情報
都市伝説と云うモノが有る。誰それから聞いたという不確かな噂は、人々の間に静かに広がる。
やがて、それは『有り得るかも知れない何時かの話』となって、まことしやかに囁かれ出す。
昔からあるソレは、現代日本においてはネットというツールを使い、瞬く間に広がっていく。
『拡散情報』と書かれたソレを読み取った神経質そうな細身の男は、それを拾い上げると、その内容を吟味し、検索する。
まだ産まれたばかりの彼は、ソレが重要かどうかなどは分からなかった。
ただ、ネット上の情報を知りつくす事という己の欲に従って、情報を集めて行く。集めた情報は、彼の頭の中にまとめられ、格納された。それを使う日が来るかどうかなど、彼には分からないし、知ろうともしない。
ただ、彼は集める。ネット上に転がる無数の情報を、自分が満足するその日まで。
強迫観念とも、取り憑かれたとも言えるソノ行動を『使命』という名で飾ったのは誰であろうか?
パソコンの明かりだけが煌々と明るい、暗く沈んだ部屋で、彼は一人自由な時間を満喫した。
彼が本当に自由かどうかは、誰も知らない。
―――ポンっ!
軽快な音が繋がれたスピーカーから零れ、男はマウスを操作する。
カチカチと点滅するメーラーを立ち上げると、彼の所属するネットワークの情報部門の管理者から定期連絡を促すメールが届いていた。
「あっ……忘れてた」
ボソッと呟くと、カタカタとキーボードに打ち込みを始める。
この無駄にも思える『指でキーボードを叩く』動作を彼は好ましく思っている。確かに一瞬で考えている事を報告書にまとめる事が出来るが、こうして文字を打っていく無駄な作業が彼に『人間』という感覚を教えてくれる気がしていた。
その感覚は、まるで人間が持つ感情のようで、心地が良い。
「終わったなのぉ?」
暗がりの中からスルスルと一匹の薄紫色の蛇が現れた。蛇は器用に机の上に登るとトグロを巻く。
彼は驚いた様子も見せずに「終わったよ」と答える。
「今日は、秋葉原で流行っているらしい面白い話を拾ったんだ……その報告をしたところ」
「その話、詳しく聞いてやるから、ガルマンのおっちゃんの焼き鳥喰わせろなのぉ☆」
「『焼き鳥』? あぁ、鶏肉を串で刺して炭火で焼いたものだね。味は、タレと塩があって……」
詳しく説明する彼の話を聞いているのか、いないのか? 紫色の蛇が彼の腕に絡みつき、肩に顎を載せた。
「らっぴ、腹減りなのぉ☆ さかさか奢りやがれなのぉ☆」
「ねぇ、らっぴ。知ってる? 給料日前って言葉が有ってね、ボクの給料日は明日なんだ……」
話しながら部屋を出て行く、蛇に絡みつかれた男。
部屋の中には、電源プラグが差し込まれていない、明るいディスプレイ画面だけが残った。