第一幕 殺し屋四人
最初に僕が失ったものはなんだっただろうか。
家族?友人?それとも体の一部?あるいは心の一部?
まぁ、そんなのはどうでもいいや。それより、
「君のその手綺麗だね。僕に一本頂戴よ。」
血飛沫とともに、
「いやぁぁぁぁぁあああぁあぁあああっ!!!!」
女の悲鳴が部屋に飛び散った。
夜景が一望できる、高層ビルの大きな窓ガラスを鮮血が伝い落ちる。
悲鳴は、女性らしく甲高く、馬鹿らしく、汚い。
ゴトリと床に落ちたのは右腕。肩からすっぱりと綺麗に切れている。
ー我ながら上出来だね。
黒髪と白い不健康そうな肌を血で汚した少年―アインスは心の中で思いつつ、顔には満面の笑みの『仮面』を顔に貼り付けた。
女の叫び声が途切れる。
蹲り、息を切らしながらも、まだ呻くような声が耳に障る。
「今回の『依頼』は君を殺す事。ちゃんと後処理までやれば、依頼主からは君の身体はどうしたっていいって言われてるからね。」
そこで言葉を切る。
三歩前に出て屈み込み、女の髪を掴んで目線を合わさせる。
女の口からこぼれる音は、痛みに呻くモノから恐怖に震えるモノに変わった。
「…ご……なさい。…ごめんなさい…!…」
アインスから目を離すこともできぬまま、女は喉から絞り出すように謝罪を口にする。
「えぇ〜?なぁ〜にぃ〜?聞こえないなぁ〜。」
バキリ。
骨が折れた音がした。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!」
「ちょっ、うっわ…、唾飛んできた。…ちょっとツヴァイ、勝手に手ぇ出さないでよ。」
「アインスにちゃんと聞こえるように話さないコイツが悪い。」
女の、元は美脚とでも褒め称えられていただろう右の片脚を、あらぬ方向へ骨が覗くまで捻じ曲げた白髪に紅眼の大男―ツヴァイは拗ねたようにそっぽを向いた。
「全く…。ごめんねぇ?うちの『弟』は、短気だもんでさぁ?君を早く殺したくて仕方ないんだぁ。」
女から返事はない。ツヴァイが残りの脚をまた折ろうとするのを片手で制し、アインスは続けた。
「でも、僕。君のその足と手が欲しいんだ。なんたって、僕、―」
手袋を取り、ズボンを捲し上げる。
「―左脚と右腕がないんだもん。」
現れたのは、不健康そうな白い肌ではなく、無機質な銀色の部品。
人らしい滑らかな肉体ではない、機械らしいゴツゴツとしたものだ。
女はもう呻き声一つあげることが出来なくなっていたが、アインスから、その腕と脚から、目を逸らすことだけはしなかった。
出来なかった。
そして最後の力を振り絞るようにして言う。
「ばっ……け………もの…ッ!」
「!アッハハッ!それってさ、」
女は最期にアインスの冷たい仮面の笑顔を、
「………どっちが?」
目に焼き付けた。
「………。…よっし。死んだね、コイツ。」
女が完全に死んだ事を確認すると、頚動脈を掻き切ったナイフをアインスはポリ袋に入れる。
「ツヴァイもお疲れ様。掃除屋呼んで。」
「分かった。」
ツヴァイは短くそう応えると、アインスに背を向け、携帯端末を取り出した。
「…俺だ。…あぁ、今終わった。…」
ツヴァイが連絡をしたのを確認すると、アインスも耳に付けた、イヤフォン型の無線通信機を繋げた。
「レヒツ、リンクス。お前達もお疲れ『『おっっっそぉおおい!!』』痛っ!つぅ…!」
キーンと通信機がハウリングを起こす。鼓膜が切れてしまいそうなほどの大声で、無線機越しに女の子二人の声が同時に言う。
『アインス、時間掛けすぎ!』
『いつものアインスなら、もっと手早く出来てた!』
『『この女たらし!!』』
「おい、待て!そんなこと…!………切られた…。」
ツー、ツー…。と、無線が切れたことを知らせる音だけが耳に届く。
確かに今回はターゲットが女、しかもそれなりの美人ときたから、少し遊んでしまったが、あんなに怒ることはないだろう。と、心の中で愚痴を零していると、ツヴァイが清掃員の格好をした二人組を、掃除屋を連れて戻ってきた。
「あぁ、お帰り。ツヴァイ。掃除屋さん、死体はいつもの場所に運んでおいて。あとは、いつも通りよろしくね。」
じゃあ、後は頼んだ。と言う代わりに、一人の肩を軽く叩く。
掃除屋からも返事はないが、そちらも返事の代わりに仕事を開始した。
それを見届けると、アインスはツヴァイに両腕を伸ばした。
「疲れた。」
「分かった。」
また短く返事をすると、ツヴァイはアインスを自らの片腕に乗せた。
「…今日は随分汚れたな。」
ツヴァイに指摘され、アインスは自らを見下ろす。
