意見衝突
目が覚めると、すぐ上に茶色い木の板があった。
「あれ・・・。」
オレのベッドって2段だったっけ?
寝転がったまま、いつもの癖で右にころっと転がる。
「にぎゃっ。」
ゴッと、何か硬いものに顔面がぶつかった。
「う・・・?」
木の板・・・?あ、そうか。1段ベッドには横の柵板は無いけど、2段とかにはあるんだったか。
「くわぁ・・・。」
ごすっ。
「いだっ。」
・・・手・・・。ぶつけた・・・。
「うー。」
オレは2段ベッドという危険領域から這い出した。・・・あれ?何か上にもう一段ある?3段ベッド?
上の段を覗いてみた。ルアザスが苦しそうに息をしながら寝ていた。額には折り畳まれたタオルが置いてある。熱出したな。大丈夫かこいつ。
「・・・起きたのか。」
「ひゃっ!?」
突然の後ろからの声にとびあがって恐る恐る振り向くと、3つある勉強机のうちの1つにゼロが向かっていた。
「えっと・・・?おはよ・・う・・・?」
「おはよう・・・?」
ゼロは首をかしげた。
「うん。・・・っじゃなくて。何してんの?」
「編入届け・・・。」
あー、そういえばそんな話を昨日してたような・・・。
「正直言って面倒だ。」
ゼロはその紙を目の前でヒラヒラさせた。
「・・・だろうな・・・。」
・・・あれ?何か白いような?
「なあ、お前、これ・・・。」
「何だ?」
「真っ白に見えるんだけど。」
「真っ白・・・?印刷の黒い線がある。」
そうじゃないって。
「まだ何も書いてないだろってこと!」
「書いていないぞ。」
「提出期限とか無いの。」
「今日の朝8時。」
「はちじ・・・。」
現在時刻は・・・。オレは机の上の時計を見た。・・・。
「9時30分・・・。9じ・・・。」
バッとゼロに向き直る。
「完っ全に過ぎてるけど!!」
「う゛っ・・・。」
「因みに何時から書こうとし始めたんだ。」
「早朝。」
「具体的に!」
「4時。」
「はい!?」
一体何時間こんなプリント1枚に費やしてるんだ。5時間半?
「とりあえず空欄全部埋める!」
「面倒臭い。」
「書くったら書く!」
「ルアザスが起きるし近所迷惑だから少し声のボリュームを」
「お前がさっさと書けばこうする必要無いの!」
ただの面倒くさがりじゃないか。昨日の夜のような格好よさは何処行った。
「おぉーーーーーっそーーーーーーーーい!!」
「悪かった。」
「いつまで待たせるつもりだったの!」
「悪かった。」
「もう12時よ!お・ひ・る!4時間も過ぎてるじゃない!」
「悪かったって。」
「あーそうよわっるいわよこの、真っ黒くろすけぇッ!!」
「なっ・・・。」
「たかがプリント1枚ごときに何てこずってんのよ!!」
「仕方ないだろう、書けないものは書けない。」
「仕方なくも書けないもできないもくそもあるかあああああああ!!!」
「そもそも俺にこんなものを書かせるところからして間違っていると思わないか。」
「思うかボケええええええぇぇぇぇ!!」
「編入といっても表面上のみだ、書かなくても支障は殆ど無いだろう。」
「あるから書けっつったの!分かる!?支障あるの!!」
「何処に在る。」
「うるっさいわね!あるっつったらあるの!これでも大事な書類なの!!」
「何処が大事なんだ・・・。」
「ごぉっちゃごっちゃ、言うなーーーーーーーー!!」
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・なぁ、キラス。」
「何だ、シュルース?」
「アレどうにかならないか。」
「無理だな。」
「・・・そうか。」
現状を説明しようか。場所は学園長室の客間。オレとキラスはその客間の入り口、つまり学園長室の出入口のドアの入ってすぐそこに立っている。そして、客間の奥の方、学園長姉妹の仕事場に繋がるドア付近で、ゼロとレイラが死闘を繰り広げている。まあ、一方的にレイラが殴り掛かってるだけだけど。ゼロはというと、涼しい顔で躱していた。
「部屋に戻って良いかな、これ。ルアザスおいてきてるし。」
「良いんじゃないか?どうせまだ暫く続きそうだ。それに、ここにはあまり居たくないな・・・とばっちりを受けそうで。2人でルアザスの様子を見に行くか。」
よし、そうと決まれば・・・。
「さっさと出る!」
「レイラ!少し見回りに行ってくるぞ!」
「な、あ、ちょっと待てコラ!」
「嫌だ断るー!」
うるさい部屋は即脱出に限る!
