18話 鈍感なヒーローと琥珀の独占欲
退院の祝宴と琥珀の献身
夕闇が街を包み始めた頃、静かな邸宅に澄んだインターフォンの音が響き渡った。
カズヤの膝の上で微睡んでいたレナが、弾かれたように目を輝かせて飛び起きた。
「夜月くん、ごはんが来ましたよ!」
レナが玄関の扉を開けると、そこにはデリバリー業者の姿ではなく、ビシッとスーツを着こなした男女の姿があった。彼らは手際よくダイニングテーブルへと料理を運び込み、まるで高級レストランのようなセッティングを瞬く間に完成させていく。
運び終えた男女は、一分の隙もない完璧なお辞儀をして静かに去っていった。
(このクオリティと量は……一体いくらするんだ。それに、レナの実家の人が届けに来たってことは、やっぱりご両親も公認ってことか。そもそも、認めてなきゃこんな家を建てる時点で止めてるよな……)
漂ってくる抗いがたい良い匂いに誘われるように、カズヤはソファーから腰を上げた。
「夜月くん、こちらに座ってください。一緒に食べましょう」
促されるまま席に着いたカズヤは、並べられたメニューを見て思わず首を傾げた。
大ぶりの海老天、揚げたてのコロッケ、熱々のグラタン、そして濃厚なラザニア。和洋折衷、メニューに統一性はまるでない。そして何より、レナが言っていた「栄養面を考えた」という言葉とは少しばかり乖離があるような気がした。
「メニューが、すごく豪華だな……。なんというか、俺の好きな物ばかりだけど……」
「はい。んふふ、今日は退院記念ですから。夜月くんが好きなメニューをわたしが選んで注文してしまいました。ですけれど、添えてあるお野菜もちゃんと食べてくださいね?」
レナは悪戯っぽく微笑み、カズヤの取り皿にバランスよくサラダを盛り分けた。自分の好みを完璧に把握し、体を労わってくれる彼女の優しさが、料理の温かさ以上に胸に沁みた。
「いただきます」
二人は声を揃えて手を合わせ、初めて囲む食卓に箸を伸ばした。それはカズヤにとって、どんな贅沢な外食よりも、心から満たされる夕食の始まりだった。
泡沫の触れ合い、重なる指先
並べられた海老天は、カズヤが知るそれとは完全に別物だった。衣で大きさをごまかすような姑息な真似は一切なく、薄くサクッとした黄金色の衣の中に、弾力のある大ぶりの身がぎっしりと詰まっている。
「スーパーやコンビニで売ってるお惣菜と全然違って、すごく美味しい!」
「夜月くんに、喜んでいただけて良かったです」
カズヤが夢中で頬張る姿を、レナは自分のことのように嬉しそうに見守り、満足げに微笑んだ。
早めの夕食が終わり、カズヤも食器の片づけを手伝おうとキッチンに立った。
「俺も手伝うよ。……少し、足手まといになるかもしれないけど」
「少しは動かないといけませんものね。……ふふっ、では共同作業です。わたしが洗いますので、夜月くんは洗い終わったお皿を水切りに並べてくださいね」
レナは慣れない手つきながらも、丁寧に、愛おしそうに一枚ずつ皿を洗っていく。やがて、洗剤を水で濯ぎ終えた皿を、彼女がカズヤへと差し出した時だった。
濡れた指先と指先、そして白く細い前腕が、カズヤの腕と不意に重なった。
「「――っ!」」
お互いに、電流が走ったかのように体が跳ねた。
「ひゃっ」
レナが鈴を転がしたような、可愛らしい驚き声を上げた。
「わぁ、ごめん……!」
カズヤは慌てて手を引こうとしたが、濡れた肌同士が吸い付くような感触が、いつまでも熱を持って残っている。レナは顔を伏せ、耳まで真っ赤に染めながら、手元に残った皿をぎゅっと握りしめていた。
静まり返ったキッチンに、水道から流れる水音だけが不自然に大きく響く。
ほんの一瞬の接触。けれどそれは、二人にとってどんな言葉よりも雄弁に、互いの意識の境界線を揺さぶっていた。
鈍感なヒーローと琥珀の独占欲
「俺、やっぱり邪魔だよな……。綾瀬さんが洗ったものを、そのまま水切りに並べればいいだけなのに」
カズヤは自分の不器用さが情けなくなり、落ち込んだように肩を落とした。
「わ、わたしこそ……すみません。……その、緊張してしまって」
レナは恥ずかしそうに俯き、頬を淡い桃色に染めた。シンクに流れる水をじっと見つめながら、所在なげに体をモジモジさせている。
「緊張して? 俺に? ……怖がらせちゃったか?」
カズヤは慌ててレナの方を振り返った。自分のような大男に触れられ、彼女が恐怖を感じたのではないかと不安が過る。
「ち、違いますって……! えっと、その……怖がるなんて、そんなことあるわけないですよぅ。びっくりしただけで……そう、びっくりしたんですよ!」
レナは慌てて否定すると、必死に言葉を選び、ようやくしっくりくる理由を見つけたと言わんばかりの笑顔をカズヤに向けた。
「びっくりって……触れられて嫌な思いをさせちゃったんじゃ……」
「夜月くん、鈍感です……ふんっ。さっき、あんなに長く膝枕をしていただいて、頭を撫でられていたのですよ? それで、今さら腕が触れて嫌な思いをするなんて、本気で思っているのですか?」
「それは……そうか。……ごめん。昔からキモいとか散々言われてきたから、つい、な」