確かに、いつも着ているスーツは黒だとしても汚れていることが分かるほどで、白いワイシャツは、既に血が乾き、茶色くなり始めていた。
「そうだね。でも僕のせいじゃないよ?」
「分かってる。…後でしっかり洗い流せば、いい。」
「ん。」
そんな会話をしているうちに、屋上へと出た。
街のネオンの極彩色が、混ざり合わず、汚く重なり合っていた。
「…帰ろう。」
アインスのその言葉に、ツヴァイが屋上のコンクリートを蹴る。
頬を風が冷たくなでる。灯りが足元で輝いている。
それを眺めていたアインスはようやく、『仮面』を外した。
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「「お帰りなさい。」」
「ん。ただいま。」
「只今帰った。」
日本国首都、東京の眠らぬ街の中の小さなボロい外装の家に入る。中は高級マンションのような内装。それがアインス達の家だ。
玄関を閉めると、待っていました。と言わんばかりに左右対称の小さな影が二つ、ツヴァイに突進してきた。
慣れたようにそれを片手で受け止めるツヴァイ、アインスはそれを彼の腕の上から眺めていた。
ふと、アインスと影の目が合う。
「あー!女たらしだぁ!!」
「だから、違うってばっ!」
まるで今存在に気づきましたというように、指を指す影の主である無表情な少女―レヒツの言葉にすかさずアインスは反論をする。
「どこが違うのさ。いつものアインスなら、もっと早く終わってる!前の以来の男の人ターゲットを殺害するまでの時間差ここで言ってあげよっか!?」
今度はもう一つの影の主―レヒツとは髪型が左右対称のリンクスが声を上げる。
こちらもまた、無表情だ。
「リンクスも!違うってば!!」
「どこが違うのよ!」
今度はレヒツだ。
交互に仕掛けられる連続攻撃に、アインスが困り果てた顔をしていると、ツヴァイが、空いている手で、交互に二人の頭を撫でた。
「レヒツ。リンクス。アインスが自分達以外を構っていた事が気に入らない気持ちはよく分かる。…が、あまりアインスを困らせるな。」
言い方は優しいが空気はピリッと張り詰める。
ーアインスが関わると空気そのものが変わっちゃうんだから…。
レヒツとリンクスは、同じ事を思い、同時に溜息を吐いた。
「「…はぁ…。ごめんなさい。」」
「分かればいい。」
それだけ言うと、ツヴァイは、浴室へと足を向けた。
「あっ、ちょっと待って、ツヴァイ。」
アインスの制止に、ツヴァイは足を止める。
「レヒツ。リンクス。」
「「?なぁに?」」
チョイチョイと手招きしながら、二人を呼び寄せる。
そしてポン。と、自分と大して背丈の変わらない少女二人の頭に手を乗せる。
「今日もお疲れ様。」
「「!!」」
パッと二人の顔が無表情のままに輝いた。
「とりあえず、僕はお風呂に入ってくるから。血濡れのままでいるわけにはいかないからね。」
今にも飛びつこうとする二人に先手を打ち、さっさと浴室へと踵を返す。
その後ろにツヴァイが付いて来る。
レヒツとリンクスは付いて来ていない。
レヒツとリンクスに声が届かないだろうところまで来たところでアインスが口を開いた。
「…今日も生き延びたな。」
「…そうだな。」
間を空けて、ツヴァイはそう返した。
他愛もない、短い言葉を交わしているうちに、浴室に着いてしまった。
「着替えを取ってくる。」
そう言って、脱衣所を出て行くツヴァイの後ろ姿を、アインスは見送った。
血濡れた服は洗濯カゴに無造作に放り入れる。
その下から現れたのは、銀のパーツの手足と、無数の傷跡だ。
「…今日も生き残ったな。」
ポツリと呟いたアインスの声は、アインスにしか聞こえなかった。
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「アインス。着替えを置いておくぞ。」
「あぁ。ありがとう。」
シャワーを浴びて、念入りに体に付いた血と、洗濯に困らないようにと、シャツに付いた血をざっと洗い流していると、扉の向こうから、ツヴァイの声がした。
自分達にとって日常であるこの仕事も、もう慣れたものだと、微温いシャワーを浴びながら思う。
ふと、腹の下に目がいった。
「そういや、そうだったな…。」
腕と足と一緒に失った、男として、そこにあるはずのモノがない。
それを見る度に、やはり、自分は普通ではないのだと実感する。
ふと、フラッシュバックが起こる。
『…いや……だ…。やめて…!……お願い……やめて!!』
ドタガタタッ!
