、僕はサキのところへ向かうよ。ここから先はよろしくな、掃除屋さん。」
「ああ、分かった。こちらの方は承りましたよ。殺し屋様。」
目線を合わせることもせず、ただそれだけの言葉を交わし、場所を入れ替える二人。
亮は鞄に入れておいたゴム手袋をはめ、帽子のツバを前にして、目深に被り直した。
「さて、ここから先が、今の俺の本職だ。」
ニヤリと笑った顔と、ギラリと光った目は誰の目に留まることはなかった。
・━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━・
「すまないレヒツ。もう大丈夫だ。」
その声に。
「レヒツ!大丈夫!?」
この声に。
「ツヴァイ!リンクス!!」
レヒツとサキは懐かしさを感じてしまった。
当たり前といえば当たり前かもしれない。これだけ短時間で、頭をフル回転させて、決行した策が上手くいったとはいえ、普段経験することのない緊張感に、二人の体感時間の速度は速くなってしまっていたようだ。
「リンクス。しっかり掴まっていろよ。」
「あいあい。ツヴァイこそ、離さないでよ!」
片手にリンクスを抱えたツヴァイは、それに頷いて応えると、地面を蹴った。
「ぐぁっ!」
「ぁがぁっ!」
次々に地面に倒れていく黒スーツ達。
「この、クッソがぁぁああああああっ!!」
「!ツヴァイ!!」
仲間が倒れていく姿に恐怖したのか、ついに一人がツヴァイ達に向けて発砲する。
サキが慌てて叫ぶが、
「心配ないよ!サキねぇ。」
そう言って、リンクスが手に鞄から手榴弾を取り出した。
「ちゃんと、こっちにも、策はあるから。」
ツヴァイがリンクスを抱えたまま銃弾を避ける。
ガチンッ!
「!」
相手の弾が切れた。
「今っ!」
リンクスが地面に手榴弾を叩きつけた。
「!あぁあっ!目がっ!ぐがぅっ!」
「!…そ、そんな、がっ!」
通じない攻撃に、戦意を喪失しかけたのをツヴァイが見逃すはずもなく、黒スーツ達の顔面に容赦なく蹴りを入れ、鳩尾に拳を叩き込む。
「す、すごい…。」
誰かが呟いたそれは、そこに居る誰もが思っていたのだった。
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「…っちぇ!僕の出番は、無いってことなんだね!せぇっかく、可愛い妹達に、カッコイイとこ見せられると思ったのに…。」
「すまない。」
むくれたアインスに、ツヴァイはそれしか言葉が見つからなかった。
アインスと亮が駆けつけた時には、全てが終わっていた。
アインス達がしたことといえば、野田が来るまでに、黒スーツ達を縛り上げたことだけだった。
「まぁ、仕方ないだろう。相手は銃を持ってんだ。さっさとやっちまわねぇと、それこそ、妹に二度とカッコイイとこ見せられなくなっちまうかもしれねぇしな。」
「ゔっ!…た、確かに…。」
野田を呼びに行っていた亮にそう言われてしまうと、アインスはぐうの音も出なくなってしまった。
「りょ、亮、ありがとう。…野田さんも、すみません。」
「いや、いいんだ。むしろ助かった。」
野田は好き勝手に暴れたアインス達を責めることはせず、そう言った。
「中から制圧してくれたおかげで、人質の人達にも大した怪我はなかった。むしろ、人質にならなかった人の方が、怪我が酷い人が居たりしたくらいだ。ところで、」
野田は、アインスと亮に向き直った。
「今回のこの事件、君達は偶然現場に居合わせた警察関係者という事にした。それでいいな。」
「はい、助かります。」
それだけ言うとアインスと亮は次の言葉を待つ。
「もちろん、殺しの現場は見られていないし、証拠もちゃんと消えていた。これなら、事の真相が表へ出ることは無いだろう。」
「「よっ、」」
そこまで聴いて、二人は肩から力を抜いた。
「「よかっったぁああああ…っ!!」」
アインスはしゃがみこんで、亮は膝に手をついて息を吐き出すように、安堵した。
「うわぁ…。うわぁ…っ!まじヤバかった。ほんと、バレたらどうしようかと思ったぁ…っ!」
「マジでそれな。…ちゃんと消せてなかったら、どーしよーって、ここ来る途中、何度確認しに戻ろうと思ったことか…っ!」
予期せぬ出来事に、二人にもかなりの緊張感が掛かっていたのだろう。
しきりに、よかった。よかったぁ…。と言う二人の背中を、レヒツとリンクスが擦る。
「……そう言えば、」
「?」
アインス達の様子を、眺めていたツヴァイがサキに訊ねた。
「あの時の、あの作戦。誰が考えたんだ?」
「あぁ、あれ?あれねぇ…、私が考えたの!」
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『……あ、いいこと思いついた!』
『!』
サキのその言葉に、レヒツがパッと顔を上げた。
『みっちゃん。それ七個全部そこに並べてて。』
そう言って、サキは自分のバッグを漁りだした。
『?う、うん。』
てっきり策の説明をしてくれると思っていたレヒツは、サキの予想外の言葉に、戸惑いながらも従う。
対してサキがバッグから取り出したのは、ペンとメモだった。
『えっと、…これを…こう…。…』
