14話 絆の勲章と、琥珀の誓い
レナが予言した通り、退院の朝は嵐のような忙しさだった。
早朝から看護師たちが入れ代わり立ち代わり訪れ、荷物の整理や書類の確認に追われる。そんな中、主治医の佐藤が最終確認の診察のためにやってきた。
「さて、傷の具合は順調ですが……。あの、帰宅後に傷の処置をされる方はどなたが?」
佐藤は手元のカルテから目を上げ、室内にいる唯一の同伴者であるレナに視線を向けた。
「わたしが行いますけれど」
レナが当然のことのように、凛とした声で答える。
「……お嬢様が、ですか!?」
佐藤は思わず驚きの声を上げた。病院内での彼女の「立場」を知る身としては、そんな献身的な役目をお嬢様自らが買って出るとは予想外だったのだろう。
「わたしでは、難しいですか?」
「いえ、難しいことはありませんが……。ただ、痛々しい傷跡を見ること自体に、抵抗があるのではないかと思いまして」
医師の言葉に、カズヤは自分の身体に刻まれた、醜く盛り上がった傷跡を思い出し、反射的に肩をすくめた。
(そうだ……普通の女子が見て、気分のいいもんじゃない……)
しかし、レナは少しも怯むことなく、むしろ慈しむような眼差しでカズヤを見つめた。
「わたしを助けてくれた時の傷ですから、抵抗などないですよ。わたしにとっては、名誉ある勲章といいますか……誇り高い、絆の証ですから」
その言葉には、一切の迷いも淀みもなかった。
カズヤは胸の奥が熱くなるのを感じ、視界がわずかに滲んだ。自分の醜いと思っていた傷を「絆の証」と呼んでくれる人が、この世界に一人でもいる。その事実が、カズヤに生きる勇気を与えてくれた。
「そう……ですか。では、退院後の創傷処置について詳しく説明いたします」
根負けしたような佐藤の言葉に、レナは手帳を取り出し、熱心にペンを走らせ始めた。消毒の手順、ガーゼの当て方、化膿の兆候……。
彼女は時折、鋭い質問を投げかけながら、渡された説明書がボロボロになるのではないかと思うほど真剣に、その内容を脳に刻み込んでいた。
柔らかな支えと退院の路
退院の手続きを済ませたレナが、静かに部屋へと戻ってきた。
「この病室とも、お別れですね……」
レナは誰もいなくなったベッドや、二人で囲んだテーブルを名残惜しそうに見渡した。
「俺にとっては、夢のような時間だったな……。……ありがとう、綾瀬さん」
「そう思っていただけて良かったです。さあ、迎えが来ている頃ですよ。行きましょう」
カズヤがゆっくりとベッドから立ち上がると、その瞬間、レナが吸い寄せられるように距離を詰め、カズヤの背中にそっと腕を回して体を支えた。
「……だ、大丈夫だから。一人で歩けるよ」
「ダメです。もし倒れたらどうするのですか……。遠慮なさらずに、わたしにお掴まりください」
(は? ムリ……だろ。俺が、こんな美少女に触れるなんて……犯罪だろっ!)
密着した体温。腕越しに伝わる、彼女の華奢な体躯。カズヤはパニックになり、必死に距離を置こうともがく。
「いや、俺なんかが綾瀬さんに触ったら犯罪だろ……捕まるって、マジで」
「意味の分からないことを言っていないで、わたしに掴まってください。帰りますよ」
有無を言わさない口調。カズヤは戸惑いつつも、観念したように彼女の肩へそっと手を置いた。指先に触れる、小さく柔らかな肩の感触。そして、昨日から鼻腔をくすぐり続けている、あの甘いシャンプーの香りが一気に強まり、カズヤの緊張は限界を超えそうになる。
「俺、重いし……。無理するなよ」
「背負うことは、ちょっと無理かもしれませんけれど……。支えるくらい大丈夫ですし、こうして肩を貸しているだけです。……そんなに、わたしに触れたくないのですか? ふんっ」
レナは頬を膨らませ、カズヤを少しだけ強く引き寄せた。
支えられているはずなのに、カズヤの足元は浮ついたままだ。けれど、二人分の歩幅でゆっくりと廊下を進むその感覚は、一人で歩いていた孤独な日々とは決定的に違っていた。
漆黒の迎えと揺るがぬ決意
エレベーターホールで到着を待っていると、血相を変えた警備員が駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!? お嬢さん、代わりますよ!」
大男であるカズヤを、華奢な少女が支えている光景は、端から見れば危ういものに映ったのだろう。
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
レナは柔らかな、けれど凛とした微笑みで申し出を断り、カズヤを支えたままエレベーターに乗り込んだ。密室になった途端、彼女が小さく唇を尖らせて呟く。
「……わたしって、そんなに頼りなく見えるんですかね」
(いや、可愛いから誰もが放っておけないだけだろ。……それに、俺が単純に重そうに見えるだけだと思うぞ)
口には出さず、カズヤは心の中でそう自分に突っ込みを入れた。




