専用機なんていらねぇよ。
僕はガンプラが好きです。スパロホも好きです。
つまり巨大ロボが大好きです。
ですからこれを読んだ巨大ロボ好きの皆さん、
僕に石や尖ったものを投げるのは止めて下さい。
『エマージェンシー、エマージェンシー、敵機接近中、敵機接近中、開敵までの予測時間、約二十分』
鳴り響く電子音声の緊急警報を受け、俺はハンガーへ向かう。自動ドアが開け放たれ、広いドック内に並ぶのは整備用の機械群、せわしなく動く整備兵、そして戒めのごとくそれらに囲まれている機械の巨人の群れ。
長く続く戦争の中で培われた技術は機械の巨人、いわゆる巨大ロボットの戦場投入を可能にした。
この兵器の性能は凄まじく、今や戦場の主題はいかにこの巨大ロボットを運用するかにかかっていた。
巨大ロボットの乗り手の腕を評価された俺は、戦闘駆逐戦艦「馬潮」のロボット部隊隊長に抜擢されたのだ。
「調子はどうだい? 大尉さん」
ハンガーに並ぶロボットを見つめていた俺に、後ろから聞き慣れた声がかけられた。
「俺の調子より、肝心の機体の調子が気になるんだがね、シゲさんよ」
壁にもたれたまま腕を組み、ハンガーの機体を見つめる黒縁メガネの中年整備兵。ここの整備長につぐ古株であるシゲさんがニヒルな笑みを浮かべていた。
「残念だが、あんたの機体はしばらく出撃が出来ねぇよ。損傷が結構あったんだ」
俺の機体は前の戦闘で破損、現在修理中だ。しかしそれほどひどい物とは思わなかったのだが。
「なんとか修理して使えんのか?」
ため息と共にかぶりをふるシゲさん。
「無理だ大尉、あんたが愛機を自分の棺桶にしたいってんなら話は別だがな。そうじゃないなら諦めな」
そうか、ならば仕方ない。
「じゃあ予備機の六号機だしてくれ。それで……」
「ただしッッ! 出撃出来る機体が無いわけじゃないッ!」
俺の言葉を遮り突然シャウトをかますシゲさん、コメカミに血管が浮いている。何? なんか怖いんだけど?
「だがなッコイツだけはッ、コイツだけは正直進めたくなかったがなッ!!」
言葉とは裏腹にやたら嬉しそうな手付きでリモコンを操作、ハンガーのリフトが音をたてこちらを向いて降りてきた。
そこに乗っていたのは一台の巨大ロボット。基本の機体は量産型を使っているようだが、施された改造がその痕跡を限りなく薄くしている。まず目につくのは両腕につけられたパイルバンカー、かなり大口径のもので明らかに対艦用装備だ。そして背後には二十メートルの機体と同じ長さの巨大推進ロケットが二本くっついている。全身にも加速用ロケットが取り付けられていた。
「……オイ、シゲさん、なんだこれ?」
思わず呆けた俺にシゲさんはツバを飛ばし叫ぶ。
「これがッ! 俺と整備長のおやっさんとの魂の合作ッ! 量産機を超突撃使用に魔改造した傑作ッ! 名付けて、男一発六尺弾カスタムだッ!!」
だッ!じゃねーよだッ!じゃ。なんだよ魔改造って?
「おい、シゲさん、だから俺は予備機を出してくれと……」
「全身のロケットをフルで噴射することにより従来の量産機の二十倍の加速性能を持ちィィイッ! 男の夢の象徴、パイルバンカーはいかなる物も死なば諸ともに砕き貫くゥゥウッ!」
ウルセェ、つうか死なば諸ともって何だよ、パイロット死なす気かよ。
「ちょっとまて、シゲさん。あれか? その、それ乗ったら結構な確率で死ぬんじゃないか?」
「そう! しかし、凄腕のパイロットなら生きて帰る望みもあるともっぱらの評判! さあ大尉、あんたにこのじゃじゃ馬が乗りこなせるかな?」
「うん、死にたくないから乗らない。普通の機体くれ、つうか早く予備機だせよ」
「……予備機? そんなもん無いぞ」
「いやあのハンガーの奥の方に六号機があるじゃないか」
俺の指差す向こうには肩に「NO,6」が刻まれた機体があった。
「チッ」
小さな舌打ちと共にシゲさんがポケットの中で何かのスイッチを押した。次の瞬間。
関節の各部から火花を吹き、轟音を立て六号機が崩壊していく。
「ああぁぁぁッッ!?」
思わず絶叫を上げる俺。つうかなんだ? 何やってんだこの整備兵?
