34話 夢の続きを、隣で
「えへへ……特等席です」
レナはカズヤの胸板に頬を寄せ、潤んだ琥珀色の瞳をゆっくりと彼の方へ向けた。至近距離で見つめられ、カズヤはもう、抗うことをやめた。
彼は観念したように、レナの細い背中に腕を回し、彼女の温もりを全身で受け止めるように抱きしめ返した。
窓から差し込む陽光が、重なり合う二人を包み込む。
静かな部屋に響くのは、トクン、トクンと共鳴し合う二人の心音だけ。青いリボンがカズヤの腕の中で微かに揺れ、甘く、溶けるような時間が静かに流れていった。
夢の続きを、隣で
「カズヤくんを……嫌いになんて、なりませんよ……。これ、落ち着きますね。温かくて、柔らかくて……優しいカズヤくんのいい匂いがします。……ふぁぁ……居心地が良くて、安心できますし、眠くなってきちゃいました……」
独り言のように呟いたレナだったが、ふと、腕の中から返事がないことに気づいた。
顔を上げると、そこには規則正しい寝息を立てるカズヤの寝顔があった。
「あら? ……カズヤくん、眠ってる? えっと、わたしじゃ……カズヤくんを運べませんし……んふふ」
レナの存在が、彼にとってそれほどまでに深い安らぎになっていた証拠だ。
カズヤは彼女の柔らかな温もりに包まれ、これまでの緊張や不安から完全に解放されて、深い眠りに落ちていた。
レナは彼を起こさないよう、細心の注意を払って腕の中から抜け出した。自分の部屋へと戻り、動きやすい部屋着に着替えると、お気に入りの枕と羽毛の掛け布団を抱えて、再びソファーへと戻る。
カズヤに優しく布団をかけると、レナもその隙間に潜り込んだ。再び彼の腕を枕にし、大きな体格にすっぽりと収まるようにして抱きつく。
「今日も、いっぱい……ありがと。おやすみなさい……」
レナは愛おしさがこみ上げ、我慢できずに顔を寄せた。
カズヤの吐息が届く至近距離。レナはそっと瞳を閉じ、彼の頬に自らの唇を重ねた。
触れた瞬間、レナの柔らかくぷるんとした唇の感触が、カズヤの肌に吸い付くように伝わる。瑞々しく、熱を帯びたその感触は、彼女の心の奥に秘めた情熱と、彼を慈しむ慈愛の結晶だった。
ただの挨拶とは違う、どこか湿り気を帯びた甘く深いキス。
「ちゅ……♡」
小さな音を立てて唇を離すと、レナは満足そうに頬を緩め、カズヤの胸に耳を当てた。
ドクン、ドクンと一定のリズムを刻む彼の心音。それはレナにとって、どんな音楽よりも心地よい子守唄だった。
彼女はカズヤのTシャツをぎゅっと握りしめると、その温もりに包まれながら、幸せな夢の続きへと誘われていった。
夕闇の恩返し
ふと意識が浮上したとき、視界に入ってきたのはオレンジ色の残光が差し込む静かなリビングだった。
カズヤは自分がソファーで眠ってしまったことを思い出し、体を動かそうとしたが、右腕に伝わる確かな重みと柔らかな感触に動きを止めた。
(……レナ?)
視線を落とすと、そこには自分の腕を枕にし、すやすやと眠る彼女の姿があった。
いつの間にか着替えを済ませたらしい彼女は、自分の部屋から持ってきたのであろう枕をカズヤの頭の上に置き、二人を覆うようにふかふかの掛け布団がかけられている。
(俺を運べないからって……わざわざ布団を持ってきて、ここで一緒に寝てくれたのか)
カズヤは胸の奥が熱くなるのを感じた。
一人で寝るのが当たり前だったこの人生で、目が覚めたときに誰かの体温を感じ、誰かの寝顔がすぐそばにある。その事実が、どれほど孤独だった自分の心を救ってくれているか、彼女は知っているのだろうか。
寝返りを打った拍子に、レナの琥珀色の髪から青いリボンが少しだけ覗いた。
プレゼントしたそれを、寝るときまで大切に身に着けてくれていたことに気づき、愛おしさが決壊する。
カズヤは自由な左手をそっと伸ばし、レナの頬を撫でようとして……けれど起こすのをためらって、代わりに彼女の肩にかかった布団を優しく直した。
「……ありがとう、レナ」
消え入りそうな小さな声で感謝を告げると、レナは夢心地に「んぅ……カズヤくん……」と甘い声を漏らし、さらに彼の胸に顔を埋めてきた。
夕闇が忍び寄る部屋のなか、カズヤは彼女を再び強く抱き寄せた。この温もりを、この幸せを、一生かけて守り抜きたいと、静かな決意を固めながら。
宵闇への誘い
翌日。いつものように、ふかふかのソファーに並んで座り、それぞれにスマートフォンを弄っていた。肩が触れ合う距離感は、今や二人にとって呼吸をするのと同じくらい自然なものになっている。
「カズヤくん、カズヤくん! 夏祭りが近くでありますよ、見てください♪ 一緒に行きませんか?」
レナが弾んだ声で画面を見せてきた。そこには色鮮やかな花火と、賑やかな露店の写真が並んでいる。
「俺、人混みが……」
カズヤは反射的に断ろうとした。大きな体躯は、狭い祭りの会場ではどうしても目立ってしまうし、何より人の視線が怖かった。けれど、隣で琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、期待に胸を膨らませているレナを見つめていると、言葉が喉の奥に引っ込んだ。




