WARZONE
「貴様のボディーガードか!?」
警官達が銃を突きつけてくる。
「妹だ」
がらんとした高速道路をこちらへ向かってくる小さな姿を見ながら、俺は首を振った。
「あれがてめえの妹か。白人娘にしては別嬪じゃないか。少し可愛がってやりたい気分だぜ」
背後の警官が下品な笑い声を上げた。
この距離なら実際、妹は半裸の美少女にしか見えないだろう。胸から生えたバルカン砲は、奇妙なデザインのブラジャーとでも勘違いしているのだろうか。
数人の警官が妹へと近づいていく。
「萌えてる場合じゃないぞ」
俺の呟きと、妹の叫び声が被った。
「お兄様との間に立ちふさがる奴は、皆殺しよ!」
ぐしゃり、と音がした。何か球状の物体がこっちまで、ころころと転がってきた。警官の首だった。
「メネンバァ!」
SWAT隊長がヒステリックに怒鳴り、サブマシンガンが軽快な音をたてて火を吐く。
それを圧倒するように、妹のバルカン砲が低い連続した銃声を発した。
バルカン砲の火力は脅威的だ。妹の周囲の男達が瞬時にミンチになる。骨も残らない。
さらに、俺の前方のパトカーが掃射を受けて、スクラップになる。そして爆発した。
爆風が俺の髪を焼いて、火傷をこしらえる。俺はこらえて立ち上がった。
爆発に、呆然としている警官に蹴りをかます。警官の体はアーマーに包まれているが、アーマーには必ず隙間がある。
敵の背中に膝をめり込ませ、腎臓を潰した。警官は堪らず膝をつき、そこへもう一発、鼻と口の中間の柔らかい人中めがけて膝をたたき込んだ。
「根性ない警官だ」
俺は吐き捨てながら、くたばった警官の体を探る。鍵を見つけると、手錠を外して捨てた。
顔を上げる。気がつけば、戦場にいた。
そこら中で弾丸が飛び交い、やたらと人間が叫んでいる。
戦場から逃げ出し、その記憶を破壊しながら平和をむさぼっていた俺を、戦場が再び捉えたのだ。
俺を殺したがっている妹と、俺を殺したがっている警官が市街戦を展開している。
こういうとき、どうすればいいのか。俺の行動基準は明らかにしていない。
考えても、答えはない。考える必要はないのだと、俺は気づく。俺の体が知っているはずだ。
かつて戦地で傷ついた俺の体は、だからこそ戦争によく馴染む。
どこかで爆発が起きた。ばらばらとガラスと、人体の破片が降ってくる。
何が必要だ? 武装だ!
大昔の忌むべき記憶が命じてくる。武装して、力を得るのだ!
コルトはとっくに警官に取り上げられていた。どのみち、あんなものでは、まるで火力不足だ。武器はどこだ?
