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EVADE

 秘密の廊下を抜けて、隠し扉からリビングに飛び出る。

 急ぐあまり、そこに立っている人物にもろに激突した。俺は謝りかけて、息を呑む。立っていたのは妹に他ならなかった。

「お兄様」

 灼熱したバルカン砲の銃身で妹のブラウスは焼けて、今の妹はパンツを除いて裸体を曝していた。胸からは悪夢のようなバルカン砲が生え、尻にはその弾薬庫があるのだろう。古いフレスコ画に出てくる女のように、極端に胸と尻が強調されていた。

 妹が俺の体に腕を回す。

 妹に抱きつかれることを永らく夢見てきた。だが、俺は震えずにはいられない。この感触は、望んでいたものとまったく異なる。

 冷たい。妹には体温がなかった。その近さのため、見たくもない粗が見えてくる。肌はそれらしい色だが、質感は似ても似つかない。まがい物だ。そして関節部では肌が途切れて、金属のアクチエーターが覗いている。

 機械だ。妹は人間ではなく、機械なのだ。

 作り物の瞳を光らせて、俺が好きになれないことを俺にしようとしている。

「ゴート・バラダ・ニクト……」

 呟いてみたくもなる。

「私は止められないわ、お兄様。私に愛を示した以上、私からの愛を受ける義務があるのよ」

 パニックルームの扉を削る火花は、こちらをおびき寄せるダミーか。俺は悟った。

「私を抱きしめて」

 そう言って、妹が俺を抱きしめた。細くて柔らかい見た目に反して、妹の腕は俺の体をへし折りかねない怪力を見せた。鋼鉄のアームにプレスされている感覚だ。

「うぐぁ!」

 脊椎がばらばらに分離しようという痛み。扼殺される家畜のような声が喉から漏れ出す。妹の胸のバルカン砲が俺の腹に埋まる。彼女の愛情表現は、苦しみと死で彩られているのだ。

 俺はがくりと首を折り、妹の肩に頭を預ける形となる。

 苦しみから逃れようと、俺は必死に脱出策を考えた。逃れるためにできることは、妹を攻撃することだ。そして、どのような攻撃をするにしても妹は近すぎる。役に立つ唯一の武器は、俺自身の歯だった。

 俺は頚を伸ばして、妹の首筋に噛みついた。

 歯を馬鹿にしてはならない。特に今のような状況では、普段以上の剪断力を発揮できる。人間の歯は、その気になれば大腿骨を噛みちぎることができるのだ。

「あん」

 妹は色っぽい声を発して、身をのけぞらした。

 俺が感じたのは、シリコンの無機的な味だ。血の味などない。俺は首を振って噛んでいる部分を引きちぎった。口の中に妹の肉が残った。それは冷たく、気味が悪かった。

 ダメージを与えた手応えはなかったが、それでも妹の手は緩んだ。

 俺は素早くかがんで、妹の腕を抜ける。そして腰のバネを使って、ライフルケースを妹にぶち当てる。

 頑丈なケースをくらえば、大の男でも倒れるはずだが、妹はわずかによろめいただけだ。俺はその間に脱兎のごとく駆け出す。

 振り向く余裕はない。その前にバルカン砲でやられる。俺は前方に向けて、ピストルを撃った。

 部屋の隅に置かれた消火器をぶっ飛ばす。そして、消火器から吹き出た白い煙の向こうに飛び込んだ。背後でバルカン砲を回すモーター音が大きくなる。俺は真っ白いもやの中をひたすら駆ける。

 家の構造は体が熟知している。目が見えなくても、何の問題もなかった。

 肩から重たい扉にぶつかり、それを蹴り開ける。そこは非常階段だ。

 俺は螺旋状の階段を三段飛ばしで駆け下りていく。頭上で金属が裂ける音がした。妹が追ってきている。

「お兄様、どちらへ?」

 声が幾重にも反響しながら俺へと届く。俺は勢いを落とさず、階段の最下層にたどり着くと、そこの扉もぶつかりながら開いた。

 広い地下駐車場に出る。

 どれで逃げる? 無数の車に眼を走らせる。

 俺は反射的に一番速い車に駆け寄った。LP780-2・ランボルギーニ・ソルジェレ。

 サイドドアを上に滑らせ、ライフルケースを助手席に放る。

 焦って鍵を落とした。鍵はシートの下のどこかへ消える。

「くそっ」

 非常階段の扉が吹っ飛んだ。妹が来た。

 鍵を探る。手に鍵が触れるが、引っ張っても出てこない。座席の下の金具か何かに引っかかり、頑として出てこようとしない。

「カモン!」

 俺は歯を食いしばって鍵を引っ張る。

 妹が眼を巡らして、俺を探している。彼女の足音が近づいてくる。

 俺は焦るあまり、肩でウィンカーを倒してしまう。サイドランプがちかちかと瞬いて、俺の居場所を際立たせた。

 妹の目がこちらを向くのが分かった。全身の毛が逆立つ。

 俺は鍵をあきらめた。

 どうして、鍵がいるんだ? こいつはランボルギーニだぜ。

 俺はダッシュボードの起動ボタンに指を押しつける。俺の上昇した心拍数と血圧から、車は緊急事態だと判断した。エンジンがかかる。

 俺と、妹の間に位置していたハンヴィーが吹き飛ぶ。妹が殴って彼女の道を空けたのだ。

 妹の胸でバルカン砲が回る。

 俺はアクセルを踏み抜いた。クワッド・ターボ・スピードエンジンが叫喚する。ランボルギーニは飛び出した。

 曳光弾が迫ってきたが、ランボルギーニは弾より速い。あっという間に時速二百マイルに到達する。

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