「ちょっと、お前、何やってんだよ!」
メガネの光がその奥の瞳を隠す。ゆらりとした動きでシゲさんが迫る。
「へっへっへっ、いやぁまさかこんな事故が起こるなんて災難だなぁ。さぁ、これで乗るしか無くなっちまったなぁ。大尉さんよぉ? 大人しく、へぶぅッ!」
言い終わるより早く、シゲさんの顔面に俺の右拳が突き刺さる。飛び上がるシゲさんから鼻血が軌跡を描き飛び散る。渾身の右ストレートは確実に真芯を捉えていた。終わった……何もかも……
「何が事故だ、軍の備品使ってゴミ作んじゃねぇよアホッ!! まともな方も壊しやがって何考えてんだよ!」
「お前に……」
鼻血を袖で吹き、床から立ち上がるシゲさん。膝が震えながらも、その目はまだ死んではいない。
「お前に何がわかる! いくらその場の思いつきと勢いで装備や機体を作っても、パイロットがテストしなければお蔵入りにしなければならない整備兵の気持ちがわかるのかよ!」
「まずそのテストで死ぬかもしれないパイロットを気遣ってやれよ! 整備兵なんだから整備しろよ! 思いつきでガラクタつくんじゃねぇ!」
俺に掴みかからんとせんばかりに声を荒げる整備兵。
「これはおやっさんと俺の夢の結晶だ、勝手にガラクタ呼ばわりするんじゃねぇ! これはなぁ、おやっさんと俺が、酒の勢いで作った最高傑作だ!」
「真面目に仕事しろよお前ら!」
壊れゆく、というか最初から盛大にぶっ壊れているシゲさんを振り払い、俺は艦長室へ向かう。とりあえずはこのバカを拘束させ、俺の使う機体をなんとかせねば。
「艦長! 失礼致します!」
馬潮艦中枢部に位置する艦長室では、軍服姿の艦長が書類仕事をしていた。堂々とした体躯と豊富な白髭、常に落ち着いた人格の優秀な人物だ。
「ふむ、大尉、私もシゲさんの件は先ほど他の整備兵から聞いている。災難だったが、シゲさんもオーバーワーク気味だったようだし、君も容赦してやってくれ。彼には休養を取らせよう」
何事にも動じない指揮官の風格に俺の動揺も治まっていく。
「は、はい、艦長。しかし、俺の機体はどうしましょうか? 使える機体が……」
「ふぅむ、実は使える機体なら私にも一機心当たりがあるんだが…… だがあれに君を乗せる訳には」
「お願いします! 使える機体なら乗せてくださ……」
「そうか! そこまでいうならしょうがないよな! よし、私と一緒に第七倉庫まで来なさい!」
突如嬉しそうな大声を出す艦長。俺の手を引いて艦底部の倉庫まで連れて行こうとする。あれ? 何コレ? またなんか嫌な予感するよ?
案内された第七倉庫入口では、三十メートルを超える巨大な扉が鎮座していた。そしてその扉を飾りたてるごとく、何種類ものロック、即ち封印が施されている。
「これは……」
艦長が壁の指紋認証機に手を当て解除操作、墓標を連想させる黒い扉から封印装置が音を立て落ちていく。
「大尉、君は現在の量産型にある特殊なプロトタイプが存在していたことを知っているかね?」
「いえ、聞いたことがありません」
音をたて開け放たれた扉からその異様が現れる。量産型の1.5倍の背丈、円柱型の手足、赤く光る単眼、そして最も印象的な濃いネズミ色。
「五年前、最強の機体を作る計画があった。現在の量産型の三十倍の出力と装甲をもつ化け物をな。そしてテスト中、あまりの高出力がパイロットの命を奪った。そう、私はこのコードネーム、『利休鼠色の悪魔』に部下を奪われたのだ!」
艦長が強く白手袋を握り締める。
「やはり君にこれを乗せるわけにはいかない。私はこの化け物に二度と部下をくれてやるわけにはいかんのだ!」
強まる艦長の語気、ならば俺の決断は決まりだ。
「はい、乗りません。そんなヤバいもん乗るわけにはいきませんから。」
「……へっ?」
呆けた声を出し艦長が俺を見つめる。いやいやそんな顔されても。
「あ、あー、でも君が出撃しないと戦力やばいかなー、負けちゃうかもー」
棒読みでなにやら呟きだす艦長。白々しいっスよ。
「いやぁ、さすがにこれはちょっと、他の整備兵に掛け合って俺の機体を応急処置して出れるか聞いてみますよ」
「……コックピット覗くだけでも」
「ダメです」
こんなもん乗れるか、ボケ。
「なんだよ! 上司とかがこうやって止めたら無理やり出撃するってアニメとかじゃ相場が決まってるじゃん! 空気読めよ!」
「生きるか死ぬかでんなテンプレ行動とれるか!」
ダメだ、この艦長もダメだ。あの落ち着いた態度も演技かクソッタレ。俺に一体何を期待してるんだよアホ。
艦長を倉庫に置き去りにして再び俺はドックに向かう。なんとかまともに使える機体を探さねば。
「あら、パイロットがこんな所で何してるの?」
通路を急ぐ俺に若い女性、オペレーター職が声を掛けた。
「ああ、なんか艦長とシゲさんがちょっとおかしくて…… いや、それよりも俺の出撃出来る機体がないんだ。参っちゃってな」
「あら大変ね。そういえばこの艦が発艦する時に色々荷物詰め込んでた学者さんいたじゃない?」
「あー、そういえばそんなやついたな。やたら無愛想だったけど」
「なんかこの艦で時期量産型の試験機テストやるらしくって、その技術者さんなんだって。ひょっとしたら頼めば乗せてくれるんじゃない?」
「そんな話が通じる奴かな? それ以前にどんな機体なんだか」
しかしまずは現物を拝まねば話はわからない。技術者に会うために俺は第二ドックに向かった。
「失礼する。ここの技術者に会いたい」
第二ドックでは純白の機体が横たわっていた。角張ったフォルムの量産型に比べ、流線型を主体としたスリムかつシャープなデザインが新時代の機体であることを強く印象付ける。そして関節の隙間からはエメラルドグリーンの光が漏れ出していた。
機体の傍らで作業をしていた一人の男、線が細く神経質そうな技術者がこちらに駆け寄ってくる。
「何のようだね」
「実は使える機体が無くてな。申し訳ないがこちらの試験中の機体を借りれないかと……」
「なんだって! 君は正気か!」
突然怒鳴りだす技術者。あれ? またなんかいやな予感がするよ?