「おいこらあああああああああ!!」
バタンッ。
「・・・で。」
「ん?」
「勢いよく飛び出して来たはいいものの、あいつの部屋って何階の何処だっけ。」
「え。知らない、ぞ。」
「え・・・。」
はい迷子ー。どうしよう。
「えっと・・・。多分こっち?」
「4階なのか?」
「分かんない・・・。」
目の前にあった階段を上る。
「あれ・・・?」
「どうした?」
「ここオレの部屋。」
「・・・。」
下の階だっけ上の階だっけ同じ階だっけ。
「こっちか・・・?」
「そっちは女子だぞ。」
「女子か・・・。」
違うな・・・。
「女子といえば、ライアはどうなったんだ?」
「・・・今から約1カ月前に、この学園に忍び込んだ魔族、魔境姫アリスによって魂を抜き取られていたようだ。想定外とは言え、生徒を守れなかったのは私達の責任だ。」
「魔族!?」
「1カ月前から、ルアザスと行動していたライアはアリスがなりすました偽物だったんだ。」
ルアザス・・・。これを聞いたらどんな顔をするか・・・。
「彼女はそのまま部屋のベッドに放置されていた。今は保健室の奥に居る。」
じゃあそのライアの魂はどうなったんだろ。魔族こわ・・・。
「ここが彼女の部屋だ。男子生徒達の部屋との境でもある。ここから先は全て女子生徒達の部屋だから、こっちの方ではなさそうだな。引き返すぞ。」
「・・・。」
オレ達は、暗い雰囲気のまま2階に下りてきた。
「あ・・・。ここ・・・かな。」
鍵を鍵穴に差し込む。良かった、合ってた。
部屋に入るや否や、靴をぽいぽい脱ぎ捨てて、ベッドに直行する。
「起きそうにないな・・・。」
「タオルを換えてやったらどうだ?」
「はーい。」
タオルは既にカラッカラに乾いていた。試しにルアザスの額に触れてみる。
「うわあっっっっっっつ!?」
「どうした?」
「あっつ!あっつい!」
「熱が下がってないんだな。」
沸かし過ぎた風呂のお湯みたいに熱い。
タオルをびしゃびしゃに濡らして水滴が垂れない程度に緩く絞り、ルアザスの額に再び乗せる。
「なあ、何でルアザスは熱出したんだ?」
キラスは椅子に座ったまま振り返った。
「そうだな・・・。」
「・・・?」
「現代において、魔力を持った人間は非常に少ない。」
「うん。」
「だが魔族という種族は、その名の通り魔力を生まれつき持っている。人間は魔力を持っていないために魔力耐性が無い。だから、魔族の魔法に晒されると、より強い影響を受けてしまう。1番弱い下級魔法を受けただけで死亡したり、記憶喪失になったりすることもある。」
「・・・。」
「時には、魔力に触れただけで気を失ったり高熱が出たりする。燃えることも消し飛ぶことも。」
つまり、ルアザスはアリスの魔力に触れて熱を出したってことか。
「ただ・・・。」
「ただ?」
「・・・・いや、何でもない。」
「何だよそれ。」
オレが文句を言おうとしたとき、ドアのガチャッと開く音がした。
「ただいま・・・。」
「どうした?レイラにメタメタにされたのか?」
いや・・・。メタメタにされたっていうより、何か身の危険を感じるんだけど。何で先に行った!って怒られそうだ。
「あっ、おい。」
「・・・・。」
オレの予想に反して、ゼロは3段ベッドの階段を上ってそのまま伸びてしまった。
「ゼロ・・・?ゼロー。おーい。ゼロー。」
あっ。あいつめ、頭にだけ掛け布団掛けやがった。
「キラス。」
「何だ?」
「何があったと思う?」
「さあ・・・。分からんな。」
オレはベッドの階段を3段目まで上った。
「おーい。」
布団をひっぺがそうとしたけれど、何故か布団がびくともしない。強力磁石みたいだ。
「むぅ・・・。」
こういう時ってどうしたら起きるんだ。とりあえず布団に頭を突っ込んでみた。
「あれ・・・?」
ぶつかる物が何もないんだけど。
布団から頭を出してみる。あ、居た。あぐらかいてベッドの端っこに座ってた。
「レイラに何かされたのか?」
「・・・説教。」
「説教?」
「侵入者と交戦して追い払うのは良いが学園敷地内で殺すのは絶対に止めろと言われた。」
侵入者・・・!?
「特に魔族は厄介だからな、そこだけは頼む。」
「厄介も何も侵入してくるのは魔族だけだ。特にじゃなくて全部厄介だろ。」
「まあそれもそうだが・・・。」
「大体何故魔族が寄ってくる。領域への侵入者を排除して何が悪い。」
「・・・・魔族が寄ってくる原因は思い当たる節があると思うぞ?」
「つまり原因は俺だと?」
「お前1人のみではないだろう?」
えー・・・・・と。何の話だろう・・・?
「そんなに魔族を恐れるか?」
「恐れる恐れないではなく、いざこざを起こしたくないだけだ。」
「お前らがいて、それでも魔族を見逃すか?」
「見逃すわけではない。」
「ならば何だ。」
「警告はした。だが、大規模な戦いは極力避ける。ここはこの国の王都の北端。死者を出すわけにはいかない。国民も、生徒も。」
「その生徒のうちの1人が魔族に魂を抜き取られたんだろう?魂を抜き取られることは一般的な人間にとっては死に等しい。しかも、生徒の自室にまで侵入することを奴に許した。どういう事だ?」
何か雰囲気が怪しくなってきた。でも逃げるところ無いし・・・。どうしよう。空気が刺さりそうだ。主に心に。
「あのー。」
「そもそも魔族が寄ってくるようになったのはお前達が此処に来てからだ。お前達に原因があると考えるのも当然だろう?」
「あのさー。」
「質問は前の質問に答えてからしろ。」
「それを言うならお前もそうだろう。」
「・・・。」
うわあああああああもうだめだおしまいだどうしようレイラ呼んで誰かレイラ呼んで・・・。
・・・・・・・・そうだ布団に潜れば・・・。まだ昼だけど寝てしまえば・・・。
オレはそこにあった布団にすっぽり潜り込んで、そのまま寝てしまった。