凄い奴に逢った。
もう日はとっくのとうに沈み、辺りが真っ暗になった頃。オレは自分の部屋に帰って来た。
「・・・。」
ガチャリ、とドアのカギを閉め、そのままベッドに直行する。
「・・・・・。」
今日、ルアザスという奴が話しかけてきた。オレに自分から関わろうとする奴はそうそういない。あの3人組を除いて。
オレは、服の下からある物を引っ張り出した。細い紐を通した、小さな白い石。ルアザスも同じようなものを首から下げていた。・・・ように見えた。
「ルアザス、か・・・。」
あいつは何でおれに話しかけてきたんだろう。何で、会ったことが無いはずなのにあいつのことを懐かしく思うんだろう。
「・・・。」
今日は、その朝のことが頭から離れなくて、授業にも集中できなかった。おかげであのカイラーとか言う奴の水平切りに吹っ飛ばされそうになったり、フェイントに引っ掛かりそうになったり、挙句の果てに、一撃を喰らう寸前で危うく躱したりする羽目になった。
「ふぅ・・・・・。」
やっぱり自分の部屋は落ち着く。食堂みたいな騒がしいところは何だか落ち着かない。根拠も何もないけど、誰かに見られている気がして、神経をとがらせてしまう。常時警戒モードでいるのは疲れる。
「ライア・・・か・・・。」
あの女、ルアザスは気づいていなかったみたいだったけど、ルアザスがオレの名前を言った瞬間、目つきが少し鋭くなったような気がした。まあ、オレが警戒し過ぎているだけかもしれないけど・・・。
「ふゎっ!?」
ドタンッ!
「っててててて・・・」
うう・・・・、何なんだ、今日って日は・・・。ベッドの上で考え事してただけなのに落っこちるとか、酷いにも程がある。
「くぅ・・・。」
・・・もう今日はさっさと寝たほうがよさそうだ。
オレは、布団の中に潜り込んだ。
チャリチャリ、と、音がする。
同時に、誰かの荒い息づかいも。
オレは、真っ暗な中、立っていた。
・・・いや、浮かんでいた。
頭がぼうっとしている。
視界も何となくぼんやりしている。
向こうから、光が漏れている。
オレは、光の方に進んだ。
突然、目の前が明るくなった。
慌てて陰に隠れる。
人がいた。
鎖で壁に繋がれている。
さっきの音は、鎖が揺れる音だった。
ここはどこだろう。
「こんばんは、この・・・死にぞこない!」
女の声がして、何かが突き刺さる音がした。
「がっ・・・。」
鎖がチャリチャリ音をたてる。
「もう何年になるかしら?あなたがこうなってから、少なくとも十年くらいにはなるわよね?」
どこかで聞いた声だ。
「あなたもいつまで持つかしら。まぁ、もう必要無いけど。」
「・・・まさか・・・。」
「そう、そのまさかよ。今日、2人目を見つけたわ。すっごく可愛らしいのに、残念。」
その女らしき影が揺れた。
「残念・・・だと・・・。」
「そう、残念。だって、あんなに可愛い子を自分のものにできないんだもの。」
「貴様・・・何を・・・」
この女の声・・・。まさか、ライアか・・・?
「あなたには関係ないでしょ。用無しだし、そろそろ本気で死んで貰おうかと思ってるんだけど。」
「貴様に俺が殺せるか・・・?」
「あたしが本気出したら一撃よ。たとえあなたでもね。」
鎖に繋がれている方は男か・・・。
「・・・なら、やってみろよ・・・。」
「そんなに早く死にたい?あたしは別にいいけど。」
「貴様に俺は殺せない。」
「強がってられんのも今のうちよ!」
ザクッ
「ぐぅっ・・・。」
「今のは本気でも何でも無いから。これで悲鳴あげてるんじゃ本気出さなくても瞬殺ね。」
オレはおそるおそる陰から覗いた。
男の腹部に短剣が突き刺さっている。
・・・おかしい。
男は
その男は
血を流して
いなかった。
これは夢か。
いや、夢だ。
でも、本当に夢か。
いや夢じゃなきゃあり得ない。
でも夢じゃなかったら?
女の影が後ずさった。
「あなた・・・。人間・・・じゃ、ないの・・・?」
「いや、人間だ・・・。けど、だったと言った方が正しいか・・・。」
「実体の無い攻撃で血が出ないのは当たり前。だって、実際に肉体的なダメージは無いから。でも・・・。でも、短剣は実体のある物。なのに・・・。」
「攻撃が通らなくて動揺しているな?」
「・・・っな、何を・・・っ。」
「言っただろ?貴様に俺は殺せない、と。」
オレは・・・、この男も知っている。
ルアザスと同じ、懐かしい感じがする。
なのに、名前が出てこない。
オレは混乱し始めた。
「このっ・・・・。」
男がフッと笑った。
「さて、俺も本気を出すか。」
ガキャッ、と音がして、ガチャガチャと鎖が地面に落ちた。
「十年間と言ったな・・・。十年間分、まとめて返すぜ。」
「なら、あたしはこの子を人質に取るわ。」
「何・・・!?」
乱暴に地面に放り出されたのは・・・。
「ルアザス・・・!?・・・貴様・・・。」
ルアザスだと・・・?
何でルアザスが・・・?
「実は、ここに来る前に、彼の部屋に行って連れて来たの。」
それぞれの部屋には鍵が付いている。
それをこの女は壊したのか?
