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第1話 勝ったと思ったんだけどなぁ

 仕事から帰ってきて、自宅の玄関のドアを開けた瞬間だった。

 眩い光が視界を埋め尽くし、反射的に目を閉じる。車のヘッドライトでも食らったのかと思ったが、そんな生易しいものではない。

 足元の感覚が消えたかと思うと身体がふわりと浮き上がり、次の瞬間には硬い床へ尻から叩きつけられていた。


「いてっ!」


 恐る恐る目を開く。


 そこは俺の家ではなかった。見上げるほど高い天井、巨大な石柱、赤い絨毯。そして正面には豪華な玉座が置かれている。


「……は?」


 誘拐、ドッキリ、新手の詐欺? いやどれも現実味がない。そもそも俺はさっきまで仕事帰りに自宅へ帰ってきて、いつも通り玄関を開けただけなのだ。

 混乱しながら立ち上がろうとして、俺は背中に妙な違和感を覚えた。何か重たいものを背負っているような感覚がある。恐る恐る振り返った俺は、その場で固まった。


 黒い翼が生えていた。


 しばらく理解が追いつかなかったが、何度見ても翼だった。


「え、なにこれ……」


 恐る恐る翼に触れるとそれは本物だった。どう見ても天使ではない。


「いや待って。これ敵キャラのデザインじゃない?」


 心臓がバクバク鳴る。頭の整理は全く追いついていない。

 玄関を開けたら謎の光に包まれ、気付けば知らない場所で翼が生えていた。ここまで条件が揃えば答えは一つしかない。


「これ……異世界転生じゃね!?」


 思わず声が弾んだ。男なら一度は夢見るだろう。異世界転生を。

 しかも勇者ではない。魔王の可能性すらある。


「勝ったな……」


 何に勝ったのかは分からないが、とにかく勝った気がした。

 しかし、その高揚感はすぐに消えた。周囲から向けられている視線に気付いたからだ。


 大広間の左右には兵士たちが並び、全員が武器を手にしたままこちらを見ている。その表情に歓迎の色はなく、むしろ少しでも怪しい動きを見せれば飛びかかってきそうな緊張感が漂っていた。


 正面には王冠を被った老人が立っている。

 たぶん王様だ。俺と王様はしばらく無言で見つめ合ったが、先に口を開いたのは王様だった。


「……魔王よ」


 なんだろう。声が少し震えている気がする。


「よ、よくぞ戻った」


「あ、どうも⋯え、魔王!?」


 王様が一瞬固まった。


「本来ならば二度と見たくもない顔だがな」


「あー……はい。すみません?」


(やっぱ魔王じゃん!勝ったわこれ)


 なんて返せばいいのか分からず適当に返事をすると、王様は微妙な顔をした。


(なんか思ってたよりフランクだな……)

 そんなことを考えていそうな顔だった。


「久しぶりだな、魔王」

 低い声が響く。


 兵士たちの間から一人の男が前へ出てきた。腰には剣。左頬には古い傷跡。そして見るからに強そうだった。

 男は俺をじっと見つめている。だが俺には見覚えがない。


「えっと……どちら様でしょうか」


 男の眉がぴくりと動いた。


「……俺を忘れたのか」


「いや、本当に初対面だと思うんですけど」


 男はしばらく黙り込んだあと、小さく息を吐いた。


「相変わらずだな。そうやって相手を煙に巻くところは」


 知らん。本当に知らん。


「最後に会ってから半年だ⋯またこうして会えるとはな」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 俺は慌てて手を上げた。


「転生したばっかりで何にも分からなくて」


 男は黙った。

 王様も黙った。

 兵士たちも黙った。


「……あ、気まず⋯」


 俺は察した。

(転生のこと知らないタイプだな……)


