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キモデブと、琥珀色の守護天使  作者: みみっく


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12話 夢の終わり、絆の始まり

 特別室での時間は、カズヤの人生においてもっとも密度が濃く、そして残酷なほどに穏やかだった。


 レナが作る料理の香り、窓辺で交わす何気ない会話。それらすべてが、明日には消えてしまう幻影のように思えてならなかった。退院を翌日に控えた夕暮れ時、オレンジ色の光が差し込む部屋で、カズヤはぽつりと胸の内を零した。


「……これで、夢のような生活が終わって。綾瀬さんと関わるのは、今日で最後か……」


 俯き、寂しさを噛み締めるようなその言葉を聞いた瞬間、荷物をまとめていたレナの手が止まった。


「え、いえ……前にも言いましたけれど、夜月くんをお一人にさせるわけにはいきませんので。ご一緒いたしますよ」


「……あれは、俺を元気づけるために言ってくれただけじゃ……?」


 カズヤの問いに、レナはゆっくりと首を振った。


「そのようなことを、元気づけるためになど言いませんよ」


 嘘偽りのない、澄んだ琥珀色の瞳。彼女は優しく微笑むと、再び部屋の片付けを始めた。


 ふと、レナがサイドテーブルの引き出しに手をかけた時だった。彼女の動きが止まり、その肩が小さく震えた。


「……わぁ……。本当に……あの時の置手紙を、大切にしてくださっていたのですね」


 引き出しの奥、スマートフォンの横に、折り目ひとつなく大切に仕舞われたあのメモを見つけてしまったらしい。


「恥ずかしい話だけど、女子から手紙をもらったことなんて一度もなくてさ。……嬉しくて、記念にと思って」


 カズヤが正直に白状すると、レナは呆然とした様子でその紙片を見つめていたが、やがてその白い頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。


「そ、そうなのですか……。そのような手紙……を……。……ばかぁ……ひゃぁ……」


 レナは消え入りそうな声で呟き、顔を覆うようにして身を丸くした。


「そ、そんなに大切にしてくださるなら、やっぱり書き直させてください……! あんな、なぐり書きのようなもの……恥ずかしくて死んでしまいます……うぅぅ……」


 指の隙間からこちらを覗き込む彼女の視線は、熱っぽく、それでいて深い慈愛に満ちている。


 夢は終わらない。

 カズヤは、退院の先に待つ新しい生活への不安を、彼女の灯してくれた確かなぬくもりが打ち消していくのを感じていた。



二人きりの前夜

「あの、今日は……明日早くから退院の準備があるので、わたしも泊まりますね」


 荷物を整理していたレナが、あまりにも自然に、重力のないような口調で重大な爆弾を投下した。


「ん!? 泊まる? ここに? 同じ部屋に?」


 カズヤは思わずベッドの上で身を乗り出した。心臓が早鐘を打ち、喉が急激に乾き始める。しかし、レナは小首を傾げて、不思議そうに瞬きを繰り返すだけだった。


「はい。そうですけれど……退院手続きもありますし、朝一番で退院後の生活に関する説明もあるそうですから」


「いや……同じ年の男女の高校生が……同じ部屋で一晩過ごすなんて、普通はダメだろ」


「また、そのお話ですか……。ここは病院ですし、看護師さんの巡回も頻繁にありますから、何も心配いりませんよ。それに、あちらに立派なソファベッドもありますから」


 レナはリビングスペースに置かれた上質な革張りのソファを指差した。その無防備な態度に、カズヤは頭を抱えた。


「……俺に襲われるとか、そういう危機感が無さ過ぎだと思うぞ。一応、俺だって男なんだから……」


 カズヤの切実な忠告に、レナは片付けの手を止め、ゆっくりとカズヤの目を見つめた。その琥珀色の瞳には、一切の曇りも疑いも混じっていない。


「……襲われているわたしを、命懸けで助けてくれた方が、わたしを襲うんですか?」


 真っ直ぐに射抜くような言葉に、カズヤは二の句が継げなくなった。彼女は、自分自身の目で見極めた「カズヤ」という人間の本質を、誰よりも信じているのだ。


「はぁ……。もう、好きにしてください……」


 降参するようにカズヤが溜息をつくと、レナは満足げに「ふふっ」と微笑み、パジャマ代わりにするのであろう可愛らしいルームウェアを袋から取り出した。


 カーテンの隙間から差し込む月光が、静まり返った特別室を青白く照らし始める。

 こうして、奇妙で、けれどひどく甘やかな、二人きりの夜が幕を開けた。



琥珀の残り香

「はーい♪ それでは、お言葉に甘えて勝手にさせてもらいますね。片付けが終わりましたら、ちょっとお風呂に入ってきますね」


 レナは鼻歌をまじえながら、手際よく荷物を整理していく。その軽やかな足取りが、カズヤの緊張をさらに煽った。


「……ど、どうぞ……」


「覗いちゃダメですよっ♪」


 レナはバスルームの扉に手をかけ、いたずらっぽく片目を瞑ってみせた。その小悪魔的な微笑みに、カズヤは慌てて視線を泳がせる。


「……一人じゃまともに動けないし、そもそもそんな勇気はないから」


「そうですかぁ……。そう……ですよね……」


 なぜだろうか。レナは一瞬だけ、本当に一瞬だけ、少しだけ残念そうに眉を下げた。しかし、すぐにまた柔らかな微笑みに戻ると、パタンと扉を閉めてバスルームへと消えていった。

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