「誘拐したのか・・・。」
「やぁねぇ。人聞きの悪いこと言わないでよ。ちゃんと、一緒に来てってお願いしたんだから。」
「言った瞬間、殴って気絶させたんだろう?」
何でルアザスがこんな事に巻き込まれてるんだ?
「で、この状態でもあなたにはあたしに仕返しできるの?」
「・・・・・・。」
「できないでしょ?あたしの勝ちね。」
オレは、陰からそっと出た。
これは、夢じゃない気がする。
「:#・p;@‥【△>|○;*£・・・。」
女が何か唱え始めた。何かは聞き取れない。魔法か・・・?
「蝕め、Erosio≪侵蝕≫!」
「それは・・・・っ。」
見えた。
ライアだ。
オレは確信した。この女はライアだ。
右手を紫色に怪しく光らせ、うっすらと不気味に微笑みながら、ライアは言った。
「避けたら彼を殺すよ?」
「・・・・・。」
回避態勢に入っていた男は、無表情で姿勢を元に戻した。
「あはははは、そうするしかないよね、だって人質取られてるもんね!」
「く・・・・。」
ガッ
「ぐっ・・・。」
男の胸部に、紫色に光る生々しい傷が刻まれた。
「それ、1日経つと、全身紫になって死ぬ毒だから。」
「・・・・・。」
「さて、次は何をしようかな?」
オレは、ライアの後ろに回り込んだ。
そして、ルアザスをゆすり起こそうとした。
(な・・・・・。)
触れない。
すり抜けてしまう。
「catena≪鎖≫!」
「無駄だ。」
「どこが無駄なのよっ!あなたは今、鎖でがんじがらめなんだよ!?」
「さっき俺が鎖を引きちぎったのを見ただろ。」
「今度のは強度が数倍上よ。」
「だといいな。」
再び鎖が千切れる音がした。
「何ですって・・・!?」
ライアが後ずさった。
そして、ハッと後ろを振り返った。
目が合った。
一瞬か、それとも数分間後か。
ライアが歪んだ笑みを浮かべた。
「あら、あの子、来ちゃってるみたい。」
「何だと?」
「だって、ここにいるもの。あたしの後ろにね。」
こいつ・・・、見えてるのか・・・!?
「まぁ、精神体だけど。今、肉体も連れて来てあげる。」
オレは立ち上がって逃げようとした。
後ろは壁。
前にはライア。
横には移動できそうにない。
ライアが目の前に来た。
「逃げられないわよ?」
精神体なら触れないはず。
なのに、ライアはオレの首に手をあてた。
(な・・・、やめ・・・。)
視界が真っ白になって、気がついたら壁に叩きつけられるところだった。
「がはっ!?」
「ほーら、いるでしょ?」
「・・・。」
何がいるでしょ、だ。
「この子も人質ね。」
ライアはさらりと言った。オレは、ガンガンする頭に手をやりながら聞いた。
「お前、何者だ?お前こそ人間じゃないだろ。」
「まだ答えるのは早すぎるかな。会って早々正体破られちゃあかなわないし。」
やはり怪しいと思っていた。見ていたのはこいつか。
「オレを狙う理由は?」
「それも秘密かな。知ったところで君にはどうにもできないけどね。」
何も喋らないか・・・。
「で、揃ったし、目的を達成させて貰おうか。Zwang≪拘束≫!」
「っ・・・。」
見えない力に締め付けられて、オレは息が詰まった。
「放せっ・・・。」
「Rache≪復讐≫」
冷たい声がして、何かがライアを吹き飛ばした。
「ギャッ!?」
「Groll≪怨恨≫」
「グアッ!・・・な・・・、何故呪文もなしにそれを・・・。」
あの男だ。動きが速すぎて姿が見えない。
「我が十年間の恨みを受けよ。Grudge」
狭い空間を黒い旋風が駆け抜ける。
時折ライアの悲鳴が聞こえるけど、何がどうなってるのか全く分からない。
約数分後、男が立ち止まった。ライアは何か喚きながらどこかに行ってしまったようだ。
男はくるりと振り向くと、オレの方に向かって言った。
「liberación≪解放≫」
とたんに、締め付けていた力が消えて、オレは自由になった。
「ふぅ・・・・・。」
「大丈夫か?」
「え、あ、うん、なんとか。」
いきなり話しかけられたオレは、慌ててごにょごにょ答えた。ちゃんと伝わったんだろうか・・・。
「まずは・・・。どこから話すべきか・・・。」
「自己紹介、とか・・・?」
「あぁ、そうか。俺は・・・、そうだな・・・、えっと・・・・。」
何で自己紹介で考える必要があるのか・・・。
「・・・後で教える。とりあえず外に出よう。」
「外って言われても、ここどこ?ルアザスは大丈夫なのか?お前誰?ライアは何者?」
それから少し間をおいて、もう一個。
「・・・それと、いつまでその短剣刺してんの?」
そしたらそいつ、キョトンとした顔になった。
「・・・え?」
・・・ちょっとまて、何だその反応は。お前、今自分がどうなってるのか分かってるのか?
「短剣・・・。」
「あぁ。これか。ほら。」
・・・消えた・・・!?
「あの短剣は幻影だ。本物はまだあいつの腰の鞘に入っているだろうな。」
「はい・・・?じゃぁ、うめき声とかは・・・?」
「演技だ。」
何・・・ですと・・・。演技・・・?
「刺されても血が流れなかったのは・・・?」
「幻影だから。」
「・・・・・・・・・・。」
「刺されても流れないけどな。」
「!?」
・・・・・・・・・色々と凄い奴だ・・・・・・、としか言いようがない。
・・・何か、色んな意味で今日はすごかった。