第四幕 災いのプロローグ③
あと一つで第四幕終幕です。
携帯から書いているのですが、いきなり電源落ちてビックリしました。
データのバックアップが無かったらと思うと、ゾッとしますね…。
楽しんで読んでいただけたら幸いです。
「…ツヴァイ?今店を出たけど、なんか進展あった?」
アインスはフルスターリを出ると、すぐにツヴァイへと電話をかけた。
『いや、特に言ってこれと言うものは無かった。すまない…。』
電話越しなのに、ツヴァイが頭を下げているのが見えた気がした。
「あー、いいっていいって!そんな気にすんな!…それより、悪かったな。二人に任せっきりになってさ…。」
『いや、そんなことは』
『バーカ。何言ってんだよ。自分が一番、目の下に濃い隈作っといてよ。んなことより、他に言うことあんだろ?』
向こうはスピーカーにしていたのか、亮が会話に割って入ってきた。
おい、亮。とツヴァイの声が小さく聞こえた。
アインスは、それに小さく笑った。
『あ?今笑ったか?』
―地獄耳だな。
内心で呟く。
「いや?…ありがとう。」
『…おう…。』
『…当然の事だ。』
アインスの言葉に、一瞬間を置いて、二人の声が柔らかくなった。
「今からそっちに行く。またなんかあったら連絡して。」
『分かった。』
『りょーかい。』
プツッと通話が切れる音がすると、アインスは携帯をポケットに仕舞い込んだ。
「さて、行くか。」
バサリと黒の上着を羽織ると、二人が待っているだろう待ち合わせの場所へと、足を踏み出した。
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アインスとの通話を切って数分。
組合所有の廃ビルの一階でツヴァイ達は街中から情報を集めていた。
「やぁ、ツヴァイ。」
聞き慣れた声のした方へとツヴァイが振り向くと、案の定、そこにはアインスが立っていた。
「早かったな。」
ツヴァイではなく、亮がアインスへと声を掛ける。
ツヴァイは、左横へと腰掛けたアインスに自らが先程まで見ていた画面を見せた。
「…ホントーに、情報が無いねぇ…。」
「あぁ。少し気味が悪いくれぇにな。」
向かいに座っていた亮が、肩を回しながら言う。
ゴキゴキと嫌な音がする。
「…悪いね、亮。…ツヴァイも、色々、専門じゃない事に付き合わせて…。」
「まーた言ってのかよ…。…バーカ。何が付き合わせてーだ。俺が好きで付き合ってんだ、別におめぇが謝るこたぁねぇっての。」
「まぁ、亮にほぼ同感だな。俺達はお前の仲間で、家族だ。一人で抱えようとするな。」
眉を寄せて苦笑いしたアインスの顔を見て、亮とツヴァイが告げる。
ついでに亮は、そーゆーこと。と言いつつ、デコピンをした。
「…痛い…。」
「痛くしたんだから、当たりめぇだろ。」
亮が豪快に笑う。
釣られるように、アインスも笑う。
その後ろで、廃ビルの入口で、気配がした。
…コツン…。
踵が鳴る音がする。
全員、音に反応し、ツヴァイはアインスを庇うように立ち上がり、音の方へと即座に構えた、銃を持つ右腕を思い切り振るった。
キンッ!と金属がぶつかり合う音がした。
自分が持つ並外れた動体視力で見ると、投げられたそれは、小さなダガー型のナイフだった。
「誰だっ!!」
持っていた拳銃を構えた亮が、暗がりへと叫んだ。
アインスは、銃を構えると同時に、自らの義体の制御を一段階、外した。
コツリ、コツリとゆっくり入り口の暗がりから出てきたのは、刀を携えた水面だった。
「数日ぶりですね、アインスさん。ご機嫌いかがですか?」
アインスにだけ恭しく頭を下げて挨拶をした水面は、以前同様、笑っていた。
「おいおい。俺たちは無視か…よっ!」
パァンッ!と発砲音が響く。
しかし、水面には傷一つ付いていない。
「…うっわぁ…、まじかよ…。」