俺はパトカーの陰から飛び出した。
うなりを上げて、弾丸が俺をかすめる。至近弾だった。
「くそっ!」
俺は脇目もふらずに疾走すると、ランボルギーニに飛び込んだ。
助手席にはまだライフルケースがあった。体中の血管が音をたてて脈打つのを感じながら、指紋を認証させてそれを開く。
PKO時代の隊服、血にまみれた勲章、帽子。
大昔の苦い記憶が蘇る。
瞳の裏に、味として、匂いとして、過去の苦しみと恐怖が押し迫ってくる。はっきりした記憶はないが、感情は残っている。俺の大脳はぼろぼろだが、感情は脳の他の部位にストックされるものらしい。
怖じ気づいた自分を意思の力でねじ伏せる。苦しむのは後だ。全てを解決した後、じっくり業火に焼かれよう。
俺はケース内の邪魔者を押しやり、その下から目的の武器を取り出した。手は勝手に銃を組み立てる。
PKO制式・六本銃身式・重アサルト・ライフルを取り出すと、八百発のフルメタルチップド・タンブラー弾のつまった弾倉をつっこんだ。
銃のバッテリーは満タンで、かつて同様、生気に満ちている。そして、血を欲していた。
ライフルケースに残る、三個のマガジンも取り出した。マガジン・ポーチのようなものは持っていないので、やむなくズボンに突っ込む。おかげで股座が異様に盛り上がった。
そして、サングラス式のEUD戦闘補助システムを顔にかけると、戦いの準備は整った。
俺は身をかがめながら走り、SWATの装甲車へと駆けた。そこら中で銃声が響いている。
車体から張り出したエンジンの陰に身を寄せ、頭と肩だけを覗かせる。
俺の目に飛び込んできたのは、妹がSWATによって撃たれている光景だった。何丁ものサブマシンガンから、無数の弾丸が吐き出され、妹の体へ吸い込まれていく。
それを見た俺の中で、何かのスイッチが入る。世界が単純な法則に支配された。
妹が俺を殺したがっていることは、今この瞬間、重要なことではなくなった。重要なのは、妹の形をしたものが、鉛弾に陵辱され、名も知らぬ男達によって傷つけられていることだ。
長らく忘れていた、熱い怒りが体を駆け巡る。
俺は心底、憎しみを覚えた。いかなる存在も、俺の前で妹を傷つけてはならない。ましてや、こんなに激しく……!
死刑だ。こいつら、全員死刑だ。俺は心に決めた。
俺のライフルがバイポッドを伸ばし、装甲車のボンネットを把持した。ライフルの銃身がモーター音をたてて回転する。
引き金を引いた。かつて、さんざん聞いた銃声が轟く。懐かしい感触のリコイルが肩を蹴飛ばすのを感じながら、銃身を巡らせる。
こちらに背を向けて妹を撃っていたSWAT隊員が穴だらけになって倒れていく。彼らのアーマーも、ライフル弾相手には、何の防御にもならない。
邪眼のように赤いマズル・フラッシュが獲物を探して動く。多銃身ライフルでは、引き金を強く引いてはダメだ。その連射性能の高さゆえ、一瞬で弾がなくなってしまう。俺は指の先で引き金を弾きながら、容赦なく攻撃を続けた。SWATの大多数を、反応する間も与えずに射殺する。
俺はさらに、SWAT指揮車両に火力を集中した。目に見えない巨大なハンマーに殴られているかのように、その装甲がひしゃげていく。
ついに指揮車が許容できるダメージを越え、車は爆散する。俺は頭を下げて、爆風をやり過ごした。
指揮系統の頭を潰され、SWATの足並みが途端に乱れた。
俺のサングラスが指揮車両の残骸の向こうに生体反応を確認する。一人も生かして帰す気はない。サングラスのレーダーを見ながら、俺はそちらへ疾走した。走りながら、銃に新たな弾倉を込める。
転がって、被弾面積を最小にしながら、銃身を向けた。
十人近いSWAT隊員が固まっているが、反応できた者はいない。俺は一連射で彼らをなぎ払った。
いや、一人だけ銃撃を伏せてかわした奴がいた。SWATの隊長だった。倒れながら応戦してきた。サブマシンガンで俺は撃たれるのを感じた。
だが、どうということはない。胸を軽く叩かれた程度のショックだ。拳銃弾程度で今の俺は止められない。
俺は男に駆け寄りながら、ライフルを槍のように突いた。男の歯が砕けて、その口に熱した俺のライフルがねじ込まれた。
俺は軽く引き金を引き、SWAT隊長の頭部は破裂して、汚らしい内容物をまき散らした。
サングラスのワイパーが付いた血を拭うまで、その場に伏せる。
耳を澄ませると、戦場は静まっていた。悲鳴や苦悶の呻きさえ聞こえない。ただパチパチと火が燃えるばかりだった。
俺と妹によって、タンジュンピナン市警のSWATは全滅した。