「!?」
「アインス!?」
気が付くと椅子と桶を巻き込んで倒れ込んでいた。
音が聞こえたのか、ツヴァイが慌てたように入ってきた。
「大丈夫かっ!?怪我は!?」
シャワーが出しっぱなしで、自分や脱衣所まで濡れるのも気にせず、ツヴァイはアインスの背を撫でた。
「…大丈夫だ。悪い、少しぼーっとしてた…。」
今日は特に、疲れたから…。と付け加えるが、ツヴァイの表情は晴れない。
―仕方ない…。奥の手だ。
アインスはツヴァイと真っ直ぐ向き合うと、コツンと額を合わせた。
「大丈夫だって。本当に。怪我、無いだろ?だから、大丈夫。」
「………本当だな?」
長い間を置いてツヴァイが重く、言った。
ようやく信じた。
「あぁ。平気だ。」
パッと額を離す。
「さて、僕はもう少し温まってから出るよ。ツヴァイは、リビングで待ってて。」
「…冷たいの準備しとく。」
「ん。お願い。」
ツヴァイが、出ていく。
それから湯船に使ってしばらくしてようやく、アインスはツヴァイの服が濡れてしまっていたことを思い出す。
「…まずった。早く出て、ツヴァイをお風呂に入れさせなきゃ。」
優秀だがどこか抜けているあいつのことだ、濡れたまま行動している可能性がある。
自分もう十分、温まったし。と、脱衣所に出ようとするが、扉を開けると、そこには服を脱ぎかけたツヴァイがいた。
「…リンクス達が、風呂に入れと。」
「あぁ…、うん。」
心の中で二人に、グッジョブと言った。
アインス達が風呂から上がると、既にリビングの机の上には二人のマグカップが置いてあった。
「「出た?」」
「うん。二人が準備してくれたのか?ありがとな。」
「ありがとう。」
「「どういたしまして。」」
奥にある和室の襖から顔だけのぞかせたリンクス達に、礼を言う。
二人はそれを聞くと部屋へと再度戻っていってしまった。
「ツヴァイ、明日の予定は?」
「明日は依頼主のところへ行くことになってる。次の仕事だそうだ。」
「おーおー…。人使いの荒いこと…。」
「このご時世だからな。俺達のことを機械か何かだと思っているんだろ。」
「イヤだねぇ、機械に頼って便利な世の中になりはしたものの、同時に人はどんどん大切なものを失っていく。それに人間は気付いているのかいないのか…。」
「どのみち俺には関係ない話だな。アインスが在さえすれば、それでいい。」
「……。」
口説き文句なら、女に向けてやれ。
そう言おうかと思ってやめる。おそらくツヴァイにとって、今の言葉は茶化されたくないはずだから。
「…さて、リンクス達の方はそろそろ終わったかな?」
アインスが話を無理矢理切り替える。どんよりした空気や、張り詰めた空気は苦手なのだ。
「レヒツ、リンクス。終わったか?」
そっと襖を開ける。
レヒツは右側のパソコンの前に、リンクスは左側のパソコンの前に膝を抱えて座っていた。
「「うん。今ちょうど終わった。」」
二人が同時にアインスに顔を向ける。
親指を立てているから、上手くいったのだろう。
「やっぱり、『依頼主』の言ったことは正しいみたいだね。」
アインスが言うと、二人は頷き、画面を指さした。
「『左』が黒。」
レヒツは左を指さして、
「『右』は白。」
リンクスは右を指さして。
アインスが黒だと言われた方の画面に見入る。
「…丁度いいな。」
少し考えてから、アインスが口にする。
「明日、すぐに計画を決行する。ツヴァイ、レヒツ、リンクス。いいな?」
その言葉を予測していたのか、三人は唐突な計画決行に驚いた様子も無く、頷いた。
「「「分かってるよ。『兄さん』。」」」
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翌日、アインスとツヴァイが訪れたのは、今回の依頼主が経営する会社のオフィスビル。
服装はいつも着ているスーツが血塗れてしまったため、新しく下ろしたものを着てきた。
