6話 共鳴する孤独
「そっか……そういうことが。また、何かあったら呼んでくれたら駆けつけるから。……って、俺が弱いの忘れて、こんなざまなんだけどな」
自嘲気味に笑いながら、カズヤは包帯に覆われた自分の体を見やった。助けたつもりが、結局は無様にのされて病院のベッドの上。格好悪いにも程があるという思いが、喉の奥を苦くさせる。
「はい、とても頼りにしていますよ」
しかし、レナは少しの迷いもなく断言した。その琥珀色の瞳には、卑下するカズヤを否定するような強い光が宿っている。
「夜月くん。……『くん』とお呼びしても良かったですか?」
「綾瀬さんの好きに呼んでもらって構わないよ。この見た目だから、デブとかキモデブとか……いつもそう呼ばれてるから」
吐き出した言葉は、長年浴びせられ続けてきた悪意の残滓だった。自分を規定する呪いのような呼び名を口にしたカズヤに対し、レナの表情が一変する。
「……むぅ……。それは、許せませんね。ヒドイ呼び方ですっ!」
レナは頬を膨らませ、握りしめた小さな拳を膝の上で震わせた。潤んだ瞳には、カズヤに対する同情ではなく、彼を傷つけた者たちへの真剣な憤怒が燃えている。自分のことのように、あるいはそれ以上に怒る彼女の姿に、カズヤは毒気を抜かれた。
「昔から……だから。綾瀬さんが怒ることは無いって。でも、ありがとな。そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」
「……わたしも、夜月くんのために役立ちたいので、何でも言ってくださいね。……そういえば、ご家族に連絡が取れなくて、病院の方が困っていらして」
ふと、レナが表情を曇らせ、気遣わしげに切り出した。病院側の事務的な困惑を、彼女は傍らでずっと聞き届けていたのだろう。
「あぁ……うん。俺、一人なんだよ。色々と事情があってさ」
カズヤは視線を落とし、努めて明るいトーンで短く答えた。
父の事故、母との別離、そして唯一の支えだった祖父との死別。語れば語るほど、彼女の琥珀色の瞳を悲しみで濁らせてしまうだろう。せっかくの美しい笑顔を、自分の暗い過去で塗り潰したくはなかった。
窓の外から聞こえる木々のざわめきが、静まり返った病室に、一人の少年が背負う孤独の深さを際立たせていた。
琥珀の誓いと波乱の予感
「……えっと……どのような事情があるのか知りませんけれど……夜月くんが、ケガを負われて入院をしたのですから、連絡は必要かと」
レナの顔が不安げに歪み、その大きな瞳には今にも零れ落ちそうなほどの涙が溜まっていく。彼女にとって、家族という繋がりはあって当然の、温かな揺り籠のようなものなのだろう。
「連絡の必要はないよ。その……強がりとかじゃなくて、本当に家族がいないんだ。最後の身内だった祖父ちゃんも、この間亡くなって……。そういうことだから、心配するなって。でも、ありがとな。心配してくれる人がいるってだけで、なんだか温かい気持ちになるし、心強いよ」
努めて穏やかに、諭すように言葉を紡ぐ。けれど、孤独という事実に触れた瞬間、レナの表情から迷いが消え、代わりに強い意志の光が宿った。
「そ、そうだったのですね。では……これからは、わたしがお傍にいるので安心してくださいね」
レナは首をコテリと傾け、花の綻ぶような笑顔を見せた。そのあまりにも真っ直ぐな言葉に、カズヤはどこか現実味のない心地よさを覚える。
「入院してる間は、そう言ってもらえると心強くて助かるよ」
「いえ、帰宅をしても……お一人なのですよね? 身の回りのお世話をする人がいないのは……大変で、おつらいですし、寂しいですよね?」
「……ん?」
会話の歯車が、予期せぬ方向へと噛み合い始める。カズヤの困惑をよそに、レナはさらに身を乗り出してきた。
「ですから、お一人では心配なのでご一緒しますよ。ちょうど、わたし夏休みに入りますから」
「いや……俺、一人暮らしだし。逆に綾瀬さんが危ないと思うんだけど、それは……」
年頃の男女が一つ屋根の下で過ごすという意味を、このお嬢様は理解しているのだろうか。カズヤの当然の危惧に対し、レナは事もなげに、どこか誇らしげに胸を張った。
「……夜月くんはケガ人ですし、何よりわたしの命の恩人ですよ。それに、両親の許可もいただきましたし」
「はい? ……いや、いろいろと問題があるでしょ。許可って、何をどう説明したんだよ……」
カズヤの脳裏には、娘を救った見ず知らずの男の家に、夏休み中に泊まり込みで世話をしに行くことを許す親の姿など、到底浮かばなかった。
静かな病室に、カズヤの驚愕の声が虚しく響く。目の前の美少女は、その混乱を楽しむかのように、ただニコニコと眩しい笑顔を向け続けていた。




