SHELTER
数秒間、息が出来なかった。だが、自分がまだ撃たれてなく、生きていることを知ると、俺の呼吸は俄然荒くなった。
俺は喘ぎながら、コンクリートの壁に頭をもたせかけた。
「くそっ……くそ!」
どうなっている。
妹が俺を殺したがっている。
俺はこんなにも妹を愛し、妹を取り戻そうと努力してきたのに、なぜこんなことがあり得るのだろう。
俺は、妹が自力で指一本動かせないという、不条理な状況を変えようとした。
俺はゴミ以下の人間だ。その俺が生きていくための、明白な目標となってくれるほど、素晴らしい妹。その彼女に元気でいて欲しかった。
それだけのものを妹は持っていた。それを取り戻すために、俺は出来ることをやった。兄としての責務だと信じて。一族の財産でも、地位でも、全てを投じる気概だった。
妹のために生きろ! 俺を内面から燃やす炎のような感情に、突き動かされるままに生きてきた。
それに対する仕打ちがこれか?
妹を守るために、何をするべきかは知っているつもりだった。だが、妹が自分を殺そうとするとき……妹から自分を守るには、どうすればいいのだ?
「神よ……」
祈っても無駄なのは分かっている。自分でどうにかしなければならないのだ。
俺は意識して、呼吸を落ち着けた。
薄暗い部屋の中、設置されたディスプレイが青白く光っている。静かだった。
直面している問題を、どうにか解釈しなければならない。そして、それを理解した上で行動する必要がある。俺は必死に頭を絞るが、酒とドラッグ漬けの脳味噌が、突然快調に動き出すと言うこともない。
キーワードは妹だ。
妹がおかしくなっているのは間違いない。妹が機械っぽくなっているのを見た。バルカン砲で武装しているのも。
「……ミン! あの野郎!」
俺は妹の主治医のことに思い至る。
ミンは便所の底に溜まったものにも劣る男だった。だが、医学博士で、サイバネ技師で、そしてなによりも狂っていた。狂っているのはポイントだった。妹のためにも、合法的な医療なんて悠長なことはいってられなかった。俺の財力で禁忌とされる分野の科学技術にブレイクスルーを引き起こしてでも、妹には帰ってきてもらいたかった。
金のためには何でもやる、頭のネジがぶっ飛んだ男、それが必要だったのだ。
俺はミンに、妹の高度で複雑な医療処置を一任していた。
そして、これがその結果か!
俺は歯を食いしばって、身を起こした。パニックルームの中には、緊急通信システムを完備してある。警察に通報することも出来るが、無論、あんな連中に用はない。
俺はミンの隠れ家へとコールした。
「ミン! 俺だ! ヤンセンだ!」
俺はまくし立てる。
「妹が俺の家に来た! 様子がおかしい! 俺の妹がこんなにメカメカしいはずがない!」
『ただいま、ミンは多忙です。人類の次なる進化の可能性を模索するため、高次な研究に没頭しています。御用のある方は――』
電話に応じたのは、録音された機械音声だった。留守電だ。
「くそ!」
俺は拳をコンソールに叩きつけた。クライアントからの緊急通信に応じないとは、見下げ果てた野郎だ。
どうするか。ここはひとまず安全なようだ。もうしばらく待って、ミンと連絡して対策を――
ぱっ、と火花が散って、暗い部屋を照らした。
「なんだ?」
俺は火花の出所を探る。
「げえ!」
パニックルームの耐爆ドアが火花を散らしている。なにか、高速で回転する物体が、ゆっくりとドアを切っている。
妹はパニックルームの扉を破る術を持っているのだ。
「……だから、民間防衛企業のパニックルームなんて嫌なんだ」
俺はぼやきながら、部屋の奥にある戸棚に向かった。中からライフルケースを引き出す。さらに、コルト・モデル1917をとってズボンの背中側にさした。PKOにいたころ、こうやってピストルをベルトにさしたまま暴発させ、自分の尻を吹っ飛ばした奴を見た。
くそ、尻など知ったことか。
俺は顔をしかめて、部屋の奥へと進んだ。武器は集めたが、ここで応戦するつもりはない。
雪隠詰めにならないよう、パニックルームには出入り口が必ず二つある。妹が扉を破っている間に、俺は裏口からずらかることにする。
妹が俺を殺そうとしているとはいえ、自分に彼女を撃つことが出来るのか? とてもそうは思わない。だが、極端に追い詰められたり、痛めつけられたらどうだろう? 自分が傷つくのと、妹が傷つくの、どちらを選べばよいのだろう?
きっと、そんな展開には俺の精神は耐えきれずに、俺の自我が崩壊するのだろう。妹に出会わずに、ここを去るのが一番だ。