名前
レイラに言われてルアザスの部屋に来たものの、何故かルアザスは3段ベッドの2番目を使っているらしく。意識がはっきりしていない人間をベッドの真ん中の段に寝かせるのは容易ではなかった。おまけに、シュルースレイラーは、俺がルアザスを寝かせるのに苦戦している間に寝たのだろう、気づいたら床に転がっていた。そのシュルースレイラーもベッドの1番下に放り込み、やっと魔境姫アリスに受けた毒を消し、1番上の段に上ろうとして、俺はぴたりと静止した。部屋の扉の外に何者かの気配がする。
「誰だ。」
溜息が聞こえた。
「相っ変わらず覚えないのね。あたしよレイラよ。いい加減あたしの気配くらい覚えなさいよ。」
「何の用だ。」
「姉さんがお呼びよ。今すぐ外に出て来いだって。」
「断る。」
あ い つ か 。
「明日が怖いけど?」
「断る。」
あ・・・今窓の外に何か居たな・・・。仕方ない。
「はぁ・・・。行けばいいんだろう、行けば。」
「うん。」
「外に出るだけだからな。」
「武器持ってこいだって。」
「・・・・・・・。」
俺は何も持たずに窓から飛び出した。
「出て来たぞ。言われた事はやった。戻る。」
そして、すぐに戻って来た。
「あっ、待てっ!」
「いい加減にしろ。俺は寝る。」
あ、此奴、俺に続いて窓から入って来た。
「今が丁度良い時間なんだ、今すぐやるぞ!」
「俺はさっき戦ってきたところだ。少しは休ませろ。」
これはもう何を言っても聞かないか。
「早く!」
「なっ・・・・・・。」
引き摺られるようにして、再び窓から外に出る。
「・・・・・・・・・。」
「いくぞ!」
・・・・・・とても楽しそうだな。
「そこまでして俺に再び惨敗を喫せられたいのか。」
「うらああああああああぁぁ!ごたごた言ってるとそっちが先に切り刻まれるぞぉ!」
「ったく・・・。」
面倒だし躱すだけで終わらせるか。
「剣を抜けっ!」
はいはい。
ヴゥンと音をたてて左手に黒剣を出現させる。直後、
「らぁっ!」
「っ・・・。」
剣と剣がぶつかり合った。
「ハァッ!」
これは躱すだけは無理か・・・。
「せいッ!」
「はっ。」
ぶつかる反動で同時に大きく後ろに下がる。
「どうした!もっとぶつかってこい!手応えが無いぞ!」
「はぁ・・・・。」
俺は剣を遥か下の地面と水平に構えた。
「来い!」
「魔剣・影刃零式ッ。」
闇を纏った黒剣と、レイラの姉、キラスの赤い大剣が1秒間に十数回の速さで撃ち合わされる。
「くっ・・・!」
「はッ!」
・・・キラスには悪いがさっさと終わらせたい。俺は黒剣でキラスの大剣を強打した。
「わっ。」
そのままキラスに黒剣を突きつけ・・・
「・・・っ!」
ようとしたが、背後に何者かの気配を感じ、咄嗟に逆手に持ち替えて後ろに勢いよく引いた。・・・まあ、誰だか予想はついているが。
「しつこいぞ魔境姫。」
「お前を捕らえるまで帰らない!」
「捕らえるどころか怪我すら負わせられない奴が何を言う。」
それに、さっきまでは殺すと言っていた筈だが。
「う、うるさい!」
俺が引いた剣の先端はアリスの喉元に突きつけられている。どうやら、高速で突っ込んできたが刺さる寸前で急停止したようだ。
「ゼロ・・・、そいつは?」
「魔境姫アリス。」
「魔族か。どうりで魔力が感じられるわけだ。」
アリスは歯をギリッと鳴らした。
「そういう貴女は何者?貴女こそ人間じゃなさそうだけど?」
「私はキラス。この学園の長の片割れだ。」
「へぇー。で、人間じゃないでしょ。」
「何を言う。私は人間だ。」
・・・・・・俺の聞き間違いだろうか?今キラスが自分のことを"人間だ"と主張したんだが。お前もある意味人外だろう。そんな大剣を片手で振り回して。いや、俺が言えることではないな。
「嘘だ。隠してるみたいだけど僅に魔力が漏れてる。」
「なっ。」
アリスは意外と魔力感知能力があるようだ。キラスの魔力を感じとるとは・・・。
「とにもかくにも、あんたには魔界まで来てもらうからね。」
「断る。」
しつこい・・・。
アリスは、持っていた短剣で俺の黒剣を弾いた。
「Erosio≪侵蝕≫ッ!」
「滅魔氷撃・槍雨」
禍々しい赤紫の光を帯びた短剣が、触れた氷槍を黒く変色させ、一瞬で溶かしていく。
「そんな物が効くかぁっ!」
「再結晶。」
「えっ。」
溶けた氷槍が色を変えて再び形をつくった。
「侵蝕氷槍・・・。お前の魔法を吸収した氷槍だ。氷槍と言っても、俺の場合ただの氷ではない。魔結晶だ。」
「魔結晶・・・?それって造り出せるものだったのか!?」
そういえば、キラスはまだ居たんだったか。
「ああ、できる。お前なら出来るだろうが・・・、魔境姫、お前には無理だろうな。」
