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キモデブと、琥珀色の守護天使  作者: みみっく


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1話 剥がれ落ちた日常

初めは暗い雰囲気ですが、暗い物語ではありませんのでご安心を。

初の恋愛作品ですので、温かい目でお読みいただければ嬉しいです(≧▽≦)

 小学校の教室。かつては笑い声が響いていたはずのその場所が、カズヤにとっては針の筵へと変貌を遂げていた。


 高学年に差し掛かった頃、背中越しに投げかけられる言葉が熱を帯び、鋭い棘を持つようになった。キモデブ戦士。誰が言い出したかもわからないその歪な呼び名が、粘着質な嘲笑と共に廊下や階段の踊り場にこびりつく。


 一人、また一人と、昨日まで肩を並べて笑っていた友人たちが、波が引くように去っていった。視線が合うのを恐れるように顔を背け、足早に遠ざかる背中を見送るたび、カズヤの胸の奥では冷たい風が吹き抜けるような虚無感が広がっていった。


 中学校という新しい門を潜れば、この悪夢は終わるのだと、震える拳を握りしめて自分に言い聞かせた。しかし、待っていたのは救いではなく、より深く、より逃げ場のない泥沼だった。


 ある朝、下駄箱を開けると、そこにあるはずの靴が消えていた。湿ったコンクリートの感触を靴下越しに感じながら、立ち尽くすしかない。またある時は、教科書を開けば醜悪な殴り書きがページを埋め尽くし、カズヤの存在そのものを否定するように嘲笑っていた。


 嫌がらせは、静かに、だが着実に熱を帯びていく。


 背後から飛んでくる丸められた紙屑が首筋をかすめ、掃除の時間には「うっかり」を装った冷たい水が制服を濡らす。繊維が水を吸い、肌に張り付く不快な重みは、彼らの悪意の重さそのものだった。


 やがて、彼らは「遊び」という免罪符を盾に、直接その体に触れるようになった。


 ふざけ合っているような軽薄な笑みを浮かべながら、その拳はカズヤの腹部を硬く打ち据え、追い払うような蹴りが容赦なく膝裏を捉える。鈍い衝撃が走るたび、肺から空気が押し出され、言葉にならない悲鳴が喉の奥で潰された。


 痛みよりも辛いのは、周囲に漂う「見て見ぬふり」という無言の共犯関係だった。


 心が、ガラス細工が砕けるように音を立てて崩れていった。朝、目が覚めるたびに襲いかかる吐き気と、足が動かないほどの恐怖。ついにカズヤは、自らの殻の中に閉じこもるように、学校という場所から足が遠のいていった。



断絶と決意

 カーテンを閉め切った部屋は、昼夜の区別すら曖昧な薄暗がりに沈んでいた。


 液晶画面から放たれる無機質な光だけが、カズヤの唯一の慰めだった。コントローラーを握る指先や、アニメのヒロインが紡ぐ予定調和な台詞、テレビから流れる空虚な笑い声。それらに没頭している間だけは、胸の奥を蝕むドロドロとした不安を忘れ去ることができた。


 しかし、薄い壁を隔てた向こう側からは、現実という名の不協和音が容赦なく突き刺さる。


 もともと冷え切っていた両親の仲は、カズヤが不登校という「問題」を抱えたことで、修復不可能なほどに加速して壊れていった。響き渡る怒号、何かが割れる乾いた音、そして互いをなじり合う鋭い言葉の礫。それらはすべて、自分の存在が引き金になっているのだと、カズヤは毛布を頭から被り、耳を塞いで震えるしかなかった。


 やがて、その限界は唐突に訪れた。


 ある日を境に、家中を漂っていた洗剤の匂いや、台所から聞こえる規則正しい包丁の音が消えた。母親が家を去り、残されたのは「離婚」という冷徹な事実と、さらに深く静まり返った家の中だけだった。


 夜、静寂が深まると、将来という正体不明の怪物がカズヤの枕元に忍び寄る。


 自分はこのまま、この暗い部屋で朽ち果てていくのではないか。外の世界との繋がりを断たれた自分に、明日は来るのだろうか。天井の染みを見つめる眼球は乾き、意識は冴え渡り、眠りという安息すら奪われていった。


 ベッドの中で幾夜も懊悩を重ねた末、カズヤは寝返りを打ち、闇の中で一点を見据えた。


 変わらなければならない。この地を這うような絶望から抜け出すには、自分自身で光を掴み取るしかない。


 まずは、一つ。明確な指標を立てることにした。高校を受験し、この閉鎖的な環境から脱出すること。


 志望校を定めるにあたって、カズヤの心に浮かんだのは「高み」への渇望だった。学力が極めて高く、誰もがその名を知るような有名進学校。そこならば、他人を貶めて悦に浸るような下劣な人間などいないはずだ。知性という盾に守られた、平穏な世界が広がっているに違いない。


 翌朝から、カズヤの生活は一変した。


 まぶたの裏にこびりつく教科書の数式、指先に残るシャープペンシルの重み。目が覚めている時間のすべてを、空白となった数年間の学習を取り戻すための戦いに捧げた。


 机に向かう背中は丸まっていたが、その瞳には、かつての怯えを焼き払うような、静かで激しい執念が宿っていた。



断ち切られた灯火

 一筋の光が見え始めた矢先、運命は嘲笑うかのようにカズヤの足元を再び掬い上げた。


 けたたましく鳴り響く電話の音。それが、父の死を告げる弔鐘となった。


 交通事故。あまりにも唐突で、あまりにも呆気ない幕切れだった。葬儀の席で流れる読経の響きも、線香の喉を刺すような匂いも、すべてが現実感を欠いたままカズヤの意識を通り過ぎていく。唯一残された肉親との繋がりさえも、アスファルトの上に散ったガラス片のように粉々に砕け散ってしまった。


 深い闇の底に突き落とされ、指先一つ動かせないような絶望の中、カズヤに手を差し伸べたのは、父方の祖父だった。


 古びた家屋で一人、静かに余生を過ごしていた祖父。その温もりだけが、今のカズヤにとって唯一の、そして最後の避難所となった。

多少長編になりますが、最後までお読みいただければ幸いです(●'◡'●)

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