「いやはや…。こんなにも早く、依頼をこなしてくれるとは…。噂を本当だったんですねぇ。さぁさ、こちらへ。」
大して自分から動かないからだろう。ブクブクと腹回りに肉を蓄え、禿げかけた頭の男は、自分達を出迎え、ソファへ案内するだけの間で、すでに汗だくになっていた。
「しかも、事後処理まで万全とは。さすが日本国一の殺し屋だ。」
「ありがとうございます。」
大袈裟な世辞はいい。ともかく話を進めろ。と口にするわけにもいかず、アインスは仮面を付けて、機械的に返事をするだけだ。
「…これで我が社が、あの会社を吸収できる。あの女狐がいなくなってくれたお陰で、…本当に助かりましたよ。…」
世辞が続く。
―本題はまだなのか。
背後で待機しているツヴァイに、自らのイライラした感情を悟らせないようにする。そうしなければ『後々』が大変なのは、目に見えている。
「…さて、と…。世間話はここまでにしましょうか。」
男の声音が変わった。
―きた。
「今回の仕事ぶりは拝見させて頂きました。噂に違わず、いい働きをしてくれました。まずは、お約束通り報酬を。」
男は、自らが座ったソファの左横に置いてあった一つ目のケースを机の上へと移動させ、蓋を開いた。
万円札がぎっしりとつまっていた。
「ツヴァイ。」
「はい。」
ツヴァイが、ケースを受け取る。中身を確認したのも見届けると、アインスは男に向き直る。
「…さて、次に行きましょうか。」
男の言葉に、待ってました。とアインスが口を開く。
「なんでも、もう次の依頼がある。…とのことらしいじゃあないですか?」
「おぉ!もうご存知でしたか。話が早くて助かります。」
そう言って男は、自分の右隣に置いてあったもう一つのケースを机の上へ乗せた。
先程のケースよりも大きいものだ。
「次は、前払いとさせて頂きます。」
ケースが開かれる。
「…どんな依頼で?」
中身を見たアインスが先を促す。
すると男の笑みが変わった。
アインスにとってはもう見飽きたと言ってもいい、欲で汚れた笑みだ。
「君達を、我が社の専属の殺し屋として雇いたい。」
男はソファの上でふんぞり返る。
同時に、言葉使いも荒くなる。
「君達はほんっ…とうに、素晴らしい殺し屋だ。欲しがる連中が多いのも頷ける。」
「………」
アインスは黙る。
「あぁ。答えはすぐに出さなくてもいいぞ?」
アインスの反応に男が慌てて付け加えた。
そして、
「まぁ、答えは『イエス』か『はい』しか受け付けんし、どちらかで答えるまでここに居てもらうが…な?」
男が指をパチンッ!と鳴らしたことを合図に、銃火器を持ったスーツ姿の連中が部屋へと雪崩込んできた。
「さて、君はどちらを選ぶのかな?」
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まだ、自分達は意思のあるモノとして認識されていたようだと思った。
「機械として扱われてたら、ここで『イエス』、『はい』の選択肢もねぇもんなぁ、普通。」
やれやれと頭を掻きながらアインスは立ち上がる。
―次はスーツ、汚さないようにしないとなぁ…。
「ツヴァイ。」
「承知致しました。」
ツヴァイが何かを取り出す。
瞬間。
『ぐぁっ…!!』
『ああ゛っ!?』
「なっ…?!」
断末魔にもならない音がちらほら聞こえるが、ほとんどの者は、音を上げることもなく床に倒れる。
男とまだ生きている者の顔が引き攣る。
アインスはそれを見て嘲笑う。
「ねぇ、社長さん。彼、…ツヴァイって本当にすごいでしょう?」
また音がする。汚い濁った音。
男はアインスを見ない。いや、見れない。何故なら、
「だって名前を呼ぶだけで、僕の言おうとしてる事、分かっちゃうんだもん。」
彼、ツヴァイから目を離したら、死んでしまう。そんな恐怖があったから。
『ぎゃあ…っ!』
ドサリ。また一人地面の赤におちた。
男の汗が床に落ちる。
「そんな…こんな…!」