「な・・・何を・・・。」
「滅魔氷撃・蝕氷槍。」
「き、貴様ッ、このっ、ガッ、ぐふっ・・・。」
「効いただろ?」
さて、今始末するか今回は見逃すか。
「う・・・。ふふ・・・。あたしに毒魔法が効くと思った・・・?」
「いや全く。」
「なっ。」
これ以降、居られても困るし来られても迷惑なだけだし、消しておくか。
「滅魔・・・」
「あたしにも奥の手って奴があるの・・・。ふふふ・・・。」
「氷撃・・・」
消し去る。
「魔の領域に生まれし邪悪なる獣!障壁を突き破り顕れよ!魔凶獣シュヴァルツキメラ!」
「キメラ・・・?」
キメラか・・・。
「征けっ!そいつらを殺せ!」
「何っ!?こちらもか!?」
「当たり前だ!焔戦神キルセリス!」
「なっ!?」
流石に魔族には隠せなかったようだ。
「キェァァアアアアアアアアアアッ!!」
「くっ・・・。」
「八舞刃!」
8つの氷刃が宙を舞う。・・・・ただ、この速さで飛び回る刃は魔境姫とキメラには見えていないだろう。一瞬にして、魔凶獣が四散した。
「な、何が起きたの?」
・・・・やはりな。
「最後の1つだ。」
「なっ、やめ、うわああああああ!」
残りの1つで奴の首筋を切り裂こうとしたとき。
「イルシオン!ストップ!!」
「ッ!?」
「レイラ!?」
「誰だっ!」
この声は・・・。
「これ以上ここで騒がないで。迷惑よ。」
「レイラ、どうしてこっちに来た。」
「あのねえ姉さん。」
「はい。」
「彼と戦っても良いとは言ったよ。」
「うん。」
「だけどねぇ、物事にも限度ってものがあるでしょう!」
「は、はいっ!」
「それと・・・。」
「な・・・何だ。」
「君、魔族でしょ。」
「う・・・。」
「勝手に人間達の領域に入ってきて人間達の生活を脅かさないでくれる?」
「ちっ・・・。邪魔だ。貴様も消し去るぞ、光愛神レイリス。」
「やってみれば?その前に、その首元の刃が君の喉元を掻き切ると思うけど。」
「く・・・。おい貴様、今すぐこの氷の塊をどけろ!3人まとめて八つ裂きにしてやる!」
「・・・・・・。」
・・・・・・・・・。
「アリス。帰ってくれる?」
「っ・・・テレポート・・・・覚えてろっ・・・。」
「・・・・・はぁ。さて、アリスが帰ったし、戻るよ。」
「ああ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「貴様・・・・・・。」
「な、何?」
「俺を、今、何と・・・。」
「イルシオン・・・?」
「ッ!」
なぜだろう。からだからちからがぬけていく。
「ごめん、つい・・・。」
「何故・・・。貴様がその名を・・・。」
ガクッと視界が揺れて下がり、膝に衝撃がはしった。
「え・・・。だって君の名前はイルシオン・・」
「違う!」
「えっ。」
「俺は・・・。俺は、もうイルシオンじゃないっ・・・。イルシオンは・・・もう・・・。存在しないっ!!」
「何で?・・・何、それ・・・。」
そうだ、俺はゼロだ。俺はもう、イルシオンではない。あの名前は二度と、名乗れない。
「そんなわけあるかっ!」
「レイラ、もうやめ・・」
「そんな、そんなわけあるかっ!イルシオンは存在する!今、あたしの目の前に居るっ!」
「俺はイルシオンではない!俺は・・・。俺はゼロだ!!」
「嘘だ!!」
「やめろレイラ。さあ、二人とも戻るぞ。今日はもう寝るんだ。」
「だって姉さん!」
「俺は・・・。」
「レイラ。彼らの部屋に戻っていろ。」
「でも!」
「早く!」
「・・・・わかったよ・・・。」
後には俺とキラスが残った。キラスが俺に向き直る。
「ゼロ。・・・いや、【幻影】イルシオン。」
「っ・・・。」
やめろ・・・。俺をその名で呼ぶな・・・。
「何故この名で呼ばれることを嫌う?」
「貴様らには無関係だろ・・・。」
「何故だ。」
俺はキッとキラスを睨んだ。
「関係無い!」
「有るから聞いているんだ。この名を捨てたのか?」
「・・・・・捨てる訳が無いだろ。」
「なら何故。」
「あいつに貰った。あいつに守られた。あいつに育てられた。だから、あいつを守ると誓った。だが結果はどうだ。」
「・・・。」
「俺は、あいつを失った。」
震える声を無理矢理絞り出す。
「散々与えられたくせに何も返せずに終わった。だから、俺にその名を名乗る資格は無い。」
「そいつは、その・・・、死んだ・・・のか・・・?」
「恐らく今はもう死んでいるだろうな。」
手当たり次第に破壊したい衝動を、胸に左手の五指を突き立てることで辛うじて抑えながら、吐き出すように言った。
「神々の監獄で。」
ゼロ「魔境姫しつこい。」