32話 上書きされる記憶
「男子から初めてのプレゼントです♪ ありがとうございます、大切にしますね。……これは、普段使いではなくて、お出かけ用にします」
「あ、ああ……喜んでくれたなら良かった」
「カズヤくん、付けてくださいますか?」
レナはそう言って、恥ずかしそうに首を傾けて髪を差し出してきた。
カズヤの大きな指が、彼女の細い髪と青いリボンに触れる。それを留める瞬間、温かくて純粋な心の触れ合いだった。
青いリボンと、感謝の体温
カズヤの大きな手で、不器用ながらも丁寧に留められた青いリボン。レナは膝から飛び起きると、リビングにある鏡の前まで小走りで向かった。
「見てください、カズヤくん! わたしの髪の色にぴったりです!」
レナは鏡に映る自分を左右から眺め、何度も首を振ってはリボンの揺れを確かめている。琥珀色の髪の上で、鮮やかな青色がまるで蝶が羽を休めているかのように美しく映えていた。
普段は落ち着いたお嬢様然としている彼女が、幼い少女のように顔を綻ばせてはしゃぐ姿に、カズヤの胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……そんなに喜んでもらえるなんて、思わなかったよ」
「当然ですよ。カズヤくんが、わたしのことを考えて選んでくださったんですもの。……えへへ、本当に、本当に嬉しいです」
レナは鏡の前からカズヤの元へ戻ってくると、彼の首に腕を回して、その至近距離で見つめ合った。潤んだ琥珀色の瞳には、窓からの光と、カズヤへの溢れんばかりの愛情が混じり合って輝いている。
「カズヤくん、これ……お礼です」
「え……?」
次の瞬間、カズヤの頬に、羽毛のように柔らかく、温かい感触が触れた。
ちゅっ、という小さな、けれど耳の奥まで届くような甘い音。
「なっ……!」
カズヤが顔を真っ赤にして固まると、レナはいたずらが成功した子供のような顔で、けれど耳まで赤く染めながら、カズヤの胸に顔を埋めた。
「……カズヤくん、ありがとうございますっ♪」
彼女の吐息が服越しに伝わり、カズヤは爆発しそうな心臓を必死に抑えることしかできなかった。部屋の中に漂うお茶の香りと、彼女の体温、そして頬に残る柔らかな感触。
日常のなかの幸福は、今、最高潮に達していた。
見つめていた証
「そんなに高い物じゃないし……普段使い用に買ったんだけどなぁ。ほら、レナが食事中や料理をしている時に、よく髪の毛を気にしてただろ? だから、それを使えば便利かなって」
(まあ……髪の毛を掬う仕草や、耳に掛ける仕草が色っぽくて……可愛いんだけどな……)
カズヤが照れ隠しに理由を並べると、レナは髪留めをそっと指先でなぞり、首を横に振った。
「ダメです。カズヤくんからの、初めてのプレゼントですし……大切にしたいので。それに……っ……! ちゃんと、わたしのことを見ていてくれている……んですね。……ひゃぁ……」
自分が無意識にしていた動作を、カズヤがじっと見守り、気遣ってくれていた。その事実に気づいた瞬間、レナは顔を真っ赤にして、両手で自分の頬を押さえた。
喜びと恥ずかしさが一気に押し寄せたのか、彼女の琥珀色の瞳はうるうると潤み、所在なげに視線を泳がせている。
「じゃあ、また今度、一緒に買い物に行った時に別のを買うよ。それは普段使い用にしてさ」
「えへへ、はい。約束ですよ? また、一緒にデートをしに行きましょう♪」
レナは嬉しそうに微笑むと、再びカズヤの腕にすり寄った。
カズヤの見つめる先には、彼女の髪で揺れる青いリボン。それは単なる飾りではなく、二人が過ごした時間と、カズヤの不器用な優しさが形になった、何よりも価値のある宝物だった。
上書きされる記憶
カズヤの脳裏に、埃っぽい教室の風景が、苦い後味と共に蘇った。
小学校の頃、隣の席の女子にプレゼントを渡したことがあった。下心なんてない、ただ喜んでほしかった。けれど彼女は、顔を引きつらせてそれを受け取った。
放課後のゴミ箱に、未開封のまま捨てられていた包みを見た時のあの感覚。翌日、耳に入ってきた「デブに貰ってキモかった」という心ない囁き。
(俺なんかが、誰かに物を贈るなんて……)
「俺からプレゼント……して良かったのかな……?」
思わず零れ落ちたカズヤの弱音を、レナは見逃さなかった。彼女はカズヤの腕を掴む手に力を込め、真剣な眼差しで彼を見つめ返した。
「どうしてです? 嬉しいに決まってるじゃないですか。……あ、普段使いをしないからですか? んふふ、では……明日にでも普段使い用を買いに行きます? これは特別で、大切なので保管しておきますから」
レナは再び、宝物のようにリボンに指を触れた。
「もし、昔のことで不安になっているのなら……それはその人たちが、カズヤくんの優しさに触れる資格がなかっただけです」
レナの声は、カズヤの心の奥底に溜まっていた澱を、優しく、けれど力強く押し流していく。
「わたしにとって、カズヤくんから貰うものは何だって最高級の贈り物なんです。……だから、そんな悲しい顔をしないでください。ね……」
レナはカズヤの胸に額を預け、彼の手を自分の頭へと導いた。
「もっと撫でて」と言わんばかりのその仕草に、カズヤの強張っていた肩の力が抜けていく。
ゴミ箱に捨てられた記憶は、今、彼女の温もりと青いリボンの輝きによって、幸せな色へと塗り替えられていった。