「あー、一応機体がどんな物か確認しときたいんですけど……いや見るだけでいいスからほんとそれだけで」
「全く! なぜ君たち軍人という者は何も考えず無茶なことをするんだ!」
話を聞かず俺の手を嬉々として機体に引っ張っていく技術者。ヤバい! こいつヤバいぞ!
引っ張られていった先は件の機体のコクピット前。ハッチもバッチリ開いている。ヤバい、これは本当にヤバいぞ!
「いいかね? この機体には全身に先端技術が使用されている。そして最も特徴的なのは動力として莫大なエネルギーを異次元から取り出す次元位相エンジンを積んでいることにある」
俺をコクピットに押し込もうとしながら一気にまくし立てる技術者。押すな! 押すんじゃねぇ!
必死にコクピットのへりを掴み、技術者の押し込みに耐える。
こいつモヤシの割に力あるな!
「だから止めるんだ! もし戦闘中に次元位相エンジンが暴走したら何が起こるか解らないぞ! 科学者として君を出撃を許可できない!」
「だったらコクピットに押し込もうとするんじゃねぇぇぇええっ!!」
「そうだ! 艦長命令として君の発進は許可できん!」
「無理だ大尉! あんた死んじまうぜ!」
いつの間にか駆けつけた艦長とシゲさんが言葉とは裏腹に満面の笑みで技術者と一緒に俺を押し込む。クソ、こいつら組みやがった!
「あ、いま出力は安全のために二割にしてあるけど、出撃して艦から離れたら全開にするから安心してね」
「ふざけんな! それ以前に機体から漏れてるこのエメラルドグリーンの光は一体なんだ!?」
「それはGッター線の光だ。基本人体には無害なはずだから気にするな」
「むちゃくちゃすぎだろ!」
その時突然、館内放送のベルがなる。ひょっとしてあのオペレーターの娘が異常に気づいてくれたのか!?
『みんな頑張って!』
ああ、言われなくてもこうやって頑張って……えっ、みんな?
『コクピットに押し込んで、カタパルトで戦場に射出したらこっちのもんよ!』
「お前は後で絶対殺すぅぅぅうッ!!」
作戦報告
今回イレギュラー的に発生した試験機の実戦投入は結論から言えば成功である。
敵ロボット部隊をほぼ単騎の戦闘で短時間で壊滅、撤退に追いやったことは機体の能力もさることながらパイロットの能力による所も大きいと判断出来る。
ただ唯一の失敗として、戦闘終了後、帰艦の際に着艦に派手に失敗。艦首指揮ブリッジに機体が突っ込み、ブリッジが倒壊するという事故が発生した。幸いパイロットは軽傷、本来は艦長など指揮官が集まるブリッジも当時は無人だったため極めて人的被害は少ない。現在故意と事故の両面で調査中。パイロットはうわごとのように「やらなきゃやられる……」と繰り返している。至急カウンセラーの派遣を申請中。
なおブリッジを無人にしておくよう提案したのは整備兵のシゲ氏。彼曰わく「こんなことも有ろうかと」と思い提案したとのこと。
はい、というわけで「専用機やワンオフ機などロクにテストされてない物で戦場放り出されるのはロボット物のテンプレだけど、実際にやられたら罰ゲームだよね」というものです。
やっぱり量産型はカッコいい。でもスコープドック、お前には乗りたくない。だって死ぬもん。
拙い文章ですが笑ってもらってついでにあとがきまで読んでもらえりゃ自分としてはこれほどありがたいことは有りません。
お読みいただきありがとうございました。