30話 琥珀の瞳と、揺るぎない宣戦布告
「んふふ……とっても、甘いです。カズヤくんの優しさの味がします♪」
すっかり機嫌を直したレナは、カズヤの肩に頭を預け、幸せそうに紅茶を啜った。外界の視線を遮る静かな空間で、二人の心は再び深く、甘く重なり合っていった。
琥珀色の黄昏
カフェの心地よい余韻に包まれたまま、二人はデパートの最上階にある屋上庭園へと足を運んだ。
地上のにぎわいが嘘のように静まり返ったその場所は、沈みゆく夕日に照らされ、世界が燃えるようなオレンジ色に染まっている。
「わぁ……綺麗ですね、カズヤくん」
レナが手すりに歩み寄り、街を見下ろす。
そよ風が吹き抜けると、彼女の琥珀色の髪がさらさらと揺れ、夕陽の光を透かして宝石のようにキラキラと輝いた。白いワンピースの裾がひらひらと舞い、逆光の中に立つ彼女のシルエットは、この世のものとは思えないほど幻想的で、美しい。
カズヤは、言葉を失ってその光景に見惚れていた。
かつての孤独な自分には縁のなかった、眩しすぎるほどの幸福が今、目の前にある。
「……レナ、本当に綺麗だ」
思わず零れた本音に、レナがゆっくりとこちらを振り向いた。
彼女の頬は夕日のせいか、それともカズヤの言葉のせいか、いっそう赤みを増している。
「……カズヤくん。そんなにじっと見つめられると、恥ずかしいです……」
レナは照れくさそうに視線を泳がせたが、すぐに意を決したようにカズヤに歩み寄った。そして、大きな彼の胸にそっと顔を埋め、背中に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。
「でも……嬉しいです。カズヤくんの瞳の中に、わたしだけが映っているのが分かって……安心します」
背中越しに伝わってくる、彼女の小さな鼓動。
レナはカズヤの胸に額をこすりつけるようにして、甘えた声を漏らした。
「ねぇ、カズヤくん。今日は一日、わたしを独り占めさせてくれてありがとうございました。……ずっと、こうしていたいです」
カズヤはそっと彼女の背に手を回し、その温もりを確かめるように抱きしめ返した。
オレンジ色の世界の中で、二人の影は長く伸び、静かに、深く溶け合っていった。
琥珀の瞳と、揺るぎない宣戦布告
夕闇が街を包み始める帰り道。
カズヤの身なりが整ったことで、朝のような嘲笑の視線は影を潜めていた。しかし、闇の中でも際立つレナの美しさは、相変わらず無遠慮な視線を集めてしまう。
二人の空気感を無視するように、一人の男が横から声を掛けてきた。
「キミ、かわいいよね。隣の人より、俺とご飯でも食べて遊びに行かない? ずっと楽しめると思うよ」
カズヤが身構えるより早く、レナの冷ややかな声が響いた。
「わたし、そういうのに興味ありませんから。それに、今この瞬間も十分に楽しんでいますし、幸せですから。放っておいてください」
「はあ? そんなデブと一緒にいて楽しいわけないだろ。恥ずかしいだけだって。……ったく、もったいねぇな」
男が吐き捨てるように言うと、レナは怒るどころか、余裕すら感じさせる笑みを浮かべた。
「負け惜しみですね。……んふふ、行きましょ♪」
レナはスッと自然な動作でカズヤの腕に抱きつくと、見せつけるようにその二の腕に頬を擦り寄せ、甘えるように体重を預けてきた。
あまりに無防備で愛らしい仕草に、カズヤの心臓が跳ね上がる。彼は無意識のうちに、空いた左手で彼女のさらさらとした琥珀色の髪を優しく撫でていた。
すると、レナは撫でられるままに、潤んだ瞳でカズヤをじっと見上げた。夕方の街灯に照らされたその瞳は、熱を帯びた宝石のように妖しく輝いている。
「ふん! だよっ! 後悔しても知らねーぞ!」
男は顔を真っ赤にして、捨て台詞を残して逃げるように去っていった。
「んふふ、負け惜しみを言っていますよ。他の人のデートの邪魔をするからいけないのですよ。……分からないのですかね、こんなに幸せそうにしているのに……」
レナはそう言って、さらに力を込めて腕を抱きしめてくる。
「幸せ」という言葉を迷いなく口にし、自分を見つめる彼女の熱い視線。カズヤは、全身を駆け巡るドキドキが止まらず、ただ彼女の温もりを強く感じていた。
日常の中の、眩しすぎる異分子
翌朝、カズヤはカーテンの隙間から差し込む陽光で目を覚ました。
新築の最近見馴れてきた天井を見上げ、いつも通りの朝だと思いかけたとき、キッチンから聞こえてくるトントンという軽快な包丁の音が耳に届く。
(……あぁ、そうか。夢じゃなかったんだな)
リビングへ向かうと、そこにはエプロンを締め、鼻歌を歌いながら朝食の準備をするレナの姿があった。
朝日を透かして黄金色に輝く琥珀色の髪、白くしなやかなうなじ。昨日新調したばかりの服を着たカズヤの分まで、丁寧に皿が並べられていく。
「あ、カズヤくん! おはようございます。ちょうど今、お味噌汁ができたところですよ」
彼女が向けてくる、一点の曇りもない笑顔。
レナの家の豪華なリビングの、生活感の溢れるカズヤの生活する空間に、不釣り合いなほどの美少女が当然のように存在している。その強烈な「違和感」に、カズヤは今さらながら目眩を覚えた。