亮は、顔を歪めた。
「うふふ。まじ、ですよ?」
水面の手には剥き身の刀がいつの間にか握られていた。
その足元には、二つに切り裂かれた銃弾が転がっていた。
「……いやぁ、まっさか自分の方から来てくれるなんて、予想外過ぎてビックリしちゃったよ。」
アインスは、ツヴァイの前へと出て水面と向き合う。
ツヴァイは、銃を水面へと照準を合わせた。
「うふふ。えぇ、もちろんです。貴方方が私のことを調べてらっしゃることは、存じておりますよ?」
水面は余裕そうに、手を口に当てて笑う。
―こっちの情報は筒向けってことかよ…。向こうはぜっんぜん尻尾の先も掴ませねぇくせによぉ…。
水面の言葉に、チッ。と亮は舌打ちをした。
水面は、チラとそんな亮を見ると、すぐに視線をアインスに戻した。
「…だからこそ、今日こうして、ここへ来たのですよ。」
水面は刀を鞘に収めた。
「ボスが待っております。一緒に来ていただけませんか?」
ああ、もちろん。危害を加えないことはお約束しますよ?
そう言って、もう一度水面は笑った。
「…言質、取ったからな。」
亮はポケットに忍ばせていたボイスレコードの録音停止ボタンを押した。
「えぇ。お約束します。」
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三人が水面に連れられてやって来たのは、フルスターリだった。
「おいおい。まさか組合の人間か?」
亮は目を見開いた。
―だったら、重大な規定違反だぞ。
即刻処刑は間違いないだろう。
いや、もしくは一生さらし者か。
「いいえ。」
そんな亮の内心をハッキリと水面は否定した。
「昔はそうだったかもしれませんが…、今は少なくとも、違いますよ?」
水面はそう言ってフルスターリの扉に手を掛けた。
「なあ。もしかしてだけど。」
「はい?」
何かに気付いたのか、アインスが水面に訊ねる。
水面の手が止まった。
「…お前んとこのボスって…」
アインスが言い淀む。
扉に手をかけたまま、振り返った水面の顔は、酷く楽しそうだった。
「考えてらっしゃる方で、合っていると思いますよ。」
カラン。といつも通りの涼し気な音を立てて、扉が開く。
その先に見える店内には、
「ッ!…やっぱり、…お前か…っ!」
二度として、会いたくなかった人物がいた。
「よぉ。『一』。元気にしてたか?」
少し長めの髪をオールバックにした男は、何処かの席に腰掛けることもなく、立ったまま、アインスを振り返るように見た。
「川内…っ!」
護衛なのか、大城も居た。
レヒツとリンクス、それからサキの姿は店内に見つからない。
恐らくスタッフルームに避難させたのだろう。
それを認識すると、アインスの纏う空気が一気に氷点下まで下がった。
「丁度良かった。ちょっとばかし、空気がピリピリしててな。いやぁ、やっぱり、こういう空気、俺は『苦手』だわ。」
ハハハッ。と笑う川内に、アインスはゆっくりと近寄った。
「久しぶり…だね。川内。もうとっくに、どっか他所の国で野垂れ死んだものだと思ってたよ。」
「おいおい。仮にも、師匠に向かって利く口か?」
「昔の話だろ。今は師匠でも何でもない。唯の裏切り者、だろ?」
そうだろう?と有無を言わさぬように問うアインスに、川内は首を竦めてみせた。
「よせって。お前にまでそんな空気出されたら、たまったもんじゃねぇっての。」
―僕だって嫌だ。こんな空気。
そんな内心を隠すつもりは毛頭なく、お前が居るせいだ。と、思い切り睨みつけた。
しかし、川内は笑ったままだった。
「で?ここに何の用?…この街に、この国に、何の用?」
一言、どころか一文字、一文字ハッキリと、圧を込めて川内に訊く。
「そんなに出ていって欲しいのか?せっかちだなぁ…。」
―当たり前だろう!