ブツブツと何かを言いながら、両手を縛られて書きにくそうにしながらも、何かをしたためていた。
『よし、できた!これを、コレにこうして……。みっちゃん!これを、近くの人に渡して!』
『!分かった!』
ようやく、サキがせんとしようとしたことを理解したレヒツは、言われた通りに、近くにいた七人に、小型防壁を手渡した。
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「サキねぇ。あれ、良く思いついたよね。」
いつの間にか、近くに来ていたレヒツがそう言う。
「ふふん、でしょ?あれは、我ながらによくできた策だったわね。」
「確かに。」
ツヴァイも同意する。
「メモにどうして欲しいのか要件を書けば、声を出さずに済むから、相手に気づかれる確率は減る。しかも、ジェスチャーと違って正確に、言いたいことを伝えられるからな…。」
「でしょ?メモに『この手榴弾は、バリアです。皆さんを守る為にも、一番外側の人に行くように回してください。追伸。一番外側の人は、これを、自分の前にそっと縦に置いてください。それだけでいいです。』そう書いとけば、あとはみっちゃんが、発動ボタンを押すだけだったからね。」
「タイミング重要だったから、心臓バクバクだった。」
そういう割に、レヒツの表情はいつもと変わらない無表情だった。
「そっか、じゃあ、ジュースでも…」
「ほんと?じゃあ、私…」
既に話題転換した二人を眺めながら、ツヴァイは今日のことを思い出していた。
―何かが引っかかる。何かが…。
そうは思っても、それが何なのかわからない。
「ツヴァイー?帰るぞー?」
「!あぁ、分かった。」
アインスに声を掛けられ、考えるのをやめたが、引っかかる何かにモヤモヤとしたものが胸の中を漂っていた。
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午後七時。フルスターリの開店時間から、一時間ほど経った、まだ初夏の空が暗くなりきる前だった。
カランカランッ。
落ち着いたベルの音に、サヨコは作業の手を止めて顔を上げた。
「おや、いらっしゃい。…聴いたよ?一昨日は大変だったみたいじゃないか。」
「こんばんは、ママ。いや、ほんと、酷い目に遭ったよ…。」
いつものカウンター席に座ったアインスは、店内を見回した。
ツヴァイは、いつも通り一歩後ろに立ったままだ。
様子的には、仕事帰りか。
「ねぇ、ママ。今日はサキさんは?」
何も言わずとも、仕事帰り寄るとき頼む、いつものメニューを(というより、ここで未成年であるアインスが頼めるメニューなどたかが知れているが)サヨコが出してくれるのを見計らって、アインスが訊く。
「あぁ。あの子なら今日は休みだよ。」
「!珍しいね…。サキさん、亮に負けないくらい仕事熱心なのに。」
アインスも、ツヴァイも驚く。
サヨコは、少し笑って、
「なんでも、亮とディナーだそうだ。『大喧嘩』して、互いにいろいろ考えるとこがあったんだろう。今日は休ませて欲しい。って言ってきてね。なんだかんだ言って、頑張り屋さんなあの子からの珍しいお願いだったからね、今日だけじゃなくて明日も休みにしたよ。」
偶には、伸び伸びと羽を伸ばすのもいいだろう。と言うサヨコの言葉に、アインスは微笑って、
「…仲直りしたみたいだね。」
その一言だけ言った。
良かった。とは内心でのみ呟く。
「あぁ。アインス達も手を貸してくれたらしいじゃない。ありがとうね。」
「いやっ!そんな、ことは…。…何か出来ないかって、やった結果、火に油を注ぐ結果になっちゃったし…。」
恥ずかしそうに、頭を搔かく姿は年相応だ。
サヨコは、また笑った。
「だが、キッカケにはなったみたいだよ?だから、ありがとう。あぁ、あと、これは仕事の報酬だ。」
「お、やっと来た。いやぁ、まさか、『白』の依頼主が彼の『弟』さんだったなんて、気付かなかったよー。」
「よく言うね。本当は知ってたんだろ?亮に依頼してきたのが標的なのも、兄弟二人共『白』なのも。」
「さぁ?割と灰色だったんだよ?あの二人。」
アインスは笑った。
溜め息を吐いたサヨコは、サービスだ。と言って、封筒をアインスへ渡した。
「?これは…?」
「ツヴァイから頼まれた物だ。今回のショッピングモール襲撃事件、あまりにも用意周到だったのに、あまりにあっさりと解決した事が、この子には引っかかったみたいだよ?」
「勝手をして、申し訳ありません。」
頭を下げたツヴァイの謝罪に、アインスは別にいいよ。と返し、封筒を開けた。
ツヴァイも、近寄って中身を覗き込んだ。
「……なるほど…。」
アインスは、入っていた複数枚の写真と資料、そこに写った一人の人物に口を端を釣り上げた。
ツヴァイも、違和感の正体にようやく気が付いたようだ。
「………」
サヨコはそれを見ると、タバコに火をつけ、煙を吸い込み、吐き出した。
写真には、吉崎と話す綺麗な長髪の女性が一人、写っていた。
どうやら、まだこの事件は終わっていないらしい。
後編です。楽しんで見ていただけたら幸いです。
明日は久方ぶりの休日なんです。
さぁ、何をしようかな。
(なんて、どうでもいいですよね。)