「何の話だ」


 勇者が眉をひそめる。


「いや、なんでも……ないです」


 正直ちょっと悲しい。

 てっきりもっと歓迎されるものだと思っていた。……まあ魔王だしな。


「勇者よ。その辺にしておけ」


 やがて王様が口を開く。

 勇者は不満そうだったが、それ以上は何も言わずに下がった。代わりに王様が一歩前へ出る。


「魔王よ。お前が何を言っているのかは分からん。だが我々には時間がない。お前が消えてから半年、各地の魔物が暴れ始めたのだ」


 先ほどまでとは違う真剣な声だった。


「最初は魔王軍の残党かと思った。だが違った。魔物同士が争い、人里へ降りてきている。村が滅びた場所もある。」


「えぇ……それは大変ですね……ん?」


『お前が消えてから半年』


 その言葉が妙に頭に残った。


「他人事みたいに言うな」

 勇者が横から睨んでくる。


 怖いな。だが本当に他人事なので困る。王様はそんな俺を無視して話を続けた。


「原因を探るため我々は魔王城を調査した結果、地下に残されていた記録を発見した。そこには、お前が魔物を管理していたことが記されていた」


 少し考え込む。


「つまり俺って、悪の親玉というより管理職だったんですか?」


 王様と勇者が顔を見合わせた。


「管理職というのが何かは知らんが……魔物を統べる存在だった、という認識で間違ってはいない」


「へぇ……」


 なんか思ってたのと違う。もっとこう、世界征服とかしてる側だと思ってた。


「魔王亡き今、魔物たちは統制を失っている。だから我々はお前を呼び戻した」

 王様はそこで言葉を区切る。

「世界を救ってもらうためにな」


 嫌な予感がした。

 かなり嫌な予感だ。


「ちょっと整理していいですか?」


 俺がそう言うと、王様は頷いた。


「俺は気付いたら魔王になってた」


「お前は元から魔王だ」

 勇者が即座に訂正してくる。


「そこは今どうでもいいでしょ」


 勇者が露骨に嫌そうな顔をした。


「それで、俺は半年前に負けて⋯死んだ!?」


「負けて死んだ」

 勇者と王様が重ねて復唱してくる。他人事とはいえ、負けて死んだと言われるとちょっとイラッとした。


「さらに俺がいなくなったせいで世界が大変なことになっている」


「その通りだ」


「……俺の全盛期終わってるじゃん」


 勇者が深いため息を吐いた。


 王様は頭を押さえた。

 みんな呆れた顔をしている。なんだその顔は。重要だろうが。

 転生したと思ったらすでに負けて死んでいて、その上蘇らせて後始末を押し付けられようとしているのだ。


「世界を救え、魔王」


 王様は改めてそう言った。


「いや待ってください。俺さっき来たばっかりなんですけど。というか、さっきまでただの会社員だったんですけど?」


 勇者は眉をひそめた。


「カイ・シャイン?それが何かは知らんが、お前に選択の余地はない」


「人だよ!職業だよ!」


「なおさら知らん」

 勇者は即答した。


「魔物を止められるのはお前だけだ」


 王様も真剣な表情で頷いている。どうやら本当に俺にやらせる気らしい。

 俺は周囲を見回した。兵士たちは警戒したままこちらを見ているし、王様も勇者も冗談を言っているようには見えない。逃げ場がないことだけは理解できた。


「……なんで転生したら討伐済みの魔王なんだよ」



 勝ったと思ったんだけどなぁ……。


 王様は咳払いを一つした。


「話は決まったな。まずは魔王城へ向かってもらう」


「……魔王城!? 俺の城!?」


「ほぼ壊滅してるけどな。まぁ案内はしてやる」

 勇者が間髪入れずに言った。

 ……俺、こいつ嫌いかもしれない。


「どうした?」


「いや」


 俺は少しだけ言いづらそうに頭を掻いた。


「⋯ちなみに魔王城ってどこにあるんですか?」


 勇者は黙った。

 王様も黙った。

 兵士たちも黙った。

(さっき見たなこれ……)


「……本当にお前は魔王か?」


「お前が言うにはそうらしいよ」


 こうして俺の異世界生活は、どう考えても不安しかない状態で始まった。

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