後退るが、
「あれぇ?社長さん、汗がすごいですよぉ?大して動いてもいないのに、何ででしょうねぇ?」
トンと後ろの誰かにぶつかる。
「!!?」
慌てて振り向くと、そこには先程まで自分と対面していたはずのアインスが居た。
ようやく、男がアインスを見る。
「いっ、いつの間にっ!!」
男の声が裏返り、掠れる。
男の後ろにいたはずの者達は全員、アインスの後ろで床に伸されている。
白かったはずの床は情熱的な赤で、いつの間にか染まっていた。
「嫌ですねぇ。あなたがツヴァイを見ている間にですよ。気づかなかったのですか?」
ちなみに、これも。と、アインスは片手に持ったケースを掲げた。
男はまた後退り、そして躓き、転ぶ。
「ぃっ、っ!?」
先程まで自らの意思で動いていたはずの自分の部下に躓いて、転ぶ。
「大丈夫でーすか?」
「ひっ!」
間の抜けた声と影が男の頭上に降る。
アインスは男と目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「た、頼む!助けてくれ!!金ならいくらでも…!だだだ、第一!何でいきなりこんなこと!!」
「いきなり?そんな事ないですよぉ?」
アインスはスーツの内ポケットから紙を取り出す。
そして男の眼前へと突き出す。
「はい、これ。あなたを殺してくれっていう依頼書。」
「は?」
男は間の抜けた声を上げて、アインスと依頼書を交互に見る。
いつの間にか、アインスの後ろにはツヴァイが居た。
もう男とアインス達以外、誰も居なかった。
誰も生きていなかった。
「僕らはね、殺せって言われれば誰だって殺るんですよ。依頼主かどうかなんて関係ない。それに、…」
アインスが言葉を切る。
紙を畳んで仕舞う代わりに、出したのは小型のナイフ。
「…っ…!…っっっ!」
もう声も出せなくなった男は、首筋に当てられた刃の冷たさと、
「僕らには、もう飼い主はいるんだ。」
その言葉を最後に記憶した。
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「あっちゃあ…。…こりゃ掃除屋さん、大変だねぇ…。」
男がこの世から居なくなったのを確認すると、アインスは己の周りの惨状にようやく気がついた。と言うように、肩を竦めた。
来た時は真っ白に磨き上げられ、掃除も行き届いていた床は見る陰もなく、真っ赤に染まり上がってしまっていた。
―少しだけ片付けるか。
アインスが立ち上がると同時、何かがズボンを引っ張った。
「…ぁっ…たす…け……」
女だ。
黒いスーツのせいで分かりにくいが、相当の傷を負っているのだろうことは、床の血溜りを見ればすぐに分かった。
「あれ?殺り残し?」
アインスは笑ったまま首を傾げた。
「あぁ、すまない。そうみたいだな。」
すぐに片付ける。そう言いながら、ツヴァイは女の首を足で踏み砕いた。
引き攣った「て」のような音を零して、女は動きを止めた。
「あーあ、ズボン、少し汚れちゃったよ。」
━━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━━
「…で、上手くいったのか?」
男は小声でそう聞いた。
「えぇ、依頼通り、ちゃんと殺しましたよ。」
薄暗い路地、アインス達の後ろは暗く、男の後ろの明るい方はネオンが輝く大通りだ。
そこで、上等なスーツを着込んだ男とアインスが二人きりで対面していた。
ツヴァイは居ない。
男は、今日殺した依頼主の始末を依頼してきた依頼主だ。
「そうか…。」
男はそれだけ言うと、アインスに持っていたトランクを手渡す。
「礼を言う。」
「いえ、仕事ですから。」
トランクを受け取り、中身を確認したアインスは、微笑みながらそう告げた。
「それじゃあ、私はこれで。」
始終小声だった男は、足早に路地を去っていこうとする。
「そういうわけにはいきませんね。」
