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RETCH


 サングラスが甲高いアラート音を鳴らす。

 黒煙の向こうから影が近づいてくる。SWAT隊員にしては、あまりに小柄で華奢なその姿。妹に違いない。

 無事だったのだ。言葉にならない安堵感を感じる。妹が第三者に傷つけられる可能性を排除した。残るは、俺と妹。二人きりだ。

 この事実が妹との関係を、修復してくれないものか。妹が俺を殺そうとしている事実に、苦しむのは嫌なんだ。俺は強く願っていた。

 それを踏みにじるかのように、サングラスが再度アラートを発して、妹の影を真っ赤に表示する。

 敵性。危険度大。要排除。

 それは、血の色で表示された『これを撃て。これを殺せ』というメッセージに他ならない。

「黙れ!」

 俺は怒鳴って、サングラスを投げ捨てた。

 今度は、邪魔するものなしに、妹の姿を見つめた。黒煙を突き破って、彼女がその姿を見せる。

 体は弾痕であばただらけになっていて、頭皮は裂けて、銀色の頭蓋骨が覗いている。頬がなくなって、ずらりと並ぶ歯がよく見えた。

 その顔で、彼女は病的な笑顔を作っている。

「お兄様……私を助けてくれた……のね」

 声はしわがれ、電子的なノイズにひずんでいる。

 とても人間の声とは思えなかった。

 まるで、悪い冗談だ。

 俺は泣きそうな気分で、小さく笑う。

「お兄様」

 妹が言う。

「やめろ……俺の妹を穢すな!」

 俺は怪物を睨み付けて、ライフルを構えた。

「おまえは俺の妹じゃねえ」

 おぞましい姿から目も離せず、俺は確信する。

 今更ながら、理解した。こいつは妹じゃない。それ以外の何かだ。

 妹は愛らしい姿をしていた。こいつは違う。妹は俺を傷つけることなく、俺を愛してくれた。こいつは違う!

 妹が殺そうとしてくるという、俺を苦しめていた矛盾が解けていく。世界は正しい姿に戻った。

 妹でない以上、こいつは敵だ。俺の行動論理に基づき、俺は敵から妹を守る。

 目の前のこいつは妹の皮を被る、怪物だ。

「ミンの野郎は失敗した……でも、俺はいくらでも金を使うし、法だって破るぞ……妹のためだ」

 俺は呟く。

 怪物は嘆かわしげに首を振った。

「また別の女のことを言っているのね。そんな女は幻よ。私こそが妹なの。どうして分からないの?」

 怪物は歯をがちがちと噛み鳴らしながら、

「お兄様と私の恋愛を邪魔するものは殺す……。そんな女、お兄様の心に残渣も残らないくらい、叩いて、裂いて、磨り潰してあげる」

 禁句だった。条件反射的に、怒りが俺を支配する。妹を傷つけるものは、許さない。

「妹を殺すだと!? 俺の妹を殺すだと!?」

 こいつを殺す。はっきりと心に決める。

「言ったな、怪物め……!」

「愛しているわ、お兄様」

 俺と怪物は同時に銃撃を開始した。

 空中で弾丸がぶつかり合う。

 頭がおかしくなりそうな金属音が轟き、跳弾が周囲のもの全てを破壊する。

 衝突せずにすれ違った弾丸が、互いを襲った。

 怪物の体が跳ねる。弾丸のエネルギーを食らって、踊るように手足を振り回す。

 俺が盾にしている装甲車が、怪物の銃撃を食らって悶えた。

 敵の攻撃に曝した俺の頭と肩を、弾が掠める。俺の顔の肉が削がれ、肩の骨が砕ける。

 俺はそれでも体を装甲車に押しつけ、目を開き、そして引き金を引いていた。

 敵の体に弾が食い込む。

 無防備な敵と比べて、こちらは装甲車のエンジンブロックで身の大部分を守っている。圧倒的に有利。

 だが、それとは別の次元で俺は恐怖にとりつかれる。

 恐ろしい。混じりけのない恐怖だ。

 敵は全身に弾を食らってなおも、反撃してくる。どうあっても、俺を殺すつもりだ。

 途轍もない執念としか思えない。

 俺の知る最強の攻撃を受けて、全くひるまないのだ。これだけの弾丸をたたき込まれて、苦しくない奴はいない。

 それなのに、一切己の被害を気にせず、こちらを殺そうとしてくる。逃げも隠れもせず、撃ってくる。

 堪らない。

 いくら俺のような人間だって、こんな怪物に迫られるいわれはない。俺が何をしたと言うんだ。

 気が狂いそうになりながら、俺は撃ち続けた。他に出来ることなどなかった。

 とにかく、この恐怖が終わってくれることを祈った。

 刺し違えることになってもいい。こちらが死ぬか、あちらが死ぬか、早く終わらせてくれ!

 俺の前に、SWATの装甲車が絶命した。

 エンジンが貫かれ、燃料に引火した。俺の肘のすぐ下で、エンジンは爆発する。

 鼓膜が爆風に叩かれ、肺から空気を強制的に排出させられる。

 何も聞こえなくなり、何も見えなくなる。

 スローモーションの世界で、俺は自分の体が宙を舞うのを感じていた。

 直後、俺はガラスに突っ込んだ。座り心地抜群のシートが俺を受け止める。

 視覚が戻り、俺の体は見慣れた運転席にあった。俺は吹き飛ばされ、ランボルギーニのフロントガラスに叩きつけられたのだ。

 ダメージたるや凄まじく、指一本動かせない。

 燃え上がる装甲車の向こうから足音が近づいてくる。炎に照らされながら、その姿が見える。ストップ・モーション・アニメを思わせるぎこちない動き。だが、確実に近づいてくる。滑らかだったその肌は、ぼろ切れのように垂れ下がるようにしか名残を残していない。豊かな髪も同様だった。いまや怪物は金属製の骨格フレームを光らせながら、勝ち誇っている。

 俺は嫌悪の呻きを弱々しく上げるしかできない。

 怪物め……俺の努力を嘲笑うために地獄から来た化け物め。

 怪物のバルカン砲が回る。止めの斉射だ。俺には盾もなければ、逃げる力もない。一巻の終わりだった。

 その時、突如として、装甲車が大爆発を起こした。

 なぜかは分からない。

 STATは愚かにも大量の燃料か弾薬を車内に集積していたのかもしれない。

 爆風は、怪物をよろめかせ、俺を車のシートに深々と埋める。ランボルギーニはがりがりと路面を滑った。

 車の後ろで衝突音が生じたと思うと、次の瞬間、俺と車は自由落下状態にあった。

 ランボルギーニは高速道路の柵を突き破って、橋から落下したのだ。

 俺と車は真っ黒な海面へと迫る。

 一瞬見えた橋の上で、怪物がこちらを見下ろしていた。

 その口が動く。

「愛しているわ、お兄様」

 貴様の愛など受け付けるか、怪物め……。俺は思った。

 俺を愛していいのは、妹だけだ。

 ランボルギーニは海面に叩きつけられた。


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