そう怒鳴りたい気持ちをなんとか飲み込んで、アインスは、川内を再度睨みつけた。
「…五年前の、」
川内は、表情は変えず、声だけを真剣なものへと変えた。
「五年前の、そう、『あの日』の再来だ。その日の為に、俺はここへ戻って来た。」
川内の言葉に周囲の空気がザワついた。
言葉は無い。ただ空気が動揺した。
それを気にも止めず、川内はアインスに向かって手を差し出した。
「…何、この手。」
「見れば分かるだろう?」
わざと訊いてみると、笑ってそう返された。
「あの時のようなことは避けたいだろう?どうだ、一。俺の所へ来ないか?」
真正面から、じっとアインスの眼を見つめる川内は、まるで全てを見通しているようだった。
―あぁ。…ホントこーいうとこも気に入らない…。
アインスは、顔をさらに歪めた。
川内の視線から逃げるように上を向くと、はー…。と長い溜め息を吐いた。
―まぁ。答えなんて決まってるから、いちいちイラつく必要も無いか。
もう一度、川内の視線を真正面から受ける。
次は、『仮面』を着けた状態で。
「考える必要も無いよ。」
アインスは手を持ち上げた。
「答えは一択だけだよ。もちろん、ノーだ。」
カチャン。
その手には、拳銃が握られていた。
それを皮切りに、店内に居たほぼ全ての人間が、川内達に向かって銃を、ナイフを、刀を、モップを構えた。
唯一武器を構えなかったのは、サヨコだけだ。
対抗する為に、水面と大城も武器を構えようとするが、
「待て。」
川内が右手を上げてそれを制した。
「おいおい、ここでの戦闘は御法度じゃなかったのか?」
「それを犯してまで、アンタらを追い返したいんだよ。」
ジジッ…。とタバコの火を消す音が、張り詰めた店内に響いた。
出処はサヨコの手元だ。
「川内。悪いけど今日はもう店仕舞いだよ。また来たきゃ、日を改てはくれないかい?」
サヨコはいつもの調子で川内に告げた。
「…そうかい。じゃ、今日はこれで御暇させてもらうよ。」
川内は、帰るぞ。と部下達に告げて身を翻したが、思い出したように、ああ、そうだ。と肩越しにアインスに振り返った。
「今日は断られたけど、いつでも変更は効くからな?待っているぞ『一』。」
その言葉に、アインスはべーッと舌を突き出した。
「変えないっての。アンタは僕らの敵だ。てか、いい加減訂正して?僕は『一』じゃない。『一』だ。」
苛付きをそのまま顕にするアインスに、川内はクスリと笑った。
「いいや。お前は『一』だよ。」
それじゃあ。と手を振って川内達は去って行った。
「お金は、カウンターに置いておきます。お釣りは構いませんので。…では。」
水面がそう言って店の戸を静かに閉めて、ようやく店内の緊張感が解けた。
「……はぁあああああー…。…あー。俺、今初めてアインスの、『こういう空気が苦手』っつーの、理解したかも。」
「な?嫌だろ?」
カウンター席にドカッと腰を下ろした亮はヘトヘトだと言う代わりに、アインスにそう言った。
「もう、出ていいの?」
奥の方から、サキの声がした。
雰囲気を察して出て来たのだろう。
パタパタと二つ、駆け寄ってくる音が聞こえた。
アインスは先程の川内の言葉を思い出していた。
『いつでも変更は効くからな?待ってるぞ。』
「…誰が、変更なんかするかっつーんだ。バーカ…。」
カチリとセーフティをかけ直した、使い古した愛銃を見つめた。
―まだ、使えるから変えないだけだ…。
周りの誰にも悟られないように。
アインスは無表情の仮面を取り繕いつつ、銃をホルダーに戻した。
「「アインス、お帰り。」」
「ああ。ただいま。」
抱き着いてきたレヒツ達を受け止め、アインスは仮面を外し、笑った。