「!」
それを阻むようにして路地の入口に立っていたのは、レヒツとリンクス、それから警察の制服を着た者達を引き連れた男だった。
「警察だ。署まで同行願おうか。」
先頭に立っていたロングコートの男の言葉を合図に、警官達が固まったまま動けない男を取り押さえる。
慌てて男が逃げようとする。
「離せ!どういうことだ!」
男はアインスの方を見て怒鳴った。
「どういうことも何も、おまえは殺人を犯した。だから、逮捕するだけだ。」
「なら、ソイツも逮捕するべきだろう!」
男がアインスを見て言うが、
「アレはそれが仕事だ。」
コートの男にそう言い捨てられ男は愕然とし、そのまま連れていかれた。
「…レヒツ、リンクス。…ツヴァイ。」
アインスが口を開くと、レヒツ達は暗がりからアインスの傍へ駆け寄り、居なかったはずのツヴァイが何処からともなく現れる。
「…相変わらず、無慈悲な刑事さんですねぇ?野田さん。」
「それは、お互い様ってものだろう?なぁ、『一』。」
刑事、野田の言葉にアインスは笑っただけだった。
「今回は大掃除に付き合わせて悪かったな。少し弾んどいたぞ。」
差し出されたのは、厚みのある茶封筒だった。
「さっき貴方も言ったじゃないですか。仕事ですから、『ゴミ掃除』は。」
ツヴァイが封筒を受け取る。そのツヴァイ越しにアインスが喋る。
レヒツとリンクスはアインスの両腕に抱きついて、野田をじっと見上げていた。
「ったく、どうしてこうも命を軽く見れるのかねぇ…。俺はそんなヤツにお前らを育てた覚えはねぇぞ?」
そう言って、野田はアインスの顔を見た。
が、見て後悔した。
「実際、僕らを育てたのは貴方ではないですし、命なんて、こんな『便利な』世の中じゃあ、ほとんどの人が価値なんて感じないでしょう?僕らを捨てたアイツらのように……ね。」
「……。」
野田は黙る。口を開きかけるが、アインス達の光の無い目に、何を言うべきかを見失う。
「ま、気にしないでください。」
行くよ。とツヴァイにアインスは声をかける。
「…一つ、訊いていいか?」
「?」
アインスが振り返る。
「お前達の飼い主。それって一体何なんだ?」
「ありゃ。盗み聞きですか?」
クスクスとアインスがワラう。
その様子に、野田はイライラするどころか、恐怖を覚えた。
「そうですねぇ…。あえて言うなら、『自分自身』…ですかね?」
アインスはそれだけ言うと、踵を返した。
ツヴァイ達三人もまた、アインスと共に、路地の暗がりの方へと消えていった。
残されたのはネオンの明かりを背にした野田だけだ。
「野田さん。」
野田が連れてきたうちの一人、野田の部下が声をかけてくる。
「…『黒か白かは、正義と悪を区別するものじゃない。仕事をより効率よく進めるためのものなんですよ。少なくとも自分達にとっては。』……ね。」
「は?」
野田のいきなりの言葉に部下が困ったような、戸惑ったような声を上げた。
その様子に、野田はすまなそうに笑う。
「いや、独り言だ。…忘れてくれ。」
行くぞ。と声をかけるも、部下は少し不服そうな顔をしていた。
「あの、野田さん。加害者の余罪についてですが…」
「あー、調べる必要無い無いだろ。アイツは『白』だから、今回が初犯だ。」
が、野田はそれを見て見ぬ振りをして、明るみの方へと歩いていった。
・━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━・
『己と他人は真に理解し合うことは出来ない。どう足掻こうと。』
さて、これは誰が吐いた言葉だっただろうか。
二ヶ月以上開けてしまいました…。
学校とはこんなに忙しかっただろうかと思う日々です。
上げている小説の内容を推敲し直して再投稿させていただきます。
申し訳ありません。
ようやく生活も落ち着いてきたので、今度はこんなに時間が開くことのないように頑張って行こうと思っています。