23話 誤爆の真実と生乾きの誘惑
「映画でも見て待ってるよ」
カズヤが苦笑しながらなだめると、レナは少しだけ考え込み、それから消え入りそうな声で呟いた。
「……それ、ちょっと待っていてください。わたしも一緒に見たいですから……。すぐ、すぐに出てきますから」
彼女の言葉には、一時もカズヤと離れたくないという切実な想いが滲んでいた。カズヤは背中に残る彼女の指先の熱を感じながら、湯船へと身を沈めた。
スマートフォンの秘め事
「それじゃ……何かして待ってるよ」
「……えっと、夜月くんが入院した時に動画を撮ったのを送りますから、それを見て待っていてください♪」
「ああ、そういえば一緒に撮ったな……。俺、自分の姿を見るのは初めてだ」
お風呂をレナと交代し、カズヤはリビングのソファーへと腰を下ろした。
用意されていたのは、パジャマというよりはお揃いの部屋着だった。無地の色違いのTシャツに、動きやすいハーフパンツ。同じ肌触りの布地に包まれているというだけで、独り身の長かったカズヤにはどこか落ち着かない。
ほどなくして、スマホに数本の動画ファイルが送られてきた。
画面の中には、慣れない自撮りに戸惑う自分の顔や、それを見て楽しそうに笑うレナ、二人で病院の食事を囲んで他愛もない会話をしている光景が映し出されていた。
(俺……こんなに笑ってたんだな。レナといる時は……)
自分の表情の柔らかさに驚きながら、最後の動画を再生した。
それは、どうやら見てはいけない類のものだった。
撮影されたのは入院最終日の夜。寝息を立てるカズヤの寝顔が画面いっぱいに映し出されている。
「ふふっ」と、声を押し殺したレナの愛らしい笑い声。画面に伸びた彼女の指先が、カズヤの頬をいたずらっぽく突っついている。
そして、最後だった。
「カズヤくん……おやすみなさい」
耳元で囁くような優しい響き。
直後、画面の向こうのレナが顔を寄せ、カズヤの頬にそっと唇を寄せた。
『ちゅ』
小さな、けれど確かな音が部屋に響き、そこで動画は途切れた。
(……え? 今のは何だ? ドッキリか……? いや、それにしては本気すぎるというか……。これは事実なのか、現実なのか?)
カズヤは固まったまま、暗転した画面を凝視した。
レナの意図が読めない。いや、そもそもこれは誤爆——送るつもりのなかった「自分だけの宝物」だったのではないだろうか。
(スルーしておこう。そう、スルーだ。あれは……挨拶代わりの、深い意味のないおまじないみたいなものだ。そうだ、そうに違いない……!)
カズヤは必死に自分に言い聞かせ、爆発しそうな鼓動を静めるために、冷たくなった水を一気に飲み干した。
誤爆の真実と生乾きの誘惑
ソファーに腰掛け、何度も同じ動画をループさせていたカズヤの耳に、軽い足音が届いた。
「お待たせしました、夜月くん」
風呂から上がってきたレナは、カズヤの色違いとなるお揃いのTシャツとハーフパンツ姿だった。
急いで出てきたのか、潤いを帯びた琥珀色の髪は生乾きで、首筋に張り付いた一房の髪が、いつもより大人びた色香を漂わせている。先ほど画面の中で、寝ている自分に唇を寄せた張本人が今、目の前にいる。その事実に、カズヤの心臓は再び大きな音を立て始めた。
レナはカズヤの隣にちょこんと腰を下ろすと、期待に満ちた瞳で覗き込んできた。
「動画、どうでしたか? 可愛く撮れていましたよね。わたし、毎日見返しているくらいお気に入りなんですよ♪ どの夜月くんが一番良かったですか……ふぇっ、あーっ!? も、もう……あわわぁ……それ、違うんです! うぅ……っ」
カズヤのスマホに映し出されていたのは、まさにあの「おやすみのキス」の瞬間だった。
レナの顔は一瞬で耳の先まで真っ赤に染まり、視線は泳ぎ、手足がどこにあるかも分からなくなったかのように激しく動揺し始めた。
(あぁ……やっぱり。これは送る気のなかった、自分だけの秘密の動画だったんだな……)
カズヤは彼女のあまりの狼狽ぶりに、自分まで恥ずかしさが限界を突破しそうだった。
「えっと、その……おやすみの挨拶、かなって……」
「ち、違います……いえ、違わないのですけれど! 違うんです! ああぁ……もう、夜月くんのバカですぅ……!」
レナはクッションに顔を埋め、足をバタバタとさせて悶え始めた。その無防備で愛らしい拒絶に、カズヤは気まずさと愛おしさが混ざり合った、どうしようもない気持ちで立ち尽くすしかなかった。
琥珀の願いと、初めての名前
「え、あぁ……。この動画は、お休みのキスをしてくれてた動画だろ。レナの表情も可愛かったし、声の感じも優しくて好きだな。……名前で呼んでいたからドキッとしたけど、良いもんだな」
カズヤは努めて平静を装い、それがまるで特別なことではないかのように、けれど心からの称賛を込めて言葉を紡いだ。彼女の羞恥心を少しでも和らげたいという、彼なりの不器用な優しさだった。




